2015年3月25日水曜日

専門店


 はじめて入った中古レコード店で突然レジ・カウンター越しに声をかけられた。「カーレン・ドールトンって知ってます?」。40歳くらいの髭の店員だ。残念ながら知らないと答えると、彼はカーレン・ドールトンについて滔々と語りはじめ、いつまでも一定の調子で続けて飽きない。ときどき合いの手を入れてみたが、実のところ客の私にもあまり関心はないようだった。
 壁の時計で5分経ち、10分経っても終りそうになかったので、思い切ってそのカーレン・ドールトンという人のレコードまたはCDはいかほどのお値段か、と聞いてみまた。すると意外なことに彼は、きっぱりと「ウチにはありません!」と答えるではないか。ではいったいなんのために客を捕まえて……、と少々腹立たしくも感じたが、あまりの潔さに圧されて「ではネットで探してみます」と答えた。

 いまこの店は私のお気に入りだ。髭の店員の接客はプロから見れば失格かもしれないが、扱い商品とその世界を心から愛し、だからこそ質量ともに圧倒的な情報をもち、時と所をわきまえず布教活動に精を出してしまうのである。あの“熱さ”は、私にとっては魅力だ。あまりお付き合いできないときは「今日は時間がないから」と予め断ればそれでいい。
 通販やネット・オークション、宅配などがしのぎを削る中わざわざ店舗に足を運ぶのには、一番は商品に譲るとして、やはり店員の魅力だ。あの髭の店員と出会わなければ、私はカーレン・ドールトンという古い女性フォーク/ブルース・シンガーをネット検索することなど、おそらく一生なかっただろう。

 中古レコード店というきわめてマニアックな業種業態に限らず、専門店はすべからくこのくらいの濃い口でなければいけないと思う。というより、こうした“熱い”方々が地雷のように潜んでいるのが専門店の楽しさである。だから専門店であるなら各店舗に一人はこの髭の店員のような人材を配置していただきたいものだと思う。ちなみにこうした“濃い口度”は、いわゆる老舗→独立店舗→商業ビル内テナント→モール→百貨店の順に薄れていく。
 この人にはきっと本しか売れないだろう、あるいは靴だけしか売れないだろう、そんなふうに思わせてくれる店員に出会えると、本当にうれしくなる。
                                   (了)





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