2017年7月27日木曜日

「このハゲーーーーー!!」が爽快な私はどうなんだろ?



もともとふつうの会話では満足できない男である。「撥水ヘッド」、「二重ヘルメット」または「met on met」、デブの場合は「座るとお腹にオバQの唇が……」くらいのところまでお互いに笑い合えるようにならないと心が通じあった感じがしない。



もちろんそんなイカレたヤツはどこにでもいるというわけではないので友だちは極端に少ない。しかしそういうふうにしかコミュニケーションをとれないし、それはそれでいいのである。現状で十分満足している。



しかしどうしてこんなことになってしまったのかといえば、たぶん人を信用していないからだと思う。信用していないから無意識のうちにいつも試している。イヤなヤツである。



試しているときはもちろんたいへん慎重である。ここまでは口にしても大丈夫だろうか? もう半歩踏み込んだらどうであろうか? 相手を傷つけたりイヤな気分にさせたりは絶対にしたくないので腫れ物に触るような、という言葉そのままのへっぴり腰である。



でもって打って響けばとうぜんその相手も踏み込んでくるので、そこのところのお互いの読み、駆け引きで性格やオツムの具合がわかる。生意気な口吻で申しわけなかと。しかし実際には、はじめて会って二言三言でおよその見当はつく。またまたエラそ気で申しわけなか。



こんな私にとって豊田真由子(42)の「このハゲーーーーー!!」は実に爽快であった。いきなり天井から荒馬に跨がったカウガールが「ヒャッホー!!」と黄色い歓声を上げながら躍り込んできたくらいの心地よさである。カウガールはちょっとムリか。カバガール。



いやいやだからもちろん上司が部下の身体的特徴を取り上げて罵倒するなど言語道断であるし、国民からの負託を受けて国政にかかわる国会議員ならなおさらあるまじき行いであることは重々承知しておる。ふだんあまりおおっぴらには口にできない言葉を叫ぶ、その爽快感をいっているのである。



だがしかし、やはり世のなか私のようなイカレポンチばかりとは限らないようで、たいへん深刻に捉えている方もいらっしゃるようなのである。記事に署名はないけれども、文中「『コンプレックス文化論』を刊行した」とあったから、この記事を書いたのも武田砂鉄(35)その人であろう。少し抜粋してみよう。「現代ビジネス」2017年7月26日配信分からである。



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【豊田議員「このハゲー!」発言が、根こそぎ吹き飛ばしてしまったもの 本当の罪深さはここにあった】


《自民党・豊田真由子議員が秘書(現在は退職)に向かって叫んだ「このハゲーーーー!」という暴言は、当事者のコンプレックスとそこへ向かう差別意識をリセットさせてしまった感がある。

無論、そうやって言葉で陵辱したことは問題だが、録音された音声を追えば、豊田議員が暴力を浴びせたと思しき鈍い音が記録されているし、秘書は医師から「顔面打撲傷」「左背部打撲傷」等の診断書をもらったと明らかにしており、彼女が傷害罪に問われる可能性もある以上、こちらを問題視すべき。

でも、報じる側が優先したのは「このハゲーーーー!」発言なのだった。「ハゲ」発言は問題だが、これほどまでに「ハゲ」発言を中心に紹介されていく様子もまた異様に思えた。》



武田砂鉄、こんなに真面目であったとは。もちろん事件性に照らして鑑みれば暴言よりも暴行のほうが重い。こちらをフィーチャーしろ、というのは分かるし正しい。しかしながらハゲのほうがおもしろいのである。異様でもなんでもない。みんなおもしろいものが好きなだけだ。そんなことわかっているだろ?



それをわざわざ「コンプレックスとそこへ向かう差別意識」などと一般化して難しそうに議論する必要もない。これは「ハゲ」のお話なのである。



《〈— 略 —〉

『コンプレックス文化論』の中では、カツラの着脱をバラエティ番組で公開して話題となった臨床心理士・矢幡洋に、ハゲについてのインタビューを試みている。矢幡はこのご時世、チビやデブやブスが言いにくくなっているのに、「『ハゲ』だけはみんな安心して言えるから、差別パワーが『ハゲ』に集中しているんじゃないですか」との見解を示す。

続けて、「相手を嘲笑したいという気持ちは、人間のかなり根本的なところにあります。その比較的安全な矛先が、身体的欠陥では『ハゲ』しか残っていない」と分析する。》



この場合の“安全”とは、あまり社会に指弾されない、ということである。なぜであろうか? ひとつにはハゲの分布がある。ハゲは女に少なく、さらに年配者に多い。つまりそれなりの社会的地位にある男を多く含んでいるわけである。そのために「ハゲーーーーー!」と叫んでも弱い者イジメの印象が薄い。



もちろん個人レベルでは「ハゲーーーーー!」とおおっぴらに叫ぶことにはそれなりの危険がともなう。激高したハゲに殴られるかもしれないし、ハゲの上司に飛ばされるかもしれない。



もうひとつはハゲがかなり柔軟な性質をもっているからである。ハゲはそれ自体で機能障害をもたらすものではない。いったんハゲてしまってもまた生えてくる可能性もあるし、いまはフッサフサでもいつかズルッとハゲるかもしれない。後述されるようにウイッグなど手当もさまざまある。それやこれや考えれば、見た目以外の部分ではハゲと白髪はほぼ同等である。



「ハゲ」という言葉自体に、たとえば「チビ・クロ・サンボ」のように歴史的、伝統的な差別の意味合いが含まれていないことも重要である。まあ、とりあえずそんなようなわけで「ハゲ」は口に出しやすく、「差別パワーが『ハゲ』に集中している」と矢幡洋は主張するわけである。そうであろうか?



集中しているのではなくて、ただハゲの場合にのみ「差別パワー」が顕在化しやすい、ということではないのか。デブでもブスでも差別はされる。しかしハゲのみはおおっぴらに差別される。それだけのことである。それでもたいしたものではあるけれども。



で、いままで少しだけ残っていた「ハゲ」と口外することの抵抗感を豊田真由子の「このハゲーーーーー!!」がかーなり削り取ったのである。差別の状況をリセットしたのではない。



《〈— 略 —〉

森正人『ハゲに悩む 劣等感の社会史』(ちくま新書)では、ハゲという私的な問題がいつから公的な問題になったかが検証されているが、大きなタイミングとして、1980年代に入り、育毛剤やカツラメーカーの広告が増えた時点をあげる。

ハゲ=放っておいちゃいけない、との風土ができあがればメーカーとしてはしてやったり。彼らの広告が浸透すればするほど、逆にそれに取り組まない人が「何かこだわりがあってそのままにしている」との見解が生まれる。

ちっとも気にもせず、そのままにしている人だって多いわけだが、例えば「ハゲ散らかしている」という残忍な言葉のように、そのままにしていることに別の言葉を与えようとする。他のコンプレックスでは「○○散らかしている」の「○○」にはめこんで使うことはできない。ハゲだけが、散らかしているのだ。

自著『コンプレックス文化論』の中でも取り上げているが、須長史生『ハゲを生きる 外見と男らしさの社会学』(勁草書房)で問題視されるのが「ポジティブハゲ」問題。とりわけメディアに出る、明るい「ハゲ」の存在が、「ハゲた男性に特定のイメージの付着した男性像(明るい、精神的に強い、外見を気にしていない等々)を要請している」ことにつながっている。

豊田議員の発言を踏まえ、「ポジティブハゲ」芸能人がネタとして賑やかに消費する場面を何度か見かけたが、そういう乗り越え方をハゲ全体に強いてはいけないのだ。

豊田発言は、ハゲを、すこぶるシンプルな形で窮地に追い込んだ。ようやく、薄毛を解消する方法も増えてきた、逆に、そのままでもカッコいいという印象も浸透してきた、両軸の土台がしっかりとしてきたところで、土台を根こそぎ崩す勢いを「このハゲーーー!」が持っていた。これまでの慎重な議論を瞬時に吹き飛ばしたのだ。その罪はなかなか重い。》



果してそうか。「このハゲーーーーー!!」は、ハゲを救いようもなくカッコ悪いものにし、恥じ忌むべき身体的欠陥の奈落に突き落としたであろうか? 「ポジティブハゲ」をハゲ克服の態度として標準化したであろうか? 少なくとも私には違う。



カッコいいハゲもいるし、ダッサいハゲもいるし、暗いハゲもいるし、剽軽なハゲもいる。それをみんな一緒くたにして差別されるべき「ハゲ」に還元してしまうチカラなど「このハゲーーーーー!!」にはない。繰り返すが私には感じられない。



ハゲはハゲである。ウス毛はウス毛である。ノッポはノッポでデブはデブである。デカ頭はデカ頭であり、鼻デッカは鼻デッカである。それだけのことであり、「このハゲーーーーー!!」はそのことを改めて確認させてくれたのである。なんという全的肯定!! それも爽快なのだ。



で、たいへん申しわけないけれども、人さまをその身体的特徴で呼ぶのはハゲなどの場合に限りたいへん便利で合理的であるということも、元も子もないほどあっけらかんと明瞭に知らしめてくれたのである。



もし豊田真由子の元秘書の方がハゲていなかったとしたら、豊田真由子は「この鼻デッカーーーーー!!」なり「このひょっとこヤローーーーー!!」(by田中真紀子on麻生太郎)なり「このゲジゲジ眉毛ーーーーー!!」なり叫んでいたはずである。そういう豊田真由子は顔面に大の字が貼り付いている、歌川国芳のだまし絵(寄せ絵)に似ている。



豊田真由子の「このハゲーーーーー!!」は「これまでの慎重な議論を瞬時に吹き飛ばした」のではない。差別用語狩り、言葉狩りに代表されるしゃちこばっだ不毛な議論と運動の果てにようやく掴んだ、自由なコミュニケーションの空気をさらに前進させるものである。



もちろん、また再びしゃちこばった不毛な議論と運動に戻るのか、あるいはお互いにもっとズケズケとものをいいあう関係づくりを後押しするのか、それは受け取る側の個人の資質とふるまいに委ねられている。



豊田真由子自身にとってはたぶん怒りの悲鳴のごとき噴出であり、元秘書の方にとっては不愉快極まるただの罵詈雑言であっても、「このハゲーーーーー!!」は、私には未来を照らす灯りなのである。豊田真由子ごときでみなが一斉に後ろを振り向く必要などないのである。(了)





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