テレビで見かけると、いつもザワザワした気分になるヤツらがいる。関根勤(62)と小堺一機(56)である。私が見るに、非常に不吉な空気を漂わせているのである。お祓いという言葉を思い出すのである。テレビに向かって塩を叩き付けたくなるのである。で、私はこの2人を「悪魔の双子」と呼んでいるのである。
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この、非常に不吉な空気がどこからくるのか、と考えるのである。というか考える間もなく気がついているのである。それは「低さ」から来るのである。下の、もっと下の、足元よりももっと下の、およそ想像外の「低さ」。暗い地の底のような、地獄のごとき低さからくるのである。
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勤と一機がキャリアの初期に共演した番組としてよく知られているのは、『欽ちゃんのどこまでやるの!?』(テレビ朝日)である。およそ10年の歴史をもつこの番組で、2人がいささか目立っていたのは、1980年代のアタマから中ごろにかけてである。
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萩本欽一(74)という人は、いわゆる天然ボケをいっさい受けない人である。しかしボケをいじることが欽一の芸なのである。ボケるほうはたいへんなのである。で、若手であった勤と一機は必死になってボケたのである。そのボケかたがどんどん低いところへ流れていったのである。
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2人にとって不運だったのは、そういう欽一との出会いの仕事が、ホームドラマ設定だったことである。どんなにわざとらしく、あざとく、幼稚であっても受け容れるゆるさが観客にあったのである。ここで、クロコとグレコは恐ろしいほどに、それぞれがイメージする観客のレベルを低く見たのである。なめきったのである。
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悪魔の双子、とくに弟の一機に顕著なのだが、ここで大人にも通用するボケなり芸なりを真面目に追求することをしなかったのである。ただ天然ボケのフリをする道を選んでしまったのである。ここで踏み外したのである。
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そして目線の低さ、志の低さ、ついでに腰の低さなどなど、すべてにおける異様な低さが不気味さを呼ぶのである。で、あまりに低いので視野から消えて、その低さがわからなくなってしまったのである。ただただ幼稚に見えるだけなのである。園児並みである。
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この「不吉」の感覚をどう説明すればいいのだろう? それは異次元の低さからヌウっと現れてくるのである。たとえば、たいへんスプラッターな話で恐縮だが、勤と一機がニコニコ顔ですり寄ってきて「目玉ってあっためて食べると美味しいよねぇ?」となにげに話しかけられる、といった気分である。
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であるから、こういった幼稚さにもはまらずボケをやりきった坂上二郎(享年76)という人は、やはりたいへんな芸人だったのである。一時期、バラエティ番組で二郎にかわってボケを務めていた前川清(67)は、もちろんそれほどの芸達者ではない。しかし清の場合、歌というしっかりしたアンカーをもっているのである。それで幼稚の手前でバランスが取れていたと思うのである。
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で、勤と一機の幼稚な双子の悪魔の成功は、その後のテレビ界、テレビ文化、さらには日本人のメンタリティに、ささやかだが深刻な呪いとなって取り憑いたのである。幼稚さ、わざとらしさ、あざとさをどこかで容認し、利用さえもする空気である。
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あの通販番組の嬌声の底に、国会での予定調和のやりとりの裏に、1年365日同じ表現を繰り返すニュース番組のしかめっ面に、クロコとグレコの呪いが貼り付いているのである。大げさか。
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まあ、もう少し身を引いて見れば、バラエティ番組での漫才とはまた違うボケの成立は、幼稚に走るのでなければ、いわゆるリアクション芸人の登場まで待たなければならなくなったのである。そして視聴者には『はじめてのおつかい』(日本テレビ)という児童虐待番組を笑いながら眺める感性を育ててしまったのである。
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どうであろう。悪魔の双子の許し難き所業の数々。いまも2人は園児のごとき小股走りで駆けずり回り、日本を堕落させているのである。この2人を「大御所」などと評すむきもたまに見かけるが、あまりのバカバカしさに卒倒しそうになるのである。では、次に忌まわしい2人のプロフィールを個々に見てみようではないか。
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関根勤、1953年8月21日生まれ。血液型A (娘の麻里はO)。獅子座。義理の息子はK。うむ。不吉である。
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悪魔の兄、関根勤はラビット関根だった20代から、いやおそらくはもっと以前から一貫してパシリである。還暦を過ぎたいまもである。考えてもみてほしいのである。たとえばジャイアント馬場だとか千葉真一、輪島功一だとかの物真似は、もともとパシリの専売特許なのである。
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アタマの悪〜い高校の昼休み、リーダー格に命じられるままにおどけて笑いをとる。それが勤の芸の基本である。場所が高校の廊下からテレビのバラエティ番組に移ったいまは、リーダー格といえば当然MCである。かつては萩本欽一、いまは明石家さんまである。
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しかし勤の目はいつも決して笑ってはいないのである。ひょうきんではあるが、ほんとうの気持ちがどこにあるのか、まったく読めない目をしているのである。決して他人に心を開いたことのない人間の目である。強いてたとえれば金正恩(32)の目が少し似ているくらいである。
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おそらく勤は、偶然に悲惨な交通事故を目撃したとしても、大好きな新宿中村屋のカレーを食うときとまったく同じ目をしているはずである。で、これは私だけの錯覚なのかもしれないのだが、そんな勤の瞳、黒目がほんの少しづつ大きくなっているのである。たぶん来年の夏ごろには全眼黒目になっているはずである。
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であるから、いくら家庭円満、父娘仲良しを強調されても、かえってなにかありそうな黒い影の輪郭がきつく見えてくるだけなのである。いや、実際になにがあったというわけではないのである。漏れ伝わっているのは、父娘で指浣腸をしあっていた、ということくらいのものである。そうなのではあるが、すごーく黒い感じがするのである。
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関根一家は、私にいわせていただければ、妖怪一家である。顔の肉がきちんと頭蓋骨に貼り付いていない一家である。比較的最近加わったKも、どこか正体不明である。深夜になるとアゴが地面まで垂れる妖怪なのである。そういえば、麻里とKのあいだにめでたく第1子となる娘が生まれたのである。名前はKとMariのあいだであるから「L」になるらしいのである。
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さらにこのごろでは、「ずん」の飯尾和樹(46)というやたら貧乏くさいのが舎弟扱いでうろちょろしているのである。もちろん浅井企画所属である。元のコンビ名が「チャマーず」である。浅井企画はこんな幼稚なのばっかりである。怖いのでこのくらいにしておくのである。
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小堺一機、1956年1月3日生まれ。血液型A (息子の翔太はB)。山羊座。うむ。不吉である。
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悪魔の弟、小堺一機の場合は、その姿を見ないようにしようと思えば見なくてもすむのである。地上波テレビではほとんど『ライオンのごきげんよう』(フジテレビ)しか仕事をしていないからである。
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であるから、冒頭「見かける」という表現をしたが、一機の場合その表現は不適切なのである。見ようという意志をもってチャンネルをあわせない限り、一機の姿にはお目にかかれないのである。レアといえばレアである。
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しかし弁解をするわけではないが、この前までは「見かける」ということが割とあったのである。『ライオンのごきげんよう』の前の時間帯に『森田一義アワー 笑っていいとも!』が放送されていたからである。ついうっかりそのままにして、悪魔の弟の番組が流れてしまっていたのである。
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その『森田一義アワー 笑っていいとも!』が今年3月31日で終了したと思ったら、今度は一機の『ライオンのごきげんよう』もあえなく来春での終了が決定したのである。『森田一義アワー 笑っていいとも!』が放送されていたときには悪くても6%はあった視聴率が、2%台にまで落ち込む日さえでてきたからである。
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つまり『ライオンのごきげんよう』の視聴率のほとんどは、『森田一義アワー 笑っていいとも!』からの流れ、おこぼれであったのである。自分で稼いだものではなかったのである。一機、こうした事実があからさまになって、そうとうバツが悪かっただろうと思うのである。絵に描いたような他人のフンドシ。コバンザメ一機悪魔である。
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しかしながら、『ライオンのごきげんよう』はそれで30年も続いたのである。一機は一説にこの番組で約20億円も稼いだのである。それで翔太(28)を筆頭に3人の子どもを育てたのである。別になんの芸ももっていないのに、である。強いていえばうんざりするくらいの幼稚さしかもっていないのに、である。
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幸運にもほどがあるのである。この幸運というものはしかし、ただ黙って待っていればやってくるレベルのものではないのである。きっと悪魔と契約したのである。割のいい仕事と引き替えに魂を売ると。
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で、それ以来ずっと一機は地獄の番犬に追われ続けているのである。いつか私たちは彼の不幸な死を目撃しなければならないのかもしれないのである。ああ、しかしここは日本なので、実は泉ピン子と姉弟だったことがバレるくらいのことですむのかもしれないのである。なんのことだか。コンセントが正面からさせる鼻姉弟である。
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というわけで、いま一機はなんとか新しい仕事を見つけようと必死になっているのである。とはいってもそれはタモリが新しいレギュラー番組をもたない限りはじまらないのである。タモリのあとの時間帯を狙っているのであるから。
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すでにみなさん重々ご承知だと思うのである。私は関根勤と小堺一機が大嫌いなのである。性格の悪いオカマになってしまうくらい嫌いなのである。こんなヤツらのためになど、絶対に戦争にはいかないのである。それで非国民だとか売国奴だとかなじられたとしても、上等だわよ、である。とにかく、こんなヤツらのためには死ねないのである。おお、ところでK、お前はどうする?(了)
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