2016年3月30日水曜日

乙武洋匡と石井竜也の、下心みえみえの謝罪。許さん!! といってみる






昨日に続いて、今年1月から3月までに報道された5件の不倫問題を振り返る、暇つぶし企画の後編です。本日ご登場いただくのは、【石井竜也×脚に「石井竜也」と彫った女】と【乙武洋匡×5人の女+α】の2組、というか、男2人と女6人+αの面々です。



【石井竜也×脚に「石井竜也」と彫った女】
衝撃度:★★★★★★★★★★
本人のダメージ:★★★★★★★★★★
発覚後の対応:★★★★★★★★★★
リカバー度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
総合評価:★★★★★★★★★★



これが欧米ふうというやつでしょうか? 米米ふう? ベーベーふう。私にはなぜ今回の石井竜也(56)のスキャンダル対応がよかった、といわれているのかが理解できません。



たまたま目にした一般のご意見のなかには「神対応」とまで褒めそやしているものまでありました。「奥さんへの謝罪と愛を、公の場に同席させて誓ったことはむしろ凄い!」からだそうです。バカです。



 

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最初からいきましょう。「衝撃度」は石井竜也(56)なんだもん、とうぜん誰も驚かなくて「0」。本人のダメージも、そんなわけで神さま扱いまでしてもらって「0」。さて、「発覚後の対応」はいかがなものなのでしようか?



具体的に見ると、「発覚後の対応」は、まず東日本大震災被災地のホテルでの密会を書かれた雑誌(「女性セブン」3月17日発売号)の、発売の前日に公式ホームページに謝罪文を掲出したことです。



それと、翌17日にFMラジオ番組の公開収録後に妻のマリーザと手をつないで登場し、「本当に申し訳ございませんでした。家族にも申し訳ないことをした」とアタマを下げたこと、でしょうか。



ホームページに掲出された謝罪文というもの。全文、ていねいに拝読させていただきました。どんなに素晴らしいものか、と期待しながら。しかし残念なことに、どうにも軽く、とくに後半になるにしたがって浮き上がってくる自己陶酔のようすが、とても気持ちの悪いシロモノでした。まあ、竜也らしいといえば竜也らしいですけど。



この日はちょうど保釈になった清原和博の謝罪文も出されました。おそらく担当の弁護士事務所の手によるものだと思いますが、なかば事務文のこちらのほうが何十倍か爽やかで、なおかつ本人の心を感じるワンセンテンスもありで秀逸でした。謝罪文をお書きになるときには、ぜひお手本にどうぞ。



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えっと、それで竜也の妻のマリーザですね。2人で手をつないで現れたことに感心した人、あるいは違和感を抱いた人、両方いらっしゃるようです。知り合いにいわせると、これが欧米ふうなのだそうです。


欧米では一般的に、不倫だとか浮気だとかいうのは世間がどうこういう問題ではなくて、あくまで当人と家族たちの問題である、と。そしてそこでカタがついていれば、だいたいの場合はそれでノープロブレムだということです。あ、たしかマリーザはカナダ生まれのはずです。



ですからあれは、竜也のバカチンの件はもう片付いたのだ、というマリーザのアピールです。マリーザのほうから要請があったのだと思います。心配しているファンや関係者に告知しましょう、と。



しかしお2人、そこまでの大物ではないでしょう、と私は底意地悪く思いますけどね。ここは日本だし。いずれにしろ、このパフォーマンスは竜也が竜也の妻や家族への謝罪のために行ったものではありません。



それと、あるワイドショーでマリーザが出てきたのは竜也の事務所の社長だからで、一刻も早く騒ぎを終息させたかったからだ、といっていました。けれども、これもわかりませんね。



マリーザの口から管理不行き届きなどの謝罪の言葉はありませんでした。社長としての登場ならそれはマストのはずです。それにそもそも2人の収入源は同一なわけです。社長であろうとなかろうと、立場はあまり関係ありません。右も左も、バカばっかりです。



 

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で、ここは日本なわけです。家族、スタッフ、関係者はもちろん、そのほかに謝らなければならない“世間”という難しいものがあるのです。「いったい誰に謝ればいいの?」といってのけた園児みたいなオトナもいますけど。



簡単にいうと、集団のモラルや規範を破ればとうぜん制裁、懲罰の対象になりますよ、ということです。で、その度合いが阿吽の呼吸なわけです。竜也もゲスッチョ川谷もこれをすっかり忘れたのか、最初から知らないのか。



竜也でいちばん腹立たしいのは、その不倫相手の女とのあいだで話がついているのかいないのか、アナウンスがまったくないことです。女にしてみれば、せっかく彫った脚のタトゥーなのに、なんだか今後はうすら寒くなってしまう状況だというのに。



女に対しては、人間として責任を取らなければならない部分で、ファンなら知る権利があります。具体的な話の中身までを公開する必要はありません。しかし円満に片付いたかどうかは知らせるべきでしょう。



あと、グチグチいいはじめるとキリがないのですが、ファンに手を着けたこと自体、プロ意識に欠けています。しかもはじめてのとき(昨年12月)にはライブ会場にいた彼女をスタッフに呼びにいかせたらしいです(「NEWSポストセブン」2016年3月16日配信)。ゲスっぷりが川谷絵音にかなり肉薄してきました。ゲスッチョ石井。



そんなこんなで石井竜也は「リカバー度」だけがなぜか満点の「10」。残りはすべて「0」です。冒頭に戻ります。なぜ石井竜也の対応がよかった、といわれるのかがわからない問題です。



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再度考えてみるに、書かれた「女性セブン」の発売の前日に公式ホームページに謝罪文を掲出したことについて、坂上忍(48)が「即座に認めて、即座に謝罪してっていう潔さは、いまの芸能界をよくわかってらっしゃる。大人だなと思いました」(フジテレビ「バイキング」2016年3月17日放送)という発言をしたことからはじまっているのではないか、という気がします。



「忍」発言の妥当性についてはさておき、その発言の一部が切り取られて、「さすが芸能界をわかっていらっしゃる」となり、いわばサウンドバイツ化されて広まったのでしょう。しかし、「忍」は“速攻で謝ったのはいまの芸能界の空気が読めている”、ということだけを語っているのです。



それを「さすが芸能界をわかっていらっしゃる」とすると、そこになにかセオリーが隠されているような気になりますが、そんなものはありません。謝り方の問題ですから、ついでに述べておきます。早く謝ればそれでいいのか、です。



スキャンダル掲載誌の発売前に早々と謝罪してしまう最近の傾向です。ベッキーも発売日の前日に記者会見を開きました。なぜ前日にするかといえば、予防注射でワクチンを入れるようなもので、この件について世間に少しでも免疫をつくっておいてもらいたい、そして雑誌の前にこちらのいいぶんも聞いてもらいたい、と考えるからです。まあ、新聞広告を見てもビックリしなくはなります。



というわけで、私はそれは下心のある謝罪だと感じます。まあ、謝罪なんてほとんどみんなそんなものですけれども。しかし「発売前謝罪」は、さらにウソがバレそうになったときに自分のほうからあちこち出かけていっては「私、実はウソをついていたんです。どうしたらいいでしょう?」と相談をもちかけるフリをして相手を懐柔する手法と似ていて、そこがイヤです。



どうして世間のみなさまはそこのところお気付きにならないのでしょう? あ、そうですか。私の性格がひねくれているからですか。そうですか。でもほんとうは、それは私がむかしむかし何回か使ったテだからだよ〜ん。(了)



 

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【乙武洋匡×5人の女+α】
衝撃度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
本人のダメージ:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
発覚後の対応:★★★★★★★★★★
リカバー度:★★★★★★★★★★
総合評価:♂♂♂♂♂♂♂♂♂♂



世の中には物事のサジ加減がわからない人たちがいます。 乙武洋匡(39)もその1人です。浮気をはじめれば次々に人数をこなすし、謝罪をはじめればベラベラと喋らなくていいことまで喋る。たぶん、このサジ加減、程度がわからないということ、つまりは過剰というよりアンバランスであるというのも、カリスマに必要な資質の一端でしょう。おもしろいことに気付かせていただきました。



で、その乙武洋匡がどうにも不快なのは、もちろん妻を引っ張りだして一緒に「謝罪」をさせたやりくちです。すでにみなさんご指摘のように、不倫をされた側が謝罪をするなんて、まったくもって不思議なお話です。洋匡、説教強盗みたいなヤツです。



しかも保護者よろしく妻を引っ張り出すこのやりくちは、たぶんスキャンダル対応のほぼ1週間だけ先輩、石井竜也に学んだというかマネをした結果だと思われることも不快です。「忍」発のサウンドバイツ、「さすが芸能界をわかっていらっしゃる」が効いたのでしょう。



さらにその妻の謝罪声明に「妻である私にも責任の一端があると感じております」という文言があったことにも驚きました。おそらくは、なぜ妻のあなたが謝罪文を出さなければいけないの? というとうぜんの問いに答えるために、この一文が必要だったのでしょう。謝罪の理由です。



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少し話が別のところへいきます。「妻である私にも責任の一端があると感じております」と書かれれば、「責任の一端」ってなんですか? と、ふつうは疑問に思います。セックスさせなかったとか? あるいはブスだったとか? でも夫妻にはすでに3人の子どもがあります。じゃあ、やっぱり育児で妻が疲れ果てていたのが原因? いえいえ洋匡の不倫はもっとずっと以前からです。



で、ここでさらに、しつこく「責任の一端」ってなに? と考え続けることは、この場合、余計なのです。考えれば、洋匡が身体障がい者であることをひきあいに、なにか不自由なのかもしれないな、というようなことを思ってしまいます。具体的な心あたりもなく。そして結局はそこで思考停止。「差別」につながるのは嫌だと避けるからです。



今回のこの洋匡の件では「差別」がどれだけ人々の心に深く根付いているのかを痛感させられました。それはいわゆる差別用語が頻出したとか、あるいは侮蔑的な発言が繰り返された、ということではありません。



その逆に、多くの人が「差別」をしないように、「差別」にならないようにと気をつかった結果、ひどく不自然なふるまいに陥ってしまっていたことです。そしてまたこっちの穴、「差別」の落とし穴にはまらないか、とビクビクしながら考えています。



とりわけ、洋匡の事情を深読みして、自分で勝手に「不倫と呼ぶのは適当ではないのではないか」などと擁護しはじめた人物まで何人も現れたのには驚きました。事情を考えてやれよ、と。



 

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そう。理由はまったく異なりますが、私も洋匡の行いを「不倫」と呼ぶのは一面的すぎてあまり正しくないと思います。「不倫」は社会的な評価ですから。行為そのものに即したいいかたでいえば「猟色」あるいは「漁色」でしょう。女あさり。



で、そのような擁護に走る方々の発言や書いたものを読むと、とうぜん思い込みだけで成り立っている部分が多いです。なかには知らず知らず、どうしたわけかオットットな感じで差別する側に回ってしまっているものまで見受けられました。



たとえば「やくみつる」の『みんなのニュース』(「フジテレビ」3月24日放送分)での発言とか。詳しくは3月25日付の当ブログをお読みいただければ、と思います。



そのあとでも、西川史子(44)が3月27日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS)でやらかしています。



「ただ、障害をもって結婚されて、いままで私たちの知らないような苦しみとか悩みがあって、それを乗り越えて一緒にいられると思うんですよ。だから普通の不倫と一緒にしてはいけない気がして。〜中略〜きっと2人の間には、人から分からないつながりがあるんだろうなって思います」



史子、いったいなにを語っているのでしょうか? “普通の不倫”とは違う“仲良し不倫”だ、とでもいいたいのでしょうか? そしてそのことにどんな意味があるのでしょうか? そしてこの場合、なにが“普通”なのでしょう?



つまり、みなさん「差別」に対しては非常に敏感で、しかもそれは意識のそうとう深いところにまでしみ込んでいる、という感じです。放っておけば、もしかしたら自分も「差別」をしてしまうかもしれない、しかし「差別」しないように注意していればなんとなくギクシャクしてしまう、という感じ。



これはたぶん差別というものについて、いろいろな立場の方々と、直接しっかり話し合った経験がないからなのだと思います。よくわかっていないから怖い。幽霊と同じです。では話し合えばいいじゃないか、とおっしゃるかもしれません。



それではあなた、もし自分が差別される側にいるとして、それを話したいと思いますか? あるいは自分が差別された経験を他人の前で告白したいと思いますか? これは時間をかけて取り組むべき問題です。冷たい氷を陽射しのなかにおいて、ゆっくりと溶けていくのを待つような、作為のない受容の態度が必要です。



そんなようなわけで、第1報をスクープした『週刊新潮』が発売された3月24日の直後は、洋匡に対する厳しい批判はそれほど見られませんでした。しかしそれから、まあ、洋匡の肉食獣ぶりがことこまかに明らかにされるにつれ、「五体不倫満足」「五人大満足」などとひどいいい方をされるようになってきたわけです。



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先ほどの洋匡と妻の謝罪文の話に戻ります。これらを並べて読んでみますと、洋匡がそうとう悪いヤツだとよくわかります。あ、その前にひとつ。洋匡の文章《報道された私の行いは、これまで支えてきてくれた妻と、私を慕ってくださっている方々を裏切る行為であり、決して許されるものではありません。》のなかの《決して許されるものではありません。》についてです。



この言葉をつかう人を、私は信用しません。許されなかったらどうするのですか? という話です。ほんとうにそう思っているのなら時間のムダなので謝らないでください、です。自分で自分を断罪したような都合のいいこの語り口を、私は受け付けません。



同じようなものに「人間のやることではない」という言葉もあります。これもあまりに安直すぎる言葉です。2015年1月にシリアのアレッポで起きたISILによる日本人2名の拘束・殺害事件のとき、岸田文雄外務大臣(58)がこれを口にしました。



ISILは人間ではないということですか? 人間です。ものを考え感情を抱くことができる人間です。その彼らがなぜこのような残酷なふるまいをするのかを考えなければ、国際テロリズムという大問題解決の糸口さえ掴むことはできません。



「人間のやることではない」。この思考停止の魔法の言葉をふりかざして見せるのですから、一国の大臣ともあろうお方がそうとうに野蛮です。これは、ほんとうに日本人として恥ずかしく感じます。



またまた、もとい。乙武洋匡とその妻の謝罪文です。2人の関係がよくわかる箇所をご紹介します。互いに対応しています。

【洋匡】
《以前より、妻には私のこれまでの行いを打ち明け、話し合いをしておりました。一生かかっても償いきれないほどの過ちであるにもかかわらず、妻は私を許し、やり直そうと言ってくれました。
「夫として、父として、もう一度、あなたを家族として迎え入れたい」と言ってくれた妻に、今度こそ応えたいと思っています。》

【妻】
《

今日に至るまで二人でしっかり話し合った結果、3人の子どもたちのためにも、あらためて夫婦ともに歩んでいくことを強く決心致しました。
》



 

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うさん臭いのは、洋匡のいう、「以前より、妻には私のこれまでの行いを打ち明け、話し合いをしておりました。」ですね。これだとなんとなく、「以前より、〜これまでの行いを(洗いざらい一括して)打ち明け、話し合いをして」いたのかなあ、と思います。



ところがこの文の最後は「〜と言ってくれた妻に、今度こそ応えたいと思っています。」となっています。「今度こそ」ということは、以前にも何度か同じことがあったのです。つまり洋匡は以前からたびたび女のことで問題を起こし、その都度、妻と話し合いをしてきたわけです。



そして、まあ、人さまのお宅のことに立ち入り過ぎるようで気がひけますけれども、洋匡は「夫として、父として、もう一度、あなたを家族として迎え入れたい」と妻がいってくれた、と書いています。



つまり洋匡は妻に迎え入れてもらってなかったのです。この一文がなくてもすでに十分に意は伝わっているのですが、さらに、という感じで書き添えられている文章です。まあ、別居であれ別床であれ、受け容れられていなかったことを暗示しています。洋匡のささやかな弁明でしょうか。



しかし私は、基本的に、自分が許しを請うている話し合いのなかで、妻から「夫として、父として、もう一度、あなたを家族として迎え入れたい」という言葉をひき出した洋匡はケダモノだと思いましたね。



ですから、洋匡の謝罪文のここに対応する、妻の「あらためて夫婦ともに歩んでいくことを強く決心致しました。」という言葉がなんと痛々しく響くこと。とくに「強く」の部分ですね。お察しします。



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あ、いま私の倍は性格が曲がっている知り合いからチェックが入りまして、ソイツによると、謝罪文のなかの洋匡のささやかな弁明は不倫相手の女たちに向けてのものらしいです。で、こういう緊迫した場面にも女たちへの目線を忍ばせておくことで、歓心をつなぎ止めておこうという作戦らしいです。乙武は必ずまたやる!! そうです。ブスばっかりですけど。



そんなこんなで、洋匡はいまのところ「発覚後の対応」も「リカバー度」も「0」です。あざとさだけが目立ってしまっています。「衝撃度」と「本人のダメージ」は、次回参議院議員選挙での自民党公認もなくなりましたし、満点の「10」ということにしておきました。総合評価は、もうなにも語ることはないので「オス」ということで。(了)



追伸です。自民党が公認見送りの決定を下したことで、テレビ局の“上”が「乙武叩き」にゴーサインを出した、という報道があります(「サイゾーウーマン」2016年3月29日配信)。乱倫のそしりはとうぜんの報いですが、これが行き過ぎると、また差別的言辞が顔を出してくる怖れがあります。



あの2012年の醜悪な『週刊朝日』橋下徹特集で、「ハシシタ 奴の本性」を書いた佐野眞一(69)は、「イケイケドンドンの雰囲気があって、つい書いてしまった」というようなことをのちに述懐しています。ノンフィクション界の第一人者であった佐野眞一が、です。決して同じ轍を踏まぬよう、テレビ局のみなさん、くれぐれも自重をお願いします。(了)




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