2015年2月19日木曜日
虹色の花たち(ショートストーリー)
去年の夏 生まれてはじめての とても悲しい出来事が起こりました 私はひどく落ち込んでしまい 言葉も出せませんでした
気がつくと いつのまにかもの思いにとらわれていた ということが何度もありました
その日の朝は どこからか声が聞こえたような気がして我に返りました 他には誰もいないはずです
「悲しい人には 青いお花」
かすかに聞こえた可愛いらしい子どもの声は 確かにそういいました
不思議に思っていると 目の前の鉢植えのセントポーリアの花の深い紺色が みるみる鮮やかな青に変わっていきました
「悲しい人には 青いお花」
セントポーリアの花のかげから現れたのは 小さな小さな花の妖精です 妖精は私と目が合うと 髭のお侍に変身しました
「これはこれは 空の上のお花工場から うっかり転げ落ちてしまったでござる」
小さなお侍は腕組みをして わざと威張ったふりで話しかけてきます
「そなた 悲しんでおってばかりではならぬ」
お侍に変身したのは 私を笑わせるためだとわかりました
「悲しい者には青いお花 だが世の中には 赤も黄も緑もだいだいも紫も それこそ数えきれないほどの色のお花がござる 世界はあふれるほどの色でできておる」
お侍の妖精は うんとふんぞり返りました
やがて妖精を迎えに銀色の船が飛んできました そして私も一緒に乗せて ぐんぐんぐんぐん空を上っていきました
明るい空に目をこらすと うっすらと金色の満月とお星さまが見えました。
お花工場は 空に溶けこむような薄い灰色の手提げ鞄の形をして 両方の端にとても大きな円盤と風車が立っています
「あの円盤でお天道さまの光を集めて それから こっちの風車で雲を捕まえもうす」
お侍の妖精は 頭の上のちょんまげをいじりながらいいました
「雲ばかりでも お天道さまの光ばかりでも お花は育ちませぬ」
いつのまにか小さく縮んでいた私を お侍の妖精は真っ正面から見詰めました
「〈ある〉を〈ない〉にはできませぬ しかし〈ない〉を〈ある〉にはできまする そう我らは信じておるのでござる」
そのときまでは 人にどんなに親切に慰められても素直に聞き入れることができなかったのに お侍の妖精の言葉は なぜか深く心に染み入りました 胸が温かくなりました
「悲しい人には 青いお花 楽しい人には 黄色のお花 ぷんぷん怒っている人には まっ赤なお花 複雑な人には 紫のお花よ……」
お花工場の中では 唄いながらたくさんの妖精たちが 忙しく働いています
自分たちよりも大きな黄緑色の袋に じかん玉 いのち玉 ねむり玉をひとつずつ入れ 口をぎゅっと閉じて茶色の紐で固く結びます そうして出来上がった花の小袋を 屋上にあるシーソーの発射台から 空高く打ち上げます 妖精が一回一回 反対側の端に飛び乗って勢いをつけるので たいへんです
「いつか どこかで 誰かがこの花を見てくれる そう思うと楽しくて楽しくて」
妖精の一人が額の汗を拭いていいました
「難しいのは お日さまと雲くんを ちょうど半分づつにまとめることかな あの二人は本当は大の仲良しなのに 出しゃばりだから」
みんなが笑っていると 突然 大きな声が響き渡りました
「お星さまの花びらが散ってきました みなさん 今年のお仕事はこれでお終いです」
みんなが見上げた空から 真っ白な雪がひらひらと舞い降りてきます 大きな声は
「それではみなさん また春が来るまでおやすみなさい お疲れさま ごきげんよう」
と慌てた調子でいって終りました
「お別れです これをあなたに お土産です」
お侍から元の姿に戻った妖精が 急いで小さな白い一通の封筒を渡してくれました
私は急かされるままお別れをいうと 銀色の船に飛び乗りました お花工場では 妖精のみんなが屋上に集まり うなずきながら手を振っています 遠ざかっていく そのみんなの上にも雪が降り積もります やがて妖精は一人またひとりと体を横たえはじめ その上にも雪が降り積もっていきました
もらった封筒を見ると やさしい小さな文字で〈虹色の花たちの種〉と書いてあります
涙がとめどなく溢れました 別れが悲しくてではありません 心からの温かな 安心の涙です これでいいのです 私は船の甲板に腰を下ろし 膝を抱え しあわせな気持で いつまでも泣きじゃくっていました (了)
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