「あの人」
恨んだ人の 顔はあまりよく憶えていない
思い出したら 捨てられるのに
「けもののように」
わたしのあたたかな赤い血が
わたしの心の深い傷を探りあてるまで
腕時計の音に耳を澄ませている
「夜の歌」
果てなき群青の 底に沈んで
産まれを待つ魂のように
まるくまるく ふかくふかく眠りなさい
「記憶」
映画は観たくない 音楽も聴きたくない 本も
そういうものから果てしなく遠くへ
逃げてゆきたい
「ありがとう、だけど」
心がペシャンコに潰れてしまったから
君のやさしささえ あずかる場所がない
ただ そっとしておいてほしい
「写真」
こんなにも長くあなたの写真を見つめる日が
来るとは思わなかった
「この世の涯」
失うことばかりがやさしいこの世の涯は
どこにあるのだろう
傷つき続ける魂の涯は どこにあるのだろう
「絶望」
それから部屋のソファに
ひとり座っていると気づくまでの
記憶がない
「地にしたたる雫のように」
なんのためでもなく だれのためでもなく
ただ軒を伝い落ちていく 雨の雫のように生きている
「子どものように」
やらなければならないのに
どうしてもできない
やってしまわなければ前に進めないのに
どうしてもできない
みんな軽々と超えていくのに
超えられない
聞き分けのない子どものような
自分をもてあましている
「弧を描いておまえは」
闇夜にさえざえと光って滑り落ちていく
お前を追いかけてどこまでも走っていきたい
薄い青色の影を引きずって滑り落ちていく
お前の瞳の中をのぞいてみたい
何が本当で何が嘘だったのか
私の血の赤い色に照らして確かめたい
「確信」
煙草をくゆらして赤いワインを飲んだ
ナイフのような目つきの男がすれ違いざま
伏した視線で脇腹あたりをえぐった
何も起こらなかった二十二年の最後の日に
つまらない決心をしてしまわないように
煙草をくわえて雪の街を歩く
朦朧とした月が天蓋をかけたその下を
黒い機械のような息を盛大に吐きながら
通りを垂直に下る
凍えた耳が少しずつ月に向かって伸びる
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