2017年12月11日月曜日

美容整形を語る中尾ミエとミッツの、あまりもの無邪気



美容整形をなぜ嘲笑うのか? と考えた。もちろんそのことを直接・間接にバカにしようとするわけでもないけれども、心の底にはやはり、やっちゃったのね〜、という感慨がわく。もちろん整形外科についてはまったくその範囲ではない。



というのは、大々的にかつおおらかに“美容整形蔑視”を語っている記事を見つけたのである。これはかなり激しい。





◆『デイリースポーツ』2017年12月8日配信
【ミッツ、中尾ミエが芸能界の整形事情を暴露「一家総出で“証拠隠滅”」】

《手・中尾ミエが8日、 TOKYO MX「5時に夢中!」に出演。芸能界の整形事情について語った。

中尾は「我々の世界はちょっと会わないと、すっかり顔変わってる人いるからね~」と切り出し、「ほんっとに分かんない人、いるんですよね。あいさつされても、どなた…?」と明かすと、スタジオは爆笑。ここで金曜アシスタントのミッツ・マングローブが「持ち歌、歌って初めて分かる…」と合いの手を入れると、「そうそう」と中尾も笑った。

ほかの“あるある”として、「ついてる方(付き人、マネジャー)が同じ顔してて、思わずそっちに挨拶したりして」と暴露すると、金曜MCの原田龍二も爆笑。ミッツが「同じ(美容整形の)先生のところにお世話になってる…」と中尾の発言を補足説明した。

今度はミッツも「お母さんが顔変わってる、ってことありますよね。一家総出で“証拠隠滅”した、っていう」とコメントすると、中尾は「ご家族みんな同じ顔だから、みんなやった、っていう(笑)」と続け、ミッツは「また来ていただきたいなぁ」と意味深長に話し、中尾を大笑いさせていた。》





これがかなり激しい、と思ったのは、美容整形の指摘が本人に留まらずそのマネージャーや家族(一家総出!!)にまで及んでいるからだ。大袈裟にいえば典型的な差別構造の芽吹きの瞬間がここに垣間見えるのである。


ミッツ:「お母さんが顔変わってる、ってことありますよね。一家総出で“証拠隠滅”した、っていう」

中 尾:「ご家族みんな同じ顔だから、みんなやった、っていう(笑)」



こうして一族郎党もろともに嘲笑の対象になる。血縁にもとづく差別。そのなかにいて自分は素のままでいたいのに、と思うとする、そうすると「どうしてあのコの鼻だけあんななんでしょうねえ」とか「親子なのに似てないな」だの、「あれがホントのあそこんちの顔」だのいわれる苦痛が生まれる。これはよくない。



だがしかし、整形美容を嘲笑う気分はある。それはいったいなんであろう? 自分は整形美容などしなくてもなんとかなっている、という優越感であろうか? 世のなかは決して美男美女ばかりじゃないのにそんなにまでして、という忌避感であろうか? それともインスタントに美を手に入れようとする安易さへの反感であろうか?



美容整形=美容外科学は「専ら美意識に基づく人体の見た目の改善を目指す臨床医学の一つ」(Wikipedia)であるらしい。しかし、いうまでもなく美意識は時代とともに変わるし地域によっても異なる。今年人気の唇、などという微妙ないい回しまでされる。それってメイクの話? それともただの憧れの話?



こうした状況にあって、もともと自分の唇がとにかく気に入らないで悩んでいる人は、なにをもって“美”と感じ、それに似せようとするのであろう。そんなメンドくさいことではない、人気スターのような感じになれればいいんじゃないの、とおっしゃるかもしれない。しかしそのスターの人気だっていつまで続くかわかったものではないでしょ?



なにをめざして美容整形をするのか? 近所のスナックのお姉さんやオバちゃんに聞く勇気は、申しわけないがない。これ以上評判を落したくない。



でもって、遠くから小声でそれはたぶん同調圧力なんだろうなあ、と呟くのである。なんとなくみんなと同じでいたい、というどこからともなくやってくる圧力。今回知ったけれどもこれはほんとうにスゴい。ネットには“量産型女子になるには”みたいなハウツー記事まで大量にある。 アララララララ、オジサンびっつり!!(by高田純次)



一方、みるからにハーフみたいな顔、などという思い切ったカスタム需要は、たぶん水沢アリー(27)みたいな方々に限定されている。と思う。水沢アリーみたいな、というのはいろいろな意味とレベルでの人気商売に従事する方々である。



うむ、それで私たちは同調圧力に屈した人々を、つまり脱落者のごとくに笑っているのであろうか? いくらブス、ブオトコであっても心を強く、堂々と生きていくことが正しいのか? 正しい。



うむ。一方ではその正しさを誇りとしてそれにすがっていなければ生きていけないという事情もある。かもしれない。状況はそこまできている。しかしまたたとえば同調圧力や醜形恐怖をまったく感じないのは幸せなことであろうけれども、ホントにそれでいいのか、という気もする。まわりは迷惑なんじゃないのー。



人はみなそれぞれ違って美しい、なんてウソ臭すぎてたまらん。ヒトに対する美醜という概念は本質的に差別的で、人間はひどく差別的な生きものなのである。難しい、つまらぬところへ踏み込んでしもうた。(了)




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