藤原紀香(44)です。またまた策士ぶりを発揮しているようです。今度は京都四條南座に片岡愛之助(43)を訪ね、2人して楽屋の挨拶回りをしたという話です。紀香、愛之助の結婚話には、もうほんとにウンザリですけれども、考えようによっては、これはこれでまた馬鹿馬鹿しくて面白いかと思い、ご報告することにしました。
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今回は紀香ですから、それだけでそうとう鬱陶しいので、せめて文章だけでも倉敷の白壁のように端正で爽やかな感じにしてみたいと思ったわけです。しかしそうは思ってみたものの、考えてみたらそれほどの文才もないので、とりあえずはいつものデアル体を止めて、デスマス白壁体で書いてみることにしました。
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今回の話の出発点は、紀香と愛之助が2016年3月に結婚することが決定的になった、と『日刊ゲンダイ』が12月10日に報じたことです。「本誌の取材」でわかったそうです。それによりますと、12月7日の京都四條南座での公演の昼の部が終演後、出演している役者さんの楽屋を2人でまわり、「結婚報告」を行ったそうです。
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記事に掲載されている「松竹関係者」のコメントでは「幹部だけでなく、同輩、後輩役者の楽屋を一つ一つ訪問して丁寧に結婚の報告をしていました。手土産は京都の有名和菓子店の抹茶菓子。紀香さんは和装ではなく普段着でしたが笑みを絶やさず、“うちの愛之助をよろしくお願いします”とつつましやかで、もう梨園の女房然としていた。来年3月に結婚予定だそうです」だったそうなのです。1ヵ所、デスマス体ではないですね。気をつけてください。妄想力は満点です。
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さらに、「別の松竹関係者」による、片岡仁左衛門(71)の楽屋にはとりわけ滞在時間が長かったという話も報じています。「同じ『松嶋屋』一門のトップで、愛之助が芸養子になった片岡秀太郎(74)の実弟です。当代の仁左衛門さんに紀香を紹介したということは結婚は確定。愛之助は将来、大名跡である『片岡仁左衛門』を継ぐ可能性もありますからね」なのだそうです。
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この記事を読んだときには、そりゃもう驚いたのなんの、ではなくて、正直またかよー、と思いました。愛之助には紀香と結婚する意思などサラサラなく、紀香の後ろ盾であるバーニングプロダクションの周防郁雄社長(74)も、先月10日に紀香への憤りをリークし、表向きこの件から手をひいているからです。
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さて、検証してみましょう。なにしろ紀香の仕掛けですから例によって突っ込みどころは満載です。いちばんおかしいのは、紀香にはすでに来年7月3日〜8月11日の日程でミュージカル出演のスケジュールが入っていることです。別所哲也(50)、太川陽介(56)らとの共演による「南太平洋」です。しかもこれ全国ツアーですよ。全国ツアー。
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梨園の妻というのはそれだけでたいへんに多忙なものだそうです。しかも結婚してまもなければ、とり急ぎ学ばなければならないことも多いはず。それを全国ツアーと掛け持ちというのは、どう考えても無理な話です。芸能活動との二足のわらじ自体、関係者や後援者が許さないでしょう。ですから3月結婚なんて、まったくあり得ない話なのです。
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ふたつめの疑問は、いきなり役者さんの楽屋を訪ねて「結婚報告」をするという段取りのメチャクチャさです。歌舞伎界はしきたりの世界です。ふつうは、挨拶回りは婚約が正式にととのってからのことです。それを唐突に「 うちの愛之助をよろしくお願いします」って紀香が。そんなことがあるのでしょうか。バカですねー。
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結婚までの段取りは、結納→挨拶回り→婚約会見→結婚式・披露宴、というのが正しい流れです。で、婚約会見から結婚式までは約半年ほどあけます。歌舞伎界の人気役者の結婚式というものには、それだけ準備に時間がかかるのです。
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ちなみに中村勘九郎さん(34)と前田愛さん(32)が結婚したときには、2009年4月26日に結納を交わし、同日に婚約会見が行われました。結婚式は10月28日です。市川海老蔵さん(38)と小林麻央さん(33)のときは、2010年12月24日に結納、年が明けて2011年1月29日に婚約会見、そして式は7月30日でした。
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あの暴れん坊将軍の海老蔵だって、婚約会見から結婚式まで半年かけているのです。ですから紀香と愛之助が3月に式を挙げるとすれば、9月の段階で結納と記者会見をすませていなければなりません。もう3ヵ月も遅れています。まだ結納もすませていない段階で“来年3月結婚”なんて、とうていあり得ない話です。
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それにしても、10月8日にスポーツ3紙がわざとらしくもいっせいにトップで「来年春にも結婚か」と書き立ててから、一貫して3月がメドですね。紀香の45回目の誕生日がたしか6月28日ですからねー。一度そういうことにしてしまうと、なかなか修正がしにくいのだろうとは思いますけどねー。
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いま気がつきましたが、今回の『日刊ゲンダイ』の記事は、この10月8日のスポーツ紙の記事とあまり変わりがないのです。「関係者」が「松竹関係者」になった程度のことです。
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10月8日の、たとえば『スポーツ報知』の記事は「関係者によると、2人はすでに、歌舞伎関係の後援者ら親しい関係者に結婚する意向であることを報告。9月には、兵庫・西宮の紀香の実家を2人で訪れ、両親に『結婚を前提にした交際をしています』とあいさつしたという」でした。関係者に報告、ですよ。
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もう、ほんとうにいつまで恥の上塗りを重ねれば気がすむのか、です。しかし、ここまできてさらに、またひどく痛い話がありました。それは例の紀香のブログ「氣愛と喜愛でノリノリノリカ★NORIKA's sensation」にアップされた内容です。
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京都四條南座を訪れたという12月7日付の更新分は、たわいもないスポーツシューズの写真と「さあ、今週も楽しんでがむばりましょう」というゲンナリするメッセージです。
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で、翌8日分です。午前11時2分に更新されています。「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)様、発見」ということで、鳥居の下に佇むノリノリノリカの写真がアップされています。
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写真に写っている鳥居に掲げられた額には「大辯才天」と書かれています。これつまり奈良県吉野郡天川村にある天河大弁財天社の鳥居ですね。そういう紹介はされていませんが、写真でわかります。
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ふうん。紀香、昨日(7日)は京都へいって奈良を回って帰ってきたのよ、と暗にいいたいわけです。しかしですよ。京都四條南座にかかっているのは「吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 四代目中村鴈治郎襲名披露」で、午前の部は10時30分からはじまり、休憩を挟みながら延々午後4時まで続くのです。
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天河大弁財天社といえばけっこうな山の中ですし、京都からは車を飛ばしても2時間はかかります。挨拶が終わってからでは、到着時すでに真っ暗ですよ。この日、京都四條南座のあとに訪問するのは、とうてい無理な話です。鳥居の下に佇む紀香の写真は、昼間、デイライトの撮影でしたし。墓穴を掘るとはこのことですね。絵に描いたような墓穴。やっぱりバカです。
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そうして考えるとですよ、昼の部と夜の部のあいだの休憩時間に、30人ほどもいる役者さんの「楽屋を一つ一つ訪問して丁寧に結婚の報告」をすることも果たして可能なのか、と疑いたくなります。なにしろ45分間しかありませんから。
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役者さんが30人としてざっと計算すると、割当時間は1人平均1分半。さらに「片岡仁左衛門(71)の楽屋にはとりわけ滞在時間が長かった」らしいですし。まあ、これもムチャクチャなお話でございます。
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と、いうことで、今回も突っ込みどころ満載の、紀香の大活躍でした。それにしても、『日刊ゲンダイ』はいったいどういう取材をしているのでしょうね。かつてのどこかのスポーツ紙のように「間違っていないのは日付だけ」といわれないようにしてもらいたいものですけれど。の。←ノリノリノリカ風。(終)
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