2016年10月14日金曜日

メリー喜多川の女帝譲位、すでに準備は完了!!



ジャニーズ事務所といえばメリー喜多川。これまでジャニーズ事務所の将来を握るキーパーソンといえば、メリー喜多川(89)しか思い浮かばなかったのである。なんらかのカタチでメリー喜多川が退けばそれすなわちジャニーズ事務所にとっての決定的な危機になるであろうと。



弟のジャニー喜多川(85)についてはまったく考えていなかった。経営は姉のメリー喜多川が掌握していてしかもその姉にはまったく頭が上がらないようなのだから、ジャニー喜多川の存否をジャニーズ事務所の将来と重ねて真剣に考えてみることはしなかった。なにしろ丸4日間も1人でエレベーターに閉じ込められてもとくに支障が起きなかった社長なのである(2014年)。しかも極端に情報が少ない。



しかしここへきて突然、無視できない奇妙な情報が飛び込んできたのである。以下「サイゾー」グループのニュースサイト『ビジネスジャーナル』(2016年10月12日配信)からの抜粋である。



《「来年、ジャニー喜多川社長の退任が、既定路線になっているという話があるからです。『JUMP』はジャニー社長の鳴り物入りでスタートしたものの、あまり活躍できていません。ここ最近は、事務所が総力を挙げてゴリ押ししているとまで目されるほど、人気獲得のために手をつくしていたようでしたが、それもうまくいっているとはいえない状況です。そして、ジャニー社長の後任に就く予定とされる藤島ジュリー景子は、すでに『JUMP』の将来性を見ていないともいわれているんですよ」(芸能ライター)》



「来年、ジャニー喜多川社長の退任が、既定路線になっている」とは初耳である。ほんとうなのであろうか? 退任するとすれば10月12日の86歳の誕生日であろうか? 来年の一昨日、豆乳の日。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開会式に色目をつかっていたのに?



しかし考えてみれば来年退任説が仮にガセであったとしても、退くときは遠からず必ずやってくる。いまの喜多川姉弟はどちらが長く走り続けられるか、どちらが先に倒れてしまうか耐久レースをしているようなものだ。ジャニー喜多川についても考えておかなければならない。いや、考えなくても別にどうってことはないのだけれどもヒマだから。



まず気になるのは、ジャニー喜多川のジャニーズ事務所内での位置である。もちろん代表取締役社長である。しかしジャニーズ事務所には代表者があと2人いる。メリー喜多川とその実の娘の藤島ジュリー景子(50)である。役職はともに副社長。で、副社長コンビは一心同体。メリーはジャニーズ事務所の後継者はジュリー景子だとすでに何度も公言している。



一方、弟のジャニーは『SMAP解散騒動の全内幕』(「宝島社」2016年3月28日発売)によれば、SMAPの元チーフマネージャーであった飯島三智(58)のプロデュース能力をたいへん高く買っていて、将来的には「ジュリーはオーナー、現場のメイン・プロデュースは飯島」と構想していたらしいのである。



そのためにジャニーは自らが代表取締役になり、役員に飯島三智を据えた関連子会社「ジェイ・ドリーム」を設立している(2005年)。「ジェイ・ドリーム」はジャニーが飯島三智のためにつくった会社といっていいと思う。



SMAPの離脱が取り沙汰されはじめた去年の秋ごろまでさかんにいわれていた、ジャニーズ事務所の派閥問題というものがある。つまりメリー&ジュリー派と飯島派が対立し、その中間にジャニー派がいるという3派鼎立の図式である。しかしいま考えれば、実は表立ってこそいなかったけれども、底の部分においては、メリー&ジュリー派とジャニー&飯島派の2派対立の構図だったのである。



ああ、なぜいままで考えてみようとしなかったのであろう。簡単なことである。わが娘のジュリー景子を後継者にというメリー喜多川の考えと、「ジュリーはオーナー、現場のメイン・プロデュースは飯島」というジャニー喜多川の考えとは一致しない。



これまでも親族重視の経営を続けてきた異常なほどの家族愛のもち主、メリー喜多川が望むのは、なんの憂いもない万全な態勢でのジュリー景子への継承である。ジャニーとしてはジャニーズ事務所の将来を真剣に見据えたうえでの構想であったのだけれども、所詮は他人である飯島三智とのツートップなど認められるわけがないのである。きっとトラブルの元になる。



ジャニー喜多川と飯島三智の関係については『LITERA』(2016年3月27日配信)が以下のように書いている。



《〈略〉 飯島氏にSMAP以外のグループのプロデュースを担当させはじめたのもジャニー氏である。10年に赤西仁が脱退したKAT-TUNや、NEWSを脱退してソロになった山下智久を手始めに、12年から13年にかけては、ジャニー派のジャニーズJr.や、“スペオキ”と言われる中山優馬はもちろん、それまでジュリー派と見られていたタレントのプロデュースも次々と飯島氏が担当するようになっている。

飯島氏も期待に応えて手腕を発揮し、たとえばファンの間では高い人気を誇りながら、一般への浸透度で苦戦していたKis-My-Ft2のプロデュースでは、SMAPとのバーターで露出を増やす一方、中居にグループ内ユニット「舞祭組」をプロデュースさせるなど次々と仕掛けを成功させている》



こうした動向は当然メリー喜多川にも「ジャニー・飯島連合」を強烈に意識させたはずである。で、いわゆる“飯島潰し”が激化していくわけである。そして『週刊文春』2015年1月29日号に「ジャニーズ女帝 怒りの独白5時間」が掲載される。例の“SMAPを連れて出ていけ”発言のあったインタビュー記事である。



メリーはこの『週刊文春』のインタビューで、「ジェイ・ドリーム」について「ジャニーは首にしたほうがいいんじゃない? だって、ジャニーは給料ももらったことないし、書類も見たことないじゃない。会社も行ったことないじゃない?」「ジャニーには(ジェイ・ドリームの社長を)辞めさせなさい。私が迷惑するから。だって、ジャニー、自分が社長になってるの知らないんだもの」と語っている。



私はこれまでは、そしてこの『LITERA』もそうらしいけれども、メリー怖さのあまりジャニーがウソをつき、それで飯島三智1人がなにかを企んでいると疑われ追放されるに到った、というふうなニュアンスで考えていたのである。メリー喜多川、実際に、ほんとうに怖いのである。ああ見えて鉄火肌の姐御なのである。



うむ。しかし実際はもう少し現実味のあるお話なのである。自分でいっておいてなにをシャアシャアと、である。『週刊文春』2015年1月29日号のインタビューの前に、おそらくはその直前に、姉による弟潰しは完了していたのである。当時メリーは88歳か87歳、あまり時間の余裕はない。早めに片付けておきたかったはずだ。どうやって潰したかといえば、「ジェイ・ドリーム」をもち出すまでもない、まあ恫喝であろう。



「おい、ジャニー。私がお前の不始末をどれだけモミ消してやったと思ってるんだ? 忘れたならあのコたちをまた呼んできて話をさせてもいいんだ。お前、少なくともこの日本にはいられなくなるよ」



くらいのことで十分である。メリー、怖いのである。マジで。そしてメリーは弟の粛清が終わったことを飯島三智並びに世間に布告するために『週刊文春』のインタビューを受けるのである。このインタビューは1983年以来といわれている。メリーがなんの目的もなく受けるはずがないのである。



メリーはインタビューの最中、突然思いついたように飯島三智を呼び寄せ、「ジャニーには(ジェイ・ドリームの社長を)辞めさせなさい。私が迷惑するから。だって、ジャニー、自分が社長になってるの知らないんだもの」と語るのである。戦慄の勝利宣言である。



最初にこのインタビューを読んだときに、超多忙なはずの飯島三智がなんともタイミングよく事務所にいたものだと驚いたのだけれども、あらかじめ勝利宣言のためになんらかの口実で足留めされていたのだと考えれば納得がいく。



さて本論である。では、姉に対してぐうの音も出せないジャニー喜多川など、もうただのクシャおじさん、あるいは腐ったリンゴおじさんでしかないのか、たとえいなくなってもいま売り出しのHey! Say! JUMPが脇に追いやられるくらいか、というと、そうでもないのである。



ジャニー喜多川、ジャニーズ事務所の筆頭株主なのである。メリーに強奪されていなければ。いまは削除されてしまっているけれども、2010年の段階ではWikipediaに株式保有についての以下の記載があったのである。上場はしていないので現状を調べる手がかりは残念ながらない。



ジャニー喜多川 (代表取締役社長) 60%

藤島メリー泰子 (代表取締役副社長、ジャニー氏の姉) 10%

伊豆喜久江 (取締役兼社長秘書) 10%

藤島ジュリー景子 (代表取締役副社長、藤島副社長の長女) 10%



“藤島メリー泰子”とはもちろんメリー喜多川の本名である。伊豆喜久江(68 or 69)は、メリー喜多川の秘書である。厳密には2016年2月に退任しているので、秘書であった。『ジャニーズ50年史』(「鹿砦社」2016年3月)によれば、2003年に関連会社の「ジェイ・ストーム」などによる10億円の所得隠しが指摘された際に名前が出てくる。



それまで「ジェイ・ストーム」はジャニーズ事務所51%出資の子会社であったのに、このとき「代わりに藤島ジュリー景子や、同事務所の裏の後始末仕事を引き受けているとされる伊豆喜久江らの個人出資に切り替えられたのだ。登記上は『たんなる取引会社』の関係になっていた」(「ジャニーズ50年史」)なのである。ジャニーズ事務所本体への影響を怖れたのであろう。



まあ、伊豆喜久江 、ヨゴレ仕事も引き受ける子分みたいなものである。森の石松とか。にしても、その 伊豆喜久江が今年2月に退任していることは、メリー喜多川以後、つまりジュリー景子時代への布石が着々と進んでいることを窺わせる。余談だけれども、株式の持ち分、上記4人を合わせて計90%である。残りの10%はいちおう取締役に名を連ねている近藤マッチ彦(52)とか東山紀之(50)とかが少しづつ保有しているのであろう。木村拓哉(43)が貰ったかは知らない。



おお、本論に戻ろう。ジャニー喜多川がいまだ60%の株式を保有していれば、圧倒的優位。一発逆転もありうるのである。なぜ一発かというと、メリーがあまりに怖いので、反撃のチャンスはジャニーの死の直前、あるいは死んでからの1回しかありえないのである。イタチの最後っペ作戦である。ヘタレである。



無責任ないい方だけれども、いちばんおもしろいのは、実はこっそり養子縁組みをしていた、であろう。ジャニー喜多川がもつ株式はそっくり養子に相続される。これに関していうと、ジャニーの交友関係はまったくのナゾなのであるけれども、2011年には不可解な「自宅マンションに籠城された事件」が起こっているのである。



犯人は《プリペイドカードや各種金券類を取り扱う、 創業50年の老舗会社「株式会社サンデックス」の代表取締役社長・鵜瀞敏男(うのとろ としお、世田谷区尾山台、当時52歳)》(ジャニーズ百科事典)である。ジャニー喜多川は「面識はない」としているようだけれども、ダブルオートロックシステムのタワーマンションの居室に単独で入り込めたことなど、不思議な点が多い。



しかも 鵜瀞敏男、月商3億円以上、不動産もいくつが所有するリッチマンなのである。事業は親から譲り受けたというから、いわゆる坊っちゃんであろう。そこらのチンピラ物盗りではない。こんな具合であるから、いつどこからジャニーの大の仲よしがヒョッコリ顔を出してこないとも限らないのである。



しかし迷う。難しいところである。今年の1月、SMAPの独立騒ぎの最中には実は体調が悪くて入院していた、とあとになって弁解しているし、解散についてはボクが命をかけて守る、とまでいっておきながら、あっさり解散されてしまっているのである。影響力ゼロ、発言力マイナス。ただ単純にメリー姉ちゃんが怖くて逆らえないのであれば最後っペに期待できるけれども、もし株式を奪われていたなら、もう手も足も出せない。実際問題、娘のジュリー景子に万全のカタチでジャニーズ事務所を引き継ぎたいメリー喜多川がジャニーの株式に目を付けないはずがないのである。



ああ、そうか。メリー喜多川が例の『週刊文春』のインタビューを受ける前、弟潰しをしたときに、その弟がもつ株式にも手を出していた、と考えるのが妥当なのかもしれない。それがショックで弟ジャニーは体調を崩して1月に入院したし、SMAPはボクが命をかけて守る、といったのは、もうそれしかかけるモノがなかった、ということではないのであろうか? 相手にされなかったけれども。ああ、ジャニー、やっぱりただのクシャおじさん、あるいは腐ったリンゴおじさんでしかないのか……。それともジャニー・飯島連合の残党、落ち武者。



しかし私はそれでもジャニーの最後っペに期待したい。遺言、養子縁組いずれかの手段で、ジャニー喜多川の保有する株式をメリー&ジュリーのラインとはまったく別の人物に継承させていただきたいのである。ヒマだから。どうせジュリー景子1人では先が見えているのだし。イチオシは中居正広(44)である。メガトン級の最後っペになるであろう。ジャニー喜多川のオナラ、私は絶対に、死んでも嗅ぎたくないけれども。祈る。(了)



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