2017年3月21日火曜日

愛子さまの激痩せ報道から考え直さなければならないこと



【“激ヤセ”愛子さま、精神科医と専門医が疑う「拒食症」と「突然死」の可能性】という記事が『週刊女性』(2017年3月14日号)に掲載されていた。これをデジタル版『週刊女性PRIME』(2月28日配信)で見ると、記事の冒頭に通学途中の全身写真2葉が掲げられている。



「昨春と今年2月の愛子さまではまったく違ったお姿に」というキャプションが添えられた写真は向かって左側が「昨春」、右側が「今年2月」だ。どこにもそんな右か左かの説明はないけれども、ひと目でわかる。もし万一ひと目でわからなくても、ごていねいにといおうか左側の「昨春」のふっくらとした姿の愛子さまは左手にコンビニで買ったとおぼしきソフトクリームを持っておられる。



2葉の写真のあまりにも激しい変化に目を奪われて、おお、やんごとなきお方も学校帰りの買い食いなどされるのであるか、という感想はそうとう時間が経ってからでなければ浮かんでこない。そして、しかしいったんそう考えれば、この写真は言外にだから太っていた、こんなに食べるから太っていた、と揶揄しているようにも見えて底意地の悪さも感じてしまうのである。おそらく愛子さまご本人がたまさかこの写真をご覧になれば激しく忌避されるであろうと民草の私にも想像がつく。



対して向かって右側の「今年2月」の愛子さまはこれも通学途中のカットらしく、横断歩道をやや大股で渡っておられる。「まったく違ったお姿に」というキャプションの通りいささか痛々しいまでに痩せている。もちろんソフトクリームなど持ってはいない。2月のこととて学生コートを着ていても「まったく違ったお姿」がいっそう寒々しい印象を与える。



記事を抜粋してみよう。

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《この日も確かに愛子さまは、“定番”のマスクもつけずに朝から元気に学習院へ登校された。

しかし、脚は枝のように細く、肌の色も極端に青白くなられていた。

「今回の皇太子ご一家の近影に写る愛子さまは、2か月前の誕生日のときよりも、さらにおやせになっています。

東宮大夫会見でも記者から“愛子さまは大丈夫なのか”といった質問が飛び、小田野東宮大夫は“食事も召し上がっていて学校を欠席していた時期とは違う”と答えていたのですが、ご体調が心配です」(宮内庁担当記者)

2月9日には、「風邪の予兆」という曖昧な理由で学校を欠席されている。おやせになったことで免疫力も低下しているのかもしれない。

しかし、周囲が心配するほど“おやせになった状態”の中で活動はご活発。年始にはお友達と長野県の奥志賀へスキー旅行、3学期はほとんど休まず学校に通い、先日行われた「百人一首大会」では、約40枚の札を取ってグループの中で1位という大活躍をされた。

ご体調に問題はないように思われるのだが……。

「愛子さまは摂食障害の中でも『拒食症』の可能性があります」

今回公開された写真などを見てそう話すのは、新谷医院院長で摂食障害に詳しい精神科医の新谷太さん。

拒食症とは食べられないのではなく、食べものを拒んでしまう病気のことだという。

「これだけやせてしまうと、すぐに疲れてしまうと思われがちですが、むしろ本人は普段よりも活動性が増して元気になることが多いのです。身体は疲れているはずですが、本人は疲れていないと言うのです」

なぜ拒食症の患者は、体力が落ちているのに元気に振る舞ってしまうのか。

「著しくやせているにもかかわらず活動性が高く元気なのは、自分で体重をコントロールできたという感覚がうれしくて精神的にはしゃいでいる状態です」(新谷医師)

拒食症は非常にまじめで、物事に対して一生懸命になる10代から20代の女性に多い傾向がある病気だとも。

「体重の著しい減少があり、食べることや体重が増えることに対して異常な恐怖心を持ってしまう疾患です。摂食障害はすべての精神疾患の中でいちばん死亡率が高く、死因は餓死などが多いですね」(新谷医師)》

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記事はこのあと体への拒食症の影響についての説明が続く。われわれの立場からすれば拒食症だと断定して知らされているわけではないけれども、やはりそうなのだろうなあ、という感じである。



食べることにある種のオブセッションを抱いてしまうのはきわめて現代的な現象であろう。全体としてみれば本来、生存の本能に応える行動として機能しているはずなのにそれがうまくいかなくなるというのだからたいへん深刻である。



この写真のように“食”と“美”があまりに密接に結びつけられていることに問題があるのではないか、と私は思う。たしかに必要以上に食べれば太るし食べなければ痩せる。私もスーパーマーケットでノロノロ歩きのデブ一家のあとに着いてしまい、「お前らはもう食わなくていい!!」となんど叫びそうになったことか。



もちろん“美”の規範が私たちの社会ではスリムになり過ぎていることにも問題はある。われわれの社会、主に先進諸国では国や民族を問わず一律に“スラリとした体型”が美しいとされている。それでいいのか? ハリウッド映画がアメリカ優位を宣伝するプロバガンダの役割を担ったことを私たちはすでに知っているけれども、この“スラリとした体型”グローバリズムにもなにかたいへん怪しいものを感じる。



ブラジルを見ろ!! あのデカいケツこそ“美”でありセクシーであるとする孤高の美学、エロ精神をみならうべきではないのか? いやいやムリではない。デブ好きの男は実に多い。世間の目を気にしてなかなかカムアウトできないだけである。俗にいうモデル体型にはあまり魅力を感じずプラスサイズモデルを見ていたほうが楽しいタイプ。アデル(28)がグラミーで5冠を獲得して歓びにむせび泣いたタイプ。はみ出し食い込みが好きなタイプ。ほら、あなたも。



私はデブだけにかぎらずデブを連れている男も好きだ。世間に流されない自然体の強さを感じる。それに引き替えたまさか金に恵まれてこれみよがしにモデル体型を連れ歩いている男などはバカに見える。でしょ? あいつとかあいつとか。モデル体型そのものを非難しているわけではない。しかし私個人としてはデブでなくてもいい、普通の体格でいい、モデル体型はちょっと困る。



にもかかわらず磯山さやか(33)のファンなのに「最近少しスッキリしてますますきれいになりましたね!! ナイス!!!」などとツイートしているヤツまでいるのである。ほんとうはデブが好きなのにデブが好きで磯山さやかのファンになったのに、周囲の気配に押され、さらにいそっちが傷つくかもしれない、などと考えて自分自身を偽っているのである。そしてそうこうしているうちに自分がデブ好きだということまで忘れてしまっているのである。世の潮流恐るべし。それにしても世の男がもうすこし自分に素直になれば、極端なスリム崇拝は是正されると思うのだけれども。



まあ、男たちみんながてんでにそれぞれのことをいいはじめると、女としてはなにを規範にすればいいのか? という問題もでてくるのであろう。なにを目標に頑張ればいいのか? でもそこが個性の発揮のしどころだと考えればいいべさ。そのうちDNA分析で個人それぞれの健康的な体重の幅というものが出てくるようになるだろうし。



で、“食”と“美”の密接すぎる結びつきについてである。“食”と“美”、マズローの欲求5段階説に模していえば、最も下の「生理的欲求」レベルから最も上の「自己実現欲求」レベルがダイレクトに接しているわけである。ここが、たとえば摂食で「自己実現」ができるという抗い難い誘惑を生む。



食べる・食べないだけのお話ではない。たとえば極端な美食も、この「生理的欲求」と「自己実現欲求」のダイレクトな接続の例だといえる。だからいつも渡部建(44)にはいつもイライラさせられるのである。



またはしょってきた。であるから「生理的欲求」から「自己実現欲求」に一足飛びに目をむける前に、そのあいだにある「安全欲求」「社会的欲求」「尊厳欲求」にも目を向けましょうよ、といいたいのだ。「社会的欲求」とは組織に所属し、良好な人間関係を築きたいとする欲求、「尊厳欲求」とは尊敬されたい、責任を任せられたいという欲求である。おお、マズローも役に立つではないか。



食べることで直接“美”をコントロールしようとするのではなく、そのほかのさまざまな行動や思考の努力もあわせて“美”を考えましょうよ、ということである。そしてまた一方で私たちはそういう“美しさを見る目”を養いましょうよ、なのである。TEDでの使用可。ご自由にどうぞ。



愛子さまが拒食症であると決まったわけでもないけれども、民草としてはこの機会にこれくらいのことも考えたほうがいいのでは、と思う。ちなみに私は身長対体重でいうと若干太り気味。冬のあいだにたるみきった。(了)


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