女尊男卑、うわっ!! 一発で変換できた! と感動したらもともとある言葉だった。考えてみれば男尊女卑という主義思想があればとうぜん女尊男卑もあるのがあたりまえっちゃあたりまえ。それが男女平等というものでしょ。「ダンピジョソン」ではやっぱり変換してくれないし。まあ気圧配置の西高東低(冬)、東高西低(夏)みたいなものだ。風を吹かすほうが先にくる。
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私のアタマのなかに女尊男卑という言葉がなかったのは、たとえば現状まったく同じ体重の男と女がシーソー乗ったとして、男尊(↑)女卑(↓)に見えるだろうな感じがするからだ。フラットに見えている状況で男尊女卑。だからことさら男尊女卑だといわれればそれは男のほうが途方もない傲慢な行動に出たように感じられる。であるから逆に女尊男卑などはとうてい現出し得ない絵空事のように思うのだ。男尊女卑の社会に生まれたのに戦後民主主義の申し子として育つとこうなっちゃうのね、きっと。氏と育ちのダブルバインド。
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もうすでにお気づきの方がいらっしゃると思うけれども、今回はフィフィ(40)のツイート(2017年3月21日 02:39)についてである。以下原文。
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《娘はお父さんキモい、洗濯一緒にしないで…息子がお母さんに優しくすると、マザコン扱い。日本のここだけはほんとおかしいと思う。まず娘がお父さんを汚いもの扱い、これ夫婦間が影響してると思うし、母親想いの息子をマザコン扱いって、女の嫉妬が影響してる気がするし、やっぱ女尊男卑よね、日本は。》
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お父さんキモい、母思いの息子をマザコン扱い。これだけで「やっぱ女尊男卑よね、日本は。」と決めつけるなんていったいなんざんしょ、お話しにならないわよあなた(by夫人)。そんなことをいったら「ブスはキモい」「オジジ好きはファザコン」も同じじゃないのあなた。そういう親不孝娘や若い衆をとりあげて「日本」にまで拡げられてもねえ、である。
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それ以上に見渡せば「紅一点」であるとか、さらには「女性教師」「女性警察官」というように必要もないのにことさら女を意識させる表現がふつうに転がっていることに違和感は感じないのかしらん。こんなところに女なんてめずらしいや、というのも女卑じゃないのー。いやいや実際にめずらしいのだからいいじゃないの、とおっしゃる? そう、つまり、もう、その構造自体が男尊女卑なわけよ。企業の女性管理職比率は6.6%(2016年8月15日・帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査」)。これでも前年より0.2ポイント増えたのよん。
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もっと極端な例を挙げると、アメリカ国務省人身取引監視対策部の日本の人身売買に対する取り組みレベル評価は「第2階層(国際基準達成に向けて努力中)」(「2016年人身取引報告書」)。ここでいう人身売買(取引)にはもちろん性的搾取も含まれている。搾取されているのはもっぱら女である。
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先進国でこの「第2階層」に位置づけられているのは日本とロシアだけであり、2000年に採択された国連人身取引議定書も日本は締結していない。国内法の整備が遅れて国際組織犯罪防止条約が未締結のためだそうだ。この状況で女尊男卑とは畏れ入る。
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ところが「女尊男卑」がマスコミに乗り、サウンドバイツ(出来事、概念などを表し、繰り返しつかわれる短い言葉)として人口に膾炙すると世論をリードすることがある。たとえば「ethnic cleansing(民族浄化)」という非常に強く禍々しい言葉は国際世論への影響がきわめて大きい。その実態を横に置いて独り歩きすることもある。だからマスコミも軽々しくは扱わない。で、今回の「女尊男卑」がサウンドバイツ化するとその先は見えている。「いやぁさすが女尊男卑だねぇ」。やっぱり損をしたりイヤな思いをしたりするのは女なわけだ。女損男肥。
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おっと、フィフィはこのツイートの前、3月18日放送の『橋下×羽鳥の番組』(テレビ朝日)でも同様の発言をしていたらしい。『トピックニュース』 (2016年7月19日配信)が伝えている。抜粋してご紹介しよう。
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《ほかの出演者から疑問の声があがる中、フィフィは具体例として、街頭インタビューなどで女性が男性をけなすのは許されるが、男性が女性をけなすと大問題になると指摘した。
また、昨年9月に議会で女性議員が「女の壁」を作り、男性議員が近づくと「セクハラだ!」と声をあげていたことを例にあげ「窮地に追い込まれると女を利用するみたいな。女性がそれを武器にすると、『女性は弱いものだからね』と男性は女性を下に見ることになる」と、声を荒らげて主張した。
フィフィの主張に田嶋氏は「実際に社会の中で日本に女性の立場は低い。だから、それくらいちょっと大目に見てやんなよ」と反論するが、フィフィも「頑張って泣かない女性もいるのに、そういう人たちが足を引っ張るわけっすよ。『(男性から)女性は泣けばいいからね』って言われたら、私たちみたいな(泣かないで頑張っている)女性もいるのに、『勘弁してよ、泣くなよ、こんなところで!』って思いますよ!」と、興奮気味にまくしたてた。》
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男尊女卑の日本だから男が女をけなすと強者が弱者をイジメていることになるのである。であるから「男性が女性をけなすと大問題になる」。逆に女が男をけなすと、女には勝手にいわせておけという空気になる。これも男尊女卑である。
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実際に番組でどのように発言されたのかはわからないのだけれども、この先が首尾一貫していない。
「窮地に追い込まれると女を利用するみたいな。女性がそれを武器にすると、『女性は弱いものだからね』と男性は女性を下に見ることになる」
「『(男性から)女性は泣けばいいからね』って言われたら、私たちみたいな(泣かないで頑張っている)女性もいるのに、『勘弁してよ、泣くなよ、こんなところで!』って思いますよ!」
ってこれ女尊男卑だからの話ではないではないか。男尊女卑の社会だからなにかといってすぐ男に見下される、ということであろう? 男尊女卑だから「 泣かないで頑張っている」わけざんしょ。上記2つの発言が別の文脈で行われたとしても、明らかに「日本は女尊男卑」という主張とは矛盾している。
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最後の部分は女を主張することがかえって性差別廃止の邪魔をするというかつてのフェミニズム内部での論争を思い起こさせもする。女尊男卑などといっていても結局は女の敵は女ということになってしまっているではないか。
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そんなこんなでフィフィの発言はテレビ・マスコミ向けのウケ狙いの発言としか受け取れないのである。そしてそれはフィフィの職業上の要請、つまりマスコミ文化人として発言する場所を確保し続けるために行われたのだろうと思う。そのことが女尊男卑とかいう言葉よりも印象的だ。理非、是非よりも仕事の都合が先に立つ。そして社会に悪影響を及ぼしかねない。
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テレビではいつもなにかしら話題を振り撒いて注目を集めていなければ忘れ去られる。そのためにたとえばコメンテーターといわれる人々は目新しい着眼点を探す。そこで留まれっていればいいけれどもムリやり珍奇な主張に走る場合もしばしば目にする。真実ではなくウケに向かっていたりする。いわゆる炎上商法ということで落ち着けばまだよし。とくにテレビタレントがする時評の危うさだ。
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ときどき鋭い指摘をすることもあるフィフィなので、よけいテレビの恐ろしさが際立つ。日本は女尊男卑ではなく男尊女卑。でもそれ以上に金尊人卑なのである。(了)
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