私は本家の長男です。実に頼りない長男です。たいへん可愛がってくれた祖母も、いまごろは草葉の陰で苦笑していることでしょう。この父方の祖母は少し特殊な人で、いわゆる神懸り、霊媒として、短い期間ですが頼まれれば故人の霊を呼んで話をさせたりしていたこともあったそうです。
*
そもそもの発端は、たぶん神棚に向かっての祝詞を毎朝の日課にしているうち、合掌した両手が徐々に上に挙がり、亡くなった家族や親戚の声音で何事か話しはじめたことからだと思います。
*
それ以前に、親戚の娘さんが原因不明の高熱を出したときに庭の井戸で水ごりをして快癒させたとか、ある神道系の道場で修行を積んだとか、細かいところが定かではない話がいろいろあります。しかしそれらの詳細やどのような順序で起こったのかは、私にはわかりません。
*
どうしても雲を掴むような話になってしまうのは、私の父が祖母のそうした性質を嫌ったために、この話題自体が我が家のタブーとされてしまったからです。私ならさっそくひと儲け企みますけど。その父が亡くなり、一人残った伯母もすっかりお食事手掴み派、モーロクしてしまっていますから、事実関係を確認するすべは残念ながら残されていません。
*
ただ、祖母は幼年時代に親に連れられて北海道に入植したものの、家がお菓子工場をはじめれば火事にあい、田んぼをはじめれば洪水にあうというように、災難続きで相当苦労した、という話は伝わっています。火攻め水攻めなのであります。神頼み、信仰に走るのもむべなるかなです。
*
祖母の子ども時代は日本の第一次オカルトブーム、新興宗教ブームといわれる時期で、たぶん『リング』(鈴木光司、1991)の貞子のモデルになった、千里眼の御船千鶴子(享年24歳)のことなども見聞きしていたのだと思います。そういう時代の雰囲気が祖母にも影響したのでしょう。
*
私の記憶のなかの祖母は非常に高齢で、すでに足腰立たなくなっており、和服を着て座敷に小さく座っている姿ばかりです。家を継ぐために婿を貰い、二男三女をもうけたものの男子のうち1人は早逝し、1人残ったのが私の父でした。その父がまた、ただ1人授かった男子が、不肖、私、頼りにならない本家の長男であります。
*
そんなわけで祖母の私に対する溺愛ぶりは凄まじく、私はまさに小皇帝であったようです。謝謝。ようです、というのは本人にはそんな自覚はまったくないからです。姉も妹も子ども時代の私の眼中にはありませんでしたから、較べるということすらしませんでした。甘やかすというのはそんなものです。いつか子どもや孫が恩返ししてくれる、などと思ったら大間違いです。
*
で、神懸りの祖母が亡くなったのは、私が小学校に上がった年でした。晩年にはほぼ痴呆状態で、私が学校から友達を連れて帰るとその友達に嫉妬をするのか、座ったまま体を滑らせ、あるいは這って私たちを追いかけるのです。なにかよく聞き取れないことを叫びながら。
*
そのたびに私たちは廊下のはずれのトイレに逃げ込み、内側から鍵をかけておもしろがっていたものです。もう少しやさしくしておいてあげれば、という反省はあとになってできるもので、そのときは『サスペリア』ごっこでもしているような気分でした。
*
おお、エレナ・マルコスという名前でしたか、あの呪われたバレエ学校の創設者は。ちなみに1060足の靴と888個のバッグをもっていたのは、元フィリピン大統領夫人イメルダ・マルコス(86)です。
*
さて、ここからです。私は、いまもときどきこの祖母の存在を感じることがあります。だいたいなにか困っているときですからアテにならない話ですけれども、視野の隅にこちらを向いて端然と座っている祖母の姿を感じます。確認しようと視線を動かすと、もちろん見えなくなってしまいます。
*
幽霊、お化けのたぐいはまったく信じていません。しかし、西洋ふうに「目に見えないものの存在を信じますか?」と聞かれれば、「イエス」です。続けて、だってこのあいだ幽霊見たもん、と答えたバカがいました、知り合いに。私のエレナも同じようなものですけど。
*
ああ、そういえば蛭子能収(68)は「もうギャンブルは絶対にやりません。賭けてもいいです」といっていましたね。まあ、そんなような自家撞着の産物みたいなことですけれども、私のエレナはたしかにいまも存在しています。
*
こんなふうに信じている人は案外けっこう多いようで、キアヌ・リーブス(51)は子ども時代にジャケットだけが家に入ってくるのを目撃したそうです。なんとなく、しかし、ものすごくキアヌ・リーブスらしい話です。
*
『チャーリーズ・エンジェル』のルーシー・リュー(47)も「何かが降りてきて私に触れた」「今も私を見守っている」とコメントしています。そんな話を、以下、列記してみましょう。
*
●ラトーヤ・ジャクソン(マイケル・ジャクソンの姉、56):「家にマイケルがいる気配がする」「こんなに不思議なことってないわ。だって自分のまわりや後ろに、ハッキリとしない何かの存在があるの。何も見えないのに感じるんだから。とっても興味深いことよ。絶対に何かがいるわ」
●ケイト・ハドソン(37):「私と母(ゴールディ・ホーン、 68)には、亡くなった人たちを見る能力が備わっているの。実際に見るというよりは、死人の霊魂を感じることができるって感じね」 「霊とは5番目のエネルギーってものなの」 「何かを見るとするわよね。その場合、エネルギーに対して今が何年なのかを伝えなくちゃならない。相手がこの時代に属していないってことを伝えるのよ」
●ミッチ・ワインハウス [故エイミー・ワインハウス(享年27)の父。シンガー]:「僕がステージに立つたび、エイミーは僕の隣に立つんだ。娘がそこにいる。僕にはそう感じるんだよ」 「今だって、娘はここにいる。そしてこう言っているよ。『パパ、仕事に取り掛かるのよ』って。僕は毎日、一日中エイミーに向かって話しているんだ」
「娘の死はミステイクだったんだから。エイミーは当初すごく腹を立て動揺していたよ。僕にはその気持ちが伝わってきた。今のエイミーは、以前よりは落ち着いているね」
*
そのほか、亡霊と遭遇したと自ら語っているのは、マイリー・サイラス(23)、デミ・ロヴァート(23)、ミーガン・フォックス(29)、ニコラス・ケイジ(52)、テイラー・モンセン(22)、マシュー・マコノヒー(46)、ミシェル・ウィリアムズ(35)、レディー・ガガ(30)などなど。
*
なんとホイットニー・ヒューストン(享年48)の元夫のボビー・ブラウン(47)にいたっては、幽霊に馬乗りになってセックスまでされたのだそうです。その幽霊がホイットニーではないあたり、さすがな感じであります。
*
さらにアリアナ・グランデ(20)はカンザスの墓地で悪魔と出会い、写真まで撮ったそうです。
「ものすごくハッキリと3つの顔が写っていた。まるで本に載っているかのような悪魔の顔がね」
*
ということで、私のことは祖母、エレナが見守ってくれている、と。しかし頼りにならない本家の長男は、この家を出ていくことに決めました。というか、すでに丸1年間、完全に没交渉です。さぞかしエレナは悲しがっているだろうと思われるでしょうが、私が感じる祖母は、応援してくれているようです。またまた都合のいい話です。
*
二代目、三代目にはロクなヤツがいないといわれますけれども、私もそういわれます。あれ? しかし前の世代が開いたテリトリーに何代もしがみついて生きているのでは、発展がありません。で、二代目、三代目はまた新天地を求めて冒険をするわけですよ。しかし新天地を求めてもだいたいは失敗するので、ロクなヤツがいない、ということになるのでしょうけど。
*
私が家を出るもうひとつの理由は、かなりシリアスです。私が小皇帝として特別に可愛がられて育った結果、姉が激しいカインコンプレックスを抱えてしまったのです。あなたは長女だから、とすべてにおいて我慢を強制された結果、ですね。
*
すなわち、いまや私の不幸や苦悩が姉の歓びなのです。これ、ほんとうに精神を病んでしまっているので、姉本人もまったく意識せずに嫌がらせなどをどんどんやり続けるのです。この場合、精神を病むというのは傍からすればCの鍵盤を叩いたらDの音が出る、みたいなもので、手の打ちようがないのです。で、まあ、冗談みたいなことが山ほどありました。
*
カインコンプレックスの特徴のひとつとして、自分にまったく自信が持てない、ということがあります。ですから姉はいままで1度も大きな試験を受けたことがありません。結婚もしていません。そして大量の悲しいウソをつき続けています。
*
もちろん、なんども姉を諌めましたけれども、精神が病んでしまっていますから、治まらないわけです。母親がまだ存命なので相談しようにも、姉の病の原因は母の育てかたにあるので、あまりきつく迫るのは老母を責めるカタチになって好ましくありません。
*
しかも、いまは姉と母が実家で二人暮らしです。奇妙でグロテスクな、そして不仲でありながらの共犯関係であり、虚構の暮しです。たとえば、すでに亡くなって4年近く経つ父が生前は姉のことをことのほか可愛がり、休みのたびにどこかへ連れて行った、というのも、二人の虚構です。
*
母としては、自分は長女である姉にはたしかに厳しかったかもしれないけれども、そのぶん父親が可愛がったのだ、ということにしたかったのでしょう。姉としては、自分も愛されて育った、と思いたいわけです。で、二人ともこの嘘を、いつのまにか事実だと思い込んだのです。
*
しかし父親は小皇帝である私から見ても情に薄い人で、休日はほとんど自室に閉じこもり、趣味の真空管イジリなどに没頭していました。休日に外出することすら稀だったのです。
*
そんな父でも、姉にとっては崇拝の対象です。これもカインコンプレックスの特徴ですが、何をしてくれるわけではなくても、まったく聞く耳をたない母親の替わりとして、あるいは別世界への扉として熱烈に惹き付けられています。ですから、父が可愛がってくれたという嘘は先に精神の病があって出てきたものですが、それがいまや崇拝を補完しているのです。
*
心を病んでいる姉は可哀想です。病院に行ってくれるといいのですが、カインコンプレックスは行かない方向に圧力をかけます。母親にしてもよかれと信じた子育てを全否定されるのは辛いことでしょう。しかしこれ、すでに私ひとり我慢すればよい、という話ではないのです。姉の嫌がらせは私の周囲にまで及んでいます。
*
と、いうことで、私は実家から離れることにしました。家の墓にも入りません。祖母のエレナとともに、新しい一族の物語を紡いでいきます。まあ、いつまで経ってもワガママな小皇帝というわけです。というか、これからは頼りにならない始祖です。どうなることやら。(了)
なんでもいいから。どうせ買うなら。↓↓ここからお願い!!
(アフィリエイト収入が頼りです)右側のカラム分もよろしく!! お腹すいたー
*
*






0 件のコメント:
コメントを投稿