2016年4月17日日曜日
日本の精神史、芸能史上の大事件。ベビーメタル、登場
日本で、アメリカやヨーロッパで、BABYMETALに魅きつけられている人たちが大勢います。それは「歓び」があるから、と4月14日の当Blogでお話しました。ステージの上に「歓び」があり、もちろん観客席にも「歓び」があり、そしてステージも客席も客席同士も、皆が互いにその「歓び」を共有する至福の感覚が生まれている、と書きました。
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で、その「歓び」はどこからくるかというと、少し客観的な見方をすると、それは「神秘」で、「呪術」的なニュアンスも感じる、というところまでが前回です。少し時間が経ってからリライトしているので、微妙に修正が入りました。しかしまあ、大筋そんなところです。
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というわけで 「歓び」「神秘」「呪術」をキーワードに改めて考えてみたい、と予告しておいての今回です。予告してしまったので、「歓び」「神秘」「呪術」から出発しましょう。
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BABYMETALのメンバーはSu-METAL(18)、YUIMETAL(16)、MOAMETAL(16)の3人です。全員高校生。しかし私が街で見かける高校生よりも若く、というか幼く見えます。13、4歳くらいの感じではないでしょうか。そして欧米の感覚ではもっと幼く見えて、たぶん11、2歳、Su-METALでその1、2歳上に見てもらえればラッキーでしょう。なにに対してラッキーなのかわかりませんけど。
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BABYMETALの3人はまだ子どもなわけです。えっと、昨今この部分にとてもイヤな印象が付いてしまっています。もちろんここでは、いわゆるロリータとかペドフィリアとかいうものは完全に除外して考えています。そこのところお願いします。ともかく、3人はオトナか子どもかといわれれば子どもです。
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この3人の子どもたちは、まだオトナの世界の住人ではありません。社会や世間という枠の外の存在です。子どもはオトナの世界がよくわからないように、オトナは子どもの世界がわかりません。つまりそれは神秘です。
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子どもそのものは、とくに女の子の場合、ごく一般的に妖精や天使にたとえられます。純粋無垢なイメージから聖性といういいかたもされます。まずは、BABYMETALはオトナから見れば、異世界からやってきた、聖なる天使か妖精か、ということにしておきます。
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テレビでもおなじみの精神科医、名越康文(55)は、1949年、わずか12歳でデビューした“天才少女歌手”、美空ひばりの成功について、このように語っています。敗戦によってまったく自信を失ってしまったオトナたちに替わって夢や希望を語り、慰めを与えられるのは子どもだった、と。
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先ほどの話に沿って解釈すると、主役の座を下りたオトナに替わってこの世の中をリードしていく異世界からの使い、そんなニュアンスでしょうか。ここで名越康文がさらにたとえに引いていたのが、1956年から月刊誌『少年』に連載された横山光輝(享年69)作の漫画『鉄人28号』です。金田正太郎という少年探偵が巨大ロボットの鉄人28号をリモコン操縦して悪と闘う物語です。
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つまり正太郎少年に操られる、パワーは凄いけれども自分から考えて行動することはないロボット、鉄人28号は当時のオトナの姿だったといっているわけです。康文は。
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BABYMETALはすでに窒息寸前のメタル界に現れた美空ひばりであり、正太郎クンです。人気がさらに広範に浸透していけば、何かが大きく間違っているのに違いないのだけれども、それに有効な手を打つことができないでいる現代社会全体の深層の希望という捉えかたになっていくでしょう。
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いや逆か。オトナは人類規模のさまざまな大問題に対してまったく無力で、ひどく閉塞しているように見えるので、BABYMETALの人気はさらに爆発的なものになるでしょう、ということがいえます。ということです。
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そうするとBABYMETALは、まるで天宇受賣命(アメノウズメ)のようでもあります。こんないい方はもうすでにクリシエですが。天照大神(太陽神)が天岩戸に引きこもって世界が真っ暗闇になってしまったとき、その岩戸の前で踊ってそれを開けさせ、再び世界に光をもたらした芸能の女神が天宇受賣命(アメノウズメ)です。BABYMETALの場合、もちろん裸にはなりません。
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おっと、そうすると早い時期からの熱心なファンのあいだに自然発生的に生まれた「三姫」という呼び方には、無意識のうちにこうした神秘性、呪術性を読み取っていたことが窺えるのではないでしょうか。
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オトナたちがBABYMETALに魅かれる根本的な理由は、これだと思います。これに外見上の魅力が加わります。ハンスベルメールの球体関節人形のような美学を感じる人もいるでしょうし、もちろん妖精のような透明感を愛する人もいるでしょう。
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そういえば、いつのライブかはわかりませんが、『NO RAIN, NO RAINBOW 』のエンド部分で YUIMETALとMOAMETALがアクリルのピアノを連弾する後ろ姿のシーンがありました。あれなどは完全にベルメールの人形のビジョンにシンクロしています。
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さらに日本の場合、アメリカやヨーロッパのロックに憧れて育った中高年がたくさんいます。かれらにとってBABYMETALは、世界を相手に闘うロックの戦士でもあります。日本のロックが世界で認められるというのは、むかしのロック少年、ロック少女の見果てぬ夢でした。ですからとうぜん、応援したい気持ちが否が応でも高まります。
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BABYMETALのライブに押しかける若いMETALファン、ロックファンはそのまま、というかとくに説明も不要で、音楽と可愛さ格好よさに魅かれているのでしょう。それはそうだとして、ではミドルティーンや親と同伴の女の子たちはなにに魅かれているのでしょう?
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気がついたのは、ルイスキャロル(享年65)の児童小説『不思議の国のアリス』(1865)です。主人公Aliceの年齢はたしか7、8歳です。さきほどBABYMETALの3人は欧米では何歳くらいに見られるのだろうか? というお話で、YUIMETAL(16)、MOAMETAL(16)は11、2歳に見られればラッキーと書きました。Su-METAL(18)で13、4歳。
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Su-METALはちょっとムリとしてもYUIMETAL、MOAMETALはほとんどAliceのイメージのままです。で、Su-METALはなにかというと、フランクボーム(享年63)の児童文学『オズの魔法使い』(1900)のドロシー(Dorothy)ですね。しっかり者だし。
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Dorothy、何歳かわかりませんけれど、1939年に映画化されたときのジュディガーランド(享年47)よりはSu-METALのほうがだんぜん適役でしょう。いずれにしてもみんな子どもの世界の住人です。そして古い保守的な価値感をもっているようです。
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ですからおそらく、欧米のミドルティーンから下の女の子たちはBABYMETALに自分を投影して、ファンタジーの世界で冒険しているのだと思います。BABYMETALは自分に替わって、恐ろしくてロクでもないオトナの世界と闘っているのです。
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今年4月2日、ロンドンのウェンブリーでのワンマンライブが終了したときに客席で泣いている女の子がいた、というレポートがありました。その女の子もきっとそういう事情です。Aliceと Dorothyの大活躍に感動したのです。
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そういえばそのウェンブリーでは『Catch me if you can』のときに、一瞬、会場全体が息を呑んだ瞬間がありました。鮮やかな紅色を背景に、走って逃げる振り付けで踊る3人の黒いシルエットが鮮やかに浮かび上がったときです。まさしく奮闘するAliceと Dorothyを彷彿とさせるシーンでした。
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そうすると、コープスペイント(Corpse Paint=白塗り)を施したBABYMETALの4人の腕利きミュージシャンたちは、チェシャ猫、三月ウサギ、ドードー鳥、それにブリキの木こり、愛犬トトなどなど、『不思議の国のアリス』や『オズの魔法使い』に出てくる摩訶不思議なキャラクターたちのようにも見えてきます。うむ。偶然とはいえ、たいへんよくできています。
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前回の記事のなかで「可愛ければ、たとえばアメリカ人の女の子でもいいのか? 」という疑問を出しておきました。アメリカ人の女の子でもよくはない、という答えははっきりわかっていたのですが、理由が不鮮明でした。
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アメリカ人の女の子で天使か妖精か、と聖性を感じさせるほど少女である年齢というと、ほんとうに6歳、7歳くらいまでになってしまいます。6歳、7歳でBABYMETALのたいへん高度で、しかも激しくタフなパフォーマンスはまったく不可能です。
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それにしてもなぜ日本の女の子が「少女」なのか、不思議です。ただ体つきの問題ではないような気がします。きっと「日本の女には女の子とオバサンしかいない」といわれることと関係があるはずです。うむ。
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日本は伝統的、文化的に女の子が「少女」であることを許される、あるいは「少女」であることを求められる国なのかもしれません。そうです。日本は世界でも唯一の「少女」の王国です。
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もちろんKawaiiという概念もここから生まれてきています。ですから、他国の女の子たちがおいそれと真似できるものではありません。Cool Japan はなんのことだかわかりませんけれど。とにかく「少女」の王国からやってきたKawaiiMetal。2人のAliceと お姉さん格のDorothy。これは強力です。まったく抵抗できませんね。
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で、やはり気になってしまうのは、BABYMETALのSu-METAL、YUIMETAL、MOAMETALの3人が、いつまでDorothyとAliceでい続けられるか、ということです。あと3年? 曲のレパートリーをそれなりに入れ替えていけば、もう少しいけそうな気もします。頑張ってほしいものです。私も頑張ります。なんだかわかりませんけど。(了)
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