2016年4月23日土曜日
熟れ過ぎ、あり過ぎの世界はとってもクール。吉田羊にも
いま、目の前にあるオーディオセットのスイッチを数えると、ちょうど234個あった。ヒマだ。しかし234個とはいささか多すぎはしないか? 大杉蓮。それほどたいした装置でもないのに。
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音の元になる信号がオーディオ装置に入り、音になって出てくるまで、いろいろな段階ごとに音質や音量を調整できるようになっているわけである。至れり尽くせりのようだが、考えてみれば実に不親切でもある。面倒くさい。
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あらかじめ「これがいい音」というのを何パターンか設定しておいてもらえるとラクなのだが、しかし、そうするとこれがまたさっぱり売れないのだ。まずオーディオファンの皆さま、プレイヤーとアンプがセットになっているのがお気に召さない。そもそも「これがいい音」と決めつけられるのもイヤだ。
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で、各メーカーの機材をバラバラに買い揃えて繋ぎ、あれこれいじり回さなければ気がすまないのである。相性がどうのこうのいいながら、繋ぐケーブルまでとっかえひっかえして。
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しかし測定機まで用意しているマニアは少ないので、周波数バランスですら、頼りは自分の耳だけである。で、いじくり回したあげくなにがなんだかわからなくなったり、信じ難い極端なバランスにほれぼれと聴き惚れていたりする。
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そしてしばらくすると、そのセッティングがベストだという保証のないまま放置されることになる。触れるのは電源スイッチとボリュームくらいのものだ。で、あまり動かしていないと接触が悪くなるなどといわれて、一気にすべてのスイッチをグリグリパチパチといじり回し、元に戻せなくなるのだ。私である。
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いいたかったことは、あまり選択肢が多いのも困ります、ということである。234個のスイッチでつくられる音の種類は無限である。連続可変スイッチがいくつもあるし。お好きな音に、といわれても、こりゃ一体どうすりゃいいの? である。
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どうすりゃいいの? なのだけれども、どれかひとつを選びたい、選ばなければならない、となったときには、結局、だいたいみんな同じようなものを選んでしまうのである。「多様性のなかの一極集中」である。スイッチでいうと全部真ん中。
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商品でいえば、どれだけ選択肢が豊富にあっても、結局買われるのは、ごく限られたアイテム数種に絞られる、ということである。村上春樹(64)の『IQ84』おっと間違いた『1Q84』(by荒木経惟)がバカ売れしていたころによく耳にしたのである。あ、『アイキュー84』ではなくて『イチキュー84』ね。
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つまり選択肢が多すぎると、そのなかからマジメに自分の判断で選び出そうとする気力は失せて、マーケティングや世間の評判、評論家のプッシュなどに流されてしまう、のである。そうすることで自分もそれなりの買い物をした気分になって安心する。
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しかしほんとうは、みんなが買っているもっている、なんだか評判がいいらしい、くらいの動機で購入しているのであるから、すぐに放ったらかしにしてしまうのである。『1Q84』などはその典型だろう。買った人のうち最後まで読み通した人はどのくらいいるのだろう? 3巻合計300万部? 大切な森林資源をどうしてくれる? である。
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なぜ選択肢が多すぎる状況にこだわっているかというと、福山雅治(47)の復帰第1作、フジの「月9」ドラマ『ラヴソング』がひどく低迷している理由が気になるからである。なにしろ初回平均視聴率10.6%、2回目は9.1%である。ましゃロスだったはずのみなさまのその淡白さ、冷淡さのわけを覗いてみたかったのである。どうでもいいじゃんそんなこと、なのだが。ヒマだし。
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4月20日にこの話題を取り上げたときには、ただ福山雅治にそれほどの人気はなかった、というか、案外、人気の熱量は小さかった、それを広告代理店やメディアが膨らませるだけ膨らませていた、みたいなことで片付けたのである。しかしそのあとも、それでは、なぜ熱量が少なかったのか? とダラダーラとアタマの隅にあったのだ。
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そうなのである。つまりは「多様性のなかの一極集中」なのである。自分で気に入ったつもりではあっても、マーケティングや世間の評判、評論家のプッシュなどに流されて、数多い俳優やタレントのなかから、「ましゃましゃカッコいいのかもしんない」と思わされてしまったのである。であるから突如結婚をして姿をくらましたら、一気に熱が冷めてしまったのである。
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それで改めてまわりを見回して「あれ? よく見てみたら大泉洋(44)ってカッコいくない?」、ってなものである。ないか。まあ、ディーン・フジオカっていいんじゃない? とか、すぐ簡単に乗り換えられるのである。
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というわけで、それまで自他ともにトップだと認めるような人気者でも、なにかのきっかけでいとも簡単にその座から滑り落ちてしまう時代なのである。最近では長年トップアイドルとして君臨していたSMAPも滑り落ちた。ジャニーズ事務所、メリー喜多川(89)のエゲツない策動があったにしろ、その人気の凋落はあまりに激しい。
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おお、そういえば中島裕翔(22)を7連発おっとまた間違いた(by荒木経惟)7連泊もさせてメリー喜多川の激怒を買った吉田羊(42)も、来年のいまごろはすっかり干されているに違いないのである。
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吉田羊、すでにジャニーズとの共演はすべてNGだ。そしてそのことに憤慨するファンもいないまますっかり忘れ去られているに決まっているのである。いくら人気女優といっても、いまはそのくらいのものなのである。
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メディアに対するメリー喜多川、ジャニーズ事務所の横暴は目に余るものがある。あるがしかし、それで消されようが仲間を裏切って生き残ろうが、別にどうということのないところまで、選択肢の過剰、いいかえれば市場の過飽和状態は進行してしまっているのである。
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市場の過飽和状態は芸能に限らず、あらゆる分野でいえることだと思うのである。いま現在、いったい何種類のポテトチップスが売られているのだろう? カルビーだけで常時、約40種類だそうである。これに小売店、季節、期間、地域限定品をあわせると、年間約100種類に達するのだそうである。
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うむ。ほしいものもほしくないものも、どんどんどこどこ発売される。かつてマーケティングの世界では「ニーズを掴む」が「ニーズを掘り起こす」になり、さらに「ニーズからウォンツへ」みたいなことがいわれたのである。
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「ニーズからウォンツへ」。よくわからないセールストーク用のフレーズなのである。しかし、あえて平たく解釈すれば「どうしても必要なもの」から「そういわれてみればほしいもの」への転換である。
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「どうしても必要なもの」はすっかり行き渡ってしまっているので、必要度が低いものでも、なんとかいま買わせる努力をしなければいけないのである。ニーズはなくても(将来の)ウォンツはある。
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最近出てきた音楽の定額聴き放題サービス「kkbox」は2000万曲も聴けるらしい。月額980円である。すごーい!! けれども、よっぽど耳新しい音を探しているのでなければ必要のない曲数である。
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自分にとって意味のない2000万曲よりも、ほんとうに聞き込みたい曲が200曲のほうがよほどいい。2000万曲も与えられても聴ききれない。音楽との付き合い方も雑になりそうだ。過飽和の弊害である。
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で、その2000万曲の中には、たぶん今年のGUNS N' ROSES 再結成ツアーでアクセル・ローズ(54、GUNS N' ROSES)がデイヴ・グロール(47、Foo Fighters)の玉座に座り、アンガス・ヤング(61、AC/DC)のギターで歌った『Whole Lotta Rosie』みたいな曲もたくさん入ってくるのだろうと思うのである。
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GUNS N' ROSES(1985〜)、 Foo Fighters(1995〜)、 AC/DC(1973〜)は、それぞれ20年から40年のキャリアをもつ、トップロックバンドである。「デイヴ・グロールの玉座」というのは、2015年のスウェーデン公演中に足を骨折したデイヴ・グロールのために製作されたコンサートツアー用の椅子だ。これを今年の4月1日、バカの日に左足を骨折したアクセル・ローズが拝借したのである。麗しい話である。
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さらにまた、 AC/DCのボーカリスト、ブライアン・ジョンソン(68)が喉を傷めてしまったので、この夏のAC/DCのツアーにはボーカリストとしてアクセル・ローズが参加するのだそうである。もはや麗しいとはいっていられないジジくさい話である。
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なぜこんなことになってしまうのかといえば、新しいものが生み出せていないからだ。新しい音楽、新しいバンド、新しい曲がない。それでオールドネームたちが順列組み合わせよろしく、バンドの枠を超えてゲストだのコラボレーションだのでお茶を濁している。大金を稼ぐ。
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過飽和の状態を生きている私たちはまた、こうして過成熟な時代を迎えているのである。こんな時代のスターは、言葉のイメージ通り、わずかに触れただけで重く垂れたその枝を離れ、地に落ちてしまうのである。バカの日に足を骨折しても生き残っているアクセル・ローズは奇跡である。
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そして過飽和、過成熟は芸能の世界に限らず、あらゆる組織、制度にもいえることだと思うのである。制度疲労、既得権の固定、公的サービスの停滞、そのことについては、また別にゆっくり考えよう。
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それにしても、私のまわりはなぜ過飽和と過成熟というほど豊かな感じでもないのだろう? 不思議だ。(了)
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