2016年4月2日土曜日

顔を上げ、胸を張って歩く誘拐者、寺内樺風の不思議を解く





2014年3月10日に埼玉県朝霞市で誘拐され、監禁された少女が、2016年3月27日、自力で脱出し、無事保護された。丸まる2年間、よく頑張ったものである。少女とご家族、周囲の方々の不屈に頭が下がる。あたりまえの話だが、誘拐された当時13歳だった少女は15歳になり、記者会見した父親によると、身長も5cmほど伸びていたらしい。



さて、この事件の報道ではまるで自明のことのように、なかば放置されているものがある。動機である。というか、マスコミは被害者と犯人の2年間についてのゲスの勘繰りにもっぱらなのである。そんないまさらでもない少女誘拐の動機など、辛気くさい話題は放っておけ、ということなのだろう。



だがしかし、犯人である寺内樺風(23)が移送の際に見せる傲然を顔を上げた姿や、警察の調べに対して「間違いありません。弁解することはありません」と答えているという一種の潔さは、明らかにこれまでとは異質である。



これまでとは異質というのは、つまり単純にペドファイル(幼小児を対象とする特殊な性的嗜好のもち主)や、エフェポファイル(思春期の子どもを対象とする特殊な性的嗜好のもち主)の犯罪だといって片付けられないということである。



 

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これまで明らかになっている犯行の経緯を見ると、寺内樺風はなかなか知的で抜け目のない男のようだ。これが悪事に作用すれば狡猾ということになるし、よいことに向けられればヤリ手ということになる。



たとえば樺風は、誘拐直後に使用した車のナンバーを付け替え、やがて最近になってその車自体を廃車処分にしている。家出と見せかけるべく、被害者に「家も学校もちょっと休みたい。しばらく友達の家です。探さないで下さい」という主旨の手紙を、自宅のドアポストに残させている。



また監禁中には、食材の量が独り暮らしにしては多すぎると不審がられないよう、一部を宅配で購入させている。実家が防犯設備・機器の販売会社を経営していたことを悪用して、それら機器を監禁のための“凶器”として使用していたらしいこともわかっている。自分が不在のあいだには遠隔監視をしていた可能性も指摘されているほどだ。



さらに誘拐から9日後の3月19日には、再度、「去年、チャットで知り合った高校生のところにいます」「皆さんにはよくしてもらっています」「習い事とか勉強が大変だったので休みたい」という内容の家族あての手紙が届いている。もちろん樺風が強要して書かせたものである。



そしてその一方では、被害者の逃走意欲を奪おうと、家族から見捨てられているかのごとくのウソの情報を吹き込んでもいたのである。実に周到、緻密に考え、実行しているのである。



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ちなみにウソといえば、自宅前で被害者に声をかけ、車に乗せようとしたときの口実は、「お父さんとお母さんが離婚することになった。弁護士が保護してくれるのでこれから会わせる」というものであった。



家族と一緒に暮らしている中学1年生の女の子にこの話が通用すると考えることに、少し奇異な感じを受ける。というか、こんな話をもち出せば不審がられるのがあたりまえである。



なにいってんの? お父さんとお母さんならずっといつも通りだけど? そして案の定、被害者は樺風の車に乗ることに抵抗し、力づくで後部座席に押し込まれているのである。ある日突然、離婚する夫婦というのは、どんなものなのだろう?



 

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寺内樺風は学校の成績も悪くなかったらしい。ネット上で特定された経歴と出身校の偏差値は以下の通りである。

・1993年生れ
・1999年4月: 池田市立小学校入学
・2005年3月:池田市立小学校卒業
・2008年3月:大阪教育大学附属池田中学校卒業(偏差値73)
・2011年3月:大阪府立池田高等学校 卒業(偏差値64)
・2011年4月:千葉大学工学部入学(偏差値57)
・2012年10月:千葉大学を1年間休学してアメリカに語学留学
・2013年4月〜8月:カリフォルニアの航空学校で寮生活をし、セスナの免許取得
・2014年3月10日:埼玉県朝霞市で中学1年生の女子生徒を誘拐
          消防設備会社に就職内定
・2016年3月:千葉大学工学部情報画像学科卒業

*   

えっと、見事に進学のたびに成績が下がっていくパターンである。中学卒業までは、おべっか半分で神童と呼ばれたこともあっただろう。実際に小中学校までは、なんの苦もなく学年上位の成績が取れたはずだ。で、小学校6年には、地域の子ども会のリーダーまで仰せつかっていたらしい。樺風にとっては、たぶん迷惑な話だが。



両親もまたそれほど子どもの教育に執心するタイプではなかったように思える。学習に関して、少なくとも高校時代は放任に近かったのではないか。子どもの教育にもう少し熱心であれば、こんな成績の下がり方を許すはずがないのだ。



樺風の実家の近隣住民が、樺風の母親はたいへんに教育熱心だったと語っていたという報道もあるらしい。どうだろう? 繰り返すようだが、たいへん教育熱心な親なら、この成績の下がり方はない。だいたいのところ、成績のよい子どもの親は教育熱心だということにされるのである。



またこの母親という人は、樺風というその息子のめずらしい名前とも関連して、確認は取れていないのだが台湾生まれであるという情報もある。しかしそのことと今回の誘拐・監禁事件とは直接の関係はない。



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で、こういう、“元神童”は、だいたいにおいて自尊意識、プライドがたいへんに高いのである。小中学校時代にさして努力もせずによい成績を取り、クラスメイトを見下していた経験がそうさせるのである。どうしても過去の栄光から抜け出せない。



しかし高校レベルまでいくと、ある程度は努力しなければよい成績は取れなくなる。で、やがて高い自尊意識は“裏付けのない自信”と冷やかされるようになる。すると、プライドの高さゆえ学業放棄、ドロップアウトする場合も出てくる。まあ、ここで踏みとどまるのは反発するエネルギーの弱いヤツ、ということもできるのである。



また、池田市立小学校というと、2001年6月に宅間守(当時37歳)によってひき起された小学生無差別殺傷事件を思い起こされる方がいらっしゃるかもしれない。2001年6月8日 、1年生1名、2年生7名が殺害され、児童13名、教諭2名が傷害を負わせられた事件である。しかし不幸にもあの事件の現場となったのは大阪教育大学付属池田小学校であり、樺風が通った池田市立小学校とはまた別の小学校だ。



で、樺風が通った大阪教育大学附属中学校のほうは、その名前の通り大阪教育大学付属池田小学校の上級校である。2校は同じ敷地内にある。無差別殺傷事件で最も大きな被害を被った当時の小学2年生たちは樺風のわずか1学年下である。中学生になった樺風が、ここで事件の体験者から直接、その話を聞いた可能性はある。



大阪教育大学の付属には、これも同じ敷地内に高等学校もある。しかし樺風はこちらへは進学せず、大阪府立池田高等学校に進学しているのである。国立大阪教育大学の付属には、中学校の3年間だけということになる。



で、まあこういう男である。犯行にあたっては、さまざまな可能性を想定し、その対策などを微に入り細にわたって入念に検討したはずである。それは同時に、無数の不安や葛藤を産み出すことでもある。ふつうであれば、ここで割にあわないと気付き断念する。



しかし樺風は実行に踏み切ったのである。いっときの衝動にわれを見失って、というのではなく、つねに冷静に考え行動しながら、その心理的葛藤と障害を乗り越えたのである。なぜそれができたかを知りたいのである。



 

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これまでに漏れ伝わっている樺風の供述内容は、「中学時代から女性を誘拐したいという願望がありました」と「誘拐した女子生徒とはなんの面識もありませんでした」くらいのものである。



「女性を誘拐したいという願望」というのはなんだろう? いちいちケチをつけるようで申しわけないが、ふつう誘拐は手段であって目的ではないだろう。誘拐をして身代金を要求する、弄ぶ。



たしかに樺風が中学校に入学した2005年には栃木県今市市で小1女児殺害事件が起きている。しかしこれは誘拐というよりも殺人事件である。しかも対象は幼児である。今回の事件の被害者は誘拐された当時13歳で、身長は155cmあったのだ。



「誘拐した女子生徒とはなんの面識もありませんでした」というのは、ほんとうだろう。被害者は最初自宅前でフルネームで呼び止められたといっているが、樺風はその名前を「玄関前の傘を見て名前を知った」と供述している。



であるから樺風はGoogleマップで誘拐する地域だけを選び、あとは1人で下校する被害者を見つけて、なかば無作為に標的としたのである。「女性を誘拐したいという願望」には、それほど細かなオプションは設定されていなかったのである。



あと樺風についてわかっていることは、大学の同級生が、「話せば普通に会話が弾んだので、悪い印象はなかった。ただ一方で『友達が少ないからどんどん話しかけてくれないか』ともいわれた」といっているというくらいのものだ。



さて、これだけの情報から寺内樺風の動機を推測するわけである。とうぜん、あてずっぽうである。とりあえずこう考えればツジツマが合う、という程度のものである。題して「寺内樺風のあまりにも身勝手すぎる疑似家族 仮説」である。



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とりあえず私は、寺内樺風にたいへん稀薄な家族関係の印象を受けるのである。その印象の発端は、前に書いた誘拐時のウソである。「お父さんとお母さんが離婚することになった。弁護士が保護してくれるのでこれから会わせる」。



これを中学1年生の女の子が信じると本気で考えるところに、樺風のなかの家族像が透けて見えるような気がするのである。たしか妹がいるはずなのに。それにしても、繰り返すが、ある日突然、離婚する夫婦というのは、どんなものなのだろう?



次には、誘拐から9日後の3月19日に家族のもとに届けられた「去年、チャットで知り合った高校生のところにいます」「皆さんにはよくしてもらっています」「習い事とか勉強が大変だったので休みたい」という内容の手紙である。



樺風はなにを目的としてこの手紙を書かせたのだろう? 樺風は、まずは家族に捜索を止めさせようとして、この手紙を書かせたのである。この時点ではまだ公開捜査は行われていなかったはずである。



しかしながら「去年、チャットで知り合った高校生のところにいます」「皆さんにはよくしてもらっています」と行方不明になった13歳の娘が手紙に書いてきたとして、よしそうかわかった、と捜索を止める家族がいるだろうか?



しかし少なくとも樺風はそう考えて、当時住んでいた千葉から埼玉の上尾郵便局管内のポストまでわざわざこの手紙を投函しにいっているのである。消印からアシがつかないように。



もしかすると、ほんとうに被害者の家族を安心させようと思って書かせた可能性も捨て切れないのである。そんなことはないか。ともあれ、寺内樺風はなかなか知的で抜け目のない男ではあるのだが、家族関係に関する勘はすこぶる鈍いのである。



関西から千葉大学に進学しているというのにも、違和感はある。千葉大学周辺は東京に較べれば遥かに田舎である。で、工学部情報画像学科なのでそれほど選好性が高いとはいえない。なぜ遠路はるばる千葉まで?



息子の成長に関して親の積極的な関与が窺える事実は、いまのところ2015年3月4日に東京都千代田区で開催されたビジネスセミナーに父子で参加しているくらいのものだ。



 

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もうひとつ寺内樺風に感じるのは、極端な内向的性格である。大学生にもなって「友達が少ないからどんどん話しかけてくれないか」とはいったいなにを寝ぼけたことをいっておるのか。話をしたいのなら自分から話しかければいいではないか。



たぶん樺風は、精神的に傷つくことを強烈に怖れているのである。私なら「バカだなー、おまえ」といわれれば「恐縮です」と返事をしたいくらいのものだが、樺風は軽く一晩二晩はまんじりともしないで過ごすだろう。いってみれば傷つきたくない症候群である。



中学校で付属に入りながら高校はまた普通の公立高校に戻ったのも、たぶん小学校からもちあがりの連中とうまくソリが合わなかったためのような気がする。向うもプライドは高いし。



寺内樺風は孤独だったのである。友達もつくれないくらいだから、恋人などとんでもない話である。もし万一、誰かに告白でもしてにべもなく却下されたりしたら、どこか人里離れた山奥にでも逃げ込むしかない。それは絶対にプライドが許さないのである。しかし寂しい。



ではどうするか? 誰かを自分のテリトリーに引き入れればいいのである。自分のテリトリーで、外界をシャットアウトし、自分の自我の元で生活してくれれば、安心できる。その誰か、はやっぱり可愛い女の子がいい。男だと逆襲されて負けてしまうかもしれない。というふうに考えるのである。



寺内樺風にとって被害者は疑似家族である。寂しいから連れてきたのである。だからいわゆる虐待や暴行には及んでいない気がするのである。いくら自分のテリトリーでも自分の行いがもとで憎悪されればイヤな気分になる。さらに今後も長期にわたって監禁しようとしていたフシが見えるから、いっそう良好な関係を保っていたほうがいい。勝手なものだが。



であるから樺風は、最初はちょっと強引だったけれども、2人の秘密の共同生活、くらいに考えていたのではないか。被害者に「よくしてもらっている」と手紙に書かせたのは、まんざらデッチ上げばかりではなくて、「よくしてやっている」思いも少しはあったのかもしれないと思う。



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で、被害者の少女が逃げ出し、マスコミが大騒ぎをするのを見てはじめて、ああこれは酷い恥を晒してしまう、と感じたのである。「大変な事件を起こしてしまった。家族に申し訳ない」 。逮捕時にもっていたレシートの裏にはこう走り書きがしてあったそうである。



しかしこれではまるで、どこか遠くにいる自分の家族への思いを第三者的に吐露した、誰に出すとも知れぬ手紙である。「おとうさん、おかあさん、申しわけありません」ではないのである。私には、このときになってもまだ寺内樺風の家族の姿は見えてこない。



しかも「酷いことをしてしまった」ではなく「たいへんな事件を起こしてしまった」と、ここでも他人の目を借りているのである。とにかく恥をかくことがイヤなのである。



移送中の傲然と顔を上げた態度には、幼いころから培われた樺風の高い自尊意識がはっきりと窺える。それと同時に、被害者に対しては、その自分のプライドに見合った、紳士的な処遇をしてきたという自負も現れているように思うのである。



さかんにゲスな想像をしているようだけれどもおあいにくさま、である。まあ、楽観的にすぎるかもしれない。しかし被害者の心身のダメージが少ないことを願う気持ちもあってそう考えることにする。



それにしても、繰り返すが、監禁されたほうは堪ったものではない。いまの私の2年間などあっというまだけれども、十代はじめの2年間は長い。長いが、しかしアセらずゆっくり進んでも、その時間は必ずすぐに取り戻せる。あの見事な冷静沈着さと強さがあるのだから、なおさらだ。(了)




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