2016年4月25日月曜日

テレビ、ラジオから流れる言説のレベルが酷すぎる!! 件





このごろとくに、テレビやラジオの言説をなかなか呑み込めない事態が多発しております。呑み込めないのは、喋っている誰かの理屈が雑だからです。しかし理屈が雑なんだよ、と片付けるまでのあいだ、さらに続きの音声を追いかけながらアタマをひねるのは疲れます。



アタマのなかでいったんいま聴いた喋りを巻き戻して確認する作業が疲れるのです。文章化されていればいいのですけれど、それをいちいち誰かに頼むわけにもいきません。まあ、だいたい32bitくらいのものですね、私のアタマ。音声に対してはSiriにも負けます。



テレビやラジオでの話はだいたいたいした話ではないので、放っておいてもいいのです。いいのですが、それだと結局なにかうまく誤摩化されたようで気分がよくありません。それに呑み込めないまま放置し続けると、次第にアタマのなかにモヤモヤが溜まるような気もします。知らず知らず、モノゴトを理解しようとしないクセがついたら困るなーとも思ってしまいます。



私というヤツは、基本的にはたいへんマジメな人間なわけです。マジメな上に小心者です。ですからどんなにいい加減な話にも、とりあえず一生懸命、耳を傾けてしまいます。いいヤツです。こんないいヤツに対して、最近の言説はあまりにもだらしなさすぎます。



いってみれば一般人の思いつき程度のお話が、テレビでもラジオでもごく大量に垂れ流されています。質問に対してなにごとか喋ってはいるけれどまったく答えになっていない、2人の会話が全然噛み合っていない、というのには、もう慣れました。



 

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厄介なのは1人の喋りです。どんなにデタラメでも本人は得々として語っている場合があるので、ついその表情に引っ張られたりします。人のすべては顔面に現れると考える「全顔主義」創唱者、私の、思わぬアキレス腱です。足かー。



呑み込めない話を2つ、3つと立て続けに聴かされると、いささか不安にもなります。小心者なので。なんというか、突然、地球とよく似たほかの惑星に送り込まれてしまったような気分になります。なんとかこれに順応して生き延びねば……。



最近では「不謹慎狩り」にまつわる言説に、よくわからないものがいろいろ登場しました。まずは爆笑問題の太田光(50)です。取り上げるのはTBS『サンデー・ジャポン』(2016年4月24日放送)での発言。



まず光は「ちょっと、みんな気が立ってる」といい、「『自分は、なんにもしてないな』っていう気持ちになるのもわかる」といいます。うむ。無力感から苛立っている、という理屈ですね。わかります。



続けて光はこういいます。「こういう若い子たちって、一日中テレビ見て『自分もやんなきゃいけないのかな?』って思うけど、『自分には何もできない』っていう気持ちがどんどん溜まっていくと、どっか吐き出したくなるっていうか」。



無力感からくる苛立ちが溜まってくると吐き出したくなるから、「不謹慎狩り」に走る。つまり、現実になにがしか支援をしている人たちを妬んでつい足を引っ張ってしまう、あるいはもっと単純にその人たちにやつあたりする、と太田光は考えているわけです。これは納得できませんねー。



それでは「不謹慎狩り」をする人たちがあまりにも幼稚すぎやしませんか? まるでこらえ性がなくてすぐに暴れる幼児と同じです。無力感から苛立つところまではわかります。しかしそこからいきなり「不謹慎狩り」にいくところがわかりません。



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ふつうに考えれば、自分もなにかやりたいけれどもできない、と思っているくらいの人間なら、実際に支援活動をしている人に対して「不謹慎!!」だとか「おまえがいうな!!」と罵詈雑言を吐くことよりも、被災者の方々に向かって「頑張ってください!!」とメッセージするほうを選ぶでしょう。



光は災害支援を支援金や物資の寄付とかボランティアに参加することとしか考えていないのでしょうね。「自分の生活で目一杯なわけだから」といっているところを見ればそうでしょう。被災者の方々に、力になりたいという自分の立場を表明し、激励の言葉を送るだけでも立派な支援活動だと思いますけれど。



でもまあ、光はすっかり「自分はなにもできない苛立ち」から「不謹慎狩り」をするのだと思い込んでいるらしく、次には「不謹慎狩り」をしている人間を慰めにかかります。「でも本当は大半、なんにもできないで当たり前じゃないですか? 自分の生活で目一杯なわけだから、みんな。誰もがなんかやってるワケじゃない」。



さらには「根底には優しい気持ちとか、日本人って真面目だから、できない、もどかしい自分を責めてる気持ちが他に行っちゃってるような気もして。ちょっと切ないような気持ちもある」とまで。



しかしながら、繰り返しますが、光がいうように「できない、もどかしい自分を責めてる気持ちが他に行っちゃってるような気もして」「不謹慎狩り」に走るなんてありえないのです。いまはお金や物資や時間はムリだから、せめて気持ちだけでも、となるのがふつうです。



 

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ではなぜ光はこんなふうに考えてしまうのでしょう? それは、光が人間というものをその程度のものだと認識しているからです。「自分を責めてる気持ちが他に行っちゃって」、なにがしかの支援をしている人たちの「不謹慎狩り」に走る、それが光の人間観です。



で、人間観の大部分は、それを考えている人間の鏡像です。人は自分に照らして他人を見ます。つまり太田光は「自分はなにもできない苛立ち」で「不謹慎狩り」に走る、こらえ性のない幼児のような人間ということです。引用したコメントの最後の「ちょっと切ないような気持ちもある」という、光にはめずらしく共感性の高い言葉がそれを裏付けています。なんとなくわかります。



そんなこんなで、ここまできてようやく私は太田光の発言が呑み込めたと安心するわけです。発言の意味とワケが理解できてホッとします。まあ、われながらごていねい、というかねばねばなことです。



ねばねばのいいわけをさせていただければ、この太田光の発言の前に、もっとよくわからない発言があったのです。立て続けにこられると、先ほど書いたように若干不安にもなりますから、ついチカラが入ってしまうわけです。



もっとよくわからない発言は、伊集院光(48)のものです。おお、光の連続攻撃!! TBSラジオ「伊集院光とらじおと」(2016年4月23日放送)です。



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伊集院光は「(「不謹慎狩り」のような批判を)一緒くたにみんな、ブログを粗探しして、どんどん攻撃しているみたいにくくることがある」といいます。まあ、そういうことはあるかもしれませんねー。



「しかし僕は、『何かをしたい、発言したいけども、いま、自分の立場では発言するべきじゃないんじゃないか』って、我慢した人たちの気持ちでもあると思う」。? ? ? ? ?  次にこういわれてしまうと、わかりません。わかりません、わかりません。あー、わかりません。私にはこっちのデブ光がなにをいっているのか、まーったくわかりません。



わからないのは、デブ光のコブアタマのなかで想定されている「我慢した人たち」の具体的な姿がまったく浮かんでこないからです。ああ、そうか。逆ね。デブ光のアタマにあるのは、「我慢した人たち」ではなくて「ほんとうに不謹慎な人」なのね。「ほんとうに不謹慎な人」に向かってモノをいっているわけですね。



デブ光によると、「不謹慎狩り」をする気持ちを端的に表したのが「炎上用語で言うところの『お前が言うな』」だそうです。そして「それを受け取る側は、全部、『最近のネット社会は悪口ばかりを言う』みたいな取り方はしない方がいいと思う」といっています。



つまり「それを受け取る側」=「お前がいうな」といわれた人は、なかにはごもっともな批判もあるのだから、みんな「一緒くたに」してつまらない誹謗中傷だと片付けるな、といっているわけです。



あー、まだるっこしい。私の100倍はねばねば。はっきりと、「そういわれて当然の人もいますけどねっ」くらいいえばいいのに、と思いますけど。



 

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で、ここでもう一度、「我慢した人たち」とはどんな人なのか、を考えてみましょう。「『何かをしたい、発言したいけども、いま、自分の立場では発言するべきじゃないんじゃないか』って、我慢した人たちの気持ちでもあると思う」の、「我慢した人たち」。



真っ当な批判の背後にいる「我慢した人たち」。誰かのように軽薄に行動したり発言したりしなかった人たち。あの人に較べたらそんな誰かは思慮分別が足りない、と引き合いに出されるような人たち。それはいったいどんな人? そんな人ほんとうはいないでしょ。



デブ光は、支援を「する、しない」の2択でしか語っていません。しかし「不謹慎狩り」は、肯定的な立場で見れば、支援をするときは、よくよく相手の状況を考え、気持ちに配慮してやらないと、逆に迷惑になったり傷つけたりすることもあるので気をつけましよう、というお話です。問題にしているのは中身の質です。



デブ光のいうような「何かをしたい、発言したいけども、いま、自分の立場では発言するべきじゃないんじゃないか」と我慢した人、そしてそんな状況など現実にはありえません。被災者に対する激励に「お前がいうな」がハマる人……?



被災者の方々の誤解を受け、反発されるかもしれないと考えると怖くて実行できない人はいるのかもしれません。でももしそうであるなら誰かに託す手段はいくらでもあるわけで、そこで「我慢」してしまう理由にはなりません。で、デブ光は、そのあり得ない存在を根拠に語り続けます。



「僕らもしゃべるときに、『もっとツラい人がいるから、自分の立場ではしゃべらないでおこう』と思っている人がいるんだっていうことは考えないと、出過ぎたマネになってしまうと思いますね」。



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まー、このデブ光の混乱は、はっきりと「不謹慎狩りされてあたりまえの不謹慎なヤツも確かにいますよ」といえないところからはじまっているのでしょうね。



しかしそうはいえないので、「『何かをしたい、発言したいけども、いま、自分の立場では発言するべきじゃないんじゃないか』と我慢した人」をでっちあげなければならなくなったわけです。



つまり「我慢した人たち」は「不謹慎狩りされてあたりまえの不謹慎なヤツ」の反転した姿なのです。で、反転したまま理屈をこねる。あー、面倒くさい。伊集院光は面倒くさすぎる!!



これで私はようやく呑み込めるのです。お願いですからもっときちんとしたお話をしてください!! とくにデブ光は、ほんとうに頻繁にこれをやらかすので困ります。



しかしまあ、こうした言説の状況を客観的に見てみますと、まず「不謹慎狩り」と呼ばれる動きがあり、やや経ってそれに対する批判が高まってきている、ということですね。つまり「不謹慎狩り」叩き、「不謹慎狩り」狩り、です。



で、そうこうするうち今度は、いやいや、一概に「不謹慎狩り」といって片付けるのもおかしいんじゃない? という逆の風向きも出てくるわけです。「不謹慎狩り」狩りをさらに狩る感じ。不謹慎ガリガリガリ。



 

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そういえばガリガリサリ、体重39㎏から6㎏も増量して45㎏になったと4月22日のBlogで報告しておりました。「もうキモいとか言わないでね〜〜〜」だそうです。痩せているだけが理由でもなかっただろうと思いますが。ただそれだけです。



ともかく、このようにして私は毎日、くーだらない言説に振り回されているわけです。不謹慎ガリガリガリなどというお話に、いったいどれほどの意味があるというのでしょう?



だいたいこの手のメンタリティにかかわるお話は、嫌われ者に向かって「嫌われるのはやめな」といっているようなものです。私ももう疲れ果ててしまいました。ですから、今日はこの辺でお終いです。



ああ、あと、まったく関係がありませんが、マツコデラックスを沙漠に1週間くらい放置すると堀江貴文ができあがりそうな気がします。ドライマツコ。で、それをまたぬるーいお湯に入れて戻しすぎると、きっと伊集院光になります。お疲れさまでした。(了)




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