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◆『マイナビニュース』2018年8月1日配信
【瀬戸内寂聴、松本人志は「薄汚くなったね」】
《 作家・瀬戸内寂聴の秘書である瀬尾まなほさんが、あす2日に放送される読売テレビ・日本テレビ系バラエティ番組『ダウンタウンDX』(毎週木曜22:00~)に初登場する。
寂聴について書いた本がベストセラーになった瀬尾さんは、カメラアプリSNOWで変顔&動物加工した寂聴を撮影した映像を公開。SNOWの映像に浜田雅功「(寂聴を)イジってるやん。悪いヤツやな~」とツッコミを入れる。
また、寂聴にダウンタウンのことを尋ねるVTRも公開し、寂聴は、松本について「昔はイイ男だったの。薄汚くなったね」とバッサリ。瀬尾は「申し訳ないです。どうしても本当の気持ちが…」とフォローし、さらに松本を傷つける展開となる。
〜 略 〜 》
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はい。おっしゃる通り松本人志(54)の顔はたいへん汚いです。しかしながらワタクシとしましてはもうずいぶん以前から松本人志の顔は汚いもの、で片付けておりましたから、テレビで見るにつけ、タワシで洗ってもダメなのかなあ〜などと思わされる程度で、先生のように「薄汚くなった」という改めての感慨はありませんでした。
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しかし「薄汚くなった」という先生の言葉は、松本人志の顔面になにかが作用して変質をもたらした、そしてそれはどうやら精神的なものも大いに関係しているらしい、ということを示唆しておられます。というわけで、その“なにか”とはなにか? という疑問に囚われてしまうのです。
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ワタクシうかつにもいまのいままで松本人志の顔面について失念していたことがあります。それは松本人志は、あの顔面をかなり積極的に自ら選び取ったのだ、ということです。あら〜、トシとったらいつのまにかこんな顔になっちまっただ〜、というのではありません。アレをよしとし、納得している風情があります。
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それはヘアダイとタンニングを施していることからもわかります。無精ヒゲも人志なりのおしゃれ。対して顔面の造作そのものにはなんの手当もしていないように見えます。いやいや整形手術というところまでいかなくても美顔ローラーであるとかマッサージとかパックとか、そんなことも一切していない野放図な状態の顔面に見えます。松本人志はアレをよしとしているわけです。
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体のほうはウエイトトレーニングで鍛え上げているのに顔面はアレですからアレはアレでいいのです。トータルすると松本人志の容貌は肉体労働者の風情を漂わせています。松本人志は肉体労働者をめざしていたのでしょうか? 違います。肉体労働者から見ればあの貧弱な下半身に支えられた奇妙な肉体は働かない肉体、ハリボテみたいなようなものです。
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なぜウエイトトレーニングをするのかについて、松本人志は少し口ごもってから「子どもとか家族とかを守らなならんから」と答えたことがあります。なにをバカなことをいっているのか筋肉で家族を守るつもりか、と呆気にとられましたけれども、これはこれで意味のある発言だと、「“なにか”とはなにか?」を考えて気付きました。
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もうひとつ、印象深い発言がありました。たしか「生活に関わってくるような発言をされるとカチンとくる」というようなことで、お笑いを批判するのはいいけれども、それがこちらの生活を脅かすようになるならダメだ、という内容でした。
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これもまた呆気にとられる発言で、プロならみんな生活をかけて仕事をしているわけで、つまり仕事の批判はまったく受けられません、ということになってしまいます。「オジサン、このやきとり焦げちゃってんだけど」といったら「生活に関わってくるような発言をされるとカチンとくる」といい返されたらどうします?
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で、ワタクシは思いました。汚い顔面や盛り上がった上半身は、「強い男」「闘う男」のイメージで、それが松本人志のめざしているものなのでしょう。そしてその「強い男」「闘う男」はなにと闘っているのか、といえば「生活」なのであろう、と。個人の「生活」。厳密には「生活」を守るために闘っている松本人志です。
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「子どもとか家族とかを守らなならんから」する筋トレ、「生活に関わってくるような発言をされるとカチンとくる」敏感さ、すなわち「生活」を守るための闘い。たいへん古典的でしかしそれこそが松本人志のヒーロー像なのです。
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「生活」には大義名分も主義主張もありませんから、松本人志の闘いは右でも左でも体制でも反体制でもありません。しかし「生活」を守るというスタンスは必然的に「保守」を内包します。嬉々として安倍晋三(63)とランチの席に着くというのもそういうことです。
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あるいは松本人志のなかには「生活」を守ることこそがもっともラジカルな正義である、という思いがあるのかもしれません。頭でっかちに考えていたってどうにもならない、それより今日、明日のメシをどうするか? みたいなことですね。
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ですから松本人志としては安倍晋三などいつでも放り出してやる、というような覚悟だってもちあわせていると考えているはずです。しかしながら、先に述べましたように「生活」を守るというスタンスは必然的に「保守」を内包します。その生き方でいる限り、好むと好まざるとにかかわらず政治的には保守の立場をとらざるをえません。
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こうして松本人志の仕事からはお笑いの大切な機能であるチカラあるものへの風刺や諧謔の芽はあらかじめ失われてしまっているのです。マスコミで活動する松本人志にとっては皮肉ではなくたいへん都合のいいことですけれども、人志自身はそのことに気付いていないでしょう。
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でもって、その日々の権力への追随が顔に現れた結果が「薄汚くなったね」なのではないのでしょうか。闘っているつもりで闘っていない「闘う男」、松本人志の顔です。
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背景にはおそらく子ども時代の貧乏があり、そこから抜け出して自分の家庭を築き、家族にはひもじい思いなどさせず、というのはまことに立派な生き方です。称賛されるべきでしょう。
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しかしそれは庶民としての生き方のお話であって、松本人志のように大きな影響力をもってくると状況は変わります。現状を追認するだけではない発言や行動が求められることもあります。
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それは松本人志にとってはたいへん大きな恐怖をともなうものなのでしょう。つまらないでしょ。ねえ、寂聴先生。(了)
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