人なかなかサックリとは死ねません。9月15日に亡くなった樹木希林(享年75)の場合などが、仄聞するところ最大限のサックリではないでしょうか。
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サックリ死ねないのには、まず患者の側からすれば医学が発達して医療を受けさせられてしまうようになった、ということがあります。受けさせられてしまう、というのは、積極的な治療あるいは延命治療を拒否して緩和治療などを望んでも、医師や医療機関の理解が得られない場合があるからです。
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医師や医療機関の側では医療放棄とみなされたくはないので、積極的な治療や延命治療の放棄はかなりリスキーだということになります。最近では拒否する患者が増えてきたといわれる胃瘻にしても、それを中止すれば医療放棄とされる可能性があります。
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また患者の死後、なぜもっと積極的に(一生懸命に)治療してくれなかったのか? と遺族にねじ込まれるかもしれません。今日はすっかり悟り切ったようなことをいっている患者だって、1週間後には気持が変って生への執着をあらわにするかもしれないのです。
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さらには、たとえば仮に延命治療を施して余命5年間だとした場合、その5年間になにが起こり得るかわからないではないか、 その5年間は切り捨ててもいいものなのか? という問題も考えられたりして、なかなか悩ましいです。患者も医師も引き返してやり直すことのできない選択に取り囲まれているわけです。
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サックリと死にたいと思ったらけっこうたいへんなのです。まず家族・親族を説得し、サックリ死なせてくれる医療機関を探し、死後に想定される万一のトラブルにも遺漏がないように手を打たなければなりません。ワタクシは孤独死を目論んでいますけれども誰にも迷惑をかけない孤独死は至難のワザのような気がしてきました。
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しかもこれらすべて、アタマがしっかりしていたら、のお話で、脳溢血かなんかで重大な障害に見舞われたらそれまでです。そもそも運がよくなければダメ、というお話なのです。
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で、なかなかサックリ死ねないサックリ死困難状況のなかで、生と死はますます地続きになりつつあります。生の断絶が死なのではなくて生の延長に死がある、という感じ。それはそれでひとつ穏当な解釈なのかもしれませんけれども、自分の死に方をコントロールできないいまの状態では、あまりに死のハードルが低すぎるような気がするのはワタクシだけでしょうか?
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超高齢社会の日本です。誰もがクチには出さずとも年寄りは早く死んでくんないかなー、という圧力はたしかにあります。レミングの死の行進よろしくゾロゾロと列をなして前進し、断崖絶壁から暗闇の海に滝の飛沫のごとく呑み込まれていく悪夢を妄想したりもします。
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こんなふうに考えてくると、樹木希林は、おかしな話ですけれども「死」という闘いの勝者なのだという気がします。ご本人は「死」についてどのように考えていたのでしょう。こんな記事がありました。(↓)
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◆『J-CASTニュース』2018年9月16日配信
【「死ぬときぐらい好きにさせてよ」 樹木希林さん死去...印象的だった「あの広告」】
《 女優の樹木希林(本名・内田啓子)さんが2018年9月15日、亡くなった。75歳だった。各メディアが16日夕、一斉に報じた。
13年に全身のがんであると告白。闘病を続けながらも、女優としての活動を続けた。訃報を受けてインターネット上では、樹木さんを起用した宝島社の企業広告「死ぬときぐらい好きにさせてよ」を思い出すユーザーが相次いでいる。
1か月前には「うっかりあちらに送られる側に...」
樹木さんは18年8月13日、左大腿(だいたい)骨を骨折して入院。スタジオ出演する予定だった16日放送のNHK BSプレミアム番組には電話で出演し、「うっかりあちらに送られる側になるところでした」とユーモラスに語っていた。
また、娘婿で俳優の本木雅弘さん(52)は30日のイベントで、樹木さんががんの影響で一時危篤状態にあったことを明かしていた。このとき本木さんは、
「細い糸1本でやっとつながってる 声一言もでないの しぶとい困った婆婆です」
という樹木さん直筆のメッセージも紹介していた。
それから約2週間後の訃報。ツイッターやネット掲示板には、「希林さんの生き方 お芝居も大好きでした」「大好きだった。樹木希林さん、ありがとう」と惜しむ声が相次いで寄せられている。
「なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう」
樹木さんは、宝島社が16年1月5日に全国紙4紙に掲載した企業広告「死ぬときぐらい好きにさせてよ」にも起用されていた。同年の「読売広告大賞」グランプリを受賞した作品だ。
英国の画家ジョン・エヴァレット・ミレイの名作「オフィーリア」をモチーフに、安らかな微笑みを浮かべた樹木さんが森の中で1人、水面に身を横たえているデザイン。「死ぬときぐらい~」というコピーの下に、
《 人は必ず死ぬというのに。
長生きを叶える技術ばかりが進歩して
なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。
死を疎むことなく、死を焦ることもなく。
ひとつひとつの欲を手放して、
身じまいをしていきたいと思うのです。
人は死ねば宇宙の塵芥。せめて美しく輝く塵になりたい。
それが、私の最後の欲なのです 》
とのメッセージが添えられている。
この広告について、樹木さんは宝島社に「死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。そういったことを伝えていくのもひとつの役目なのかなと思いました」というコメントも寄せていた。
〜 略 〜 》
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たいへん僭越なものいいになりますけれども、特別に目新しいものはなく、しかしその考えを一つひとつ確実に実行していったところに樹木希林の見事さがあるのだと思います。それはやはりたいへんな努力に違いありません。
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こういうところを見せられると「死」はやはり「特別なもの」であり、ついでに「悪いこと」だとワタクシは思います。ワタクシはこれから先もまだまだ生きていかなければなりませんから。
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勇者、樹木希林さんのご冥福をお祈りします。(了)
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