2015年7月31日金曜日

4Kに8Kテレビかあ。これ以上の自殺者が出ないことを祈る






ここに書くのはこれで何度目かになるが、テレビの魅力はタダでダラダラといつまでも垂れ流してくれることと、人の顔をまじまじと見つめられることである。



芸能人、一般人にかかわらず、テレビ以前にはじっと人の顔を凝視することなどあり得なかったのである。それはいまでもそうで、テレビなしでそんなことができるのは人相占い、人相見くらいのものである。



1953年にテレビ放送がはじまって、はや62年。私たちの人の顔面に対する感覚は研ぎ澄まされて、そこそこの人相見程度の眼力は身につけているのではないか、と思うのである。口許は笑っているが目は笑っていない、など、考えてみればかなり高度な観察である。



そうした遠慮会釈のない、非情な視線がむき出しにしたのは、人間の本性らしきものである。口ではいいことをいっているが腹の底ではなにを考えているかわからない、というわけで、だいたいの人物の行動原理は経済的損得あるいは名誉、人気といったところに落ち着くのである。


犬・猫の総合情報サイト『PEPPY(ペピイ)』


こういうものの見方に、理念、信条、哲学といった高度な抽象概念はなじみが悪い。いくら熱をこめて実存主義を語ったとしても、「このオジサンしつこそう」のひとことでキャッキャッと片付けられてしまうのである。元も子もない時代がやってきたのである。テレビのせいである。



元も子もない、即物的な風潮のなかで、では何が価値を決めるかといえば金であった。であった、というか、である。とにかく、なんでもかんでも、というかいろいろありすぎて面倒くさいので、とりあえず金の部分だけを抜き出し、あるいは金に置き換えて優劣をつける。



年収600万円の彼氏Aよりも年収800万円の彼氏Bを選ぶ。対して、金のかかりそうな彼女Aよりも、それほどでもなさそうな彼女Bを選ぶ。100万円の絵画よりも200万円の絵画のほうが芸術的だと考える。



まったくバカなことである。ここに1本500円のバラと1本1000円のバラがある。その値段の差だけを見て1000円のバラのほうが美しいと決めつけているようなものである。バラを見ていないのである。そもそも美意識など持ち合わせていないのである。


HP Directplus -HP公式オンラインストア-


テレビ鑑賞で鍛えられたおかげでいろいろなもののメッキが剥げて見えて、何を信じてよいのかわからず、ついつい金に換算してしまうのである。ヒットチャート好き、トップテン好きみたいなものである。



で、テレビ放送がスタートして約10年、1960年代は政治の時代、理想の時代であった。多くの人々が、人は、社会は、国はこうあらねばならぬ、と口角泡を飛ばして議論し、行動したのである。金など二の次、三の次だったのである。



それが1970年代に入ると疲れ、病み、崩れて、やがて、前回、前々回あたりで述べた、HYPER空間を頭上に戴く虚構の時代とかいわれるようになっていくのである。



こうした元も子もない、即物的な時代、哲学も美学も通用しない時代には、もうアタシ生きてゆけないと考えたのが三島由紀夫(享年45)である。戦後文学の旗手であり、貴公子であった三島由紀夫の大がかりなほどの教養や思考は、受容される場所を失いつつあったばかりか、冷やかしの対象にすらなりかかっていたのである。さっきの「アタシ」みたいに。


ASICS ONLINE STORE アシックスオンラインストア


人一倍衆目を気にする由紀夫にとって、それはたぶん絶望ではなく、ヤバい、といった感じのものだったろうと思う。そして1970年11月25日、三島由紀夫は楯の会の4人とともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室に籠城し、割腹自殺を遂げたのである。



三島由紀夫の死は表に掲げられているような政治的な死ではなくて、時代からの、相当にあてつけがましい引退の儀式だったのである。大げさな舞台設定は、理想、哲学、美学などの終焉の飾りとして設えられたのである。いってみれば三島由紀夫はテレビに殺されたのである。 



そういえば、志村けん(65)の熱烈なファンの男が、臨終の床で死の間際まで「アイーン」をしていたらしい。それをき知った志村けんが「ジーンときた」らしい。



亡くなった方とそのご家族にとっての「アイーン」にどのような含みがあったのかは知らない。しかし、ご家族にとり、「アイーン」は頭上はるかのHYPER空間で永遠に生き続けるのである。哲学も美学も失われ、宗教も相対的なものでしかなくなった現代日本の、心の風景である。




藤原紀香(44)、熊切あさ美(35)に負けず崖っぷち、という指摘には笑った。代表作は「レオパレス21」だそうである。ということは、片岡愛之助は崖っぷちを伝って歩く山岳レンジャーみたいなものであろう。口元エイリアン岩から大顔面岩へ。お疲れさまなことである。



笑ったといえば「オワハラ」である。就職内定者に他社への就職活動を終るよう強要することだそうである。「就活終われハラスメント」だそうである。



そんなことをいえばオレなんか毎日「デカハラ(早くどこかへ出かけろハラスメント)」「ダマハラ(だまれ!! ハラスメント)」「バカハラ(バカ野郎!! ハラスメント)」に遭っているのである。やくみつるでもないのに。
 (了)




ソニーストア

HMVジャパン

デル株式会社

エプソンダイレクト株式会社







2015年7月30日木曜日

テレビが見させる悪い夢。ホリエモンを宇宙へ。帰還不要






高校1年の夏休みが終わって学校に戻ると、同級生の1人が「オレは画期的なSF小説を書き上げたぜ」と吹聴していた。特別に読ませてもらったヤツによると、それは「地球と月の立場が逆転する、ヘンなカタストロフィSF」ということであった。



その小説の内容は、近未来、月の開発が進み、地球から資材や人、設備などが大量に運び込まれた結果、地球の質量が減り、月の質量が増大して、最終的には地球が月の周りを巡る衛星になるのだそうだ。たいしたものである。



前回ふれた、私たちの頭上を周回しているHYPERな空間、テレビが私たちの精神に拓いた空間にも、どんどんいろいろなものが打ち上げられている。



HYPERな空間に打ち上げられる、カタルシスを導く空想や妄想、ハイスピードで展開するシンプルなストーリー、絶対安全地帯、根拠はないが超越的な自分、実体のない経済、完璧な美学、完全犯罪……。


犬・猫の総合情報サイト『PEPPY(ペピイ)』


いろいろたくさん打ち上げるほど、現実は希薄に、つまらなくなる。ときどき月と地球の逆転現象が起きたみたいなことを信じ込むおかしな者も出てくる。彼らはインターネットを使ってHYPER空間と交信しているようである。



徐々に質量を失ってつまらなく貧相になっていく現実、反対に欲望のエネルギーに充ち、輝くHYPER空間。人々は遥か上空のHYPER空間に憧れ、なんとかしてそこにたどり着きたいと願うのである。



しかしHYPER空間とはもともとテレビが人の精神にもたらした作用をひとまとめにしたものである。ただのもやーっとした想い、願いのようなものである。とてもたどり着ける類のものではない。不可能である。



そう、HYPER空間はテレビ時代の天国のようなものなのである。ただ天国といわれてピンとこなくても、あなたの精神の奥、そしてイメージの遥かな高みに周回するHYPER空間といわれたほうが、飲み込みやすいかもしれない。


HP Directplus -HP公式オンラインストア-


天国、極楽浄土といいかえてもいいのだが、その到達不可能なHYPER空間は信仰の対象にはならないのである。薄汚い欲望やエゴイズム、グロテスクに満ち満ちているのであるから、浄土信仰のように美しい図柄はならないのである。



どんなに薄汚くてもグロテスクでも、人それぞれ行きたい場所がHYPER空間なのである。しかしもしもほんとうに行こうと思い立つバカがいたら、法華経かなんかで撃ち落としてやらねばならない体のものなのである。



おお、そういえば、高校1年の夏休み、画期的なSF小説を書いたその男は、その後、前衛芝居にかかわり長くすったもんだした挙げ句、突如身を翻すように北海道東部の破れ寺の住職になったのである。浄土真宗と聞いたから、浄土に行きたい、行かせてくれと日々祈っているのだろう。



テレビが私たちの精神の内部を通し、頭上遥かの高みに穿ったHYPER空間。決してたどり着けず、またたどり着いてはいけない場所なのだが、すでに私たちはその存在なくして生きられなくなっているのである。HYPER依存症である。


ASICS ONLINE STORE アシックスオンラインストア


唐突に話が変わるが、堀江貴文(42)をロケットに乗せて打ち上げて帰ってこられないようにしたら、きっと面白いよね。いろいろTwitしてくるだろうね。金ならあるんだ、とかね。でも宇宙から遠くを眺められて、少しはまともになるかもしれないよね。



和田アキ子(65)も打ち上げるべきである。嫌いな女性タレント第1位おめでとう!! である。この人、情報はテレビか人との会話でしか受けていないらしいから、たぶん最期まで自分の身になにが起こっているかわからないであろう。でも行っちゃったってセイセイしてたら、流星に乗って突然帰ってきそうな怖さもある。



あとはやっぱりヒロミだな。背中にロケット背負わせて、もう一生帰ってくんなっつって。「ヒロミ宇宙へ」っつって。石橋と木梨の2人にテメーら憶えてろっつって。樫木にぜってーバラすんじゃねーぞこの野郎っつって。ヨメヨメっつって。イヨイヨイヨっつって。あとで正蔵の野郎もおっかけ打ち上げてくれっつって。これでも、おいらもう50だっつって。




また話は変わるが、小林製薬の液体絆創膏「サカムケア」が中国人客のおかげで売り上げが5倍になったそうだ。しかしオレは「サカムケア」をどうしてもさかむけないあそこに塗った男を知っている。国内にはそういう需要もあるのである。よろしく。  (了)





ソニーストア

HMVジャパン

デル株式会社

エプソンダイレクト株式会社







2015年7月29日水曜日

テレビコメンテーター日本一は岡本夏生である






コメンテーターと呼ばれる人たちがいる。テレビのニュース番組、ワイドショーなどに出てきて、論評というか感想を述べる人たちである。いろいろな分野で発言が求められるので、専門性は低い。というか最初から期待されていない。



したがってコメンテーターと呼ばれる人々の前職、あるいは本職も、プロスポーツ選手から教育者、政治家、芸能人までさまざまということになる。これについてはWikipediaに、どういうわけか経緯を含めていねいな解説がある。



で、テレビの働きに身体、身体機能の拡張というようにいわれることがある。遥か遠くの風物が見えるようになった、とかである。メガネと同じである。テレビに限らずおよそ文明の利器と呼ばれるものは、すべからく身体、身体機能を拡張しているのである。それをことさら表に出すときにはなんらかの目論見がある。


犬・猫の総合情報サイト『PEPPY(ペピイ)』


テレビの場合にいわれる身体、身体機能の拡張とは、大量の情報の収集と分析、編集である。少なくともインターネットが浸透するまではそうであった。テレビは知性に働きかける機械であったのである。あるいはそうでありたかったのである。



テレビが知的でありたかったのはテレビ局の意向でもないし、スポンサーの意向でもない。ただ社会全体がそういうものをうっすら期待してしまったのである。



しかしスポンサーからお金をいただくには視聴率を上げなければならない。元も子もない話だが、テレビは知的以前に面白くなければならないのである。こうしてテレビは知的から痴的に方向を変えたのである。


HP Directplus -HP公式オンラインストア-


早くも1950年代、テレビ放送がはじまってわずか約5年後、大宅壮一は「テレビばかり見ていると人間の想像力や思考力を低下させてしまう」として、「一億総白痴化」という表現をした。



その理由について、大宅壮一は「テレビというメディアは非常に低俗なものである」からだとしたとされているが、そうではないだろう。大宅壮一は、テレビの、つまり映像と音声による心理的拘束力の強さを怖れたのだと思う。そこで人間の想像力や思考力が低下するというのは正しい。



そもそもでいえば、メディア自体に低俗も高雅もあるわけではなく、低俗うんぬんはコンテンツの問題である。しかも1950年代は、スポンサーも協賛することにステイタスを重視していて、まだ低俗といわれるような番組はそれほどつくられていなかったのである。


ASICS ONLINE STORE アシックスオンラインストア


で、コメンテーターである。子どものときからテレビを見続け、心理的に拘束され続け、創造力や思考力を十分に発達させられなかった私たちに替わって考えてくれるのである。ありがたいことである。



私たちはコメンテーターの言葉のひとつふたつを拾い上げて、それをさも自分の言葉であるかのように錯覚する。振り回す。いまや事件、事故の捉え方も、人生観までもサンプリングの時代なのである。そしてテレビはいつも先回りして子どもの自主性を潰してしまう母親のようなものだ。



したがって、いまのところコメンテーターにはそれらしい、なんとなく正しく聞こえる意見が求められているのであって、面白さは求められていないのである。最近、お笑い芸人がコメントしている姿をよく見かけるが、彼らにしてさえ笑いを取りにいく者はいない。より耳新しく、かつ受け入れられやすい言説を探して必死である。



話は変わるが「アッコにおまかせ!」である。ニュースやゴシップの解説があるのだが、見ていると明らかに視聴者に向かってではなく、和田アキ子に向かって解説をしているのである。そんなことは楽屋か飲み屋でやってほしいのである。それでご意見番とは、まったく開いた口がふさがらないのである。




テリー伊藤もひどい。この男、もともとお調子者というだけであったのだが、斜視を矯正してからさらにダメになったのである。基本的に人と金が動けばそれでOKというのが露骨に透けて見えるのである。ひとり広告代理店なのである。コメンテーターとしてテレビ各局を渡り歩いても何の不思議もないのである。



そういえば日本テレビ「NEWS ZERO」のキャスター、山岸舞彩(28)が丸井創業者の孫と結婚していたのだそうである。交際は去年秋からだそうである。あまりの急な展開に驚く周囲を振り切っての結婚→引退なのだそうである。それほど好条件、好物件というわけである。



山岸舞彩に関連して岡本夏生(50)いわく「女の株価の最高値は27歳」だそうである。そこに口を挟むふかわりょうなど「バカ野郎!!」と一喝されるのである。さらに「きれいごといってんじゃねぇ、バカ野郎!!」と罵倒されるのである。岡本夏生、いつもいつもグッジョブである。日本一のコメンテーターである。



まあ、山岸舞彩にはとりあえずしあわせな結婚をしていただき、途中大幅な計算違い、見込み違いなどあり、数年後には、グラビアアイドル→熟女女優、横山みれい(31)みたいな感じで戻ってきてほしいもんじゃと願っとるんじゃがのう。どうじゃろ? (了)




ソニーストア

HMVジャパン

デル株式会社

エプソンダイレクト株式会社