2016年12月17日土曜日

明石家さんま、だらだらと崩壊の真っ最中。おしゃべりクソ野郎



近所の居酒屋でカウンターにつくなりオヤジが
「ベッキー見た?」
と近づいてきた。ニヤついている。つい
「見た見た」
と答えた。以心伝心である。



男同士がこころのうちで交感していたのは、“ベッキー(32)は奇妙にエロかった”という発見である。例のLINEの年末年始キャンペーン発表会(2016年12月15日)に出てきたベッキーの顔がエロかったのである。



「あれ、ほれ、果物なんかまだ青いうちに摘んでおくと自然に熟れるけどあんなもんなんか? トマトやバナナがそうだろ」
といったあとでオヤジは気まずそうに視線を逸らせた。口にしてしまったけれどもトマトもバナナもこの場合のたとえとしてあまり適当ではないと気付いてしまったのであろう。その感じもよくわかる。ナイーヴな男である。



久しぶりのベッキーの顔はテカテカ脂ぎっていた。かつての松居一代(59)を思い出させた。口が左上方向に歪んでいたのはウソばっかりついていたからである。で、顔全体が肉っぽかったことに男2人はもっとも目を奪われたのである。太っていたと書いてもいいのだけれども、なにかムンとくるヌク〜い感じが漂っていて“肉っぽい”といわせる。



「熟女だよねえ」
前に“そんなにベッキー嫌いベッキー嫌いっていって、ほんとうは好きなんじゃないの”と小学生みたいな冷やかされ方をしたことを忘れて助け舟を出したのである。人が好いのではなくて忘れっぽいだけなのである。ベッキーは嫌いだ。



紹介されてステージ上手から出てきたベッキーはむしろ16.1.7ウソつき4分半会見のときや『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(「TBS」2016年5月13日の金曜日)に出演したときよりもスマートになったように見えた。しかしクローズアップになった顔は丸く脂ぎって肉厚である。うむ。32歳という年齢以上に濃い。



ベッキーにいったいなにがあったというのであろう? オヤジはさっきトマトとバナナをもちだして、なにもないのに色気付いた、と解釈を述べたのである。そんなことがあるのであろうか? しかしこれをあまり考えるといまでもムラムラ、おっと間違いた(by荒木経惟・76)、ムカムカしてきそうなので止めよう。



そんなようなわけで、いま現在の奇妙にエロいベッキーには一定のオヤジ層からの需要が見込まれるのである。熟女に清純さ、バージニティなんかを求めるオヤジもいないわけで、つまり不倫するくらいのヤツのほうがおもしろ楽しいわけで(by吉岡秀隆・46)、もしあの脂ぎってムンと肉厚な顔がそうした戦略に基づいてのものであるならサンミュージックの相澤正久社長(67)もなかなかやるな、とまた小バカにしているのである。



うむ。ベッキーは人知れず自ら深夜帯バージョンにチェンジしていたのである。腹立たしいことにゲス川谷絵音との不倫問題にもかすめるくらいには触れられるようになっているようだし、頑張っていただきたいものである。矢口真里(33)、発進!!



ベッキーといえば川谷絵音、川谷絵音といえば暗然とさせられるほどの社会性の低さ、幼稚さである。こういうときによく思い出すのは
〈実年齢×0.7=ひとむかし前で匹敵する精神年齢〉
という公式である。つまり七掛け、これが公式とはわれながら畏れ入る。



川谷絵音は現在28歳なので×0.7は19.6歳。いいところだ。真っ盛りである。これについて居酒屋のオヤジは「ズボンをはいて歩けない年頃」と表現していた。ゴイス。



ああ、しかし世の中には出川哲朗52歳とか小堺一機60歳という、とても0.7を掛けるくらいでは間に合わないと思われる人物がいる。これからもどんどん増えていくであろう。係数を少し調整しておこう。



30歳まで〈×0.7〉 33×0.7=21
40代〈×0.6〉   40×0.6=24
50代〈×0.5〉   50×0.5=25
60代〈×0.4〉   60×0.4=24
70代〈×0.3〉   70×0.3=21
80代〈×0.2〉   80×0.2=16
90代〈×0.1〉   90×0.1=9



調整といってもご覧の通り各年代0.1ずつ減らしていっただけである。バカなので。それにしてはよくできているとは思っていただけないであろうか。60代からはボケが入ることがちゃんと勘案されているのである。うむ。これはいい。各年代の末と次の年代の頭とで計算結果が逆転するけれども許してやる。ものいいがヲタふうで申しわけない。



年齢に関してはこれとは別に「品質保持期限60歳」というものもある。人はそれぞれその人の流儀に則って生活しているわけであるけれども、その流儀を保てるのがどうやら60歳くらいまでらしい、ということである。これまで見ていたところだいたい皆さん60歳前後でボロが出てくるのである。たとえばたいへん礼儀正しくソツのないオババだと思っていたらそれはただ異常に負けん気が強いためだった、というたぐいである。



“やさしくて思いやりのあるいい人”がついつい長生きをしてしまったために“大ウソつき”になってしまうのは、たぶんよくある話だと思う。借金、愛人、経歴詐称などの大きな秘密を隠し通していられるのも、だいたい60歳くらいまでなのである。まあ、いろいろな理由で帳尻、ツジツマが合わなくなりボロが出る。逆に60歳までに死んでしまえば思惑通りの人生をまっとうしたことになる。



であるから寿命の短かったむかしの人は人生を一直線にゴールまで駆け抜けられたのである。つまり軽薄ないい方をすれば人の一生はただひとつのコンセプトでよかったのである。ところがいまや平均寿命、男80.79歳、女87.05歳なのである(2015年・厚生労働省2016年7月27日発表)。およそ60歳で地金が露呈してから先のコンセプトを全体の整合性と合わせて考えておかなければならない。「1Life 2Lives」である。



「品質保持期限60歳」とか「1Life 2Lives」とかは書かなかったけれども、この話は以前にも書いたことがある。それをなぜまたここに持ち出したかといえば、最近の明石家さんま(61)がまさに人生の品質保持期限を過ぎてしまっているように見えるからである。それを説明するのに格好の文章を『TOCANA』(2016年12月13日配信)に見つけたのでご紹介しよう。



【明石家さんまの業界評がガタ落ち? 「滑稽」「空回りしている…」】

《SMAP解散騒動は多くの番組で取り上げられているが、そのほとんどはワイドショーなどの情報番組であり、タレントが多数出演するバラエティ番組などで扱われることは少ない。SMAPメンバーと共演経験があるタレントならば、それぞれ思い入れがあるはずだが、それを番組内で語ることは皆無に等しい。しかし、そんな中でただひとり、SMAP騒動に絡んでいる芸人がいる。それが明石家さんまだ。

解散決定後、自身のラジオ番組や出演したテレビ番組で何度もSMAPトークを繰り広げ、自分は裏事情を知っているような口ぶりも見せている。このような明石家さんまの姿勢を業界関係者はどのような目で見ているのだろうか。

「正直、口先だけの介入でみっともない感じがあります。さんまさんは木村拓哉さんや中居正広さんと個人的な付き合いもあるので、真相や裏事情を知っているのは事実だと思います。でも、ほかの芸能人もそれなりに真相を知っていても何も語らない中で、さんまさんだけアピールがひどくて、ちょっと滑稽ですよね」(テレビ番組関係者)

たしかにメンバーとの付き合いがあれば真相は知っているだろうが、変にアピールされるのは気持ちのいいものではない。さらに、ただのアピールで終わっていることも問題なのだという。

「実際、詳細に裏事情を知っていて、それをテレビやラジオで暴露して、新事実を世の中に明かすなら賞賛されるかもしれません。でも、結局はほかの芸能人と同じように大人の事情を抱えていて何もいえないわけです。だったら、変に『俺は真相を知ってるぞ』アピールなんかしないで、黙っているべきですよね」(同)

まさにおっしゃる通りだが、なぜ明石家さんまはこのような行為を繰り返すのか。

「事情を知っているからこそ、メンバーをかばうため、なにか言ってあげたい気持ちもあるんだと思います。でも、おそらくほとんどは自己満足ですよね。俺は事情を知っている特別な人間だということを世間に周知させたいだけだと思います。最近、イニシャルトークはイライラするといわれることがありますが、それと同じで言えない何も言うなという苛立ちを視聴者が持つだけなので、黙っておいてほしいですね」(同)

さらに、こんな意見もあった。

「さんまさんはSMAPネタがタブー視されてSMAPのメンバーがそれぞれ今後テレビに出にくくならないように、あえてネタにしているともいわれています。笑いにしてしまったほうが、タブー感が薄れて、メンバーも出演しやすいからです。ただ、さんまさんは核心部分については何もいえないので、その効果があるのかどうか微妙なところです。メンバーへの愛情はあるんでしょうが、空回りしているともいえますね」(業界関係者)

たしかにSMAPへの愛情はあるのかもしれないが、何も話せないのであればやはり黙っておくべきなのだろう。》



そういうことである。しかし訂正しておかなければならないのは、「メンバーをかばうため」、「SMAPのメンバーがそれぞれ今後テレビに出にくくならないように」の部分である。メンバーのことを思うならこの記事もそう締めくくっているようにいまはそっと静かにしておくのが最善である。



で、もっと遥かに重要で根本的な訂正ポイントは、いまの明石家さんまはかつての明石家さんまではない、ということである。かつての明石家さんまを見ていたモノサシでいまを測るからわかりにくくなる。ついにボロが出てきたと思えばよい。



いまの明石家さんまはただウザいだけの「おしゃべりクソ野郎」である。周囲が勝手に解釈するように「メンバーをかばう」とか、「それぞれ今後テレビに出にくくならないように」などとはまったく考えていないはずである。これが今回ほんとうに書きたかったことである。いままでのはすべてリード文。



2007年8月23日の『アメトーーク』(日本テレビ)で有吉弘行(42)が品川祐(44)にいい放った「おしゃべりクソ野郎」。あれから9年の時を経て「おしゃべりクソ野郎」再びである。どうか永野(42)あたりが『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ)かなんかで、一発面罵してくれないものかと願っている。第2次おしゃクソ事変である。立ち上がれ永野!! そしてまた21年くらい眠れ。次の新しい人生が待っている。(了)





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