大晦日のさいたまスーパーアリーナ、「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2016」で予定されていたギャビ・ガルシア(31)と神取忍(52)の対戦が流れた。16日の練習中に肋骨を2本骨折したためで、22日の会見では「悔しい」、「申し訳ない」と号泣したらしい。なんだかシリアスななかにも見世物的要素もありの試合のようで楽しみにしていたのである。
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52歳にもなると骨も脆い。それ以上に「悔しい」、「申し訳ない」と号泣するというのはさすが「女子プロレス最強の男」、「ミスター・女子プロレス」だなあと感心する。いまどきそんな男はほとんど絶滅寸前である。いまどきの男はほぼどんな場合でも半ワラである。しかし、かつての男のイメージは神取忍のなかに生きている。
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ではSMAPはいったいどんなイメージを担っていたのであろう? 一般的には友情であるとか青春、成功みたいなことになるのであろうか。で、もっとも考えられるのはやはり「友情」だと思う。しかし男の私から見ると、その「友情」はいささか複雑であった。女の目にはどう映っていたかわからないけれども。
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あ、SMAPはあまりスッキリしないカタチで解散が決まってしまっているから、いまになって“複雑”だなどといい出したわけではないことはご理解いただきたい。これから書くことは、かねてからボーッと考えていた、大げさにいえばSMAP論ともいえるものの一部でもある。
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テレビでSMAPをよく見るようになったのは、やはり『SMAP×SMAP』(フジテレビ)がスタートした1996年ごろからである。おお、あれからもう20年も経っているのか。すると当時中居正広と木村拓哉はおよそ24歳、稲垣吾郎23歳、草彅剛22歳、香取慎吾19歳ということになる。オトナといえばオトナ、子どもといえば子どもな感じ、そろそろ“Stay Gold.”なお年頃である。
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この5人に感じていた複雑なものは、単純にいうとほんとうに仲がいいのか悪いのかよくわからないということからきている。テレビで見るかぎり5人はベッタリの仲よしというわけではなく、それぞれに距離を保ち、ときには牽制し合っているようでもあった。不安定な、どこか危なっかしい感じがあったのである。『SMAP×SMAP』の放映開始からわずか1ヵ月後の5月に森且行(42)が脱退したことも、この印象に大きく影響していた。
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ほんとうに仲がいいのか悪いのかよくわからない。関係が不安定で危なっかしい。これにはとても大きな意味があったと思う。少し脇道に逸れるけれども、この機会にそれも整理しておこう。
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【(1)ボケとツッコミの成立】
もちろん1996年にもお笑いは盛んであったけれども、いまほどその仕組みや方法論がつまびらかに語られる時代ではなかった。互いの方法論を闘わせる『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ)は、早くても2010年代に入ってからでなければ成立しないものである。
その1996年の時点において、かつアイドルとしてはじめての冠バラエティといわれる番組でコントを成立させることができたのは、ひとえにメンバー間に一定の距離感があったからだと思うのである。グダグダのボケ、リアルなツッコミ、そしてその役割の交換は、いくら台本があろうとも、そのうえに一定の距離感があってはじめてスムーズに、自然に進行できたのだと思う。言葉を選ばずに言えば、だから素人でもお笑いができたのである。
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【(2)緊張感の維持】
すでにお気づきだったと思うけれども、たとえばSMAP5人がフリートークをする場面があったとして、そこにはいつも微妙な緊張感が漂っていたのである。であるからトークが漫然とだらしなくなることはなかった。そうした自分を含めた5人のトークをしばしばまとめていくなかで、中居正広のMCのスキルが磨かれていったということもいえると思う。
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「出演者同士あまり仲がいいと画面がベタベタと汚くなんのよ」とは萩本欽一(75)の至言である。ほうとうに「なんのよ」といったかどうかは知らない。しかしナインティナインの楽屋落ちの酷さなどを見るにつけこの言葉を思い出す。山本圭壱(48)に対する加藤浩二(47)の態度にしても同様である。画面の雰囲気がぬるくて汚い。
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ちなみに加藤浩二はとりあえず“身内ファースト”の人のようで、キャスターとしてのコメントする場でも分別、判断は二の次になっていることがしばしばある。まさに絵に描いたようなチンピラヤクザ気質である。
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ついでなのでもう少し注釈を入れておくと、このチンピラヤクザ気質というのは神取忍のなかに生きている男、漢のイメージと同様、幻想である。渡世のために必要とあれば身内でも平気で裏切るのがチンピラヤクザのおもしろさ、醍醐味である。
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もとい、で、SMAPの画面は汚くならなかったのである。さらに木村拓哉が単独で事務所からの独立を企てたのも1996年であった。これでは微妙な距離感どころではなくてけっこうな距離感である。緊張も漂うというものである。
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《騒動が始めに報道されたのは1996年。当時のキムタクは『ロングバケーション』などで大ブレイク中だった。そんな最中、事務所との契約更新に対してキムタクは「待ってほしい」と弁護士を通じて事務所に告げたのだ。
このときキムタクは、バーニング系事務所に移籍を打診していたとの噂。というものキムタクは、ジャニーズ事務所からのギャラにかなり不満を抱いていたといわれる。さらに当時交際を公にしていた恋人「カオリン」について、ジャニーズ事務所は快く思っていなかったことも原因だったそう。》(「exiteニュース」2016年1月18日配信)
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木村拓哉以外のメンバー4人はこの騒ぎをどんな気持ちで見ていたのであろう? 騒ぎ自体はたぶん2000年、木村拓哉が結婚するまでくすぶっていたような気がする。つまりそうすると工藤静香(46)はこのときと去年から今年にかけての2度、木村拓哉の事務所からの離脱を食い止めていることになる。
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木村拓哉からすれば、去年の暮れの段階ではすでに“離脱撤回慣れ”みたいなものがあったのであろうと推察する。離脱を撤回するとそのかわりになにかが得られるというくだらない成功体験、甘い蜜の味みたいなものも知っていたのである。
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【(3)マンネリズムの回避】
「緊張感の維持」と重なる部分があるけれども、『SMAP×SMAP』が20年も続いた背景でも、メンバー同士の一定の距離感は大きな役割を果たしていた。たとえばお互いのプライベートについて視聴者はもとよりメンバーもよく知っていないので、いつも新鮮な話題が供給される楽しみがあった。もちろんプライベートの公開は事務所NGである。であるからテレビで語られるのは小さな、子細な内容ではあるのだけれども、楽しかったのである。
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で、こういうほんとうに仲がいいのか悪いのかよくわからない5人になにを見ていたのかというと、先のチンピラヤクザと同様の渡世のアレコレであり、その波間に浮き沈みしつつときどき顔を覗かせる友情というものである。だからさ、友情ってなに? というガビガビに乾いた心の持ち主にもSMAPは受け容れられていたのである。
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去年の暮れ、突然に木村拓哉が事務所残留をいいだしたときに衝撃を受けたのは、それは木村拓哉のイメージにとって大きなマイナスになることかもしないのに、という驚きがあったからであった。そしてそれでもなおSMAPを守るために、という大義名分が存在し得た。
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それが「裏切り」に転化したのは、メリー喜多川からの論功行賞的な扱いが露骨になり、さらに工藤静香の介入があからさまにされてからである。木村拓哉が実生活でヒーローであり得た時代は短かった。しかしそれは確かに存在したのである。
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SMAPの5人の男たちに見ていた渡世のアレコレと友情のドラマは、2人の女によって完全に命脈を絶たれたのである。うむ。男というものは損を承知でも行動しなければならないときがあるのである。友情のためでもなく。それを口に出して女に説明しないのは絶対に理解されないとわかっているからである。男は女優の目の届かない角度に潜み、必死の形相で迫りくる快感に耐え続けるAV男優みたいなものなのである。なにをいっておるのか。
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ま、そういうことで、1996年当時はもう少し他愛なく笑っていたような気がするけれども、SMAPは私にとって友情と人生と社会の厄介さ、それゆえの滑稽さみたいなもののイメージなのである。うむ。確かに青春もあった。恥ずかしいのう。であるからメンバーそれぞれには、これからは楽しいトシの取り方というものをぜひ見せていただきたいものだと思う。なんだか投げやりになってしもうた。(了)
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