2016年12月2日金曜日

有名大学サークルの女性暴行事件はなぜ起こったか? DaiGoに聞こう!!



昨日予告しておいたメンタリストDaiGo(30)と、千葉大学、慶應義塾大学、東京大学それぞれの学生集団による強制猥褻や性的暴行事件に通底する暗さ、おぞましさについてである。なぜDaiGoが出てきたかといえば『週刊文春』(2016年11月30日・速報版)での《「メンタリストDaiGoは中学生の私を抱いた」元恋人が告白》という記事からである。もう一度引用しよう。



《2人の出会いは、7年前、あるイベントでDaiGo氏に、A子さんが連絡先を聞いたのがきっかけだった。

以来、デートを重ねるようになり、DaiGo氏は当時、A子さんに次のようなメールを送っている。

〈好きだよ〉〈あのときにA子とキスした感覚が忘れられないよ〉(いずれも09年12月30日)


その後、DaiGo氏はA子さんをカラオケボックスに連れて行ったという。

「ハグくらいしたいな、と思って抱きついたら、キスをされて、下着の中に手を入れてきて胸を触られた」(A子さん)


当時、A子さんは14歳、DaiGo氏は23歳である。A子さんが高校に進学すると身体の関係を持つようになったという》



で、「週刊文春」の取材に対してのDaiGoのお答えは以下の通り。


《――当時23歳の男性が14歳の女性に、〈好きだよ〉などとメールを送るのは適切か。

「彼女は当時いじめられっ子で、もし僕が『A子のこと魅力的だと思うよ』ということで前に進めるんだったら、と。今思えば悪ふざけがすぎたし、ダメなことをしたかなって思うんですけれども(笑)」》



有名大学の学生による性犯罪が今回はテーマの下地である。なのでDaiGoの経歴をご紹介しておくと、静岡県出身、 慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程中退である。Wikipediaによれば「人生の最終目的」は「自身の知識の最大化」であり、「そのため読書費用に月100万円以上」かけているらしい。



ここで取り上げる有名大学の学生による性犯罪事件は、みなさんすでにご承知の以下の3件である。

◆東京大学:「誕生日研究会」の男子学生5人が、21歳の女子大生に対しての強制猥褻で逮捕される(5月)

◆慶應義塾大学:「広告学研究会」合宿所に呼び出した女子大生に男子学生5人がテキーラを飲ませ集団強姦(9月)。現在も捜査継続中

◆千葉大学:医学部5年の男子学生3人が飲み会に参加していた20代の女性を乱暴したとして集団強姦致傷容疑で逮捕される(11月)



いずれも男が集団で、さらに強引に酒を飲ませて抵抗力を奪ったうえで性的暴行を働いているのである。いっそう特徴的なのは、いずれの場合も犯行時に積極的にそれ隠蔽しようとした形跡があまり見られず、なかには動画を撮影して配信する者も現れるなど、かえってなかば公然とそれを実行していることである。



これが罪意識の希薄さ、社会常識の欠如、歪んだエリート意識などとして厳しく指弾されているわけである。メンド臭いので最初に結論から書いてしまおう。こういうダッサダサな彼らの心理はきわめて単純、こういうことだと思う。



1:女に迫って断られるのが怖い

2:首尾よくセックスにありつけたとしても陰でバカにされるのが怖い

3:女の気持や肉体には結局手が届かない

4:日本は階級社会である

5:自分は強者・勝者であらねばならない



まあ、要するにプライドが高いということである。あまりに単純ではあるけれども、世のなかこんなものである。大学生とはいえ今日びメンタリティはかつての中高生並みである。ちなみに現代人の精神年齢は実年齢×0.7という俗説を私は信じている。20×0.7=14歳。うむ。よくわかる。



そんなようなことであるから、彼らは「お願いだからひと晩付き合って」と懇願することもできないし、「愛しています」と告白することもできない。仮になにかの拍子で女と上手くいったとしても「アイツはヘタで早漏でおもしろくなくてもう最低だった」などという噂話が耳に入りでもしたら死ぬ。あるいは殺そうと血走る。



懇願を拒否されても、また性的技量を嘲笑されても、評判はすぐにSNSを介してそこら中に拡散されてしまうのである。アイツあんな女にコクってフラれたんだってよ。エラそうぶってるけどイザとなったら勃たなかったんだってよ。地獄である。



ああ、そうか。私がなにかにつけ努力を怠ってきたのは自信があるからではなくて、そういうことへの恥ずかしさの感覚がないからであったのか。別にどんな噂を立てられても平気だし、「バカじゃないの?」と真顔で咎められてもかえって「恐縮です」くらいのものである。精神がユルユル。



もとい。学生の心理である。そもそも女たちはただ自分が在籍する大学の名前に憧れて近づいてくるのであって、その本心は知れたものではないのである。内心では人としてひどく嫌われているかもしれないのである。嫌われているのかもしれないけれども若い女の魅力には抗えないのである。しかしやっぱり遠いのである。お互いのもっているモノサシが違うのである。若い女たちはいつまでも高嶺の花である。手が届かない。



若い女たちとはずっとむかしから住む世界が違ってきたのである。この社会を動かしていくのは自分たちエリート層である。そのほかの連中はそういう自分たちに奉仕するために生きているようなものなのである。なのであるはずなのだけれども女ひとり自由にならないのにはイライラする。



自分はいわゆる鼻持ちならないステレオタイプのエリートではない。かなりヤバいこともよく知っているし、やろうと思えばできる。やる以上はそこらの連中よりは上をいく。



というような心理である。そしてこれらのなかでいちばんマズいと思うのが、最後の「自分はいわゆる世間でいわれているような鼻持ちならないステレオタイプのエリートではない」である。



エリートのステレオタイプでなければいったい何者なのだという感じのヤツのなかにさえ、必ず「でも自分は違う」というヤツがいる。そんなヤツとまたさんざん“エリートあるある”みたいな話をして盛り上がってもその挙げ句、しかし最後は「でも自分たちは違うよね」なのである。必ず「でも自分は違う」に行き着く。どうしても「恐縮です」とは絶対にいわない。意地が悪いのう。



つまり熾烈な受験戦争を勝ち抜いてきたエリートたる自分は相対化されることさえ決して潔しとはしない絶対の価値なのである。であるからまたディスられることにはきわめて敏感である。たとえば性風俗店で欲求不満を解消するなどという下劣な行いがバレることはプライドが許さない。



ずいぶん窮屈である。窮屈であるけれども、そういうふうに生きていかざるを得ない。そういうふうにしか生きていけないのである。そんなことであるから、つい居酒屋でワケもなく威張り散らしたり暴れてみたりしてみたくもなろうというものである。



ついでに書いておこう。東京大学「誕生日研究会」の5人組について『新潮45』(2016年11月号)は、東京女子大や日本女子大は"カノジョ要員"、真面目なお茶の水女子大は"友達要員"、大妻女子は"コンパ要員""セックス要員"、そしてその他ランク外の大学は"ネタ枠"などと差別化していたと伝えている。



つまりはグロテスクなエリート意識、女性蔑視も甚だしいというわけである。わけではあるけれども、これは彼らが生きてきた彼ら自身の世間そのものなのである。「頑張って東大くらい入らないとお話にならないじゃないの」、「あらよかったわねえ。息子さん、これでとりあえずご安泰ね」なのである。したがって世のなかの大多数はお話しにならないヤツら、安泰ではないヤツらなのである。で、一歩間違えば自分もそちらの側にいたかもしれないとヒヤヒヤしたりする。



東京大学「誕生日研究会」の5人組のうち2人は示談が成立し不起訴処分、残りの3人には執行猶予付きの有罪判決が出ている。示談が成立しなかった3人のうち2人については、被害者側が求めていた示談の条件「大学を自主退学すること」を拒否したことがわかっている。



これについて『とくダネ!』(フジテレビ)のニュースデスク・笠井信輔(53)がこんな発言をしていたのである。いつもの卑屈な提灯もちとは思えない正論である。しかし正論を吐いて驚かれるのも困ったことではある。



「東大をやめて示談になれば、裁判にもならなくなる可能性もあるのに、犯罪歴が残っても東大生でいたいというのは、東大の肩書がなくなれば、自分は何もなくなる、空っぽの人間になってしまうということを自分で分かっているからなんでしょうね」



ちなみに笠井信輔は早稲田大学商学部、メインキャスターの小倉智昭(69)は獨協大学外国語学部フランス語学科、アシスタントの菊川怜(38)は東京大学工学部建築学科の出身である。だからどうというわけではないけれども。



巷間よくいわれている受験戦争からの解放感や他人への想像力不足、エリートであるという傲り高ぶりが直接、千葉大学、慶應義塾大学、東京大学それぞれの犯罪学生集団を生み出したわけではない。それらはバカにされたくない、バカにされてはいけない、けれどもセックスはしたいというつまらない、しかし切実な根本的理由を補完して行動にまで到らせる弾み車のようなものである。



さて、ここでそれぞれの事例についてより詳しく分析するべきなのであろうけれども、知力・体力の限界…気力も無くなり、諦めることになりました…以上です…(お手本 by千代の富士 貢)。



でもってDaiGoである。慶應義塾大学理工学部出身であるから、とりあえずエリートである。しかも超強気の発言で相手を動揺させて表情なりを読み取るメンタリズムの手法からくる印象も手伝っているとは思うものの、見るからに、のエリート気取りでもある。



DaiGoのイメージがここに挙げた千葉大学、慶應義塾大学、東京大学の愚かな学生たちと通底するというのは、もちろんそんな学歴の話だけではなくて、14歳の子どもに性的な悪戯をした愚劣さが軸である。そしてそれに「今思えば悪ふざけがすぎたし、ダメなことをしたかなって思うんですけれども(笑)」という傲慢さが加わる。



で、さらにまた「人生の最終目的」は「自身の知識の最大化」であり、「そのため読書費用に月100万円以上」かけるだとかなんとかいうプロフィールが重ね合わされる。この軽薄なナルシシズムにゲンナリさせられつつ、あなたたちやっぱりお仲間ね、という印象が抜き難い確信に変わるのである。



「知識の最大化」という一見もっともらしいけれどもまったく中身のない「人生の最終目的」を設定して安全地帯に逃げ込むセコさ、一生懸命読書すれば知識が増えると信じ込んでいる間抜けさ。これにはつい、ここで取り扱った有名大学の愚かな学生たちが眼前に立ち現れたかのような錯覚をさえ覚えるのである。



DaiGoはフリーランスである。行政や企業などの組織の一員ではないから忠告したり守ってくれたりする“身内”はいない。そんなことも関係してか、2012年11月と2013年5月には引退宣言をしている。いわゆるDaiGoの半期に1度の大決算騒動である。いま思いついたのである。



しかしこれについてDaiGo自身は、『しくじり先生 俺みたいになるな!! ~失敗人生! ちょっと待って3時間SP』(テレビ朝日、2015年4月20日放送)において「自分の中では撤回することも織り込み済みだった」とし、「引退で騒がせておいて、もう1回騒ぎを起こしたいというのもあって」「いわゆる炎上マーケティング」とたわけたことを語っていたのである。



あとになってなにを強気ぶっているのか、である。自分に対する需要をそれほど見込んでいるのであれば、引退宣言というきわめてリスキーな行動はとらないはずである。misono(32)はほぼ需要ゼロである。



DaiGoにとってもまた、自分自身は相対化されることさえ潔しとしない絶対の価値なのである。千葉大学、慶應義塾大学、東京大学の愚かな学生たちと同じである。まあ千葉大学の場合はまだあまりよくわかっていないけれども。というようなことで、DaiGoはもう今度こそほんとうに引退したほうがいいと思うのである。というか人さまの前に立つ資格がない。



いろいろとあしざまに書いてきたので、最後に少しだけ自分のことも書いておきたいと思う。私の人生の最終目的は長生きである。そのために食材費用に月3万円以上かける。しょーもな。恐縮です。(了)





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