2018年1月15日月曜日

黒人差別問題で激しく馬脚を現した松本人志のヘタレぶり



サッカーは脚、格闘技は心臓、評論は眼、というようないいかたをすればお笑いは触覚である。渡辺直美はケツ。松本人志は鼻。さまざまな事象から微細な違和感をキャッチして拡大し、あるいは少し歪めたりして意外性をひき出し、笑いに変える。その意味するところはお笑い芸人本人にも厳密には把握できていないことが多い。



お笑いは論理ではなく感性であり、メジャー(はかり)ではなく加減、案配、匙加減である。日本の場合はとくにそうなのであろう。そうした世界に生きているお笑い芸人がまともに社会問題や政治を語るようになるにはまだかなり時間がかかる。微細な違和感をキャッチできる知識、バックボーンと、それを笑いに変えるスキルを身につけた人材の登場を待たなければならない。



そういう目で見ると、おやおや目元がなんとなく竹田恒泰(42)似の株式会社笑下村塾代表取締役社長・たかまつなな(24)は、お世辞にもお笑い芸人とはいえないつまらなさであるけれども、社会問題や政治を立ち位置としている点で、かすか〜に新しい世代を予感させる。であるからほんとうにまともに社会問題や政治を語れる資質を備えたお笑いの登場はさらにまた次の世代、ということになる。と思う。



いわゆるコメンテーター松本人志に期待するものはまったくない。松本人志が社会問題や政治を語るムリはおそらくどなたでもご承知のはずである。じゃろ? 自らの番組が巻き起こした黒塗りメイク問題についてさえもこのていたらくである。↓





◆『ORICON NEWS』2018年1月14日配信
【松本人志、『ガキ使』黒塗りメイク問題語る「いろいろ言いたいことはある」】

《 ダウンタウンの松本人志(54)が、14日放送のフジテレビ系『ワイドナショー』(毎週日曜 前10:00)に出演し、昨年大みそかに日本テレビ系で放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 大晦日年越しSP 絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』で物議をかもした“黒塗りメイク”問題に言及した。

同番組でダウンタウンの浜田雅功(54)が顔に黒塗りメイクを施し、映画『ビバリーヒルズ・コップ』のエディー・マーフィーに扮した。これが人種差別ではないかと批判が上がっていることが紹介された。

松本は「これに関しては、いろいろ言いたいことはあるんですけど、もうめんどくさいので、浜田が悪いでいいです。あいつを干しましょう。国外追放。断らなかったあいつが悪い」と言って、一笑に付した。

ゲスト出演した安藤優子キャスターは「エディー・マーフィーに扮したところまではよかったんだと思うんですが、それを笑いの種にしたわけですよね。マネするところまでは許されても、それを笑いのネタにしたことが人種差別だっていうことでは」と言い、ヒロミは「パワハラやセクハラもそうだけど、相手の感覚で言われる場合もある。僕らは島国だから、そういうものに関して疎いのかもしれない」とコメント。

また、音楽プロデューサーのもふくちゃんは「最近日本はある意味国際的になって、世界中の人が見ている。いろんな目が増えたということの表れ。…

テレビ業界の人たちはいろんなところに目配せした番組づくりが必要なんじゃないか」と持論を展開した。

松本は「今回テーマがアメリカンポリスで、『ビバリーヒルズ・コップ』のエディー・マーフィーをやったんですよ。だから流れとしては全然唐突ではないんですけど」と弁明しかけたが、「まあ、でも浜田が悪いね」と笑いに変えた。

番組MCの東野幸治は、AbemaTVの取材に対する日本テレビの回答として、「差別する意図は一切ありません。本件をめぐってはさまざまなご意見があることは承知しており、今後の番組づくりの参考にさせていただきます」とのコメントを紹介した。

松本は「今後どうするのかなぁ」と憂い、「僕らはモノマネタレントじゃないんでいいんですけど、今後、バラエティーは黒塗りなしでいくんですね? ルールブックを作ってほしい。黒塗りしてモノマネする人がこの先出てきたら、同じぐらい叩かれないと今度は浜田差別になる」と指摘した。》





いったいこれはなんざんしょ。いいたいことがいろいろあるのはこちらである。ともかく「いろいろいいたいことはある」のならどこかで発信しろ、というお話である。まずは当事者の1人として真意を明らかにするべき。それを「浜田が悪いね」ととぼけたギャグで逃げるとは情けなさすぎる。あまつさえヒロミ(52)やもふくちゃん(34)が視野の狭さをあくまでも柔らかく柔らか〜く指摘してくれているというのに。



さらにマジで耳を疑いたくなる発言が飛び出している。「ルールブックを作ってほしい」である。これ当事者の責任から逃げているばかりでなくお笑い芸人としての立場も放棄している。と私には聞こえる。お笑いの触覚、加減、案配、匙加減を全部捨てます。代わりに誰かやってください、といっているのと等しいではないか。



たとえば、ここまではくすぐりの範囲、ここからはちょっと危険、これはNGというところを縫っていく、NGに落ちないようにバランスを取りながらアンタッチャブルな真実を伝えていくというのもお笑いだからできること、そして芸人の腕であろう。今回の黒塗りの件でいえば、誰の心のなかにもある差別意識を柔らかく剔出できたかもしれないのである。うまくやれば。



それを人任せにしようというのである。誰に任せるというのであろう問題もとうぜん出てくる。呆れるほかない。エラそうだども。お笑い芸人としての銭湯放棄おっと間違いた(by荒木経惟)戦闘放棄といわれても仕方がないであろう。



で、こうした松本人志が“情報バラエティ番組”でコメンテーターとして語ることでなにが生まれているかというと、ひとつは対象になる問題のぼけ、たとえば論点のずれ、なんとなくわかったようになってしまう気分、そしてそれが生むガス抜き効果である。憲法改正について松本人志が語ると思うとゾッとする。



ゾッとするのは松本人志が実力以上に持ち上げられているからである。吉本の主流派トップ、とうぜんテレビ局にも強い。で、いくら中身がなくても間違っていても松本人志の発言であれば番組中に真っ向から批判されることはほとんどない。そんなふうな挙げ句、言葉に窮すれば「浜田が悪い」で日本の将来を左右されてはたまらない。みなさんそれほどバカではないけれども、若い世代にいささかの影響はあると思う。



松本人志コメンテーターがもうひとつ生み出すのは松本人志自身の消尽である。テレビ局の戦略だけれども、松本人志コメンテーター、社会問題や政治についても独特の視点でなかなか鋭い指摘をする、とかなんとかのパブリック・イメージがつくられようとしている。なにしろ総理大臣と会食をされるお方なのである。



もちろん番組制作においても忖度が働く。松本人志さまの番組なのでおっしゃることは尊重するように。でもって松本人志さまはますます増長される、と。



そうした先に待っているのは持ち上げられたおのれのパブリック・イメージに着いていけなくなりおいてきぼりにされる松本人志であり、世間はそれを裏切り、騙りと見るのである。これを回避するにはおそらく政治家への転身しかない。



風向きが変わればテレビ局はほかの誰かに鞍替えすればいいだけのお話であるから、勝手に持ち上げて勝手に貶すという見方もできる。そういう雰囲気がすでに垣間見える。いずれにしてもお笑い芸人・松本人志の命脈は危うい。松本人志はいま絶頂のように見えてとても危険なところにいるのである。



えっと、ついでにそうそう。いわせていただくと、この記事に出てくるもう一人のコメンテーター、安藤優子(59)の発言がこれまた真っ逆さまに転倒していていとをかし、な泣きそである。



「エディー・マーフィーに扮したところまではよかったんだと思うんですが、それを笑いの種にしたわけですよね。マネするところまでは許されても、それを笑いのネタにしたことが人種差別だっていうことでは」



逆よ逆。そもそもなんとかして笑わせたいという魂胆が最初にあってなんだかだやっているわけだもん。で、そうかあ、アメリカンポリスだからじゃあエディー・マーフィーっつって黒塗りして出てきたらおもしろいんじゃないの? ってなった流れなんでしょ。モノマネにもなっていなかったし。最初から笑いのネタにすることが目的だったの。だから完全に最初からアウトなわけなの。



ちなみに松本人志のおっぱいは筧美和子(23)とほぼ同サイズ(Eカップ)らしい。胸を膨らませるヒマがあったら考える時間をもってほしい。(了)









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