2018年1月9日火曜日

ホントに日テレもエディ・マーフィーに謝らないとね!!



たしかに浜田雅功(54)の顔はサルである。しかしそれにしても着替えブースから出てきたところしか見ていないけれども、コレ(↓)はやはり完全にアウトである。





◆『東スポWeb』2018年1月7日配信
【浜田の“黒人メーク騒動”が大波紋! BPOどころか国際問題に発展も】

《 人気お笑いコンビ「ダウンタウン」の浜田雅功(54)が海外メディアからバッシングの嵐となっている。

事の発端は、昨年大みそかに放送されたバラエティー番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!大晦日年越しSP絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!」(日本テレビ系)だった。同番組は、レギュラーメンバーが笑いを禁止され、笑った場合はおしおき棒でお尻を叩かれるというもの。シリーズ15回目を迎えた今回は、メンバーが新人アメリカンポリスになるのがテーマだった。

「平均視聴率は第1部で17・3%、第2部で16・3%を獲得し、紅白歌合戦の民放裏番組で8年連続の1位。圧倒的でした」(テレビ関係者)

ところが、だ。米俳優エディ・マーフィに扮した浜田が、顔を黒くメークして登場したところ、アフリカ系米国人コラムニストのバイエ・マクニール氏が問題視。一気に海外に飛び火し、主要メディアが報じるという、まさかの展開になっている。

海外事情に詳しい関係者は「英BBCは『ブラックフェースは、きわめて侮辱的』と報じています。また、米ニューヨーク・タイムズも『人種差別だ』『容認できない』という声を紹介していますね。浜田さんに差別的な意図はなかったにしても、黒人差別はデリケートな問題。ネットが発達した今、慎重であるべきでした」と指摘する。

しかも、あろうことか6日に放送された同番組の完全版でも浜田の黒人メークが流れる始末だ。「これは浜田さんというより、日本テレビに責任があるでしょう。かつて同シリーズはBPO(放送倫理・番組向上機構)の審議対象になりましたが、このままだとBPOどころか国際問題に発展しかねません。日テレは早く事態を収拾すべき」(同関係者)

かつて相方の松本人志(54)は同シリーズをやめたいと漏らしていたが、それが現実のものになるかもしれない。》 ※ 視聴率はビデオリサーチ調べ・関東地区





しかしなかにはこうした批判に反論するヤツもいるわけである。





《 ネットの論調としては「批判」が多い印象を受けるが、タレント・フィフィさんはそうした声を疑問視する。1月4日にツイッターで、

「黒く塗ると差別だと騒ぐ人達はネガティブなイメージを持ってるのかな?」
と投げかけ、

「日焼けして黒人並みにするほど黒い肌に憧れている人もいるし、黒人ファッションも真似てる人もいる。意図によっては批判されるだろうけど、黒人に扮しただけで差別って?そう指摘する人達こそ、優劣を付けて人種を見てる気がする」
と率直な意見を投稿した。》
※『J-CASTニュース』(2018年1月5日配信【ガキ使・浜田「黒塗り」、BBCも報道 一方フィフィは「黒人に扮しただけで...」】一部抜粋)





例によってフィフィお得意のここは逆張りでいっとこうか、な感じである。しかし論をなしていない。なにしろ浜田雅功は番組のなかで「黒人に扮しただけ」ではなくてそれで笑いを取りにいったのである。問題のそもそも、はじめの一歩からたぶん故意に踏み外している。



まあ、アラブ系のフィフィとしては日本人なら反論しづらいだろうからそこを突いて私がいけばウケるかも、というセコい読みがあったのかもしれない。大きなお世話である。実際にややウケしているのにも腹が立つ。まったく。



あれがたとえばアメリカの番組で日本の警視庁をテーマにしており、白人ばかりのメンバーのなかに『相棒』の杉下右京が最後ぼうっと現れただけで笑いになっていれば、私は同じ日本人として屈辱を感じる。でしょ? 同じことだ。



ではどうしてこんなことになったのか? 問題の経緯を順を追って考えてみよう。考えるというほどのことでもないけれど。まずは新人アメリカンポリスに扮した5人のメンバーの中に誰か1人だけ変わったヤツを入れよう、と考えたわけである。5番目のオチ要員。お笑いの定石である。



ただ変わったヤツというだけでオーケーならチョンマゲスタイルの岡っ引き、銭形平次とか人形佐吉でもよかったのだけれどもテーマがアメリカンポリス、拡大解釈しても“ポリス”なのでそれはできない。ガンマニアのシェリフもダメ。



ゲストでなんとかと考えてみてもアメリカンポリスにうってつけの水野晴郎はとっくに逝ってしまっているし(2008・享年76)。マッチョ草野仁(73)はオーケーしそうにもない、かといってロボ・コップでは顔が見えない、とかなんとかのプロセスを経て「ビバリーヒルズ・コップ」(1984)のエディ・マーフィーに白羽の矢が立ったのであろう。



問題は、番組はエディ・マーフィー/若手刑事アクセル・フォーリーのなにで笑わせようとしたのか? そして笑った方々はなにを笑ったのか? である。それが「黒人であること」でしかなければアウトである。差別意識のあるなしは関係ない。黄色いなあ、って笑われたらどうするですか?



で、番組の意図も視聴者の笑いの対象も「黒人であること」でしかなかったのである。残念ながら浜田雅功にはエディ・マーフィー/アクセル・フォーリーを研究した気配が微塵も感じられなかった。少しでもそこに彼らの個性やストーリーを敷衍した企みが感じられれば、この問題はいくらかは穏やかに取り扱われたであろう。と思う。“エディ・マーフィー/アクセル・フォーリーという黒人”を笑ったのだ、と。



繰り返すけれども、顔を黒塗りしてエディ・マーフィー/アクセル・フォーリーと同じ衣裳を着て立っているだけで笑いになったのだとしたら、それは差別である。エディ・マーフィー/アクセル・フォーリーがどういう人物なのかの案内もなく、取り扱われているのは「黒人であること」でしかないのであるから。



これを「完全版」含めて2回も放送する日本テレビの鈍感さにも驚くし、なんというのか関西芸人がメインの場合、製作サイドが企画を投げ渡すのが早く、そのぶんツメが甘いように感じるのは気のせいであろうか? 対して関東のとんねるずはきちんとした企画を渡してやってもグチャグチャにしてしまうのが仕事だと心得ているらしい。



まあ、そんなこんなでいつまでも昭和のままの社会感覚が更新されないのであろう。喰らったケツキックに「本当にありがたかった」とコメントしたベッキーはあまりに芸能&芸能界的でゲンナリするし。でもって今日もまたイチャモンオヤジができあがってしまう。(了)




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