2018年1月21日日曜日

ゲスな私は『週刊文春』の見方。今回はちと誤爆気味だけど



私は根っからの野次馬である。ゲスなこととは承知のうえ人さまのスキャンダルやゴシップに目がない。テレビを通して細かなことについついあれこれ首を挟み聞き耳を立て目を凝らしてはうつつを抜かしている。そんなときの自分はたぶん凄まじく卑しい顔付きをしているのであろうと想像するけれども、他人さまの不幸は蜜の味である。クワバラクワバラと呟きかつほくそ笑む楽しさには抗し難い。



そんなわけで人品まことに低劣な私の世界観、人間観の半分くらいはスキャンダルやゴシップから得た教訓からできている。たとえば善い人も悪いことをするし悪い人も善いことをする、人間の行動にはいつも少なくとも2つ以上の動機がある、人の上からでは見えないものがあり、下からでも見えないものがある、とか、人の信用の賞味期限は最長1ヵ月、とか。



まあつまらないことばかりだけれども、おかげさまで多少裏切られても踏まれてもヘラヘラ笑っていられる程度の耐性はついた。うむ。あまり恥を感じなくなっているのもその恩恵かもしれぬ。



そんなゲスな野次馬野郎の立場からいわせていただく。小室哲哉の不倫疑惑報道についてである。釈明記者会見席上での突然の引退表明もあり、いい加減にしろ、やりすぎじゃないのか、と『週刊文春』に対する批判が沸騰しているらしい。



確かに『週刊文春』は今回ヘタを打った。けれども直ちにその存在を悪と断じるのもいかがなものであろう。と私は思う。いま取り扱われているのは、いってしまえばターゲットの選択を誤ったもっぱら技術的な問題であって、ここからその存在を悪と断じるにはスキャンダリズム、大衆に迎合するジャーナリズムってどうなの? という議論が、というか過去になされた議論の筋道程度でも押さえる手続きがされなければならないのではないか。と私はまた思う。



それがまったく無視されているのがまったく奇異であり不安でもある。私はスキャンダリズムにはもちろんヤラシー、薄汚い面もあるけれども人間社会の実相を描く、権威権力の化けの皮を剥ぐ、という効用もあるので切り捨てるべきではないと考える。楽しいし。



とりあえずまあ、批判を見てみよう。批判はざっくりの印象で2パターンあるようだ。ひとつは個人の不倫を摘発し、よってたかってフクロ叩きにすることに意味はあるのか? という論調である。一例が小田嶋隆(61)のTwitter連投である。





★ 13:42 – 2018年1月19日
文春砲って何がやりたいんだろう

★ 13:45 – 2018年1月19日
仕置人気取りなわけか?

★ 13:46 – 2018年1月19日
ゲスを暴かば穴二つ

★ 13:49 – 2018年1月19日
個人的な見解ですが、私は、不倫をしている人間より、他人の不倫を暴き立てて商売にしている人間の方がずっと卑しいと思っています。

★ 14:05 – 2018年1月19日
週刊文春という伝統ある雑誌に対して抱いていた敬意が、この2年ほどの間に、ほぼ消滅したことをお知らせしておきます。

★ 14:24 – 2018年1月19日
文春砲の罪は、個々のパパラッチ事例よりも、「人民裁判」というのか「報道リンチ」をコンテンツ化してしまったところにあると思っている。日馬富士の引退も直接の関係は無いけど、群衆の文春砲的なメンタリティーと無縁ではない。白鵬が心配です。もちこたえてくれ。





小室哲哉の釈明会見がまだおこなわれている最中の約40分間に6本。そうとうお怒りのようすである。ニュースサイトでも記事化されている。

◆「トピックニュース」2018年1月19日配信
【「仕置人気取り?」小室哲哉の引退めぐり週刊文春の報道姿勢を痛烈批判】



だがしかし、お言葉を返すようではなはだ恐縮ではあるけれども、私は「不倫をしている人間より、他人の不倫を暴き立てて商売にしている人間の方がずっと卑しい」とは思わない。妻や夫にウソをつきその目を盗み、利己的な快楽に走るよりは、それを暴きたてて商売にしているほうがよっぽど罪がない。一石二鳥ではないか。それにウソは泥棒のはじまりだよん。



でもって小田嶋隆の「文春砲の罪は、個々のパパラッチ事例よりも、『人民裁判』というのか『報道リンチ』をコンテンツ化してしまったところにある」という文言には、『週刊文春』が一般大衆、世間を誤った方向に導いている、というニュアンスがある。



いってみれば罪人を広場につくった絞首台に立たせ、さあこれから私刑がはじまるよー、と大砲をドン!! と鳴らして見物人を集める、そしてちょびっとの見物料をせしめるというシステムを『週刊文春』が開発してしまった、といっているわけである。



であるから「報道リンチ」は正しくいえば「報道することによってはじまる一般大衆、世間によるリンチ」ということになるのだけれども、“一般大衆、世間によるリンチ”のところは巧妙に迂回している。「群衆の文春砲的なメンタリティー」といういいかたがそれで、文春砲先にありきを印象づけつつ、結局、手を下すのは群衆じゃないのー、という指摘から逃れようとしている。マスコミで仕事をしている以上、はっきりと“群衆”はゲスだというには機制が働くのであろうか。



だがしかし世間は私含めゲスなのである。全員ゲス。ゲスなものはゲスなんだようー。他人の不幸は蜜の味。朝起きればさっそく窓から広場を見渡して絞首台が設置されているかいないかを確かめる、設置されていなければ少しがっかりし、設置されていれば処刑の時間に合わせて1日のスケジュールを組み直す。まさにそういうゲス人間である私にしてみれば『週刊文春』は一生懸命、下働きをしてくれる可愛いヤツである。



小田嶋隆は“リンチ”という。“リンチ”がどのように行われるのか具体的に考えれば、それはSNSを介して行われる。文春砲がドン!! と鳴れば手に手に竹槍をもった群衆がワラワラと現れて突進する。140文字のTwitterって竹槍だよねえ。



文春砲とゲスな大衆のあいだにあるSNSという竹槍隊の存在を無視して「報道リンチ」は語れない。ここをつぶさに見ず、マスコミと大衆との関係だけで見ると、竹槍をもたないゲスで卑しい大多数の存在がおいていきぼりになる。なあ(byロッチ中岡創一)。



でもってゲスで卑しい大衆の1人である私は、文春砲が的を射たか射ないかの判断は自分でしたいのである。罪もない人間が絞首台に立たされれば抗議もする。ゲスで卑しくてボロでも心は錦なのである。



であるからアタマから『週刊文春』はなにをやっているんだ!! そんなことはもう止めろ!! とはならない。まず一発文春砲がぶっ放されてみないとわからないという欠点はあるにせよ、誰かにこれは報じてよしこれはダメと決めつけられるよりはよっぽどいい。基本おもしろいし。



今回『週刊文春』がヘタを打ったのは、小室哲哉がもうすでに大衆の嫉妬を買う立場から転落していく久しく、いまではむしろ反対に同情と憐れみを買っているという実態を軽く見てしまったからだ。妻に懸命に尽くす良人と不倫という光と影のあまりにも強烈なコントラスト、そして名前の大きさについ目が眩んでしまったのであろう。



つね日ごろから読者の反感を買うのがもっとも怖い、といっていたにもかかわらず、である。欲は怖い。あ、これもスキャンダルから教わったことだ。なあ、こういうゲスのなにが悪いの? なあ。



『週刊文春』批判のもうひとつの論調、論調というほどのものでもない、かつてマスコミにさんざん叩かれた怨念をこの機会に晴らしてやろうとつい昂ってしまったとしか思えない発言がある。それにしてもなぜこれほど激高するのであろう。なあ。





◆『スポーツ報知』2018年1月19日配信
【舛添氏が“文春砲”を疑問視「いつまでこんな非生産的なことを続けるのか」ホリエモンも批判】

《 18日発売の「週刊文春」で看護師との不倫疑惑を報じられた音楽プロデューサーの小室哲哉(59)が19日に引退を表明したことに関連し、著名人から“文春砲”を疑問視する声が出た。



 

舛添要一前東京都知事(69)が自身のツイッターで「不倫疑惑が報じられた小室哲哉が引退を表明。優れた才能がまた一つ消えていく。週刊誌による興味本位の有名人不倫報道、いつまでこんな非生産的なことを続けるのか。日本は確実に劣化していく」と指摘した。


またホリエモンこと実業家の堀江貴文氏(45)は小室引退の記事を引用し「文春クソ」とつぶやいた。》





堀江貴文(45)は「文春クソ」だけではなくさらに激しくいい募っている。





◆『スポーツ報知』2018年1月20日配信
【ホリエモン、小室不倫疑惑報じた「週刊文春」を痛烈批判「調子に乗って部数稼げるって思い込んでるだけ。すぐに潰せる」】

《 ホリエモンこと実業家の堀江貴文氏(45)が20日、自身のツイッターとフェイスブックを更新し、引退を表明した小室哲哉(59)の不倫疑惑を報じた「週刊文春」を痛烈に批判した。





堀江氏は、SNS上で文春への批判の書き込みが数多くなっていることを受けてか「やっとクソ文春のヤバさが大衆に浸透してきたか。結局こうなるしかないビジネスモデル。誰得と言い続けてきたの俺だけ。ベッキーの頃は持ち上げてる奴らばっか。俺だけがベッキーの頃からクソ文春と言い続けてきた。こいつらは調子に乗って部数稼げてるって思い込んでるだけだから、大衆から攻撃されるとすぐメンヘラになる。すぐに潰せる」とツイートした。



過去に堀江氏はテレビ出演した際に週刊文春の報道に「クソ野郎が!」と声を荒らげるなど不快感を示していた。昨年4月には「週刊文春」の新谷学編集長が経済ニュースアプリ「NEWS PICKS」に顔出ししないでインタビューに応じた際に「人のスキャンダルは平気で暴いて自分は顔出ししないとかマジでクソチキン。最低の人間だな」などと辛辣なコメントを書き込んでいた。》





堀江貴文、あいかわらずの空虚な上から目線にいっそうの弾みがついておる。真っ赤に茹で上ったアタマから立ちのぼる湯気が見えるようだ。まさに竹槍隊の面目躍如である。議論の道具としてははなはだ不十分な140文字(Twitter)をもって相手を叩きのめしてしまおうとするヨコシマな気迫に満ちておる。



しかし論を立てて主張するなり批判するなりに不十分なものは不十分なのである。そこでより激烈なひとこと、一見破壊力のありそうなサウンドバイツを狙う。竹槍の先に自家製の毒を塗るわけである。140文字でとりあえず結論だけ、のスタイルもあまり深く考えを突き詰めなくてよいので都合がよい。



内容的にも表現的にも最近の世論をひどく荒々しいものにしているのはSNS、とくにTwitterであろう。とくに堀江貴文はその竹槍隊の代表みたいなものだと私は思う。



そして堀江貴文、スキャンダリズムの問題を「ビジネスモデル」としてだけ考えてしまうところがご自身、素晴しくアモラル(無道徳)であるということにお気づきではないのであろうなあ。これでは「調子に乗って部数稼げて」いればそれでOKといわんばかりのいいぐさではないか。




一方、舛添要一は「いつまでこんな非生産的なことを続けるのか。日本は確実に劣化していく」とおっしゃるけれども、「興味本位の有名人不倫報道」の類がなくなれば確実にソドムの道をたどるこの歩調に拍車がかかる。日本は劣化どころかすぐに泥沼に足をとられて動けなくなるであろう。



まあたいへんゲスな興味で恐縮だけれども、公費で週1タクシー通いしていた湯河原町の別荘は結局売ったんだっけ? 売らなかったんだっけ? 資産はほとんどないとかいいながらもっていたあの別荘。なあ。ヤフオク! で買った浮世絵だの漫画本だのはどうしたんだっけ? いまでも空港では“貴賓室”を使っているのかしらん? 人間の本質の一面を暴くことは「非生産的」ではない。



それよりもなによりも、こんなにゲスで卑しい私でさえゲンナリしてしまうのは、堀江貴文にしろ舛添要一にしろ、結局のところエラそうに批判しているスキャンダリズムに乗っかって仕事をしているということだ。私が見るところ立派なキワモノのお2人はスキャンダリズムのサーファーであり、そしてこの『週刊文春』批判に如実に現れている通りの竹槍精神の持ち主である。



GO! GO!『週刊文春』。おもしろおかしいスキャンダル・ジャーナリズムの火を消してはならぬ。ぜひ頑張っていただきたい。ひどくゲスで卑しい私に応援されてもありがた迷惑かもしれないが。(了)



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