これからご紹介する記事によれば「そこそこ真面目で信頼性が高い情報がやりとりされ」ているらしい中国の質問サイト『知乎(チーフー)』。ここで日本はどのように語られているのか? である。
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うむ。こういう話題が好きな方はけっこう多い。らしい。どのニュースサイトでも“中国人観光客、日本の〇〇を絶賛!!”とか“日本の〇〇に韓国ネット民が驚愕!!” とかいう記事が必ず1本はいつもアップされておる。ジャンジャンガバガバ大型ポンプのごとく強引に我田引水して飽きることのないテレビ番組もいくつかある。
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そんなこといわれても内心では置いてきぼりくらっているようで焦っとるんじゃ、しかたないんじゃー(by千鳥ノブ)とは思うけれども、街のショーウインドーにそれとなくわが身を映して悦に入っているオジサンを見るようではなはだ気持が悪い。
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しかもそのナルシシスティック(narcissistic)なふるまいが、これから見ていただくようにあちらさまにもすっかりバレているのであるから、こちらのオジサンまでなんとなくバツが悪くなってしまう。以下↓心してお読みいただきたい。回答の内容について気がついた部分は途中挿入してある。
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◆『現代ビジネス』2018年1月27日配信
【「日本のどこがダメなのか?」に対する中国ネット民の驚きの回答 人気の質問サイト『知乎』で話題】
《 〈— 略 —〉
日本のラーメンは美味い、空気はきれいだ、景色が美しい、おもしろいことがたくさんある、日本人は礼儀正しくて民度が高い(少なくともあなたの目の前では)……と。でも、逆によくないことは何があるのか?
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この質問に対して、1600件の「いいね」を集めた、事実上のベストアンサーを紹介しておきたい。
日本通の答え
この回答の投稿者は、本人の自己紹介によれば日本生まれの中国人で、5歳で両親に連れられて中国に帰国。だが、その後も日本のアニメやドラマ、2ちゃんねるやニコニコ動画・amebaなど日本のネットコンテンツに深く触れてきたといい、中国人のなかでは相当な日本通のようだ。
原文は長文かつ外国の一般人の文章なので、文意を損なわない範囲である程度は主語を補ったり省略したりして編訳させていただく。
彼が述べる日本の駄目なところは、こういった部分だ。
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1. どんなものでも「日本化」したあとは、器が小さくなり「井のなかの蛙」的な雰囲気をまとう。
2. 「井のなかの蛙」になるとは、自分たちが永遠に他よりも優れていると陶酔的に思い込むことだ。日本は本当の改革をやりたがらないのに、世界が自分たちから遠ざかっていることを受け入れられない。中国が刻一刻と進歩を模索しているのとは大違いだ。
中国人のなかには、中国がまだまだ非常に遅れているのに対して、日本は各方面で世界のトップクラスの水準にあって国民は幸福に暮らしているのだから、日本人が「井のなかの蛙」になるのも当然だろうと考える向きもある。ただ、私はすべてがあながちそうとは言えないと思う。
日本人が「井のなかの蛙」に甘んじる理由は、安逸に流れている以上に深刻な怯懦があるゆえだ。中国人は通常、「井戸の外」の景色を見ることを好み、外に出ていこうと考えて、世界に対して純粋な好奇心を持っているのだが、日本人はこうした純粋さや勇敢さや「ものごとをもっと知りたい」という冒険心をまったく失っていて、自分たちの世界の狭さを感じるときがあっても「まあ仕方ないや」と自分を慰めるだけで終わる。
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「井のなかの蛙」といわれれば私たちはすでに井戸の中で暮らしてきた挙げ句、視野が狭くなり、正確な判断ができなくなった人物を思い浮かべるけれども —— のちに加えられた「されど空の深さ(青さ)を知る」はさておき —— ここではもっぱら“排他的・独善的になる”ことの意味で用いられているらしい。
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私たちの「井の中の蛙」は結果であり、ここでいわれている「井の中の蛙」ははじまりの状態である。したがって読まされるこちとら日本人としては自惚れや怯懦を二重に批判されているような鬱陶しい気分になるけれども気にしないでおこう。
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日本人が「井の中の蛙」でい続ける原因にこの回答者は安逸志向や自惚れ、怯懦を挙げているけれども、もうひとつ重要な要素がある。と私は思う。日本人の内へ内へと向って純粋を求める飽くことを知らぬ求心性である。「どんなものでも『日本化』したあと」は必ずこの洗礼を受ける。たとえば中国から伝えられた茶が方丈どころかわずか2畳の茶室の茶道宇宙にまでいきつくのである。
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日本人はこれを“洗練”と見る。横着や怯懦のために外の世界に目を向けないだけでなく、自ら好んで“外”に背を向ける側面もあるのである。それが日本人の心性である。と、思う。集団行動における不必要なまでに細かな規律、礼儀正しさにもそうした“洗練”に向う美学は看て取れる。そしてこの徹底した求心的美学は外部からするとときどき恐怖さえ感じられるものらしい。三島由紀夫(享年45)がそういっておった。
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3.(略)
4.なのに日本人は非常に他国からの目を気にする。「外国人が大好きな日本の○○」といった話が非常に流行っていて、取るに足らないくだらないものごとを見つけて「世界で日本が大人気」といった曲解をおこないたがる。日本の庶民はこんにちになっても、自分たちの文化が十数年前の水準並みであると思い込んでいるが、この誤解には失笑を禁じ得ない。
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3. 項の省略は訳者による。4. 項はまさにジャンジャンガバガバ大型ポンプのごとく強引な我田引水のことである。曲解だってよー、失笑を禁じ得ないってよー。曲解の「曲」は曲芸の「曲」だってよー。んなこといってないか。
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さて、ここからさらに痛烈である。日本人と組織について語っておる。
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5. 日本人は毎回、自分たちの誤りを総括する際にまずは言い訳を考え、改善する方法を考えることはほとんどない。
6. 日本人は(こうした言い訳の際に)自分を守る余地を残しておいて、いろいろと婉曲な表現をおこない、しかもそれこそが謙虚で大人らしい姿勢なのだと考えている。これがある種の責任回避に過ぎないことにまったく気付いていない。
7. 日本人はとにかく組織に架空の責任を負わせたがり、個人の責任を宙に浮かせたがる。トラブルが起きたときはみんなで「どうしよう」と言い合うが、誰ひとりとして問題を解決しようと勇敢に立ち上がることも、みんなで団結して問題に蹴りをつけようとすることもない。
結局最後にどうしようもなくなれば、世論に頼って責任を追うべき人間を選び出す。そうして選び出された人間がやるのは問題の解決では決してなく、謝罪して辞職して、あとは列車に飛び込むことだけだ。
8~17. (略)
私は日本人が悪であると言いたいわけではない。彼らは極めて誠実で善良だ。ただ、彼らの骨身になんら明確な正義の概念がないだけである。彼らはなにが正しくてなにが間違っているといったことを明言することができないのだ(以下略)。
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手厳しい指摘だが、あながち否定できないのが悔しいところである。質問には他にもさまざまな回答があり、日本の人間関係の面倒臭さやスピード感の遅さ、問題解決の下手さなどが指摘される例が多かった。
『知乎』には他にも興味深い質問や回答が数多くなされている。今後も機会があれば、記事のなかで訳出して紹介していくことにしよう。》
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うむ。「謝罪して辞職して、あとは列車に飛び込むことだけだ」とあるけれども、こうした場合、正しくは自宅あるいは自宅の近く、または勤め先の会社で首をくくるのが日本人のやり方である。恨むにせよすがりつきたい気持にせよ、わかってくれよー、という思いがそうさせる。最近のJRはどんどん廃線がすすんで地方在住者はなかなか飛び込めないし。
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それ以外はとくにいうことはない。5. 項以降の回答に私は全面的に賛同する。「彼らの骨身になんら明確な正義の概念がないだけである。彼らはなにが正しくてなにが間違っているといったことを明言することができない」というまことに情け容赦ない指摘にすらその通りだと思う。だって論理的な思考がじぇーんじぇん苦手なんだもん。
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ニーチェの「畜群」という言葉は私たち日本人のためにある。自虐的と思われるかもしれないけれどもこれを認めないと一歩も先にすすめない。と私は思う。
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それにしても、これを投稿した回答者はなかなかそうとうたいした太いヤツである。5歳までの在日経験でここまで観察できるとは、見上げたもんだよ屋根屋のふんどしたいしたもんだよカエルの小便、である。『日本人とユダヤ人』(1970)を書いた、設定ユダヤ人のイザヤ・べンダサンa.k.a.山本七平(享年69)のイザ平賞でも進呈したいくらいである。そんなものないが。
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日本人はおもしろいよな。なあ(byロッチ中岡創一)。(了)
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