2015年8月14日金曜日

「テレビに出ているのは晒し者」の感覚。ホリエモンの金銭感覚





夏休みになると、行楽地や街角などからのテレビ中継が増える。わざわざ幼い子どもを連れてカメラの前に集まってくる親たちも多い。我が子の顔をテレビに映したいのだろう。遠くにいる親戚や知人に見せたいのかもしれない。



しかし私にはその気持ちがまったくわからないのである。こんな私にも娘がいる。たとえばもし街角でテレビクルーが近寄ってきて彼女にカメラを向けようものなら、私は全力で拒絶する。



あまりの可愛さに誘拐されたりしたらたいへん、などと思っているわけではない。私の娘である。いくらなんでもそれは親バカ以上、身の程知らずというものである。世間の目を避けるべき事情があるわけでもない。


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ではなぜ子どもをテレビに映したくないのか? ようーく自分の気持ちを覗いてみてわかったのであるが、私のなかでは、テレビに出ることは晒し者になることなのである。これはなんとなく穏やかではない話ではないか。



いやいや、またまたよくよく考えれば、人さまの前に出て何かをするなど、たいへん畏れ多いことなのである。そういう1世代、2世代前の感覚の尻尾がまだ私のなかに残っているのである。



それとである。テレビに映るのがただただ僭越でごぜえます、おこがましいことでごぜえます、ではすまないのは、私のちょっと変わったテレビの見方にもよるのではないか、と思うのである。


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私は毎日約8時間もテレビを見続けていて、しかもかつては朝、昼、午後、夕方と、ワイドショーばかりを追いかけていたのである。そしてもっぱら人の顔ばかりに興味のある私にとって、事件の容疑者の顔は最高のハイライトシーンなのである。



そんなこんなで、テレビに映るということは、なにか悪いことをしでかしてニュースに……、という印象が植え付けられたのだと思うのである。だから万一私がテレビに映ったときには、きっとジャンパーかタオルかを頭から被っているに違いないのである。



そうすると、である。私がテレビを見ている目は晒し者を見ている目なのである。だからこそ、テレビのなかの人間に対して、いつも上から目線で罵詈雑言を浴びせかけているのである。なんの恨みも、かかわりすらもないのに。そうに違いないのである。



かつて三島由紀夫が「文弱の徒」について、なんの根拠もなく自分を超越的な立場に置く、というようなことを書いていたが、私は「テレビ弱の徒」である。そして、見るべきものはすべて見つといった気分になってしまっているのである。


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突然話は変わるが、錦織圭(25)の金銭感覚が堅実なのだそうだ。このあいだなんか帰国したついでに秋葉原で10万円のヘッドホンを値切ったのだそうだ。お戯れを。



10万円のヘッドホンを値切るのが堅実といわれれば、わざわざ夕方すぎのスーパーで298円の干魚なんかの値下げを待つ私の金銭感覚は、超硬合金である。



その点、中居正広(42)は違う。最近買った高額な品物は、何千円だかのフライパンである。ちょっと深めのヤツ。自炊の必需品である。堅実というのはこういうことである。10万円もあったら正広、きっと2ヵ月はメシを喰える。私ならラクラク4ヵ月。そして肥る。



ジュースの替りにアメ玉を水に溶かして飲むというオードリーの春日俊彰(36)もまた金銭感覚が堅実というのとは違う。歪んだナルシシズムである。ボディビルディングもフィンスイミングも、競技として取り組むならそれなり金はかかるのである。




私が見るところ、堀江貴文(42)はたいへん堅実である。ライブドア事件の最中、インタビューに答えるなかで「みなさまの命の次に大切なお金」という発言したとき、緊張が走った、つまり嘘つきの顔をしたのである。



命の次に金だとみんなが考えているという決めつけは、つまり本心では金は命よりも大切だと考えているからである。まさかあからさまにそういうわけにもいかないので、咄嗟に「みなさまの命の次に大切なお金」といういいかたをしたのである。



そんな貴文には申し訳ないが、私の大切なものランクに金は入っていない。その点、金を命より大切だと尊ぶ貴文はたいへん偉い。その金銭感覚はこれ以上なく堅実である。 (了)




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