古舘伊知郎(61)である。『報道ステーション』(テレビ朝日)を来年3月31日で降板するのである。いまその伊知郎の記者懇談会の記事(「日刊スポーツ」12月24日21時配信)を見ているのだが、「自由に、あなたの絵を描いてほしい」と口説かれてやってみたら「すごく不自由な10年間だった。綱渡り状態でやってきた」のらしい。
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で、今後については「不自由な報道にいた12年のうっぷんがたまっている。娯楽のほうで思い切りしゃべり倒したい」のだそうである。ん? 10年間? ん? 12年? どういうこと? 丸10年間であしかけ12年ってこと? うむ。ここに伊知郎の『報道ステーション』開始は2004年4月と書いてあるから、正しくは来年2016年3月31日で丸12年間である。「10年間」ってなに?
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とはいえ、『報道ステーション』はごくたまーにしか見てなかったのである。久米宏(71)の時代はバーチャルオフィス感があざとくてたまらなく嫌だったし、MCが伊知郎に変わったときには、自分のことを「オレ」呼ばわりするのを見てうんざりしてしまったのである。伊知郎、『報道ステーション』最初期には「オレ」なヤツだったのである。
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おお、それでもって伊知郎、「産経ニュース」では“不自由な12年間”についての説明を求められ、こう答えているのである。「報道には報道特有のコードがありますし、人権を守らないといけないのは当たり前。また、テレビを見てくださる方にとって、バラエティーを見るモードと報道を見るスタンスは全然違います。そういう意味では、いろいろな不自由はありました」。
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放送コードについて、ごていねいに伊知郎は例を挙げて説明している。「バラエティやスポーツ実況の放送コードと報道の放送コードって違いますから。バラエティなら、『ラーメン屋』と何の悪気もなくいえますが、報道は『ラーメン店』と、いわなければならないんですね。『おかしいでしょう』と、いつもスタッフとせめぎ合うんですけど」。
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TV局による自主規制である。肉屋、魚屋、八百屋、床屋、洗濯屋、パチンコ屋、全部アウトである。「〜屋」は日銭商売を蔑視している、ということになっているのである。すべからく「〜店」といいかえるのである。しかし八百屋は八百店ではうさんくさくなってしまうので「野菜などを売っているお店」である。万屋(よろずや)はどうにもならずそのままである。萬屋錦之介も。
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たしかにメディアの自主規制はいき過ぎていておかしいのである。しかし、それを現場で「おかしいでしょう」といつもせめぎあうというのもおかしいでしょう。トーシロじゃあるまいし。テレビ朝日で7年間の局アナ経験もある伊知郎でしょう。放送コードなどいまさらの話のはずである。
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もし仮に『報道ステーション』を引き受けたときに「自由に、あなたの絵を描いてほしい」といわれたことが「放送コードを無視していい」ことだと理解したというなら、伊知郎、素敵なバカである。しかし少なくとも「産経ニュース」の書き起しに、これ以上“不自由な12年間”についての説明はないのである。ああ、自分のこういう嫌味な性格がいやである。
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では、“不自由な12年間”はなにだったのか、といえば、ひとえに伊知郎の戦略ミスだと思うのである。それはスタート時点での「オレ」である。すぐに引っ込めてしまった「オレ」である。見ているほうからすればオレオレ詐欺である。ああ、とうとうやっちまったのである。気をつけていたのに、どうしても自分を抑えられないのである。
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とにかく、伊知郎は緊張のあまりつい「オレ」と口にしてしまったわけではないのである。先任の久米宏が惜しまれながら番組を勇退したのを受けての伊知郎である。なんとか新機軸を打ち出したいと考えたはずなのである。で、考えた結果が「オレ」なのである。なにも考えずに「オレ」はないのである。
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では伊知郎は「オレ伊知郎」をどんなふうにイメージしていたのであろう。テレビ朝日入社直後からおよそ10年間続いた『ワールドプロレスリング』の実況の際には、伊知郎は自分を「ワタシ」と称していたのである。「歩く人間山脈!!」とか「ひとり民族大移動!!」とか「ひとりと呼ぶには大きすぎる!! ふたりと呼ぶには人口のツジツマが合わない!!」とか絶叫しながら「ワタシ」だったのである。そうして「ワタシ伊知郎」は20世紀末に一世を風靡したのである。
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そういえば記憶する限り、伊知郎は『報道ステーション』を担当するまでは「ワタシ伊知郎」であったのである。それがなぜ「オレ伊知郎」になったのかといえば、「ワタシ伊知郎」をさらに徹底させたいと考えたのであろう。いわゆるしゃべり、話芸という観点からの戦略である。
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プロレスはもちろんF1や競輪の実況もやり、バラエティ、さらには『NHK紅白歌合戦』の白組司会も担当した「ワタシ伊知郎」は、一時期、自らの独り芝居型講演会「トーキングブルース」も併行させていたのである。2014年には11年ぶりに復活して、テレビ朝日で放送されているのである。むかしから話芸への関心は強いのである。
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で、話芸ということでいえば、「ワタシ伊知郎」のプロレス中継は無声映画の弁士と同じものである。目の前で繰り広げられている活劇に対して、アドリブを挟みながら実況と解説をつけるのである。活弁士である。
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活弁士「ワタシ伊知郎」はウケたのである。『報道ステーション』もこの延長でいけないか、もっとパワフルに縦横無尽に、と「ワタシ伊知郎」は考えたのである。きっと。そして「オレ伊知郎」の誕生である。
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「オレ伊知郎」を具体的に想像するに、それはおそらく、ボケMCともいうべき前代未聞のしゃべくりだったのではないか、と思うのである。そしてそれを開拓できると思ったところが、大きな間違いだったのである。
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プロレスにしろ無声映画にしろ、まず映像ありき、である。大筋は映像を見てさえいれば、実況がいささかいい加減でも、あるいはなくても理解できるのである。しかし報道番組ではそうはいかないのである。まずは映像と言葉の両方を総動員して、出来事の詳細を伝えなければならないのである。
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で、客観性を求められるレポートをしたあとに、その同じ人間がボケるというのは、とうてい無理な話である。「〜というわけでございますけれども」といってネタ話にもってくる落語とは違うのである。ニュースの出来事はすべからく「〜というわけでございますけれども」ではすまされないのである。
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そういうわけなので、「オレ伊知郎」のボケMCを成立させようとすれば、ツッコミが必要だったのである。漫才の相方である。爆笑問題の太田光(50)に対する田中裕二(50)みたいなものである。とりあえず常識の範囲に着地させる役である。
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そうすると今度は、どちらがMCかわからなくなりそうだ、という問題も出てくるのである。そんなことよりも、肝心のそのツッコミ、シリアスなニュースと「オレ伊知郎」のボケを接合できる人間など、おそらくどこにもいないのである。
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しかも悲しいことに、「ワタシ伊知郎」も、とうぜん「オレ伊知郎」も、たとえばまず映像ありき、本論ありきというように、所定の役割がある程度果たされ、整理されている状況で、ようやく能力が発揮されるタイプなのである。下地がきっちり塗られていないとダメなのである。
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伊知郎は、いささかいい加減でも、あるいはなくても大筋の理解には困らないというような、いってみればサブ音声タイプなのである。すでにあるものを説明するということでは広告的ともいえるだろう。「10年間」だの「12年」だののいい加減さも、たぶんここからきているのである。
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隠そうとしても隠し通せない、こうした伊知郎の資質が、『報道ステーション』を、なんだか腰の落ち着かない、フワフワした印象のものにしてしまったのである。このことは、この場を借りてぜひ指摘しておかなければならないのである。エラそうである。
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ともかく、伊知郎は現実にがっしり根を下ろそうとするより、それを茶化し冷やかす側の人間なのである。しかしそんなものは『報道ステーション』において認められるはずもないのである。というわけで伊知郎は自分の資質にないものを一生懸命「綱渡り状態でやってきた」のである。
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こうして、新しいMCスタイルの「オレ伊知郎」は、日の目を見ずに消えたのである。消えるべくして消えたのである。たぶん「オレ」自体、ソッコー禁止されたのである。乱暴な言葉づかいはやめてくださ〜い。である。とはいえサブ音声タイプの伊知郎なので、修正は難しいのである。
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そうこうするうち、ごくたまに見かける伊知郎はなんだかだんだん萎んでいくようだったのである。であるから、その後のほとんどまるまる12年間、厳密にはあと3ヵ月残っているけれども、よく耐えたと思うのである。12月23日までに放送した全2960回の平均視聴率は13.2%だそうである。評価できる数字だそうでよかったのある。
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これからの伊知郎は、「娯楽のほうで思い切りしゃべり倒したい」のだそうである。自分のことを面白いヤツだと勘違いしていた久米宏とは違って、伊知郎はかなりうまくやれるだろうと思うのである。
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しかしやはり不安もあるのである。記者懇談会で、番組タイトルの話になったとき「できればMCが替わるから、いままでのは『報道ステーション エピソード1』、4月からは『フォースの覚醒』とか」と、ジョークのつもりだったらしいのである。
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痛いのである。いまこれをいうなら『報道ステーションA案』なのである。まずは任期を満了して、しっかりとリハビリに励んでいただきたいのである。(了)


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