2015年12月12日土曜日

野坂昭如が死んだ。現代のエロ事師たちはなにを思う?





野坂昭如が死んだ。12月9日のことである。享年85歳であった。ふつうは亡くなられた、とか永眠された、と書くのだが、野坂昭如の場合は「死んだ」と書くのがいいような気がするのである。その小説にときおり顔をのぞかせるヤケクソみたいなリアリズムで。



野坂昭如といえば、世間的には『火垂るの墓』である。私はもちろん同時代の読者ではないから、いろいろな順番の読み方ができたわけである。しかし『火垂るの墓』は長い間読まなかった。






同じ文庫本に入っている『アメリカひじき』は読んでも、『火垂るの墓』はそのままにしていた。お涙頂戴はいやだと思っていたからである。おお、いま「蛍の破瓜」と変換されたのはどうしてだ? おお、涙が出てくるではないか。



『火垂るの墓』を読もうと思ったのは、戦争について考え飽きた感じになったときである。いまから思えばそんなにいうほどのものでもないのだが。とにかく、移動の乗り継ぎをしながら読んでいて、読み終えたのはタクシーの中だったのである。そして不覚にも号泣したのである。嗚咽を漏らしたのである。涙もろいのもある。しかし、このとき改めて文章の威力を思い知らされたのである。






ちなみにこれともう一篇、私が文章の力を信じる根拠になっている小説がある。『現代の小説1996』(徳間書店)に収められている団鬼六の『不貞の季節』である。いやあマジで。ただしこれは『現代の小説1996』版でなければダメなのである。のちに短篇集として単行本化されたものは、作者がわざわざムダな手を加えて台無しにしてしまっているのである。



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いろいろなことを思い出すのである。ある座談会に遅れてやってきた野坂昭如が水上勉(享年85)のことを「スイジョウベン」といい、「ウンコが水に浮くような軽い男はダメだ」とけなしたとか、上坂冬子(享年78)に向かって「あんたは処女だというけれどそれは本当か。気持ち悪い」といい放ったとか、原稿を催促にくる編集者がうるさいので、数時間後に再びくるようにいっておいて玄関の呼び鈴ボタンを外したとか。



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そうかと思えば、『朝まで生テレビ』(テレビ朝日)では、のちに朝日新聞東京本社で拳銃自殺を果たした民族派の論客、野村修介(享年58)の隣に座り、ポケットに手を入れて「今日はナイフをもってきていますから」と、本気とも冗談ともつかないようすで語ったこともあったのである。



政治から童謡、CMソングの作詞にまで到るさまざまな活動のあらましや、大島渚へのグーパンチ事件などはきっとさんざん報道されていると思うので、ここではふれない。



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ああ、1970年に制作されたテレビシリーズ『恐怖劇場アンバランス』(フジテレビ)で、野坂昭如が端役を演じていたのである。どの回だったかは忘れたのである。しかしこのことも書いておくのである。



たぶんマスコミ露出が多くなる前のことだろうと思うのである。ドラマに出てきた野坂昭如はひどく緊張していて、二言三言のセリフさえしどろもどろだったのである。とはいえ確認すると、マスコミ露出は少なくとも、このころすでに歌手活動をはじめていたはずなのである。






しかも、どういうなりゆきで出演することになったのか、調べてもわからないのである。全13話の脚本にも原作にも名前はないのである。ただ、いまもときどき、テレビの中で上手に正座して、ボソボソとセリフを棒読みしている、あか抜けない、イケてない野坂昭如の姿が浮かぶのである。



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そんな、死んだ野坂昭如に、私なりになにかを捧げようと思うのである。『エロ事師たち』(新潮文庫)で世に出た人なので、エロ事師の話をするのである。田口ゆかりである。



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田口ゆかり(56)は、ビニ本の女王、裏本の女王、裏ビデオの女王、と、エロ事が産業化、社会化していくごく初期の段階で「女王」の名をほしいままにした、エロ界の生きるレジェンドである。なにしろ『エロ事師たち』の取扱い物件であるブルーフィルムにも出演しているかもしれないというキャリアの持ち主なのである。






で、アダルトビデオが隆盛を誇った1980年代には、すでにベテラン女優扱いであったのである。それでもまだ20代のはじめから中ごろである。この人もまた早すぎた人であったのである。



たしか、ゆかりが羽田の船上生活者の娘であることを知ったのは、当時何誌も出版されていたアダルトビデオ専門誌であった。また、インタビュー記事のなかで、ゆかりのリクエストで用意されたという寿司桶の中がすべて甘エビの握りだったことに、偏っているだけではすまない、不思議に奇妙な感じを受けたのを覚えているのである。






そんなことで、田口ゆかりは私のエロ分野での気になるヤツ、アイドルになったのである。しかしその後、徐々に人気が凋落していくゆかりは、アダルトビデオや裏ビデオへの出演を続けながら、ソープランド、ストリップ、ノーパン喫茶、あるいは温泉地で芸者として糊口を凌ぐのである。



さらにこのあいだには、民家に忍び込んで1250円を盗んだ窃盗容疑、裏ビデオに出演した猥褻図画販売容疑、覚せい剤所持容疑で逮捕されてもいるのである。覚せい剤所持は弁解の余地がないとして、まあ、お上に睨まれ続けた人生でもあったのである。






現在のゆかりどうなっているのか、さっくり調べたところ、2008年発売のアダルトビデオに出演していることは確認できたのである。『近親相姦 【母は息子の性奴隷】 田口ゆかり』(サテンドール)というなにかが過剰なタイトルの作品である。つまり、この時点でも、ゆかりはタイトルに名前が付されるほどのビッグネームなのである。






2008年といえば、ゆかり49歳である。サムネールで拝見する限り、なにはともあれ、よく太っておられてよかったのである。痩せさらばえておられては、かつてお世話になった身としては辛いのである。勝手ないいぐさだが。顔つきには往年の面影がよく残っている。この年齢までくると、童顔というのは得なものである。






『近親相姦 【母は息子の性奴隷】 田口ゆかり』は、2011年に『定年時代 積極熟女のシニアライフ4時間』(群雄社)という、こちらはなにかが省略されてしまったようなタイトルの、寄せ集めオムニバス作品にも収録されているのである。8人のオバサンの競演である。覗いてみたいという方は、こちらのほうがコスパは高い。アダルトビデオ全体の中ではどうかわからないが。



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しかしこれは、森喜朗(78)東京オリンピック組織委員会会長と関係が深いといわれる、例のDMM.comでの検索の結果であるから、ほかにももっと新しい出演作品があるのかもしれない。ひとつ『爆報! theフライデー』で取り上げてもらえないものであろうか。



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そんなようなことで、田口ゆかりは一貫して私の気持ちのどこかにいた感じがするのである。少なくとも甘エビの握りを見ると思い出すのである。野坂昭如へのスイッチは、リンゴかジャガイモの皮を丸いまま剥いたヤツである。ああ、また涙が出てくるのである。



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田口ゆかりに会ったのは、もっぱら写真とビデオでである。直接本人に会ったことはない。しかし、私はそうはなれなかったが、そういう、写真やビデオのゆかりをずーっと大切にして生きて一生を終わる男というのも、どこかにはいると思うのである。現実の女には縁遠いまま。






で、そういう想いのありかたが人間から離れ、コミックのキャラクター、アニメキャラ、ゲームキャラになり、それにつきあって一生を終わるという男も、きっと出てくるに違いないのである。



そしてそのようにアイドルが人間ではなくなった瞬間から、恋の対象がもつ情報の量は激減していくのである。情報量が少なければ、貧弱な想像力でも扱いやすいのである。なのでアタマのなかの架空の女たちは、ますます、消え入りそうなほどにハイキーになっていくのである。



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そのとき「エロ事師たち」は新しい文化を創造したと褒め称えられるのである。長い長い猥画や春画の時代を経て、「エロ事」は写真、8ミリ、ビデオ、デジタルデータと文明の力を借りつつ、飛躍的に進化するのである。そして日本国中の男たちを、『エロ事師たち』の最後で、死んでいるにもかかわらずチンチンを勃起させている「スブやん」にしてしまうのである。合掌。(了)





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