番組はじまりの挨拶で小倉智昭(68)がカメラに向かって頭を下げると、するりと足元に落ちるものがあったのである。カツラであった。顔を上げた智昭はもちろん、両脇の笠井信輔(52)、佐々木恭子(43)もなにごともなかった顔をしているのである。深く考えさせられたのである。
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画面向かって右側のコメンテーター席には江川卓(60)とピーター(63)がいて、こちらはやや目をそらし気味にして、口元に力が入るのを懸命に押しとどめようとしているようすだったのである。智昭はポヤポヤとわずかな頭髪がかすむまあるい頭のまま、あいかわらず何食わぬ顔でなにごとかを喋っている。この動画はYouTubeに『かつら落ちる。 katura』というタイトルでアップされている。
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最初に思ったのは、カツラとはこんなにあっけなく滑り落ちてしまうほど簡単なものなのか、ということである。ほんとうにウォーキングの練習のために頭に載せた本くらいの頼りなさであったのである。
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それから、これを見たカツラ利用者はきっと心臓が縮み上がっただろうな、と考えたのである。全国放送のテレビカメラの前なのである。で、頭を下げて上げてのシンプルな動作の前後で、たいへんな異変が起きてしまったのである。自分に置き換えての心情は察するにあまりあるのである。
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せめてカツラの有無の順番が逆であれば、まだほんの少しは救われたのである。つまり最初の正面向きの状態ではカツラがなく、いったん頭を下げて再び正面を向いたときにはかぶっている、というほうが流れとしては順当なのである。
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顔を伏せてふたたび上げたときにカツラがなくなっていては、まったくのギャグなのである。寄り目でもしてパッパラパーッ、とバカのフリをするくらいしか対応を思いつかないのである。智昭、なぜそれをやらなかったのか。ダメな男である。
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カツラを使用していることはむかしから公にしている、隠しているわけではない、かぶりたいからかぶっている、というのが智昭のスタンスなのである。それであれば、パッパラパーはムリだとしても「朝っぱらから驚かせちゃってすみません」くらいいえよ、という話である。
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つまり智昭の主張には欺瞞があるのである。代わりにつまびらかにしてやろうではないか。つまり、カツラを使用していることは隠していないのだが、ハゲであることは隠したい、あるいはハゲ姿は見せたくない、ということなのである。なにも隠しちゃいませんよ、ではなくて、ちゃんと隠したいものはあるのである。
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しかしなー、智昭の場合はさらになにかあるんだよなー。もう少し屈折してる感じがするんだよなー。いいトシこいて。それは、智昭のカツラのデキのあの酷さということである。
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毛髪が額の生え際の下から巻いて出てくるあのスタイルは、いまや浪速のモーツアルト、キダ・タロー(85)と日本で2人だけではないのか、というくらいのお粗末さである。わざわざカツラです、と喧伝しているようなものである。あんなものを毎朝テレビに映していては、日本の技術力が疑われかねないのである。
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確かに先ほどの解釈どおりであれば、「カツラを使用していることは隠してはいないのだが、ハゲであることは隠したい、あるいはハゲ姿は見せたくない」のであるから、カツラのデキなどはどうでもいいのである。
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いや、かぶりものであれば、カツラでさえなくてもいいのである。帽子でもヘルメットでもいいわけである。それをなぜ人毛製ターバンにいくのか、である。やはり人毛、髪に対するコンプレックスは隠せないのである。強がったってダメなのである。
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で、一般的には、ハゲをカツラで隠した瞬間から、今度はカツラがバレるのではないか、という不安につきまとわれるのである。いずれにしろ悩みから解放されないのであ。そうであれば、はっきりとハゲを晒して生きたほうがよっぽど楽なのではないか、と思うのである。どうもマーケティングに乗せられているような気がしてならないのである。
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しかし、そうも簡単にいかないのが人情なのかもしれないのである。ともあれ、カツラであることがバレるかもしれない不安、いつか人前でするりと落ちたり風に吹き飛ばされたりしないか、という不安につきまとわれるのである。ではあるが、しかし万一のそのときに備えている人は見た事がないのである。そうそう見るものでもないが。
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たとえば、智昭のポヤポヤとわずかに残った頭髪がかすむさまは、カツラうんぬんをまったく抜きにしてそれだけを見ても吹き出したくなるシロモノだったのである。あたまデカくてまあるかったし。であるから、もし万一カツラが落ちたら、という事態は智昭の中でまったく想定されていなかったと思われるのである。
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しかしそれは、朝のニュースショーのメインキャスターとして、あまりにもずさんではないのか。髪の毛をもう少しキチンと刈るとかクシを通して寝かせておくとかしてあれば、あそこまで滑稽にはならなかったはずなのである。つるりと簡単に滑り落ちたところを見れば、カツラの支えにもなっていないのであるし。
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これについても、つまりは、自分はポヤポヤの頭などと関係がないのだと思いたいというある種のオブセッションが働いて、というような見方はできるのである。魂の物語を語ることもできるのである。「悲しみの沼に沈んじゃダメだ!!」とかなんとか。智昭の心はそんなに深くはないとは思うが。
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それにしても、カツラはほんとうに“のっけ盛り”程度の頼りなさだったりするのを目の当たりにしたのである。それまでは眉唾かもしれないと思っていた話が、智昭のおかげで十分にあり得る話なのだと納得できたのである。ありがとう、智昭。
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たとえば、こんな話である。一緒に車に乗っていてやむをえず急ブレーキを踏んだら、その弾みでカツラがフロントガラスに貼り付いた、とか、マンションの現地モデルルームでベランダに出て戻ってきたらすっかりハゲになっていた、とかいう話である。
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ここから先に進む前に自分のことを書いておこう。若いときから白髪はあったものの、毛質はしっかりしていたのである。それが、数日前にも書いたように、2ヵ月で20kg減という極端なダイエットのせいで、半年ほどでみるみる薄くなってしまったのである。
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それからはずっと丸く短く刈り込んでいるので、どの程度の薄毛かというのは、はつきりとはわからないのである。元関西テレビアナウンサーの山本浩之(53)よりは、真実、マシである。もっと前方にも毛が残っているのである。
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まあジャンレノよりはブルースウィリス寄りではある。って、丸刈りジジイからは必ずこの2人の名前が出てくるのである。恥ずかしげもなく。しかし私の場合はオヤジが白髪でおふくろがハゲという筋金入りなのである。なんの理屈にもなっていないが。
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で、コンプレックスに関していうと、ハゲよりは、子どものころの酷い吃音障害である。ほとんど対人恐怖症であったのである。カ行、タ行、ナ行はとくに発音するのが難しく、その音を実際に発するだいぶ前から予知能力があるかのごとく激しく緊張したものである。それがほとんど平気になったのは、人のことを小バカにすることを覚えてからである。
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で、それでは世のなかにハゲはどのくら存在しているのか、というと、アデランスの「世界の成人男性薄毛率」という調査では、成人男性の26.05%という数字が出ているのである。調査地東京である。ちなみに世界各都市のなかでのこの数字は第14位である。トップはチェコの42.79%らしいのである。
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女のハゲの割合に関するデータは見つからなかったのである。しかし、頭頂部のいわゆるつむじハゲが多いということについては、いろいろと指摘がされているようである。私も、つむじ用の部分カツラがスーパーの床に落ちているのを見つけたことがあるのである。まるで巨大なケサランパサランのようで不気味だったのである。
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まあ、そういうことで、とりあえず成人男子の4人に1人はハゲだということなのである。うむ。この数字はどう考えればよいのであろうか。では参考に肥満率は、というと、厚生労働省の2014年「国民健康・栄養調査」によると、男28.7%、女21.3%である(BMI25以上)。
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さらにハゲ率がわからなかった代わりに、というわけでもないが、貧乳率を調べてみたのである。下着メーカー・トリンプが2014年に発表したデータでは、Aカップ5.3%、Bカップ20.5%であったのである。ちなみにCカップ26.3%、Dカップ24.1%、Eカップ16.2%である。で、貧乳率は、Aカップ5.3%とBカップ20.5%を足した25.8%と考えてよいのではないか、と勝手に思うのである。
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成人男性の26.05%がハゲ、男の28.7%がデブ、女の25.8%が貧乳である。ここで思い出すのが、いわゆる「働きアリの法則」である。働きアリは2:6:2の割合で、「よく働く」「ふつう」「あまり働かない」に別れるというのである。もちろん「ふつう」が6である。そして仮に「よく働く」アリだけを集めても、その中でまた2:6:2に別れてしまうのである。
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人間に置き換えれば、たとえば、頑張って勉強して進学校といわれる中学、高校へ入学しても、そのうちの2割は落ちこぼれていく、ということである。経験則ではあるが、それが集団の摂理といわれればそんな気にもなるのである。つまり、ハゲ、デブ、貧乳も、集団の摂理のなせるワザではないのか、と私はいいたいわけである。必ず2割はハゲる。
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「パレートの法則」というのもある。「80:20の法則」ともいわれていて、経済において全体の数値の大部分(80%)は全体を構成する一部の要素(20%)が生み出しているという理論である。要するに20%が全体を引っ張る、ということである。
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全体の約20%、という数字がポイントなのである。たぶん、少数派と認識される上限も約20%なのであろう。つまり、成人男性薄毛率42.79%のチェコでは、カツラは売れないだろうということである。
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42.79%のハゲはもはや少数派ではなく、したがってコンプレックスにもならないのである。そういう意味で、成人男性薄毛率26.05%の日本(東京)は、ギリギリまで成熟した市場なのだといえるのである。
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智昭をはじめ、福山雅治、稲葉浩志、中居正広、妻夫木聡、タモリ、神田正輝、草彅剛、美川憲一、山本耕史、石田純一、玉木宏、加山雄三、と、カツラ疑惑の芸能人を挙げはじめたらきりがなくなるのも、26.05%のおかげなのである。思いつく芸能人全員が怪しく見えるのである。「80:20の法則」である。ありがとう26.05%。
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しかし、である。飲み屋のオヤジがいっていたことを思い出したのである。「アメリカとかじゃ下の毛を処理するのがもともと常識、みたいなことになってんだろ? あれウソだから。オレが高校のときなんか、みんなボーボーだったんだから。そんで輸入版のプレイボーイなんかあさってたんだよ。みんな。インモー見えるっつって。かあーいーねー。脱毛処理だかやってるっつったって、そりゃつい最近のことだよ」。
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飲み屋のオヤジは60代半ばである。高校のときなんか、といわれれば50年前である。うむ。そうするとあと50年も経てば、陰毛同様、頭髪も処理するのがあたりまえになるかもしれないのである。頭髪の永久脱毛。チェコから。
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まあ、しかしそれには、ハゲていない男の割合がハゲている割合と逆転して20%台にならなければならないのである。だいたいの男がメットをかぶればメットオンメットといわれる状況である。メシを食っているとハゲタカといわれる状況である。うむ。あまり反感をかってもいけないので、ここらで失礼するのである。そろそろづらかぶろうぜ、なのである。(了)


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