成人の日、成人式である。ただいまの世のなかでどれほどの意味をもつのかはよくわからないのである。しかしとにかく昨日(1月10日)と今日は、全国各地でお祝いの式典がにぎにぎしく執り行われるのである。割礼なんかされない日本は安心である。
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安心とはいえ、一部の新成人の暴走が恒例のようになっているのである。新成人のほうは毎年入れ替わるからいいようなものの、それを報道する側は、もうすっかり飽きがきているのである。「ニュースです。また例年と同じく今年も〜」なのである。昨日のニュースをいくつかまとめよう。
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■富山県高岡市の成人式で、複数の若者が市長の挨拶を妨害。舞台に上がってマイクを奪い、数人が取り押さえられるなど会場は一時騒然とした
■福岡県北九州市の成人式では、式典後に会場の外で出席者によるケンカが発生。駆けつけた警察官を突き飛ばしたとして20歳の男1人が逮捕された
■和歌山市の成人式会場敷地内で、20歳の男性が、これも20歳くらいの男ともみ合いになり、急性硬膜下血腫の重体。警察が捜査をはじめた
■水戸市の成人式で、実行委員長の挨拶中に新成人らが罵声を飛ばし、スピーカーなどの機材を破壊。警察官約20人が駆けつける騒ぎになった。新成人らは式典終了後に警備員らに謝罪し、立件は見送られた
■愛知県豊田市内の成人式会場で、男(20)が、受付をしていたボランティア男性(63)の右胸に焼酎を吹きかけた。県警豊田署は男を暴行の疑いで逮捕した
■静岡県湖西市の成人式会場駐車場で、同市の男性(69)と妻(69)が乗用車にはねられ、頭や腰などを打ち重傷。県警湖西署は車を運転していた男(20)を現行犯逮捕した。ドリフト走行をしていたらしい。男は成人式に参加予定であり、被害にあった夫婦も孫の成人式に参列する途中
■沖縄県警は、道路を逆走したり、信号無視をしたりしたなどとして、車を運転していた沖縄市やうるま市などの20歳の男4人を逮捕。4人とも羽織はかま姿で、そのうちの1人は「これまで成人式を見てきて同じように暴れたかった」と供述
■長崎県佐世保署は、佐世保市の成人式会場近くで酒に酔った状態で通行中の車のボンネットに飛び乗ったりしたとして、器物損壊容疑で男(20)を現行犯逮捕した。本人は「何もしていない」と容疑を否認
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1月10日分だけなので地域にかたよりがあるようであるが、ニュースをさっくり眺めてこんなものである。ささやかな小競り合いみたいなものまで含めれば、新成人の暴走は日本全国でほとんど数限りなく起きているようすである。では、なぜそんなに暴れたがるのか? というのが今回のテーマである。
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【20歳が成人式で暴れたい理由】
[1]酒に酔ったから
羽織袴に一升瓶、という姿もすっかり定番である。ではなぜ成人式当日に酒を飲まなければならないか、というと(a)根っから酒が好きである、(b)嫌なことを忘れたい、(c)酒の勢いを借りたい、のうちのいずれかである。そこらのオヤジと同じである。表面上は、ただ面白がって慣れない酒を飲み、酔っぱらってしまったふうに見えるが、実は違うのである。
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[2]言葉がわからないから
ウソみたいな話であるが本当である。自分の気持ちや置かれている状況を十分に説明できないヤツが案外多いのである。自分の言葉不足を棚に上げて「聞いてくれない」「わかってくれない」と不服をいうのはまだ上等なのである。自分で苛立ってしまうくらいに言葉がわからないのである。
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“言葉がわからない”については、上のリストにある沖縄の新成人の供述「これまで成人式を見てきて同じように暴れたかった」が、示唆的である。暴れたくなる気持ちをどう表現していいかわからず、そこにヒナガタとして与えられたのが、先輩の暴走行為だったわけである。迷惑なヒナガタである。
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ほんとうは、その“暴れたくなる気持ち”の前の、なにがしかの違和感の段階でそれを咀嚼する言葉をもっていればいいのである。しかしそんなジジババみたいな子どもはそんなにいないのである。いい気になって、ないものねだりしてんじゃねーよ、である。
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[3]さみしいから
テレビドラマの先生もよくいっていたものである。「なあ、おまえほんどはさびしんじゃだいのか?」。母親があまりに仕事を頑張りすぎて子どもをかまってやれなかった、とかである。他愛ないのではあるが、まあ、基本的にはそんなものである。
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さみしいのは、成人式がお別れの儀式だからである。幼小中高、そして大学、と、段階を踏むたび選別に晒されてきた地域の子どもたちが、最後に、とりあえず一堂に会する機会が成人式なのである。いまの成人式はどこでも学齢方式をとっているから、最後の、そして最大の同窓会なのである。
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初恋のあの人に会うチャンスはこれっきりかもしれないし、誰彼となくオレ、オマエで話ができる機会はもうこないのかもしれないのである。なにをいいたいのかというと、新成人、20歳、大学生なら2年生の段階で、将来のそれぞれが帰属する階層、グループはほとんど決まってしまっているのである。
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もちろん横断的に生きていけないことはない。しかし、それにはかなりの勇気と犠牲の覚悟が必要なのである。同窓会が終われば、またそれぞれ別世界、というより別社会を歩んでいくのである。さらば友達にもなれなかったヤツら、である。
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で、すでに落ちこぼれたヤツ、落ちこぼれそうなヤツ、そしてそんなふうに自分を判断していじけているようなヤツは、この、最後の大同窓会で自分の存在を示したいのである。これから先はこちらに目もくれないかもしれないが、自分はここにこうしているのだ、と、アピールしたいのである。
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しかし、しかしなのである。残念なことに、アピールするにしても、静粛にすべきところで大声を張り上げたり、壇上に駆け上がってみたり、喧嘩をしてみたり、行き帰りに暴走行為をしたり、な程度なのである。暴れる行動までもが言葉足らずなのである。なんとかならんもんじゃろか。もっと人の胸を打つような暴れ方はないもんじゃろか。
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一方、女の子の場合は、学歴を得るための選別のほかに、女としての出世みたいなこともあるので、男のように暴れる一本槍ではいかないようなのである。女の闘いは、多くの場合、しあわせアピール競争なのである。ちなみに藤原紀香(44)は“しあわせオーラ全開”だそうである。こんなところにババアの話題で恐縮である。
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“女としての出世”、われながら恐ろしい言葉である。たとえば、まあ、すでに結婚、出産しているとか、婚約指輪をギラギラさせているとかである。さもなくばもっと直截的に金である。成人式の日、街を歩けばびっくりするくらいケバケバしい20歳がいるのである。
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そんなようなことで、新成人の男は暴れ、女は物色に余念がないのである。で、ここまでなんだかんだいってはみたものの、私は成人式に出席していないのである。もうしわけなす。面倒くさかったなのである。後日送られてきた、市長の書を写した小さな記念の楯は、あまりにもバカバカしいので捨ててしまったのである。
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なので、成人式といわれれば、ほんとうに割礼とか、ツタを足首に巻き付けて20〜30mもの高さの木塔から跳ぶ、メラネシアのバンジージャンプを先に思い出してしまうのである。
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メラネシアのバンジージャンプは、まさにオトナの世界への通過儀礼、イニシエーションである。とはいっても、オトナの世界の秘密などすべて暴かれてしまった現代日本では、しょせん詮なきことなのである。ただただ静かに心にしまってあるのである。割礼とかバンジーとかを。
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しかし、すでに落ちこぼれたヤツ、落ちこぼれそうなヤツ、そしてそんなふうに自分を判断していじけているようなヤツの気持ちは、よーくわかるのである。そういうヤツにはみんな、あ、オレいま落ちこぼれたな、と感じた瞬間があるものなのである。私は高校1年のときだったのである。
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で、私のように自力で落ちこぼれていくヤツは文句をいえた義理ではないのである。それにひきかえ、かつて私が落ちこぼれた当時の農家の次男、三男は、そうとうやるせなかったのである。家と農業を継ぐのは長男と決まっていて、しかし家を出て街へ行っても、それほどの仕事は期待できない状況だったのである。なんでオレなんか産んでくれたんだよー、パパが女の子ほしいっていったからだよー、である。
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ほんとうにそういう、人生半分捨てたみたいなヤツらは怖かったらしいのである。農業地帯のこととて隣町の高校へ行く通学列車のなかで覚醒剤を打っていたという、ウソみたいなほんとうの話まであるのである。セックスも。高校生がである。本番。まるで映画に出てくる、テキサスの片田舎の無法地帯みたいなものである。
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きっと、そういう、生きていく過酷さはいまもむかしもあまり変わらないのだろうと思うのである。状況がそうであるなら、あとはそこでへこたれるかへこたれないか、である。新成人の諸君、横一直線にきれいに引かれたスタートラインではないが、とりあえず前に進もう。あと、借金はしないようにね。かえって人生が遅れてしまう。(了)


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