2016年1月4日月曜日

視聴率1ケタになっても、ガンバレ!! 紅白歌合戦!! 私も観ないけど





『第66回NHK紅白歌合戦』、つまり去年の大晦日の紅白の話をいまごろになって、である。別に興味もないし、ほとんど観ていなかったし、いまさら紅白の話を面白がるような人もいないだろうから、完全にスルーさせていただこう、と思っていたのである。昨日の夕方までは。






しかし、ふと、いくら史上最低とけなされても、いまのテレビで視聴率39.2%とは、すごいではないか、とようやく気がついたのである。みんないったい紅白にどこまでのものを求めているのだ? である。そんなわけで、私くらいはキミの味方だよ、I'm always by your side. とかなんとかいって、『第66回NHK紅白歌合戦』を褒めてあげようと企んだわけである。冷やかし半分だが。






で、昨夜は、それにしても『第66回NHK紅白歌合戦』をどうやって褒めたらいいのだろうか、と考えながらベッドに入ったのである。きっと今夜は悩んで寝付けないだろうなー、と思いながらすぐに寝入ってしまったらしいのである。いつものことである。一晩アタマを悩ませればなんとかなるさ、という言葉に、私はいつも熟睡をプレゼントされているのである。



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しかし、昨夜はなかなか面白い夢を見たのである。また本題に入る前に申しわけないが、ちょっと寄り道をしてお伝えしたいのである。それは、地下鉄に乗っていると、どこからともなく、かすかに小さな女の子らしい歌声が聞こえてくるのである。しかし見回してもそれらしい子どもの姿は見えず、しばらくしてようやく、目の前、乗降口の脇に寄りかかって立っている小柄なジジイが歌っているのだと、気がつくのである。



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白髪まじりのカツラをかぶった、貧相な身なりのジジイである。詮索する気もなく、ただなに気なく見ると、唇がわずかに動いているのでそれとわかったのである。ジジイにもかかわらず、しかしそのかすかな歌声は女の子のように澄んで美しいのである。



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車内の雑音に邪魔されてとぎれとぎれに聞こえるその声は、どうも「10円足りない〜」と歌っているようなのである。「1円、2円、3円、4円……」と歌っていって、最後「10円足りない〜」で終わるのである。ひと区切りづつ語尾を上げるそれを、ずっと繰り返しているらしいのである。






ジジイ、『番町皿屋敷』に出てくるお菊のお化けみたいなやつだな、と思いながらその表情を改めて窺うと、驚いたことにどこかで見覚えのある顔なのである。しかも、つい挨拶したくなるくらい親しい気がするのである。しかし思い出せないのである。「1円、2円、3円、4円……、10円足りない〜」。



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ほんとうに10円足りなくて困っているのかなあ、などと、身なりに不釣り合いな金縁メガネの奥の、どこかぼんやり黄ばんだ目を透かすようにして見ているうち、目的の駅に着いたのである。私たちの側の扉が開き、ジジイはそのまま歌い続けていたのである。



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で、私は咄嗟に、柄にもなく、思い切ってジジイの手に十円硬貨を握らせたのである。そして私は降り、ドアが閉まるその間際に、ジジイが「はっはぁ〜ん」と切なげな合いの手を入れたのである。






「はっはぁ〜ん」を背中に聞きながら、ついに私はそのジジイが杉山社長だったのだと気付いたのである。慌てて振り返ると、ドアの斜め奥に貼り付いた小さな人影がスルスルとまた暗いトンネルのなかへ滑り込んでいくところだったのである。テレビでしか見たことはないのだが、それは間違いなく杉山社長の影なのであった。






杉山社長というのは、ついいましがたWikipediaで調べたのである。1980年代にワイドショーをにぎわした通称および自称「借金取り立て王」「腎臓売買王」「闇金残酷取り立て王」「闇金業界のグランドスラム」である。そしてそんな悪役気取りの杉山社長の身なりは、いつも横山やすしふうのスリーピースであったように思うのである。






私の幼心には、番組レポーターのミッキー安川に「その一万円札、それを見て、あんた死んだ人の顔が浮かばないか?」と煽られて「キサマ金が欲しいのか!? 金が欲しいんだろう!」と喚きながら、いきなり一万円札をばらまいていた杉山社長の勇姿が、焼き付いたのである。それ以来、金はばらまくものと心得ているのである。






杉山社長、本名杉山治夫はその後、訴訟詐欺で懲役7年6月の実刑判決を受け、2003年〜2010年のどこかで獄中死しているらしいのである。享年65〜72歳くらいである。そんなくらいにしか世間の記憶には留まっていないのである。






で、夢のなかの私は、そんな杉山社長がみすぼらしい姿をして10円の唄を歌っていたことに、なんだかとても陰惨なものを感じたのである。そそくさと地下鉄駅から立ち去ったのである。これは初夢というものではないな、杉山社長が夢枕に立ったというわけではないな、と目覚めてからの私は、慌てて自問自答したほどなのである。しかし、それにしても正月早々に杉山社長の夢とは、今年も煩悩まみれが約束されたようなものである。



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申しわけない。ようやく『第66回NHK紅白歌合戦』の話である。平均視聴率39.2%は、視聴率というものが紅白歌合戦に導入された1962年以来で最低の記録なのだそうだ。しかし冒頭にも書いたように、私はよく健闘したと思うのである。この39.2%という数字は、2015年に放送された全テレビ番組中の第1位である。2位は箱根駅伝の復路28.3%、3位は箱根駅伝の往路28.2%である。なんだか水増しの感じであるが。



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さらに、たとえば民放ドラマの平均視聴率年間トップは『下町ロケット』(TBS)で18.5%なのである。2倍しても『第66回NHK紅白歌合戦』には及ばないのである。民放の枠を外せば、ドラマのトップは『マッサン』で、それでも21.1%である。2015年には大きな国際的スポーツイベントがなかったとはいえ、紅白歌合戦、ダントツのトップなのである。しかし、これからも視聴率は下がり続けるのである。



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紅白歌合戦の基本は、老若男女、性別を問わずあらゆる世代に楽しんでもらえる番組づくりだそうである。まあ、久しぶりに帰省した家族などもいて、全員が揃ったリビングで点いているテレビ、というイメージなのかもしれない。しかし私は、それぞれの窓に1人づつの老人、若者、男、女がテレビを見ながらモソモソと夕飯をとっている図が目に浮かぶのである。そういう性格なのである。






大晦日の夜、一時的にどれだけ減っているのかはわからないが、日本全体の約27%が単独世帯なのである。考えてみれば、家族団らんの構図そのものが昭和的なのである。たとえば昭和60年の単独世帯の割合はまだ約18.5%であったし、テレビはほとんど1家庭に1台であり、もちろんスマートフォンなどもなかったのである。みんなでリビングに集まってテレビを見ることがちっともめずらしくなかったのである。



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紅白歌合戦は、「家族」という概念がいまよりはるかに強固だった時代のテレビ番組のような気がするのである。いってみれば、紅白歌合戦は、『演歌の花道』(テレビ東京)のレギュラー放送がなくなって16年、ただひとつ生き残っている、昭和の番組なのである。そしてもちろん、家族があってもなくても、どうしたって、みんなに楽しんでもらえる紅白歌合戦を、というNHKの基本的な姿勢は正しいのである。



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しかし、である。それで番組が面白いか楽しいか、という話はまた別物なのである。私は『第66回NHK紅白歌合戦』は全然つまらなかったのである。楽しめなかったのである。まあ全部で15分くらいしか見ていないのでとやかくいう資格はないのかもしれないが、貧乏臭くて、いつかどこかで見たもの、聞いたものばかり。とにかくタルーいのである。






なんだか悪いいたずらで去年の紅白歌合戦のビデオを見せられている痴呆老人にでもなったような気分なのである。ホラホラおじいちゃん、この人の衣裳、去年とは違うでしょ、ね、ね。てなものである。私と同じように感じた人、また私とは別な理由で面白くないと感じた人も相当数だと思うのである。






で、みんなに楽しんでもらえる紅白歌合戦を、という姿勢を貫く限り、こういう楽しめない人間は増え続けるのである。そして正味の話、そんな姿勢を貫くのを止めたくても、ほかに向かう場所はないのである。






でもって、そんな紅白歌合戦に対しては、“誰にでも好かれようとして逆に反発を食らう八方美人みたいなものなの”という、まさに耳タコの批判がある。そんなものはNHKも視聴者もすでに重々承知しているのである。しかし、それでもNHKは批判に耐えて頑張っているのである。打たれ強いのである。不必要なほど。






また、紅白歌合戦には、結局は誰のことも幸せにしていない元旦営業のスーパーみたいなものなのである、という批判もある。パートのオバサンだって正月くらいは休みたいのである。生鮮品なんて市場が開くまで新鮮なものは入荷しないのである。1日くらい買い物をしなくても、ちっとも困らないのである。お客さまのため、なんてウソをついてまでムリして元旦から店を開ける必要はないのである。同じように、ただNHKの威信のためだけに紅白歌合戦を続けなくてもいいのだ、と。






違うのである。紅白歌合戦は、日本の家族の、家族の団らんが復活する日のためのシャドウワークなのである。家族に話題を提供し、小さな架け橋になろうとしているのである。たとえば、都市交通に求められる機能として、できれば客が1人もいなくても終日動き続けているべき、という考え方がある。それが都市の安心と安全を守るのだという考え方である。都市交通のシャドウワークである。



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そこで私は思うのである。NHKは他に向かう場所がないから、“老若男女、性別を問わずあらゆる世代に楽しんでもらえる番組づくり”にしがみつき続けているわけではないのである、と。紅白歌合戦は、家族の団らんを待っているのである。徐々に寂しくなりつつも、家族を待ち続けているのである。視聴率を追いかけているのではなく、視聴率を待っているのだ、と。



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そうなのである。視聴率がどうのこうのと小さいことをいっていてはいけないのである。時代に逆らうドンキホーテのごとく、人のあるべき姿への呼び水になろうとしているNHK紅白歌合戦の生きざまに、我々は拍手喝采を送るべきなのである。誰か待っていてくれる人がいるというのは、きっとうれしいものなのである。紅白歌合戦、エラい!!






たとえ「キサマ金が欲しいのか!? 金が欲しいんだろう!」と叫んだ杉山社長の亡霊しか乗っていなくても、地下鉄は休まず走り続けるのである。そうすれば、いつか乗り合わせた男が杉山社長のことを思い出し、いまごろどうしているのだろうか? という気持ちにはなるのかもしれないのである。






そして人間はそんなにひどいものでもないよ、とそのあとで自分の心に語りかけるかもしれないのである。そういうあたたかさのためにNHK紅白歌合戦はあるのである。とりあえず、今日のところはそう考えることにしよう。(了)





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