2016年8月31日水曜日

どこもかしこも老朽化して、ニッポン液状化目前!!



そういえば片岡愛之助(44)はなにをやっているのだろう? とブログ『気まぐれ愛之助日記』を覗いて驚いた。8月30日付のアップは2本あったのである。しかしなんと、先の1本には“大阪土産にTシャツをもらった”、あとの1本には“片岡愛之助 ラインスタンプ完成!!!”と、それだけの記事しかないのである。ラインスタンプは笑えるので、ぜひご覧いただきたいのである。



愛之助、書くこともないほどヒマなのか? とファンサイトでスケジュールを確認すると、片岡愛之助の歌舞伎公演は10月3日からの『十月花形歌舞伎 GOEMON石川五右衛門』まではないのである。さかのぼって確認すると、今年の歌舞伎公演は、4月の「四国こんぴら歌舞伎大芝居」から約半年もご無沙汰になるわけである。こちらはお腹が痛いのにノンキなことである。



しかもこの愛之助演じるところの「GOEMON石川五右衛門」、実はスペイン人の父をもつハーフのフラメンコダンサーなのである。共演はタッキー&翼の今井翼(34)である。本格歌舞伎とはほど遠い。これが4度目の公演であるというから、稽古に大車輪ということでもないであろう。



いやいや、わすれてはいけない。愛之助、いまどきヒマなはずがないのである。9月28日には藤原紀香(45)との結婚披露宴が予定されているといわれているのである。しかし成田屋、小林麻央(34)の闘病という事情のせいか、「GOEMON石川五右衛門」の制作発表記者会見では話題を振られても以下のごとく控えめだったのである。あー腹が痛い。



《9月28日には都内のホテルで結婚披露宴を行うと報じられているが(と質問されると)、「準備を頑張っている最中です。シンプルでコンパクトにしたいと思います」とにっこり。報道陣から「ピアノの練習とはしないですか?」と意味深な質問を受けるも「アッハッハ…ないです。三味線なら弾けるんですけど、そういったことは一切ないので、あまり期待されても困ります」と笑顔でかわした》(「オリコン」2016年8月30日配信)



陣内ネタを「笑顔でかわした」など、片岡愛之助、若干哀愁さえ漂わせているではないか。入籍のころまでのあの強気の態度はいったいどこへ行ってしまったのであろう? すっかりショボくなってしまっているではないか。ああ、やっぱり腹が痛い。腹が痛いと腹も立つ。



で、藤原紀香のブログ『「氣愛と喜愛で♪ノリノリノリカ ★NORIKA's sensation★』も覗いてみた。うーむ。こちらは派手である。『スマイルプリーズ世界子ども基金talk live charity for 熊本in NY』の報告である。和英混在ぶりがスゴいタイトルである。大江千里(55)との“サプライズコラボ”だの、彼の地でのご活躍が写真入りで報告されているのである。



いやいや男女同権である。夫唱婦随など旧弊に囚われる必要はないのである。だがしかし、それと「梨園に入る」こととはまた違う話なのではないのか? 梨園の妻には梨園の妻としてのプロフェッショナルな役割があり、「梨園に入る」ということはそれを引き受けることなはずである。人間関係やしきたりなど覚えなければならないことも多いし、それをこなすためには茶事、書など基本的な素養も大切になる。



であるから、このあいだまではミュージカルだといって巡業に飛び回っていて、今度はニューヨークか!! などと揶揄するつもりはない。揶揄するつもりはないが、釈然としない。釈然としないのは、この場合、現代の夫婦のありかた、というような一般的な考えと、梨園の妻という特殊なありかたとが工作しているからであろう。



そう。そうしてそれでも両立できるならそれでいいじゃん、みたいな議論になる。しかしこの話にもう少し付き合えば、難しいのは両立できていると判断するのは本人ではない、ということである。藤原紀香の場合でいうと、片方には梨園の人々がいて、片方には一般芸能界やボランティア関係の人々がいる。さて、いかがなものであろう?



なにをクドクド語っているのかというと、途中であることに気付いたからである。なんというのか最近、モノゴトの枠というのか芯というのか、とにかくカタチを保っていくのに重要ななにかがグスグズと崩れていく印象を受けることが多いのである。それをなんとかいい表したいと思っていて、ついさっき気がついたのである。



「液状化」である。「流動化」というと質の異なるもの同士が混じり合うイメージがあってむしろそれは好ましく受け取られがちだけれども、「液状化」はただただなにかが流れ去るだけなのである。そうして上に乗っているものを破壊する。



たとえば高畑淳子の謝罪会見である。本人の誠心誠意という気持ちを嘲笑うようにして、なにかがだらだらと流れ落ちていた。それは謝罪会見そのものの起点をなすものである。それは「罪」である。



つまり高畑淳子の謝罪会見で中心にあるべきは強姦致傷という凶悪な犯罪であり、もう少し付け加えると、それをよく知られた芸能人が犯したことの社会的なインパクトの強さである。有名税とはいうけれども、やはり責任はさらに重い。それらをどこかへ置いて、“ご迷惑をおかけしたみなさまになんとお詫びしたらよいものやら……”と泣いて謝られても、そのまま率直に受け容れるのはたいへんに難しいのである。



藤原紀香の場合でいえば、「梨園に入る」という気持ちや考え方、もっと全体的なコンセプトみたいなものが、いつのまにか液状化してしまっているのである。しかも早い。いま思えば、気持ちをともないつつ、夫、片岡愛之助のうしろに一歩下がって立っていたのは、あの今年3月31日の結婚会見が最初で最後であろう。もし仮に「それでも両立できるならそれでいいじゃん」みたいな気持ちになっているのだとすれば、すでに「液状化」はめでたく完了である。



さて「液状化」とはもともとどういう意味であろう? Wikipediaによれば、地震の際に、地下水位の高い砂地盤が振動によって液体状になる現象が「液状化」である。「流砂」ともいう。砂っぽい土が液体の性質になるのである。



なるほど、つまり「液状化」を起こすには、そもそもそれが砂のようにカスカスになっていなければならない、ということである。よくわかる。これほど制度疲労や決まりごとの形骸化、停滞と腐敗が蔓延していては、どこもかしこも実質を失って、砂のようにカスカスである。いつでもどこででも「液状化」が起こる可能性があるのである。長く時代が動かなかったツケである。



民進党と共産党との共闘もそうだし、民主党代表戦への蓮舫(48)出馬もそう。鴻海によるシャープの買収もそう。もっともっとささやかなことでいえば『笑点』レギュラーへの林家三平(45)の抜擢なんかもそうである。大喜利などは落語家がやるものだと思っていたのであるけれども、どうも違ったようである。



熊切あさ美(36)と東京ヤクルトスワローズ・山田哲人(24)の熱愛、たんぽぽ・川村エミコ(36)のTENGA/典雅社長・松本光一(48)との交際公表なども「液状化」である。川村エミコの場合、交際まではいいのだけれども、「公表」が「液状化」なのである。



あとは、そうそう、教師による女子生徒の盗撮や買春なんかも「液状化」である。「教え」が液になって流れてしまっている。昨日(2016年8月30日)、また大阪府警阿倍野署に中学校の教師が1人、女子生徒の着替えを盗撮したとして逮捕されておる。困ったものである。私の腹痛も液状化であった。尾籠な話ですまぬ。(了)



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2016年8月30日火曜日

事務所にも有吉にも否定されて、夏目三久のお腹はどうなるんだろう?



『日刊スポーツ』(2016年8月24日号)が報じた「夏目三久の妊娠・結婚」問題については、8月25日のこのブログで取り上げたのである。モンダイというほど大それたものでもないような気もするのではあるが。



25日のブログでは、夏目三久(32)は所属事務所 田辺エージェンシー社長田辺昭知(77)からの逃亡を図った、という妄想をしたのである。しかしどうしても夏目三久を手放したくない田辺昭知が年甲斐もなくなかば錯乱し、強権を発動したのでややこしくなってしまったのではないか、というようなことである。



もう少し詳しくその妄想を書いておくと、田辺昭知はサディストとして有名であり、そういえば夏目三久は田辺昭知の妻、小林麻美と少し似た感じがあって、同じマゾの匂いがする。つまり夏目三久は日本テレビを退職(2011)してから長く田辺昭知のお気に入りのマゾペットだったのだけれども、やはりというか、とうとうといおうか、オジジには心底、嫌気がさしてしまったのである。それで、これもやはり変態の有吉弘行(42)とくっついた、というお話である。妄想である。



有吉弘行は夏目三久にただ利用されただけなのか、それとも2人はほんとうに恋愛関係にあったのか、また夏目三久ははじめからマゾとして田辺昭知の前に現れたのか、それとも田辺昭知に調教されてマゾの資質を開花させられたのかは、まだ妄想していないのである。まあ、人の心のなかは闇である。それにしても「マゾの資質を開花させられた」とは、ほとんど団鬼六である。たいへん恐縮なのである。



で、『日刊スポーツ』の第一報があって丸1日ほどの空白を置いてから、田辺エージェンシーと有吉弘行の所属事務所である太田プロダクションが「事実無根」とのコメントを発表したのである。しかしこの直後、『日刊スポーツ』(2016年8月25日号)は、『有吉、夏目アナ年内結婚へ 正式発表まで調整に時間』と追い討ちの第2弾を打っている。



有吉弘行自身は、24日午後11時にTwitterで「これを狐につままれたような気分というのか。。。」と語り、27日深夜の『有吉反省会! これが私の生きる道で大丈夫?一斉取締りSP』(日本テレビ)でも「誤報記事を書かれてしまってすみません。って、なんで俺が反省しなきゃいけないんだ!」と、はぐらかす発言をしていたのである。



有吉弘行がはっきりと「新聞報道、熱愛と妊娠とか結婚というのは、本当にまったくないこと」と否定したのは、28日夜のラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN)でである。ここまで正味約丸5日かかっているのである。夏目三久は、まだこの件についてなにもコメントしていない。そうとううさんくさい。



で、8月30日のいま現在、私の妄想はまだ健在、というか少々リアルさを増しているのである。まずは8月29日の『デイリーニュースオンライン』(19時6分配信)である。



《あるテレビ局関係者は、こう証言する。

「実際、有吉とは1年ほど交際が続いていたようです。しかし、夏目の事務所が交際に反対していて、『怒り新党』も“事務所が降板させた説”が浮上している。それでも2人は交際を続けたようなのですが、結婚の許可が降りる気配はナシ。そこで、有吉サイドの関係者があえてマスコミに情報を流して、交際をオープンにさせることで、結婚ムードに持って行こうとしたのではないかと言われています」

ところが、田辺エージェンシーは予想以上に大激怒した。テレビ局関係者が交際の裏側を明かす。

「夏目の事務所の力でテレビ報道を一切禁止させるよう動き、まるで“無かったこと”にしようとしている。田辺エージェンシーは歴史ある芸能事務所で、トップは“芸能界のドン”とも称される実力者ですが、業界内には今回は少々前時代的だとの批判の声もある。所属タレントの結婚を許さないというのは人権的に問題で、“ブラック企業”だとのイメージが広がってしまう危惧もある」》



ここからは『日刊サイゾー』(2016年8月29日 21時0分配信)が詳しい。少し長くなるけれども、抜粋してご紹介しよう。

《「日本テレビの局アナ時代から夏目アナのことを気に入り、退社後、自社に“ヘッドハンティング”した大手芸能プロ・田辺エージェンシーの田邊昭知社長が報道に対して激怒。各テレビ局に『日刊の記事を扱うな。あれは誤報だ』と圧力をかけまくった。有吉が所属する太田プロダクションには『こちらの指示通りにやってもらう』と強硬な姿勢をとり、太田プロダクションも田辺側の意向を受け『事実無根』とのみコメントを発表。当事者の有吉は交際を否定するしか選択肢がない状況に追い込まれてしまった」(芸能デスク)

もう1人の当事者、夏目は司会を務めるTBS系情報番組『あさチャン!』に、一報が出た24日と続報が出た25日ともに通常通り生出演したが、自身の報道については一切触れず。29日からは夏休みに入っている。

このままだと、うやむやなまま事態が沈静化してしまいそうだが、どうやら、有吉はかなりの“崖っぷち”に追い込まれてしまったようだ。

「夏目といえば、一時期は田邊社長の“愛人疑惑”も出たほど寵愛を受けていた。そのため、有吉との交際が発覚するや、2人が共演していたトークバラエティー番組『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)から夏目を3月で降板させたのは有名な話。現在、田邊社長は報道をなかったことにするための“裏工作”を仕掛けているようだが、それが終わったら、今度は夏目アナにちょっかいを出した“有吉つぶし”に取りかかるといわれている。現在、テレビ11本、ラジオ1本の計12本のレギュラーを抱える有吉だが、来年の末あたりにはレギュラーがなくなっているかもしれない」(テレビ関係者)》



「ちょっかいを出した」かあ。オレの女、か? まあ、そういうことでテレビ報道はいっさいされていないし、日刊スポーツも第2弾以降はない。他の芸能マスコミも事実関係の追究にはまったく及び腰である。で、ほんとうだとすれば来年にも有吉弘行は潰されてしまうのである。まったく、嫉妬に狂ったひとりのオジジの妄執に付き合うなど、ニッポンのメディアや芸能界もバカみたいなものである。頼むよ! センテンススプリング!!



それにしても恐るべき田辺昭知の影の権力者ぶりである。なんでもジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長、オスカープロモーションの古賀誠一社長、バーニングプロダクションの周防郁雄社長とあわせた4人が業界をほぼ制圧しているそうで、そのなかでも田辺昭知は一目置かれているというのである。なにしろ終戦直後から芸能界で生きてきたのであるから、商売の規模などとはまた違った、実績、人脈などによる「格」があるのであろう。



しかし、ほんとうに恐ろしいのはこれからである。前出、『日刊サイゾー』の記事にある通り、夏目三久はこの8月29日から夏休みに入っているのである。予定は1週間である。ちょうどいい。なににちょうどいいかというと、妊娠中絶である。



『日刊スポーツ』があれだけはっきりと、しかも2日にわたって報じているのである。ただの熱愛疑惑などとはワケが違う、現役の人気独身女性キャスターが妊娠したという話なのである。確証がなくては書けない。そうすると、田辺昭知としても、有吉弘行や太田プロダクションだけならチカラでねじ伏せてなかった話にできるかもしれないけれども、お腹のなかの子どもはそうはいかないのである。



さて、ここで夏目三久が爆発して洗いざらいぶちまければ、大スキャンダルに発展する。それはさらに、日本流の芸能プロダクション経営の問題、くすぶり続けている一方的な契約や人権の問題に、一気に火をつけることになるかもしれない。なにかのはずみで国会までいかないかぎり解決はされないだろうけれども。



しかし、しかーし、逆に夏目三久が諦めて田辺昭知との元にサヤにおさまってしまえば、お腹の子どもも含めてすべてがなかったことになってしまうのである。夏目三久の夏休み明け、9月5日(月)の『あさチャン!』が恐いもの見たさでドキドキなのである。



おお、恐ろしい妄想である。恐ろしい妄想ではあるけれども、団鬼六が生きていてくれれば、とつい思ってしまうのである。SM大河小説『花と蛇』に肩を並べる傑作がきっと生まれただろうと思うのである。『囚われの美人キャスター第二虐悦夫人』とか。駅や空港で売ったら売れそうである。「第二虐悦夫人」。妄想である。自分がイヤになる。(了)



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2016年8月29日月曜日

日テレ「24時間テレビ」、Eテレ「感動ポルノ」に完敗!!



『24時間テレビ 愛は地球を救う 39』(日本テレビ)が終わった。今年は収穫大である。すでにご承知のこととは思うけれども、NHKのEテレが『バリバラ』で「検証!『障害者×感動』の方程式」をぶつけてきたからである。



《NHKのEテレの情報バラエティー番組「バリバラ」で28日夜、「検証!『障害者×感動』の方程式」と題した生放送があった。「清く正しい障害者」が頑張る姿を感動の対象にすることを「感動ポルノ」と表現し、「感動は差別だ」との障害者の声を伝えた。同時間帯は日本テレビ系で障害者の姿を伝えるチャリティー番組「24時間テレビ」が放送中だった》(「毎日新聞」8月28日22時3分配信)



『バリバラ』、やってくれたのである。具体的にどんな内容だったかというと 『J-CASTニュース』(2016年8月28日 21時24分)が以下のように伝えている。



《NHK広報局は「他局の放送とは関係ない」と事前のJ-CASTニュースの取材に応えていたものの、番組が始まるや、スタジオで大写しになったのはどこかで見たような「24」マーク。出演者はおそろいの黄色いシャツ姿で、その一人、多発性硬化症などを患う大橋グレース愛喜恵さんにいたっては「本家」の「24時間」のシャツをそのまま着ている。そもそも、キャッチフレーズからして「笑いは地球を救う」だ。

特に徹底していたのは、世間の「感動的な障害者像」を再現したコーナーである。上記の大橋さんが出演するこのドキュメンタリー風映像では、「それらしい」音楽やキーワードで、いかにも「健気な」障害者として大橋さんが描かれているのだが、それをぶち壊すように「病院の先生がイケメンでテンション上がった」「(立ち直ったきっかけを聞かれて)まあ時間が解決したみたいな」と、「使えない」発言を連発し、そのたびにスタッフが「その話いらないっす」「いやそこ大変な感じで行きましょ」などと軌道修正する。要するに、24時間テレビを完全にパロディー化したコントなのである。

ちなみにチャンネルを日本テレビに変えると、まさにちょうど、そっくりな「感動的」な映像が流れており、BGMも笑ってしまうほどよく似ている。狙って時間を合わせたのかは不明だが、痛烈な皮肉だ。なお、大橋さんは今年の24時間テレビにも出演している》



日本テレビはもちろん、日本テレビの偽善ぶりを手をこまねいて見ているだけだった他局、他メディアも、これでは顔色なしである。偽善ぶり、というのは、ひとつひとつの内容はもちろん「感動ポルノ」的でそうなのだけれども、そのうえに、たとえば局側はしっかり広告収入を得、出演者たちもギャラを得ていることなどである。チャリティーやボランティアを訴えるのなら、まずは自分たちからその取り分を寄付し、手弁当でやれという話である。



まあしかし、こうしたあたりまえの批判がマスメディアでなされるようになるまで放送回数にして39回分、1978年のスタート以来38年もの時間がかかったのである。長い。当時生まれた子どもは、もうすっかりジジイとババアである。本気で“愛は地球を救う”などと擦り込まれていたとしたらどうする?



で、今回なぜ『バリバラ』が、「検証!『障害者×感動』の方程式」と題した生放送を、しかも『24時間テレビ』にぶつけるカタチで放送できたのかといえば、「感動ポルノ」という、いわゆるキラーフレーズが出現したからだと私は思うのである。



「感動ポルノ」とは、“ポルノグラフィ(仏語: Pornographie)”の「ブリタニカ国際大百科事典」の解説をなぞると、「感動をもたらす目的で、感動チックな行為を書物、絵画、彫刻、写真、映画などの形で表現したもの」ということになる。ポルノであるからもっと激しく「強制的に感動をもたらす目的で〜」としたほうがいいかもしれない。有無をいわさず生理に訴えかけるイメージである。



もう少しマジメに解説すると、「感動ポルノ」という言葉のそもそものはじまりは、以下の通りである。



《感動ポルノ(Inspiration porn) とは2012年に障害者の人権アクティヴィストであるステラ・ヤング(享年32)が、オーストラリア放送協会のウェブマガジン『Ramp Up 』で初めて用いた言葉である。ステラによればこの言葉は、障害者が障害を持っているというだけで(あるいは持っていることを含みにして)、感動をもらった、励まされたと言われる場面を表している。そこでは、障害を負った経緯やその負担、障害者本人の思いではなく、ポジティブな性格や努力する姿がクローズアップされがちである。「清く正しい障害者」が懸命に何かを達成しようとする場面をメディアで取り上げることがこの「感動ポルノ」とされることがある》(Wikipedia)



んーんと、そうか。であるから、ここでは厳密にいえば「感動ポルノ」とは、“そんなこんなで感動したといわれる場面”を表現したものであって、それ自体が感動を呼び起こすことを目的としたものではないということである。つまり、これはポルノじゃないか!! と叱られたときに、いえ、ここれはただそういう気持ちになっているところを表現しただけです!! といえるスタンスのモノなのである。



しかしここでもまた同じWikipediaの解説にあるように、《「清く正しい障害者」が懸命に何かを達成しようとする場面をメディアで取り上げることがこの「感動ポルノ」とされることがある》ように、劣情、おっと間違いた(by荒木経惟)感動を喚起することを目的とする「感動ポルノ」もあるわけである。



要するに“記録”か“オカズ”か? の問題である。私は“オカズ”派である。なんだか必要もなくメンドくさい話になってしまったのである。申しわけないのである。しかも実際的にも「感動ポルノ」とは“感動オカズ”という意味合いで使われているのである。“感動オカズ”、こちらも、さもさも感動をあさっている気分が表れていて、いい言葉ではないか。“涙オカズ”なんかもいい。



うむ。調べてみるとすでに「感動ポルノ」といういいかたはかなり知られていて、「〇〇ポルノ」という応用もされているようなのである。たとえば「フードポルノ」とか。あまりピンとはこないけれども。自分の勉強不足を棚に上げてなにをエラそうに、ではある。



なぜこれほど「感動ポルノ」という言葉にこだわるかといえば、この言葉の登場は、ふたつの重大な意味をもっていると思うからである。ひとつはもちろん、感動を喚起するためのモノとして障害者を扱っている場面、あるいはそういう傾向に対して、違和感を込めて呼ぶ名称ができたということである。名前のないものを批判するのは骨が折れるのである。言葉がなければはじまらない。



で、今後は『24時間テレビ』もそうとうな反省、というか自己検証を迫られるはずである。東京パラリンピックを頂点に障害者スポーツでひと儲けを企んでいる電通なんかにも厄介な課題になっていくであろう。ちなみにそのための乙武洋匡(40)の参議院議員→東京都知事構想だったのである。舛添要一(67)が任期(2018年2月満了)をまっとうするとしての話だったけれども。世の中なかなか思い通りには動いてくれないものである。



さらに、『はじめてのおつかい』(日本テレビ)なども私にいわせればれっきとした「感動ポルノ」なのである。こういわれてみるとあの番組のイヤラシさがよくわかると思うのである。『24時間テレビ』といい、日テレなにをやっているのであろう?「感動ポルノ」という言葉の登場によって、こうしたチェックが働くようになる。



もうひとつの重大な意味は、「感情や欲望を否応なく喚起するもの」を「ポルノ」と呼ぶことで、批判的に距離を置くことができるようになることである。感動や欲望を喚起するためのモノとして人を消費していく、という「ポルノ」のポイントからははずれていくけれども、いろいろなものがあり、また考えられる。



すでにある代表的なものに「愛国ポルノ」がある。ニッポンがいかにすぐれているかをことさら強調するたぐいのものである。書籍が圧倒的に多いけれども、『所さんのニッポンの出番』(TBS)や『世界が驚いたニッポン!スゴ~イデスネ!!視察団』(テレビ朝日)などのテレビ番組もある。しかしかなりズサンなものでも、民族意識はカンタンに煽られてしまうのである。こういうとき「愛国ポルノ」というフレーズがアタマにあれば少しは冷静でいられるというものである。



ほかにも「健康ポルノ」、「ご長寿ポルノ」、「無臭ポルノ」というのもいえそうだし、「巨乳ポルノ」、「巨根ポルノ」は紛らわしいが間違ってはいない。「罵詈雑言ポルノ」は、世間のヤツらアレコレ全部である。それでもポルノがいっぱいで、なんだか私はうれしい。さっきからなんとなく鼻息も荒い。恐ろしいものである。(了)



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2016年8月28日日曜日

高畑淳子は女優であることを証明したけれど、裕太の事件は置き去り



高畑敦子(61)の謝罪会見を見た。まず最初に感じたことは「女優というのも時と場所によりけり」みたいなことであった。頭を下げても深呼吸をしても、涙を掌でぬぐっても、丸めたハンケチかなんかで鼻水を拭いても絵になってしまうのである。しかも滑舌がいい。さすが舞台女優である。汚くならない。もちろんそれは長年の役者修行で身についたもので、高畑敦子に作為はないのであろう。



で、会見がすすんで中盤にさしかかったころか、「なにかあったらお互いに刺し違える覚悟で」という言葉が出てきた。親と子は一蓮托生、どちらかが問題を起こしたときには2人で死ぬ覚悟でやっていこう、と息子、高畑裕太(22)にはいい聞かせてきた、しかしいまとなっては「それがどこまで彼の心に響いていたのかわからない」ということである。



「刺し違える」なんて70年代の人だなあ、という感じである。舞台は命のやりとりの場、命懸け、生きざま。当時、小劇場で活動する役者たちの多くはそういう言葉を口にしていたし、観る側もそうであった。実際に、蜷川幸雄が商業演劇に転向した直後、劇場のロビーだか通路だかで待ち受けていたアングラ芝居時代からのファンにナイフで危うく刺されかかった、という話もある。そしてこの手の話はどこにでもあったようだ。



そういう高畑淳子であるから、この謝罪会見についても、逃げも隠れもせず正面からすべて受け切る、と腹をくくって臨んだのだろうと察しがついた。途中、進行係が予定時間を過ぎたことを告げたときにも、それを制して応答を続けた。立派である。渡世をわたる女芸人、高畑淳子として立派である。



さて、それからここ2日ばかりは、この謝罪会見をどう評価するかでもちきりである。高畑淳子現象の出現である。例によって教育評論家の尾木直樹(69)は「あんなに心からの 演出も何もない誠実な謝罪会見 見たことがありません...本当に素晴らしいお人柄 素晴らしい女優さんそして、愛情深い素敵なお母さんなんだなぁ...となかば感動すら覚えました...」とブログに書いている。例によって、というのは、短慮軽卒、激情型の、という意味である。



なかにはファッション鑑定まである。『スポニチアネックス』2016年8月27日配信分はこう書いている。



《会見時の服装についてファッション評論家の石原裕子氏は「謝罪会見なのにファッショナブルすぎる」と指摘。パールのピアスやヒールの靴は不適切で、メークも決まりすぎていたとし「謝罪というより、女優としての自分の会見になってしまっていた」と語った》



うむ。高畑敦子がスゴいのは、たぶん結果としてであろうけれども、こうして世間の目を自分に集中させたことである。さすがに息子とは格が違う。犯罪をおかした子どもの親が謝罪会見を開く必要があるのか? という議論についても、それがあると知っていて、敢えてすべてを受けて立つ、として会見場に現れているのである。それが女渡世人の生きざまなのである。押し寄せる敵の前に両腕を広げて立ち塞がる傷だらけの母親のイメージである。



千鳥の仲間だったか、獣などに巣のなかの雛が狙われたときには、自分が囮になってケガをしているフリをしながら巣から遠くへ歩いていく、という話も聴いたことがある。擬傷というのか。ああ、というよりはやっぱり、高畑淳子の場合は仁王立ちの女弁慶である。すまぬ。しかしこれは、息子の窃盗事件を、オトナの男のやったこと、他人事、といい放って袋叩きにあったみのもんた(72)から学んで、というわけでもないと思う。



ともあれ、「両腕を広げて立ち塞がる傷だらけの母親」の壁はなかなか突破できない。ここから高畑淳子劇場がはじまってしまうのである。事件の本質、あるいは事件が提起した問題とはまったく関係のない、いってみればリアリティショーとかシチュエーション・コメディの風情である。まったく別個の、もうひとつの物語が紡ぎだされようとしているのである。視聴者としては、たぶん『渡る世間は鬼ばかり』(TBS)を観ているのとそう変わらない気分である。



いま大切なことは、被害者に心を寄せると同時に、なぜこの事件が起きてしまったのか? を突き詰めることである。多くは高畑裕太の個人的資質から発しているように思えるので、その意味で親である高畑淳子の果たすべき役割は大きい。ただ立ち塞がるだけではなくて、過去も含めて息子を冷静に凝視してもらいたいのである。



記者会見がはじまる前は、あるいは境界性パーソナリティ障害であるとか、発達障害であるとか、精神的な特徴の話が出てくるのだろうと予想していたのである。しかしそれはなかった。高畑裕太はあくまでも「ふつうの男の子」として育てられたのである。母親はそう確信して疑わなかったのである。この母親がつくる壁は高い。



しかし、さまざまに報道されている酒癖の悪さなどのエピソードとは別に、実際にテレビで見かける高畑裕太は明らかに周囲とは異質で浮いている感じがあった。なにをしでかすかわからないその危うさの正体を突き止めなければ、今回の事件の本質は見えてこないと思うのである。そしてそれを天然キャラとかなんとかいってもてはやした所属プロダクション、芸能界、そして視聴者の我々のあり方に問題提起がされなければならないのである。



高畑裕太を異常者と決めつけているわけではない。しかしそこまで掘り下げて追究していくべきだ、と思うのである。たとえば被害者をホテルの自室から帰してそのままそのベッドで寝てしまうというあまりにも粗暴な行動は、どう考えても“ふつう”ではない。



ここに、「両腕を広げて立ち塞がる傷だらけの母親」高畑淳子の壁を突破して切り込んでいこうとしたのがフリーアナウンサーの大村正樹(49)であったのだ、と思う。『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ)のフィールドキャスターとかいうよくわからない役回りの人である。しかし大失敗!! 質問が稚拙すぎた。



「性癖に関して気づくことはありませんでしたか?」
「性欲が強いとか、性的嗜好がおかしいということはありませんでしたか?」

である。高畑淳子の答えは予想通り

「男の子をほかに持っていないので、『男の子ってこんなものかな』くらいのことしかありませんでした。性的な嗜好がおかしいと思ったことはありません」

で、大村正樹には非難殺到!! さっそく会見の翌日にはフェイスブックでの謝罪に至っている。



こうした取り返しのつかない犯罪が起こってしまった場合、唯一、前向きに取り組める対応は、どうしたら社会がそれを2度と繰り返さないようにできるか、の検討である。そのためにはなぜそれが起きてしまったかの追究が不可欠であり、それに資するために、また広く世論を喚起するために、有名人である母親が会見を開く意義はあると思う。責任といってもいいかもしれない。



しかしながら今回は高畑淳子にもまだそこまでの余裕はなかったのであろう、結果として「両腕を広げて立ち塞がる傷だらけの母親」という浪花節を演じてしまうのが精一杯であった。芸能マスコミと視聴者も、こぞってそこに飛びついてしまっている。高畑淳子劇場の開幕である。かぶいてみせるのも、幕引をするのも、もう高畑淳子しだいである。(了)


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2016年8月27日土曜日

突然ですが、コミュニケーションが苦手な方はSM禁止!!



たいへん僭越、恐縮ではあるけれども、いわゆるサド−マゾについてたいへん素晴しく、卓越した知見を得たので、この場を借りて皆さんにもお裾分けをしたいと思うのである。あ、シェアというのか。ちなみに私は和式サド−丁稚型である。和式サドには、あと旦那型というものがある。



「和式」というからには「洋式」もある。サドマゾの世界は大きく「和式」と「洋式」、ふたつの系統に分けられる。というか、日本以外のアジア諸国およびアフリカ、南アメリカ諸国については知らぬ。残念ながら資料が少なすぎる。洋式サドの型にはmentalとphysicalがある。



まずは和式サドと洋式サドの違いからである。わかりやすいのは両者の目線の違いである。洋式サドの目線はほとんど、99%的に上から目線である。おお、“99%的”とはなかなかいい加減でつかい勝手にすぐれた言葉ではないか。闇夜の自画自賛。



洋式サドの場合、拘束の多くは相手を征服・抑圧するために行われる。あるいは征服 ⇔ 被征服という関係を設定するために行われる。したがって拘束されるほうは寝転がるなり座るなり跪くなりの態勢を強制されることがほとんどである。99%的に。それを洋式サドは上から見下ろすのである。安倍晋三首相(61)のお好きな「under control」とは、であるからこれもよくできた言葉だなあ、と感心するのである。



洋式サドが立ったままのポーズで相手を拘束するというのは、そのあとの責めの都合がある場合である。だいたいは鞭。和式サドのようにただ裸にして縛り上げて眺めるだけ、というのはない。



これに対し、和式サドの場合は、すでにご想像の通り下から目線なのである。こちらは80%的に下から目線。たぶんすでに何万ページものSMグラビアを見てきた私がいうのであるから間違いはないのである。たとえば立位はもちろん、縛って畳の上に転がしても、視線はさらにそれを下から見上げているのである。カメラ位置はほとんど畳にじか置きである。しゃくりあげる目線。なぜそこまで身を低くしなければならないのであろう?



拘束、たいていは緊縛された女への下から目線とは、たいへんに助平である。ふつうの状態でも下から目線は助平だというのに、裸で柱などに縛りつけられ立っている女の前で這いつくばり、見上げている姿を想像すると、まさに卑猥という言葉そのものである。そしてそう感じてしまうところがサドとして和式なのである。



下から目線の構図は、洋式サドにはまったくありえないのである。這いつくばったり下から見上げたりするのは、もっぱらマゾ、奴隷の仕事なのである。屈辱的なのである。征服者はいつも雄々しく見下していなければならない。



そういえば混浴温泉がブームになったときに、「ワニ族」と呼ばれる男たちが話題になった。湯船に身を潜め、鼻から上だけを出して女が入ってくるのをただただひたすらじっと待つのである。混浴なのであるから正々堂々と入って待っていればいいものを。



先に男が入っていると女が入って来づらくなるから、とはいうけれども、理由はそれだけではないと思う。自分の裸を見られるのが恥ずかしいから、というのも違う。和式サド−丁稚型からいわせていただければ、眺める自分は消えていなければならないのである。



たとえば和式サドの場合、和式SMグラビアでは、男が画面に登場することは滅多にない。洋式SMグラビアでは必ず男が出てきて、相手に対する自分の優位を誇示するのとは対照的である。ここに目線の角度とは別の、もうひとつの和洋の違いがあるのである。というか、たぶん和式サドの特殊性があるのである。



和式サドがどのような経路をたどって興奮していくのかというと、そこには相手の女に対する感情移入があるのである。オラオラオラ、恥ずかしいだろー、惨めだろー、だけどなんだかちょっと気持ちいーだろー、というわけである。つまり和式サドはサドなのに、心の底では相手と一緒になってイヤンイヤンとかいっているのである。そんなところに他の男の姿が映り込んでいてはイヤンである。あ、サド(♀)、男(♂)の場合はわからない。



であるから、和式サドにおいては相手のマゾ、つまり和式マゾも性的に興奮し、絶頂に果てなければならないのである。そうしなければ和式サドも満足できないのである。そのために、往々にして和式マゾを性的に興奮させようとして奮闘する和式サドの姿が、健気に奉仕しているように映る場合もある。実際にも、おそらくそのようにして立場が微妙に入れ替わっている瞬間が何度もあるのだろうと思う。と、とぼけてはみたが、私は和式サド−丁稚型であるので、その典型である。たぶんSMヒエラルキーにおいても最下層の人間なのである。犬に踏まれた男である。



洋式サドに、内心のイヤンはない。恥ずかしめ、虐め、痛めつけること自体に興奮しているのである。と、こう考えてくると、和式SMグラビアなどを見て喜んでいた自称和式サドのほとんどは、ほんとうはサドでもなんでもないただの助平、下から目線が好きな助平ということになるのであろう。もちろん、精神医学的なサディストの範疇にはとてもではないが入れてもらえない。



和式サド−丁稚型が思うに、和式SMの多くは、というかほとんどは双方による高度なコミュニケーションによって成立しているのである。もちろんそれ以前の段階で了解があることは大前提である。



「和式サド」と「洋式サド」、なんだかいい思いつきだと思ったのだけれども、だんだんつまらなくなってきた。これでは残しておきたい昭和のニッポン、みたいではないか。



つまらないついでに教訓である。異性とコミュニケーションを取るのが苦手、という方々はSMには手を出さないほうが無難である。やめておいたほうがいいと思う。事故が起こってしまっては取り返しがつかない。妄想、机上の空論で上等ではないか。(了)


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2016年8月26日金曜日

高畑裕太を野放しにし、持ち上げた石井光三オフィスの「罪」



今日の記事は手短にします。昨日の当ブログの冒頭で以下のように書いた事件について、やはり少しだけいっておきたいと思ったからです。



《高畑裕太(22)の事件のことは考えたくもない。強姦致傷というのは、ほんとうに人として最低の行為である。暴行致傷あるいは暴行傷害、というのならまだ想像できる。喧嘩になり、つい殴ってケガをさせてしまったら暴行致傷である。しかし強姦致傷というのは、暴力で相手の抵抗を奪っておいて犯すのである。弁明の余地がない。これ以上この事件を、芸能マスコミがとりあげるのもいかがなものかと思う》



で、本日(2016年8月26日)正午から高畑裕太の母親である高畑淳子(61)の謝罪記者会見が開かれる予定になっています。各局の昼のワイドショーのはじまりの時間帯にもってきたのは、中継を通して全国の視聴者に謝罪の思いを伝えたいということなのでしょう。その点では十分に誠意が感じられます。



しかし残酷なようですが、世の中にはまったく取り返しのつかないことがあります。あとでいくら泣いて謝っても時計の針は逆戻りしません。泣いて謝る身内に同情することはできても、事件そのもの、その被害がなかったことにはならないのです。



犯罪加害者に対して甘い、ということをいいたいのではありません。そうではなくて、加害者の立場でも考えてみよう、加害者の家族の立場でも考えてみようという、一見、理知的で思慮深い態度の危うさをいいたいのです。もちろん事件をあらゆる角度から検討し、その全体像や問題のありかを突き止めようとする努力が大切なことは大前提です。



2015年2月20日未明に多摩川の河川敷で、少年3人が仲間の少年の首や顔をカッターで何度も切るなどして殺害するという事件が起きました。いわゆる川崎中1殺害事件です。思い出すのも辛い凄惨な事件です。しかしこの8月23日、埼玉県東松山市の都幾川河川敷で、また再び同じような事件が起きてしまいました。26日現在、犯行に加わったとして5人の少年が逮捕されています。



少年たちの救いようのない蛮行はなぜ繰り返されたのでしょうか? それは彼らのなかで現実が軽いものになってしまっているからだと思います。取り返しがつかない、泣いても喚いても自分が死んでも親が死んでも取り返しのつかないことが世の中にはあるのだということが、ほんとうにはわかっていないのです。



そしてそうなってしまった原因の一部は、モノゴトを相対化して考えるという、最近とくに顕著な傾向にあります。みんな評論家みたいなことをいいたがる、といえばおわかりいただけるでしょうか。さらにその誰かの評論家みたいな言葉をサンプリングして自分の考えだと思い込むのです。



そのようにして相対化していった結果、当事者たちの生身の姿は消え、現実の重みが失われていきます。先ほど「加害者の立場でも考えてみよう、加害者の家族の立場でも考えてみようという、一見、理知的で思慮深い態度の危うさ」と書いたのはこのことです。もちろん、もちろん、もちろん、モノゴトを相対化して考えるのは、いうまでもなく、自分の意見をもつためにたいへん大切なことです。



現実の重さがわかっていないからといってもっと厳罰主義でいけ、といっているわけではありません。また、高畑淳子に同情はいらない、といっているわけでもありません。このままでは事件の重大さや意味がほんとうにはわからない社会になってしまうのではないか、と不安なのです。



ですから、たとえば高畑淳子の謝罪会見を1時間見たとするなら、それの何倍かのパワーをかけて被害者に心を寄せ、その痛みや苦しみ、悲しみや怒りを感じとらなければならないのだと思います。「加害者の立場でも考えてみよう、加害者の家族の立場でも考えてみよう」ということの前にそれが必要なのに、忘れられがちになっています。



もうひとつ。これも昨日のブログに書きましたけれども、今日の高畑淳子の記者会見では、高畑裕太について、おそらく境界性パーソナリティ障害だとか発達障害だとかという告白がされるのだろうと思います。付け加えますと、そのことと刑事責任能力の有無はまた別の問題です。



テレビのバラエティ番組の出演者には、そうしたタイプ、あるいはそうしたタイプを装っていると思われるタレントが何人もいます。“キワモノタレント”とかいわれる人たちです。注釈が多くなりますけれども、そういう人たちをテレビに出すな、というのではありません。本人の意思があり、仕事としてやり通せる見込みがあればどんどん活躍してもらいたいと思います。



しかし、おもしろい、おもしろい、と囃し立てていても、そこにはやはりリスクがある場合があります。いやなたとえですけれども、そうしたタレントがある日突然、精神のバランスを激しく崩して自殺してしまったら、と考えてみてください。いったい私たちはなにを笑っていたのでしょう、ということになります。高畑裕太の起こした今回の事件は、社会的に見れば一種の自殺行為です。私たちは高畑裕太のなにを支持していたのでしょう? これはもう、岡村隆史(46)が長期療養したときから何回か指摘してきたことですけれども。



またまたいやなたとえで申しわけありません。犬をからかって遊んでいるつもりで突然ガブリと噛まれ「コイツ本気で噛んだんだよー」と叫んでいる意地悪な子どもの連想がアタマから離れません。



これについては、タレントの所属するプロダクションに責任があります。Wikipediaで高畑裕太の所属する「石井光三オフィス」のページを開くと、「所属タレント」のなかの〈俳優・女優〉リストのトップに高畑裕太の名前があります。売り出し中かつ稼ぎ頭、ということなのでしょう。いくら需要がある、キャラクターが立っている、とはいえ安易なタレント管理をした責任は重いと思います。今後、こうしたタレントの扱いにはテレビ局も慎重になることでしょう。



えっ? ああ。ただいま通りすがりの知り合いから指摘がありました。高畑淳子の謝罪会見は、正午からではなく、このあと午前9時からだそうです。どちらにしても、全国の視聴者に謝罪の気持ちを伝えたいという気持ちが伝わる時間帯です。「コーヒーはおかわりできるが、人生はおかわりできないんだぞ!!」by清水大敬。(了)



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2016年8月25日木曜日

激しくキナ臭い、夏目三久「妊娠騒動」の謎に答える



高畑裕太(22)の事件のことは考えたくもない。強姦致傷というのは、ほんとうに人として最低の行為である。暴行致傷あるいは暴行傷害、というのならまだ想像できる。喧嘩になり、つい殴ってケガをさせてしまったら暴行致傷である。しかし強姦致傷というのは、暴力で相手の抵抗を奪っておいて犯すのである。弁明の余地がない。これ以上この事件を、芸能マスコミがとりあげるのもいかがなものかと思う。



明日(2016年8月26日)、高畑裕太の母親の高畑淳子(61)が謝罪会見を開くらしい。あるいは境界性パーソナリティ障害というような告白がされるのだろうと思う。しかしそれと刑事責任能力の有無とはまた別の話である。高畑裕太は絶対に超えてはならない一線を越えてしまったのである。ヤンチャだとか天然だとか超肉食系だとか、そんな言葉で語られるものとはまったく次元が違う。これをおもしろおかしく取り上げてはいけない。



で、いらないとところではしゃぐのに、いわゆる大物から圧力をかけられると見事にピタリと口をつぐむのも芸能マスコミ、とくにテレビの報道である。たとえば『日刊スポーツ』(2016年8月24日号)が1面トップでスクープしたはずの夏目三久(32)妊娠のニュースは、その後どこのテレビ局もまったく取り上げていない。あ、有吉弘行(42)との熱愛報道、というべきなのか? ひどく似合わないけれども。なぜ取り上げられないのであろうか? 『LITERA』(2016年8月24日配信)はこう書いている。



《ではなぜ、芸能マスコミは後追いしないのか。ワイドショー関係者や日刊以外のスポーツ紙記者に取材したところ、こんな答えが返ってきた。

「夏目と有吉は密会現場もおさえられていて、結婚に向けて交際しているのは間違いない。妊娠も断定できないが、可能性は高い。だが、夏目の所属事務所が『事実無根』と言い張り、マスコミに『絶対に報道するな』と圧力をかけているんだ。テレビはもちろん、他のスポーツ紙も事務所のGOが取れないため身動きができなくなっている」(スポーツ紙記者)

夏目が所属しているのは、SMAP独立騒動でも暗躍した芸能界の重鎮・田邊昭知氏率いる田辺エージェンシー。たしかに、田辺に圧力をかけられたら、今の芸能マスコミが報道できるはずはないだろう》



芸能マスコミ、とくにテレビなんてそんなものなのであろうと思う。田辺エージェンシーの芸能界での位置については、『サイゾー』グループの『ビジネスジャーナル』(2016年8月25日配信)が、“芸能事務所関係者”の以下の証言を紹介している。



「戦後の日本の芸能界発展の功労者として、今でも業界内で絶大な力を持っている人物が4人います。ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長、オスカープロモーションの古賀誠一社長、バーニングプロダクションの周防郁雄社長、そして田辺エージェンシーの田辺昭知社長です。もちろん各社は仕事を取り合うライバルである一方、4人はこれまで芸能界を支えてきた“同志”として結束が強く、今でも定期的に食事をする間柄です。そのなかでも田辺さんは一目置かれた絶対的な存在であり、現在のテレビ界をはじめとする芸能界に大きな影響力を持っています。そんな田辺エージェンシーからの“本気の要請”を断れば、大手芸能事務所全社を敵に回すことになる。テレビ局側としては、受け入れるほかに選択肢はないでしょう」



まあ、4人組かなにかは知らないけれども、ともかく芸能プロダクションに圧力をかけられたとたんに黙ってしまうテレビ局の弱腰にはウンザリしてしまう。で、その後の事実関係としては以下の通り。



◆8月24日23時:有吉弘行が所属する太田プロダクションが《取材に対し、有吉本人に確認したことを説明した上で、「事実無根」と報道を全面的に否定した。 〜略〜 夏目の所属事務所は「担当者が不在」として対応はしなかった》(「デイリースポーツ」2016年8月24日23時1分配信)

◆8月24日23時:有吉弘行が23日午後9時15分からほぼ丸1日ぶりにTwitterを更新「これを狐につままれたような気分というのか。。。」

◆8月25日0時:《夏目の所属事務所(田辺エージェンシー)が24日、スポニチ本紙の取材に、交際、妊娠のいずれについても「事実無根とはっきり申し上げます」と話した》(「スポニチアネックス」8月25日0時40分配信)



スクープのその日のうちに田辺エージェンシー、太田プロダクション、そして有吉弘行が全面否定したのである。全面否定しても、もし妊娠しているのならそのお腹の子どもはどこへいくのだ、というお話である。



まったく発言していないのは夏目三久だけである。であるから、こうなってくると、今回のスクープは有吉弘行との結婚を目論む夏目三久側のリークによるもの、スタンドプレーであると考えるのが最も合理的ではないか、という空気になってくる。実際の妊娠の有無は不明だけれども、それは熱愛という話だけでは大きな記事にはならないと踏んでのつくり話かもしれない。



あるいはもうひとつ、夏目三久と有吉弘行との仲を完全に引き離すための田辺エージェンシー側の狂言、という見方も考えられる。私としてはこちらのほうがありそうかな、と思う。申し上げておくけれども、まったく無責任な面白半分、当たるも八卦ではある。しかし“妊娠”というのは、いくら結婚に持ち込むための策略とはいえ、そう軽々しく女のほうからマスコミに持ち込める話でもないと思うのである。で、結局、今後の夏目三久と有吉広行の関係はきわめて難しい状況に置かれてしまっている。



そういえば、今年3月末に夏目三久が急に『マツコ&有吉 怒り新党』(テレビ朝日)を降板したのも、田辺エージェンシー側が有吉弘行との関係を嫌ったからだと考えられなくもない。これに関連して、先ほども抜粋した『LITERA』(2016年8月24日配信)の記事にはこうある。



《夏目は日本テレビをやめてフリーになった際、田辺エージェンシーに所属したのだが、直後から、同事務所ではこれ以上ないような厚遇を受けてきた。

「田辺の力で大きな仕事をどんどんとってもらっただけでなく、その内容や働き方についても、夏目の希望はほとんど通るという状態でした。今の『あさチャン!』司会も田辺が夏目のためにTBSにごり押しして番組をやらせたといわれています。しかも、この厚遇は、会長の田邊さんの肝いりだった。田邊会長は日本テレビ時代から夏目のことを目にかけており、事務所に所属させた後もすごくかわいがっていた。その寵愛ぶりに一時は愛人説まで飛び交ったほどでした。もちろん、年齢を考えたら、それはありえませんが」(芸能関係者)

ところが、今年初めころ、その夏目が有吉と交際し、結婚したがっているという情報が入ってきたのだという。この時点ではまだ妊娠というような話ではなかったが、それを知った田辺側は激怒して、交際そのものに猛反対したらしい。

「毒舌芸の有吉との結婚ではイメージが崩れると猛反対したようです。夏目はちょうど、今年3月に、夏目が有吉と共演していた『マツコ&有吉怒り新党』(テレビ朝日系)から急に降板したでしょう。最終出演当日の発表で、非常に不自然でしたが、これも田辺に引き剥がされたのではないかといわれています」(前出・芸能関係者)》



「もちろん、年齢を考えたら、それはありえませんが」って、甘いなー、あま〜い!! 『LITERA』。男は死ぬまでエロいのである。女と違って死ぬまで生殖可能性は保持しているのである。ああ、田辺昭知(77)、夏目三久が独立するときに面倒を見て、これからもそのままの関係を続けていたいと思ったものの、とうとう夏目三久のほうが嫌気をさしてきて、慌ててそれを引き止めにかかった、というところなんじゃないのー。結局はジジイの未練話なんじゃないのー。ジジイの嫉妬、ジジイの錯乱、怖いなー。



そういえば、田辺昭知が嫁の小林麻美(62)を今年7月にファッション誌で復帰させたのも、離婚への布石、夏目三久との妻の入れ替え大作戦の第一歩だったんじゃないのかなあ、と思ってしまうのである。子どもももうすっかり成長しているはずだし。



あー、あー、そういえば夏目三久と小林麻美は、どこかタイプが似ているのである。姿形などもそうではあるのだけれども、はっきりいわせていただくと、マゾヒストの匂いがするのよん。たいへん失礼なもののいいぐさで恐縮である。でも見る人が見ればすぐわかるわよん。で、これもあくまでも噂であるれども、それは田辺昭知の絶対的好みのタイプであるらしいのである。



あー、あー、あー、それで夏目三久のお相手は変態の有吉弘行なのねん。わかったわよー。男はいつまでもエロなうえに、とくにサドって何歳になってもサドりたがるしぃ。あー、田辺昭知、晩年は夏目三久を可愛がって……、なんて鼻の下を伸ばしていたに違いないのである。わかったわよー。これで完全に読めたわよん。妄想だけど。少しはイヤな事件のことを忘れられてよかった。あれ? こっちもイヤな話か。(了)


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2016年8月24日水曜日

ニッポンてこんなもの? リオの東京プレゼンテーション、最悪!!



リオデジャネイロオリンピックの閉会式(日本時間2016年8月22日8時〜)からほぼ丸2日経とうとしている。トホホな気分は消えない。トホホなのは次回開催都市・東京への引き継ぎ式、「フラッグハンドオーバーセレモニー」というヤツと、続いてのプレゼンテーションである。なんというのか、見事なまでに自覚、思慮、中身がない。ああ、いまのニッポンはこれなのだなあ、と深く納得しつつトホホである。



まずはフラッグハンドオーバーセレモニーで流された音楽である。プレゼンテーションにかかわるクリエイティブスーパーバイザー、椎名林檎(37)の『望遠鏡の外の景色』である。モノゴトを深く捉えることができず、ただ直感的にセンセーショナリズムをくすぐることしかできない椎名林檎なので、やらかすとは思っていたけれどもやらかしてくれた。えっと、先に書いておくと、私は椎名林檎が大嫌いである。椎名林檎ほど“ロック”という概念を自分に都合よく隠れ蓑に利用している輩をほかに知らない。



『望遠鏡の外の景色』は野田秀樹(60)演出の舞台『エッグ』のために書き下ろされた曲である。『エッグ』については『LITERA』(2016年8月23日配信)に少し詳しく書いてあるので、その抜粋をご紹介させていただきたい。



《〜『エッグ』という舞台は、1940年の幻の東京オリンピックを戦争とナショナリズム発動の装置として批判的に描いた内容だったからだ。しかも、舞台は途中で1940年代の満州に移り、731部隊による人体実験まで描かれるという踏み込んだものだった》



感覚を頼りにうわべエッジのきいたイメージだけを弄ぶ椎名林檎の誤摩化しのグロテスクさに辟易する。まるでやたらと触覚の長い昆虫のようでもある。2012年のロンドンオリンピック開会式でもフィルムショーでちょろっとザ・クラッシュの『ロンドン・コーリング』やセックスピストルズの『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン』が流れてたからOKなんじゃなーい? ってか。ああ、目に浮かぶ。



感覚を頼りにうわべのイメージだけを弄ぶ、というのは平たくいうと、「これとこれをくっつけたらカッコいいんじゃない?」でカンタンに一丁上がりにしてしまうことである。海外音楽の模倣に終始してきたニッポン大衆音楽の、もはや伝統のお家芸である。オリジナリティ? なにそれ、である。



しかししかーし、わがニッポンの「これとこれをくっつけたらカッコいいんじゃない?」精神は、続いて流された『君が代』でさらにさらーに強烈に発揮されたのである。



中継でお聴きになって、いつもと違う感じを受けた方も多いと思う。いつもと違ったのは、なんとそれが『君が代』であるにもかかわらず、コーラスの和声進行が古典的な賛美歌なのである。賛美歌。キリスト教音楽。あんたバカなんじゃないの(by出川哲朗・52)、である。『君が代』といっておいて、元ネタがキリストさま、マリアさまを讃えているのではお話にならないではないか。



この『君が代』の編曲は三宅純(58)である。3000曲以上も作曲したという「CMの王様」であり、制作手法はハイブリッド=「これとこれをくっつけたらカッコいいんじゃない?」である。ニッポンはいつからキリスト教国家になったのであろう? くっつけるにもほどがある。 ニッポンなんてこんなもん? あーイヤだイヤだ。



と、冒頭でほぼ絶望の淵に立たされてしまったのだが、次に目にしてしまったのが、安倍晋三首相(61)のスーパーマリオである。渋谷から土管を潜ってエスタジオ・ド・マラカナンに現れたのだそうである。一部には土管から登場してからスーパーマリオのコスチュームを外しにかかるまでのタメが足りない、という批評があったけれども、なにをいっておるのか、である。そんな批評でお茶を濁してはいけない。



安倍晋三スーパーマリオの発想は、誰がどう見ても2012年ロンドンオリンピック開会式からの丸パクリではないか。同じ年に公開された007シリーズ第23作『Skyfall』のパロディ。ダニエル・クレイグ(48)とエリザベス女王(90)によるスカイダイビングの完全な二番煎じであろう。忘れていたとはいわせない。あちらが007ならこっちはスーパーマリオ。目に浮かぶ。しかし、それにしてもどうしてこうロンドンオリンピックばかりを見ているのであろう。そうか。もうそれ以上さかのぼってリサーチするのさえもメンドくさいか。そうかそうか。



しかもあちらはバッキンガム宮殿からヘリで会場上空へ、そしてスカイダイブという絢爛豪華さ、派手さなのに、こちらはサバンナ八木真澄(42)を思い起こさせるアニメの穴掘りである。あー、貧乏くさい。イヤだイヤだ。ところでここのところのくだりでいちばん気になっているのは、一部でいわれている「安倍マリオ」という囃し方である。この「アヴェ・マリア」に引っ掛けたとも受け取れる洒落は、さっきの賛美歌『君が代』への皮肉なのであろうか? そんなワケないか。



あっれー!! 夏目三久(32)、妊娠だってよ。夏目三久っていっつもコンドームもち歩いている印象なんだけどなあ(by子どもの父、有吉弘行・42)。いやー、こっちもハイブリッドだなー。異種交配。「これとこれをくっつけたらカッコいいんじゃない?」。



そういえば夏目三久、4月にまぶたを腫らしていたけれども、妊娠するとまぶたも腫れるのか? いやいや、ニュースによると

《〜夏目は14年からTBS系帯番組「あさチャン!」の司会を務めている。同番組は体調を見ながら続け、最長でも来年3月に降板する予定》(「日刊スポーツ」2016年8月24日3時0分配信)

なのである。最長来年3月まで、なのであるから、妊娠はもっと最近である。早めのこの時期の発表になったのは、おそらく例の高畑裕太(22)の事件にほどよく紛らそうという魂胆に違いないのである。あざといのう。



うーん、と夏目三久は『マツコ&有吉の怒り新党」(テレビ朝日)を3月いっぱいで降板していたのである。つまり〈3月:共演番組なくなる〉→〈4月:まぶたがはれる事件発生〉→〈6、7月くらい:妊娠〉である。



あるいは「最長来年3月まで」という縛りがなければ、4月のまぶたの腫れは産む! 産むな!! の大喧嘩なのだろうけれども……。そういえば結婚は未定だというし、たぶん、今回の情報は夏目三久側からのリークで、有吉弘行としては、ほんとうは逃げたいのであろうのう、と邪推するのである。とにかく夏目三久、と有吉弘行、メンドくさそうな感じの2人である。たぶんあまり人は近づかない。



おっと、で、話を戻そう。リオデジャネイロオリンピックの閉会式中継を見ていて安倍マリオまできたところで、おおげさではなく、絶望と落胆のあまりほとんど息も絶え絶えになってしまっていたのである。もう、ゲンナリ萎れていたのである。このままではどうなることか。ニッポンはどうなることか。



ところが、ダンスパフォーマンスがはじまると、予想外にも少し息を吹き返したのである。光るワイアーフレームの立方体だとかAR(Augmented Reality=拡張現実)だとかで、ハイテクイメージの演出がさかんにされていて、しかし中身は空っぽだったからである。PerfumeとBABYMETALで名を馳せた振り付けのMIKIKO先生(39)も出る幕なし。



とにかく見ていてスッカスカのスッカラカンでラクだったのである。技術だけがあって哲学はゼロ。語るべき物語を見つけられていない。悲しみと怒りに打ちひしがれていた心には、それがかえって爽やかな癒しの時間だったのである。いいよー、これがニッポンなんだよなー、まったく。



いいの、いいのである。また「これとこれをくっつけたらカッコいいんじゃない?」でテキトーな物語をデッチ上げられるほうがたまらない。もちろん、スポーツは生きた人間の精神と肉体が競い合うものであるから、いかにもまにあわせの無機質なハイテクばかりが前面に出ててくるなどとてもチグハグなのである。チグハグなのだけれども、いいの、いーの。気分はラクになったのであるから。



とはいえ一方では、マスコミはすべからくこの奇態なプレゼンテーションを褒めそやしているのである。程度の悪いパクリと無自覚、無定見の産物に、モロ手を上げて「素晴しかった」の大合唱である。そして考えてもみてほしい。こんな箸にも棒にも掛からない翼賛報道がこれからあと4年間も続くのである!! どうしよう? なんだろう? なんなんだよう? ニッポン!! なんなんだろうニッポン!! なんなんだようニッポン!!



気がつくと私は埃まみれの床に突っ伏し、ハラハラと大粒の涙を流していたのである。アーメン。(了)



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2016年8月23日火曜日

メリー喜多川ババアに愛の手を!! オレにはできんが



メリー喜多川(89)という人物を、私は嫌いではない。もちろんそれは直接かかわりをもたず、ただ遠くから眺めていればおもしろいからで、これが身近にいたとしたら3日ともたない。早々に張り飛ばして出奔してしまう自信がある。おお、老婆に手を上げるなんて、なんて乱暴なことを。



しかしほんとうの話、どうしても理屈の通らない人間というものはいるものである。まるで言葉が通じない、というやつである。裸の王様、暴君といわれようといっこうに気にしない。自分の考えややりたいことはいっさい、微塵も曲げないし妥協もしない。そしてその結果、どんなに人を苦しめることになろうと、不幸が訪れようと一顧だにしないのである。こういう人物は世の中にかなりの割合で存在している。



ではメリー喜多川の場合は、人と衝突し、粉砕し、押しつぶしてまでなにをめざしているのであろう? バカバカしいほど単純である。「自分がいちばんエラい」である。それでどうなるこうなる、ということではなくて、なにはともあれただただ「自分がいちばんエラい」である。メリー喜多川の行動はすべからく「自分がいちばんエラい」ことの確認か誇示かのために行われている。



たとえば、故森光子(享年92)の遺産相続の話である。森光子は生前、自分が死んだら遺産の一部をメリーに預けるという約束をしていたらしいのである。で、メリーはこれに自分のポケットマネーを足してジャニーズの保育所だかなんだかを設立する、という話になっていた。ところが森光子が逝去すると、あろうことか本人の遺言によって、その遺産は東山紀之(49)に相続されたというのである。



メリー喜多川、烈火のごとく怒ったのだそうだ。で、葬儀の席で弔辞を読み上げたのは近藤マッチ彦(52)であった。誰もが予想した森光子とは「友達以上、恋人未満」の東山紀之ではなかったのである。とうぜん保育所だかなんだかの話もなし。はなはだ不謹慎ではあるが、やたらめったらにおかしい物語である。いくつになっても生臭く、かつ稚児のごとき老婆2人の物語である。橋田壽賀子(91)でドラマ化してもらいたいくらいのものである。主要登場人物全員、座ったままでピクリとも動かずに成立する。



メリー喜多川、森光子の遺産などどうということもない資産家であるのだから、要するにメンツを潰されて怒っている、というふうにいわれているのである。メンツ? 故人と2人の私的な約束事にメンツ? 違うのである。これはメンツの問題ではなくて「自分がいちばんエラい」のにウソをつかれていたから怒ったのである。私を誰だと思っているのだ!!



そうそう、話に出てきた近藤マッチ彦についても同じことがいえるのである。近藤マッチ彦はいまジャニーズ所属タレントのトップである。それでまあ、おかげさまでたいした仕事もしていないのに去年の「NHK紅白歌合戦」では『ギンギラギンにさりげなく』で白組のトリを務めたのである。こうした厚遇ぶりはずっと以前からで、しかもいささか尋常ではないのである。例の2015年1月の『週刊文春』のインタビューのなかでも、以下のやりとりが報告されている。



《「うちの事務所のことわかっているの? うちのトップはマッチです。SMAPじゃありません。失礼なこと聞かないでください。飯島、うちのトップは誰!?」
「近藤真彦です」》



“飯島”と呼ばれているのは、当時SMAPのチーフマネージャーであった飯島三智(58)である。インタビューの途中で突然呼びつけられ、その場に駆けつけていたのである。メリーはその飯島美智の口から“トップは近藤真彦です”といわせているのである。そこには、「自分がいちばんエラい」のに、当代人気ナンバーワンのアイドルSMAPを育て上げた飯島三智への強烈な嫉妬があるのである。



さらにメリー喜多川は、このインタビューの締めくくりの部分で、近藤マッチ彦の母親との生前の交流を、あらためて文字通り涙ながらに語ってもいるのである。近藤マッチ彦が“ジャニーズ事務所の長男”と評されているのも、あながちうわべだけのお話しでもないのである。



えっと、そこへいく前に、ちょうどこの2015年1月の『週刊文春』インタビューの飯島三智とのくだりの直後に、今回の飯島三智追放→SMAP解散のもともとの原因となった話が出てくるので、ご紹介しておきたい。



《「ほんと不愉快。じゃあ飯島のところの会社、調べましたか。役員は誰ですか」
飯島氏の会社とは、ジャニーズの関連会社「ジェイ・ドリーム」のことである。主にSMAPなどの映像作品の制作・管理を行っており、代表取締役はジャニー氏。飯島氏が唯一、取締役に名を連ねる会社である。

――社長はジャニー氏。飯島さんは取締役です。

「また問題が起こったよ、飯島さん。ジャニーはクビにしたほうがいいんじゃない? だって、ジャニーは給料もらったことないし、書類も見たことないじゃない。会社も行ったことないじゃない?

私は飯島に言っているんです! ジャニーは会社に行ったこともないから、クビにすればと言っているんです。でも、それをあなたたちに『いい、悪い』と言われることないですよね。

私、飯島に初めて本気で怒鳴っています。何で私が社員と対立しなきゃならないんですか。それだけでもすごい失礼だと思うの。言葉遣いをもうちょっと考えてよ。私に失礼よ。

飯島に関しても私の管理の仕方が悪いんですよね。だから、みんな勘違いしちゃう。うちの娘と飯島が争うなら私は飯島に『出ていけ』と言うしかない。だって、飯島は私の子供じゃないんだもの。

皆さんの前で言います。ジャニーには(飯島氏の会社を)辞めさせなさい。私が迷惑するから。だって、ジャニー、自分が社長になっているの知らないんだもの。(飯島氏の)知らないところで言うのイヤだから。もし本当なら、SMAP全員呼んで話そうと言います。それぐらい大変なことなの》



関連会社「ジェイ・ドリーム」が設立されていたことにメリー喜多川はある日気付いたのである。で、代表取締役になっている弟のジャニー喜多川に、これはいったいどういうことであるか、と問いつめたのである。するとジャニー、あろうことか怖さのあまり自分はなにも知らない、と答えてしまったのである。実際はジャニーズ事務所の将来を考え、SMAPと飯島美智が仕事しやすいように、とジャニーが設立させたのにもかかわらず。あるいは、メリーに対抗してジャニー派を固めようとしていたにもかかわらず。



ともかく、アタマが上がらない姉ちゃんの怒りから逃れるために、ジャニー喜多川、咄嗟にとんでもないシラを切ってしまったのである。このあたりのところは『SMAP解散騒動の全内幕』(常田裕、宝島特別取材班宝島社/宝島社、2016年3月28日発刊)に詳しい。



さて、メリーとしては、そんなことを聞かされれば、さては飯島三智、よくない企みをしているな、となってあたりまえである。「自分がいちばんエラい」メリー喜多川は嫉妬心に加えてさらに疑いと怒りの虜になり、飯島三智をあからさまに目の敵にしはじめたのである。



あ、そうそう。例の“SMAPを連れて出ていけ”発言はこれの前に飛び出している。もう、ついでなので、そこのところもご紹介してしまおう。



《「〜飯島を気にしている人はいっぱいいますよ。みんな。この人、怖いから。私の真似して私と同じように怖いの。私が怖いのとは違うと思うんですけど」

さすがに飯島氏が割って入った。

「ちょっと言わせていただくと、私が怖いという問題でなく、そのテレビ局の方が気にしているというのも、又聞きやネットとかの噂を真に受けている可能性があるのではないですか。私、一切そんな話をしたこともないですし、私にとっても名誉毀損になると思うんですよ」

飯島氏は“無実”を主張する。その発言にかぶせるようにメリー氏は、

「いや、すごい問題ですよ。だから、この人を呼んでいるのは、私、何にも(根拠)なしにね、『飯島、こういう噂だから、あんたクビだよ』と言うことはできない。今、ここでこういう話を聞いているから、飯島、私はこう言いますよ。『あんた、文春さんがはっきり聞いているんだから、対立するならSMAPを連れていっても今日から出て行ってもらう。あなたは辞めなさい』と言いますよ。」》



うむ。メリー喜多川の行動はすべからく「自分がいちばんエラい」ことの確認か誇示かのために行われている、そして、近藤まっち彦が“ジャニーズ事務所の長男”と評されているのも、あながちうわべだけのお話しでもない、というお話に戻ろう。ああ、ほんとうにジャニーズの話は長くなる。長くなるので、いつも肝心の結論部分でゼンマイが切れてカンタンに終わらせてしまう。



たとえばSMAPを分裂させたり解散させたりしても、事務所の経営的にはなんのプラスもない。売上は落ちるし評判も落ちる。マイナスだらけである。それでもメリー喜多川は「自分がいちばんエラい」ことを確認し、同時に周囲に誇示するために、それをやらざるを得ないのである。そこに私は信じ難いほどに膨れ上がったエゴ、というよりさらに一種のオブセッション(obsession=妄想。強迫観念)すら感じてしまうのである。



ここからは私の妄想である。オブセッション。メリー喜多川が「自分がいちばんエラい」、エラくなければならない、というオブセッションを抱え込んだのには、たぶん子ども時代の家族関係が影響しているのである。メリー喜多川は長女であり、下に3人の弟がいた。いま残っているのはジャニーだけである。よくある話である。長女はただ長女というだけでワリを食うのである。弟たちに比べれば圧倒的な待遇の差がある。こうした傾向はいまもよくあるし、ましてやメリーの子ども時代は戦前である。理不尽な我慢を強いられていたであろうことはカンタンに想像できる。



誰も私のことなど気にしてくれない、誰も私のいうことなど聞いてくれない。であるから、メリーはいつか家族のなかで「自分がいちばんエラい」存在になりたいと願うようになったのである。で、メリーにとっての家族とはジャニーズなのである。



ここで近藤マッチ彦が“長男”といういいかたが重みを持ってくる。メリー自身の家族は作家の藤島泰輔(1997年歿。享年64)とジュリー景子(50)がいる。いるけれども藤島泰輔はメリーの専横を許すような男ではなかったし、3人家族では「自分がいちばんエラい」気持ちを投影できるほどの規模でもない。



で、疑似家族としてのジャニーズなのである。ああ、はしょってしまっているのう。まあ、とりあえず私の妄想ということでお許しをいただきたいのである。細かく詰めていくにはまだ資料も足りないし。



で、そういうわけなので、メリーにしてみれば理屈などどうでもいいのである。「自分がいちばんエラい」のに歯向かうヤツはただこひたすら許せないのである。反対に、なにかの拍子にヒョイと家族だと認めれば、それはそのまま裏切りでもされないかぎり、“目下の家族”として大切にされるのである。



ヒョイと認められてしまった“目下の家族”は、近藤マッチ彦んちと、木村拓哉(43)んちである。まあ、近藤マッチ彦と木村拓哉にしてみれば、大親分に見込まれてしまったようなもので、この先ずっと忠誠を捧げ続けなければならないのである。少しでも反発したと受け取られようものならとんでもないお仕置きが待っているのである。でもってその他大勢のジャニーズタレント、およびスタッフはそれらを目撃させられる親戚、くらいの位置づけになるのであろう。



したがって、メリー喜多川がある日突然に悔い改めて、ものわかりのいい、やさしいおばあちゃんになる、などということは絶対にあり得ないのである。誰がどういおうと、なにがどうなろうと、メリー喜多川はそういうふうにしか生きられないのである。死ぬまで。



妄想ではあるけれども、いまの私は確信をもってそのように思う。なぜそう思うかといえば、ごく身近にそういう、メリーにとてもよく似た人物がいたからである。姉である。もう縁を切ってしまったけれども。まあ、事情は理解できても、どうしても受け容れられないことはあるのである。えっ!! それなら弟のお前はジャニー喜多川か? という思いやり深いツッコミを、いま通りすがりの知り合いから、いただいたのである。あら? いやん。(了)



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2016年8月22日月曜日

リオ五輪を勝手に総括したらこんなことになってしまっただ



リオデジャネイロオリンピックの閉会式が、もうすぐはじまろうとしている。大会の規模はおおよそ以下の通りであった。



日  程:2016年8月5日〜21日(17日間)
競技種目:28競技、306種目
参加人数:205の国と地域、1万500人
開催費用:46億ドル(競技開催関連、最終見込み)、120億ドル(関連事業含む推計)
コンドーム:45万個(うち女性用15万個)を無償配布
潤滑ローション:17万5000個を無償配布



うむ。で、日本に住むわれわれは、このリオデジャネイロオリンピックも参考にさせていただいて、2020年の東京オリンピックを成功に導かなければならないのである。



まず直ちに取りかかりたいのはお祈りである。放射能汚染を理由に参加をボイコットされては恰好がつかない。安倍晋三首相(61)が3年くらい前にブエノスアイレスで福島は“under control”だとかなんだとかいったそうだけれども、それでも毎日のお祈りは欠かせないのである。ついでに森喜朗東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長(79)のご長命もお祈りしておこう。



もちろん、選手育成は日課である。とはいえ競技についてはよくわからないので、私がいささかなりとも口出しできるとすれば選手のコメント力の強化くらいのものである。自分の考えや感情をきちんと説明できないようでは、選手という前にオトナの人間として失格である。



泣けばわかってくれるなどというのは大間違いなのである。まずコメントをしっかり出して、それからの涙であるべきなのである。今回のリオデジャネイロでも野々村竜太郎(50)とほぼ同様の泣き方をしている選手がいたけれども、あれはもっともいただけない。泣きたいのであれば、少なくともザブングル加藤歩(41)の「悔しいです!!」をマクラに置くくらいの配慮は必要である。



で、コメントである。次回のオリンピック、東京大会では困難な課題をふたつも抱え込んでいるのである。ひとつは、あたりまえだけれども東京開催であること、もうひとつはコメントを受け取る側の感受性がひどく鈍くなっていることである。



受け手の感受性の問題では、たとえば女子マラソンで14位であった福士加代子(34)のゴール直後のコメントが、軽いとか品がないとか叩かれていた。そのときの福士加代子のコメントはおおよそ以下のようなものである。



「金メダル取れなかったあ! ほんとしんどかったあ! 暑いけどなんか、しんどすぎて、いろいろなことがしんどすぎて。でも金メダルめざしたから最後までがんばれました」

「マラソンはね、きついな。ここまでの過程も、レースも全部苦しいけど、オリンピックのマラソンは出るもんだね。楽しいよ。苦しいけど。もう泣きたい」



これにKYという表現を使って疑問を呈していた文章も見かけたのである。論外である。まずはその「KY」を止めろという話である。で、福士加代子という人、マラソンをやるくらいであるから負けず嫌いなのである。そしてそれが、だいたいは少し照れた出方をするのである。千鳥のノブ(36)ふうにいえばクセがキツい。



まあ、こんなことはわざわざいわなくても、ふつうにあのインタビューを見ていればわかるはずのことではある。福士加代子は負けてションボリもしたくなかったし、泣き言もほんとうはいいたくなかったのである。健気ではないか。そこを読み取ってやれない人間の前でコメントするというのは、たいへんにシンドイことなのだろうと思うのである。そんなヤツは放っておけばいいのであるけれども。



あっ! はいわかりました!! いま通りすがりの知り合いから、それは選手の育成課題ではなくて、観戦・応援する側の課題であろう、というご指摘をいただいたのである。おっしゃる通りである。



うむ。試合後の選手のコメントを聴く際に最も大切なことは、それが自分に向けて語られているなどとは決して思わないことである。あなたが選手の家族か親しい友人か親戚か恋人か恩師かぐらいでなければ、試合直後の選手のアタマのなかにいるはずはないのである。それを自分に向かって話しかけているのだなどと思う勘違いは、傲慢かつ厚かましいのである。



選手のコメントのなかで、たとえ“みなさん”などと呼びかけられても、調子にのってすぐに自分のことだと思ってはいけないのである。呼びかけられたときには、少なくともあなたが選手に要求すると同じ程度には謙虚でなければならない。そうすればおのずと「いえいえ、どういたしまして」「こちらこそありがとうございます」という感謝の念も湧いてくるというものである。直接に相対してはいなくても、「お互いさま」の気持ちが人間関係の基本なのである。



ついでに、これは選手の方に申し上げておくのである。「銅メダルを取ってなぜ謝るのか?」という議論があるけれども、どうしよう? といまから悩んでおられる方がいらっしゃるかもしれない。銅メダルを取ったらどうしょう? 好きにすればいいのである。選手にもそれぞれヤバい!! と思ったりザマーミロ!! と思ったりの都合や事情があるのであろうから、したいようにすればいいのである。



それでも咄嗟にどうしたらよいのかわからなくなった、というときには、とりあえず謝っておけばいいのである。どこから弾が飛んでくるかわからないご時世である。とりあえずは謝る。悪い、済まないと思っていなくても謝る。現状、銅メダルのくせに大きなツラをしやがって、ととんでもないことをいい出す輩はいるが、銅メダルを取って謝りやがって、と怒るヤツはまだいない。感受性のひどく鈍い人間も相手にしなければならないのであるから、しかたがない。



もうひとつ、コメントに関する次期オリンピックまでの課題は、東京開催にシフトした内容を用意しておくことである。たとえば「〇〇さんを手ぶらで日本に帰すわけにはいかない」といういいまわしがある。これは「日本」を現在の居住地域なり、生まれ育った地域なりにいい替えればいいようなものであるが、むしろただ「日本」をカットするだけのほうがよい。うむ。このところ食傷気味な台詞ではあったけれども、「〇〇さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」となると、また少し怪しい新鮮味がでてきてよい。



そしてついにコンドームの話である。リオデジャネイロでは45万個(うち女性用が15万個)が無償配布されたらしい。参加人数1万500人で割ると、1人42個。開催期間の17日でさらに割ると、1日2個づつ使って8個余る計算である。だからどうというわけではない。ただ、貧乏人は無性に割り算が好きなだけである。



それにしても45万個とはスゴい数である。なんとなく、これなら原子力エネルギーに頼らなくても大丈夫ではないか、という根拠のない錯覚すら抱く。抱かないか。それでは過去のオリンピックではどうだったのか、というと、だいたい以下のように推計されているようである。



◆2012年ロンドン大会:約15万個
◆2008年北京大会:約10万個
◆2004年アテネ大会:約13万個
◆2000年シドニー大会:10万個~15万個



つまり、リオデジャネイロでは、前回大会のロンドンの3倍ものコンドームが配られたのである。ブラジルとはそんなにセックスが盛んな国なのであろうか? いささか古いデータであるけれども、2004年にイギリスのコンドームメーカーが行った調査によると、ブラジルは年間平均94回で世界第10位であった。1位はフランスの137回。ということは、ブラジルは今回のリオデジャネイロオリンピックにあたって、そうとうな見栄を張ったのである。あ、日本は46回。週1に若干足りない。



それでは実際のところ選手村ではどーなの? みんなそんなにスゴいの? という疑問がわく。この点について『サイゾー』グループの『ギャンブルジャーナル』(2016年8月8日配信)は次のように書いている。



《2008年の北京五輪に出場したアメリカ女子代表のGKホープ・ソロ(35)によれば、オリンピックの会場では多くの性交渉が行われていたようで、「選手村は世界で一番ふしだらな場所」「人々が野外でしているのを見た。しかも、ビルの間に挟まれた汚い芝生の上でしゃがんでしていた」という"暴露話"もある》



「しゃがんでしていた」って、どういうふうにするのであろうか? また『産経WEST』(2016年5月30日配信)には以下の記述があった。



《かつて米国の人気女子サッカー選手が自国メディアのインタビューで「参加選手の70~75%が性交渉していた。規律がなければ、選手村は『巨大な気晴らしの場』になってしまう」などと答えたこともある。リオの夜はどんな盛大な“競技会”が繰り広げられるのか-》



この“米国の人気女子サッカー選手”は、たぶん前出の北京大会に出場したGK、ホープ・ソロだと思われる。というより、ホープ・ソロは北京の次のロンドン大会では金メダリストである。そして“美しすぎるGK”であると同時に、酒に酔って姉と17歳の甥を殴ったり夫に殴られたりしているバイオレンスな女である。それにしても『産経WEST』、「どんな盛大な“競技会”が繰り広げられるのか-」って、あまりにゲスいのう。



「参加選手の70~75%が性交渉していた」と乱暴者のホープ・ソロがいうのはほんとうなのであろうか? そんなことをいったら卓球女子団体の日本チームの場合はどうなる? 福原愛(27)と石川佳純(23)は完全に間違いない、と色眼鏡で見てしまうではないか。伊藤美誠はまだ15歳なのである。そうでなければ計算が合わない。



ともかくこのコンドームについてはまず、オリンピックの東京開催が決まった直後に開発された厚さ、というのか薄さというのか0.01mmの『サガミオリジナル0.01』または『オカモトオリジナルゼロワン』でお願いしたいのである。世界最薄である。サイウス。もちろんパッケージには五輪エンブレムと「under control」の文字が必須である。



で、サイズ表示を「minimum(極小)」から「small(小型)」までにしていただきたいのである。通常「extra large(特大)」といわれるサイズでも「small(小型)」表示にする。開催国にこのくらいのはったりは必要である。



で、太っ腹にも100万個くらい無償配布するのである。きっと東京オリンピック終了を待たずにヤフオクに大量出品されるであろうから、それを片っ端から落札して尿もれ防止のお守りとして転売するのである。汚染水を垂れ流さない、とかなんとか。でひと儲け。潤滑ローション? そこまで面倒を見てやる必要はないっ!!!!(了)



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2016年8月21日日曜日

芸能マスコミが無責任なのは、ほんとうは“芸能”がないから



思い起こせば今年の1月1日、『スポーツニッポン』が神田正輝(65)と三船美佳(33)との不倫密会をスッパ抜いたのであった。そう、当時、三船美佳は高橋ジョージとの離婚訴訟の最中であったので、れっきとした人妻であった。それで記事には、舞台となった大阪のホテルにタクシーで現れた神田正輝はさらに付近を1周してからホテルに入り、上階に消えていった、とたいへん具体的かつ詳しく記されていたのである。



しかし!! その記事の最後は、天国にいる三船敏郎と石原裕次郎も二人を応援しているに違いない、みたいな、ワケのわからない締めくくりになっていたのである。なんだそれ? 応援するのであればまずはお前が書くな、である。



ほんとうに今年はいろいろあったのである。ベッキーとゲス川谷の不倫騒動では、『週刊新潮』(2016年2月25日発売号)が、ベッキーが日本ユニセフに多額の寄付をしていてそれで学校が5つも建った、と報道したのである。



しかし!! その直後、日本ユニセフ側から個人の寄付履歴を明らかにすることは絶対にない、という異例の発表がなされたのである。つまり『週刊新潮』にも知れるはずはないということである。なのに記事が出たのはどうしてなのであろう?



ああ、そういえばその『週刊新潮』(2016年3月24日発売号)にゲス不倫をバラされた乙武洋匡(39)んちでは、夫婦揃って謝罪文を発表したのである。洋匡が「失った信頼を回復するのは決してたやすいことではありませんが、いま一度、自分を見つめ直し、家族と向き合っていく所存です」と書き、妻は「3人の子どもたちのためにも、あらためて夫婦ともに歩んでいくことを強く決心致しました」と記したのである。



しかし!! にもかかわらず、それからわずか3ヵ月も経たないうちに乙武んちの夫婦は別居してしまっていたのである。いろいろな報道を総合すると、不倫疑惑報道→謝罪文発表から、たぶんわずか1ヵ月後くらいである。なぜだろう?



おかげさまでこちらのあまりよくないアタマは、あちこちで難問に行き当たりはね返されてコブだらけなのである。そういえば、センテンススプリング(2016年8月17日発売号)がジャニーズ事務所の顧問、小杉理宇造(69)に取材をして、 香取慎吾(39)と草彅剛(42)は「昨日今日に始まったことではないんです。僕たちは15年前にもう壊れていたんです。でも、そこから10年やり続けた。それを理解してください」と語ったという記事を書いているのである。



しかし!! 小杉理宇造、ジャニーズ事務所の顧問なのである。バリバリのメリー喜多川(89)派である。あの、あまりにも無惨な中森明菜(51)金屏風謝罪会見を仕掛けたといわれている人物なのである。今回に限ってセンテンススプリングが真に受けているのはなぜなのであろう? そして15年前−やり続けた10年=あまりの5年、はSMAP、どうしていたのであろう? センテンススプリングにはちゃんと書いてあるのか?



そんなこんなを考えていると、まことに芸能マスコミとは頼りにならないものだ、という感慨に行き着く。あまりにもカンタンに外部のチカラに取り込まれてしまう。ウソも承知で書く。テレビにいたっては独自の取材さえ放棄している。スポーツ新聞の場合はガセが多いし、ガセではなくても、なにか意図するところがあっての紙面化が目につく。こちらには、とりあえずは疑ってかかる習性が身に付く。



それはそれで芸能界全体がリアリティショーみたいでおもしろい。おもしろいのだけれども、そのいっぽうで大衆操作らしきことが軽々と、いともやすやすと行われていることに寒気を感じたりもする。これからの一例を予告しておくと、もうすぐHey! Say! JUMPとSexyZoneの露出が急激に増え、グループメンバーのエピソードなどもどんどん流布されるようになるであろう。ジャニーズ事務所は次のスターを早急に育てなければならない。



で、イヤーな気分になる。どんどん情報を与え、マスコミにフィーチャーされれば人気は出るものだ、という定石ができあがっているようであるからだ。ライフスペースの高橋弘二(78)ふうにいえば“定説”である。なめとる。しかしアイドル商売半世紀以上の老舗、ジャニーズ事務所がそう信じているのであるから、実際にもそうなのであろう。



そして新しいスターの登場によって上書きをされてしまったかつてのスターたちは、これまたあっけなく忘れ去られていくのである。マスコミを使えばスターをつくるのも消すのも自由自在。少なくともメリー喜多川のアタマのなかはそうなっているようなのである。



しかしこれではあまりにつまらない。芸能批評が成立する余地もない。まともに書こうとすれば、芸能マスコミと芸能プロダクション、放送局、広告代理店のあいだのパイの奪い合いみたいな記事にしかならないであろう。まあ、その前にメジャーには批評に値する個々の作品がない!! という戦慄すべき事実があるのだけれども。



ああそうか。マスコミを使えばスターをつくるのも消すのも自由自在、になってしまうのは、心に深く突き刺さってくる作品や飛び抜けてすぐれた芸能者がいないことにも理由があるのである。困ったことである。



で、絶望的な気分に襲われてやけっぱちの、極端な話になる。最近ときどき思うのだけれども、日本人というのはあまり芸能を必要としていない民族、まあ民族であるとして、ではないのだろうか? たとえば、私たちの先祖がつくり出してきた楽器の種類や数は、西欧やアフリカの人々などと比べてずいぶん少なく、かつ日常的ではなかったような気がするのである。1日の終りにみんなで軒下や庭に集まって歌い、踊るなどという習慣もなかった。



休息のひととき、なにをしていたのかといえば、たぶんじっと座って鳥の声や虫の鳴き声、風の音などに聞き耳を立てていたような気がする。それらを楽しんでいたと思うのである。



であるからして、私たちはいわゆる芸能の楽しみというものがほんとうにはわかっていないのではないかと疑うのである。うーんと、ほとんど色恋沙汰ばかりをテーマにする流行歌に人生の喪失感までも重ね合わせてしまう聴き方は、鳥の声や虫の鳴き声に気持ちや心情を託す聴き方とそう違わないのではないか? と思ったりもするのである。



というわけで、芸能への関心はもっぱらゴシップに向かい、芸能は大人の金儲けの道具に成り果てるのである。若者の音楽が若者の金儲けのためにあるのなら、もう少しは応援したくなるかもしれないけれども。ああ、また頭が痛くなってきた。今日も眠る前に少し、隣の部屋から妖しげな気配が漏れていないか、静かに聞き耳を立てる日本の私である。(了)



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2016年8月20日土曜日

オリラジ「変態写真集」のカメラマンは、そうとうダメなヤツ



“変態写真集”を出す、と予告して反発をかったオリエンタルラジオの初写真集『DOUSEI-ドウセイ-』についての、撮影者・青山裕企(38)および担当編集者の釈明が情けない。写真集の内容は、『J-CASTニュース』(2016年8月19日配信)によるとおおよそ以下のようなものらしい。



《ツイートの投稿画像を見ると、今回の写真集には、「腐女子」向けのボーイズラブを狙ったようなものがあった。

オリラジの中田敦彦さん(33)がフォークを持って相方の藤森慎吾さん(33)に食べさせてあげているところや、2人が同じベッドで向き合って寝ていたり、藤森さんが中田さんのネクタイを結んであげたりするシーンがそれだ。この写真集は、KADOKAWAから9月2日に発売される予定になっている》



この発売をカメラマン・青山裕企は「『もし、オリラジのふたりが一緒に暮らしていたら』 究極の変態写真集です!」とツイートして煽ったのである。いただけない。同性愛者は変態、という、もうゲンナリするようなベタな差別意識が丸出しである。



で、指摘されてさすがにこれはマズいと思ったのか、青山裕企、直後に「究極の変態=同性同士の同棲という意味ではなく、端的に言えば、青山=変態的な視点という意味なので、よろしくお願いいたします」と釈明した。というか強弁したのである。まったく釈明になっていない。



つまり青山裕企は、自分は同性愛者が変態だといっているわけではなくて、私、青山自身の視点が変態的だといっている、ということらしいのである。なんだろうコイツ。これでは突然、他人を「バカ野郎!」呼ばわりしておいて、咎められると「いえ、いまバカといったのは自分のことです」とオタオタしているのと同じである。トボケとる。



で、さらにKADOKAWAの担当編集者は、「差別を発想してしまったかたがいること、それにより傷ついたかたがいることは、申し訳なく思っております」とツイートで謝罪した、そうなのである。あのなー、こういうのを罪のなすり付けというのである。



「差別を発想してしまったかたがいること」が申しわけない? なにをいっているのであろう。これでは“差別を発想してしまった”ほうにもいくばくかの責任があるようないい方ではないか。そのために“差別を発想”などという不思議な文言までひねり出して。“差別を発想”、これでは勝手に自分で差別意識を創出したみたいである。発想じゃねーよ。こっちは差別意識を感じさせられて不快な思いをさせられているのである。正しくは「差別的な表現によって不快な思いをさせてしまい」申しわけない、であろう。



最近こういう輩がたいへん多いので、もう少し書かせていただく。この担当編集者は、たとえば職場にインフルエンザを持ち込んで病欠者続出、大幅なスケジュール遅れをもたらせてしまったとして、「インフルエンザを発症してしまったかたがいること、それにより傷ついたかたがいることは、申し訳なく思っております」といっているのと同じである。バカが偉そうになにを寝ぼけておるのか、である。



謝らなければならないのは、インフルエンザをうつしてしまうかもしれないという認識がなかったこと、そして認識のないまま行動してしまったことである。その反省がなければ、そのうち誰もこの編集者の近くには寄りたがらなくなるであろう。くーだらないいい逃れを連発する無責任はいい加減にしていただきたいのである。



突然だが、もしもある日「私はエイリアンだ。仲よくしよう」という男が目の前に現れたらどうだろう? エイリアンはとりあえずさておき、「私はヴァンパイアだ」と名乗る男は実在しているらしい。



『Techinsight』(2016年8月12日配信)によると、イギリスには1万5000人ほどの“本物”のヴァンパイアがいて、ヴァンパイアに血を与えるサポート団体の支援者の数はその2倍にもなるといわれているそうだ。しかし社会の偏見や差別、苛めは酷く、周りに公言してもヴァンパイアとしてふつうに生きていくことは難しいという。以下『Techinsight』の記事からの抜粋である。



《ダークネスさんはマントも羽織らず牙もつけていないが、カスタマイズした棺桶で寝起きしている。映画のようにガーリックや日光が苦手ではなく、むしろ光の中を歩くことで幸せを感じるという。ガーリックも怖がらず普通に食べる。そしてヴァンパイアらしく、ダークネスさんは豚や牛、時に人の血を飲んで生きている。

母親のシルビアさんはあくまでも息子をサポートする姿勢を見せているそうだ。しかしダークネスさんは13年間自分らしさを受け入れてもらえない社会の厳しさを目の当たりにしてきたという。

周りに馬鹿にされ、からかわれたり苛められたりといった人生がほとほと嫌になっているというダークネスさん。「周りの人は、彼らにとって普通なことは僕たちにとって普通じゃなく、またその逆も然りだということを理解してほしい。それでも、他の人と同じように偏見を持たずに接してほしい」と訴えている。》



ダークネスと自称するこの人物は10代の頃に犬の散歩の途中、ゾンビの格好をしていた10代の少女たちに出くわしたのだそうだ。いったんは恐怖で家に逃げ帰ったものの、興味をそそられ、後日、少女たちに話しかけて打ち解けたダークネスは、それ以降、ゾンビやヴァンパイアの生活に興味を持つようになり、もう13年間自称ヴァンパイアとして暮らしているのだという。



つまり、ダークネスは10代まではふつうの人間として暮らしていたのである。で、それがある日自称ヴァンパイアになったからといって、みんなヴァンパイア扱いしろ、そして偏見をもつな、といわれてもちょっと戸惑ってしまうのである。いわせていただければそれはヴァンパイアごっこで、ごっこに付き合う筋合いはないのである。忙しいのである。おっと、いま少し見栄を張ってしまったのである。全然ヒマ。申しわけないのである。



しかしヴァンパイアごっこに付き合うには、多少なりとも人間観の間口を広げなければならないのである。受け入れる社会の側も変化しなければならない、ということである。これが「カエル人間」だとか「ウシ人間」だとか、続々出てきたらどうすればいいのだ? 面倒くさいぞー。



しかしだからといって人間社会からスポイルしては、もちろんいけないのである。「あいつら人間じゃねーから」は、“あいつら”がほんとうは人間であるが故に、最も露骨で愚劣な差別になるのである。仮にもしホンモノのヴァンパイアがいたとした場合は、もちろんそれは人間ではないので、人間同士の差別の問題ではなく、隣人の問題として扱わなければならないのである。ただしこの場合も「あいつら人間じゃねーから」は、隣人に対してたいへん失礼な、驕った言葉づかいである。



ダークネスと自称するこの男の場合は、ちょっと変わった人間として人間社会に生きているのである。で、ほんとうはヴァンパイアとして扱えということではなく、人間としてちゃんと、ふつうに扱ってほしい、といっているのである。こちら側の変化を望んでいる。しかし、こうして最初から底が割れてしまったヴァンパイアごっこなど面白くもない。神秘がない。それでも自己決定は自由だから非難するつもりはないけれども。



これが「私はエイリアンだ。仲よくしよう」という話になると、少しようすが違ってくる。つい「いいようー」といいたくなる。たぶん映画その他の影響であろう。エイリアンは知的生命体で、それが人間に接触してくるのはなんらかの友好的な目的があるからだ、という奇妙な常識のようなものができあがってしまっている。そうではないエイリアンもいるらしいけれども。



「いいようー」といいたくなるもっと根本的な理由は、エイリアンはどこまでいっても“隣人”であって、人間ではないからである。エイリアンと仲良くすることで人間観の変更を迫られることはない。つまりヴァンパイア男より遠い存在であるはずのエイリアンのほうが、“隣人”ではあっても受け入れやすく、同じ人間同士である自称ヴァンパイアは受け入れづらいのである。



少しズルい書き方をしてしまったのはご容赦いただきたい。つまり差別、とくに民族差別は、あたりまえのことだけれども、同じ人間同士でありながら、同じ人間観を共有していない者たちのあいだで起こる、ということである。人間観を共有するには、お互いにたいへんに手間のかかる、ときには苦痛もともなう作業が必要になる。たとえば宗教を絡めて進化論をどう考えるか、という問題ですらいまだ議論は尽くされていない。念のために付け加えておくけれども、ただフラストレーションを解消するための弱者への暴力や侮辱などはまったくの論外である。



そんなこんなで、私は自称ヴァンパイアのダークネスはふつうの人間らしく扱われるべきだと思うし、エイリアン映画を見て、自分は差別意識のない心の広い人間だと感じるのは、自分自身に対してとてもお人好しな態度だと思うのである。(了)



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2016年8月19日金曜日

みんな、中居正広たち4人組、「SMAP4」の清々しさを忘れるな!!



木村拓哉(43)はいま(2016年8月19日未明)どこにいる? まだハワイ?



《9日までに妻の工藤静香と2人の娘と共に、家族旅行でハワイに飛び立った木村。18日現在もハワイに滞在しているとみられ、この放送も解散発表後にハワイで収録されたものだという》(「日刊サイゾー」2016年8月18日 17時0分配信)



ふうん。それではきっと、ハワイから日本のようすをうかがっているのに違いないのである。自分がどんなふうに見られているのか、悪役、敵役に回されていないのか。そんなことをいっても、もうとっくにされているよねえ。で、これ以上印象を悪くしないためにはどうすればいいのか、を考えている。



と、いうことは、メディア、とくにスポーツ新聞を使った中居正広(43)以下4人に対する攻撃は、まだまだ続くというわけだ。いわくワガママ解散。ファンへの裏切り。スポーツ新聞がそう書けば、独自取材から逃げているテレビ局がそれを番組で読み上げてくれる。



木村拓哉のイメージを回復させるためには4人を叩くしかない、という救いのない考え方は、そろそろもう止めにしていただけないものであろうか。そんなことに血道を上げるから、ネットではその4人叩きへの反論が起き、4人の評価を回復しようとする。そして今度は自動的に木村拓哉がおとしめられることになる。まるでシーソーのようだ。私もすっかり乗ってしまっているけれども。



この状況から脱出するには、木村拓哉が、少なくとも“裏切り”と呼ばれる昨年末の事務所残留を決定したいきさつから解散までについて説明するのがイチバンである。世間的には裏切り者だとか静香(46)の犬だとかひどいいわれ方をしているけれども、木村拓哉には木村拓哉の事情があるはずである。それをつまびらかにすれば、ある程度の理解は得られるかもしれない。ムリか。語れないのであれば、せめて4人に対するいわれのない誹謗中傷は止めるように公に発言できないものなのか? ムリか。メリー喜多川(89)、怖いもんなあ。



それにしても、一部マスコミの中居正広以下4人に対する攻撃にはほとほとウンザリする。以下は『NEWSポストセブン』(2016年8月18日16時0分配信)の一部である。“芸能関係者”の話を紹介している。



《「今年1月の解散騒動以降、事務所の社長であり、SMAPの“産みの親”であるジャニー喜多川さんは再三再四、メンバーと話し合ってきました。“ファンが待ち望んでいるんだから25周年のライブをしようよ”と、懇願するようにメンバーに語りかけたそうです。それでも彼らは首を縦に振らなかった。大恩人の言葉にも耳を貸さず、ファンとのお別れをする場であるはずの解散ライブもしようとしない。それなのに事務所には残りたいと言う。“まったく周囲に目がいかず、わがままがすぎる”と事務所スタッフも漏らすほどです」(芸能関係者)

そもそも、1月の解散騒動後、“再出発”を誓っていたのはメンバー自身だった。その言葉に安堵していたファンをたった数か月で裏切る形となったのは紛れもない事実だ》



なにをいっておるのか、である。この6月から、ジャニー喜多川(84)とSMAPメンバーとの話し合いが何度かにわたっておこなわれたのは事実である。報道を総合すれば5人全員との話し合いが2回、各メンバーと個別での話し合いが2回である。ああ、だから“再三再四”というには少し物足りない。ここは“数次にわたって”というべきであろう。



それはともかく、ジャニー喜多川との話し合いは結成25周年記念、および『SMAP×SMAP』放送開始20周年記念イベントをどうするか、夏の音楽特番に5人で出演するのか、であった。それがいきなり「 ファンとのお別れをする場であるはずの解散ライブもしようとしない」になってしまっている。突然“解散ライブ”が出てくるのである。この“芸能記者”、困ったものである。



そしてそもそも話し合いのテーマが記念コンサートどうする? 夏の音楽特番はどうする? なのであるから、メンバーはそれについてのYes、Noの意思表示をしただけである。解散するしないの話し合いでも、事務所を出る出ないの話し合いでもない。むしろコンサートやテレビ出演をどうする? といっているのであるから、それは事務所に在籍していることが前提にあっての話ではないか。



それが「それなのに事務所には残りたいと言う。“まったく周囲に目がいかず、わがままがすぎる”と事務所スタッフも漏らすほどです」となってしまうと、これには明らかに悪意を感じざるを得ない。で、地の文で「そもそも、1月の解散騒動後、“再出発”を誓っていたのはメンバー自身だった。その言葉に安堵していたファンをたった数か月で裏切る形となったのは紛れもない事実だ」とつなげられれば、中居以下4人、自分勝手でいいかげんなやっちゃなー、ということになってしまう。シドイ。事実をねじ曲げ、あえて誤解を促する非道なやりかたである。



もう何度か書いたけれども、SMAP解散をイチバン強く望んだのはメリー喜多川なのである。飯島三智(60)と一緒に独立しようとしたなんて、「あの4人は絶対に許さない!!」なのである。しかし事務所が解散させたとなれば、広告代理店やテレビ局などから激しく非難されるのは目に見えている。で、どうにかメンバーのほうから解散をいい出したことにするための小細工が、6月から8月10日まで行われた、ということなのである。



もっとも強硬に解散を主張したといわれている香取慎吾にしても、6月の段階では解散を口にしてはいないのである。メンバー間の感情のもつれから5人揃っての活動ができないのであれば、という話になったとして、『スポニチアネックス』(8月14日7時41分配信)はこう書いている。



《残った選択肢は活動休止と解散。希望を聞かれた草彅剛(42)と香取慎吾(39)は「どっちでもいい」と答えるほどグループの将来に無関心になっていた》



なげやりになっていた、ということである。しかし「解散したい」という発言はない。ファンを裏切りたくなかったからであろう。話はさらにさかのぼるけれども、飯島美智が独立を画策したといわれるのも、メリー喜多川の誤解にもとづく追い込みにあっていたからである。一昨年の暮れに行われた『週刊文春』とのインタビューではその最中にメリーが飯島美智を呼び出し、後継の座を娘の藤島ジュリー景子(50)と争おうとしているのだろうとの間違った思い込みから「SMAPを連れて出ていけ!!」とまで恫喝しているのである。ああ、SMAPの話は長くなる。



話は長くなるけれども、こういう強く大きな相手への反論は、コツコツとやりつづけるしかないのである。でなければやすやすと物量に押し潰される。なので、倦まず臆さず諦めず、そしておもしろいうちは、また機会をつかまえて書くのである。



でもって今回本当に書きたかったことは、中居正広、草彅剛、稲垣吾郎、香取慎吾は偉かったなあ、ということである。なにが偉かったのかといえば、騒動をヘンにこじらせて泥仕合などにしなかったことである。以前にも少しふれる程度に書いたけれども、これは声を大にしていいたいのでまた取り上げる。



まずはこの4人、ジャニーズ事務所側が悪役に仕立てようと躍起になってネガティブ・キャンペーンを張っているにもかかわらず、いっさいの反論もしていないのである。スポーツ新聞もいまがポイントの稼ぎどき、とばかりに書き飛ばしている。週刊誌を舞台にすればそんなウソの報道はカンタンに覆せるのに。



たとえば木村拓哉が突然、事務所残留の方向に翻身した経緯など、メンバーだからこそ知っていることも多いと思うけれども、それもいっさい公にしていない。さっきのジャニー喜多川との話し合いについても、いやいや実際はこうだったのだ、といえないこともないのに、それもしない。



しかも、SMAPを結成してからだけで25年間も在籍しているのである。これまでのジャニーズ事務所内のスキャンダルの数々、内幕を暴露しようとすれば、その材料にはこと欠かないはずなのである。しかしそれを事務所との交渉カードに使った形跡もない。



勝手な想像になるけれども、4人が洗いざらい暴露したらとんでもないことになるはずである。想像しただけでもワクワクする。いってみれば4人をだまし討ちの恰好で解散にもちこんだメリーは、そんな4人の怒りに任せた逆襲が怖くてハワイに逃げたんだろーなー、と私は思うのである。しかしもちろんそんなことはしない。メリーよ、4人はそれほどゲスではない。私は期待したけれども。



いってみれば中居正広、草彅剛、稲垣吾郎、香取慎吾の4人は、理由なく殴られたのに、それでも反撃をせずに耐えているのである。騒ぎを大きくしないためにである。これはほんとうに重要なことなのである。ここはぜひぜひ大きく大きくクローズアップしておきたい。拡散希望である。



4人がじっと耐えてくれたから、SMAPのイメージが泥まみれにならなくて済んでいるのである。スキャンダルまみれ、オトナの事情まみれのSMAP、にはなっていないのである。SMAPは残念ながら解散してしまったけれども、4人のおかげで、記憶のなかのSMAPは青春の光のまま輝いている。心に光があるから悲劇にも太陽がある。少し大げさにいえば、4人はSMAPファンの青春を守ったのである。



であるからして、私はこれからこの4人のことをリスペクトをこめて〈SMAP4〉と呼ぶことにしたのである。いま聞けば1対4に分裂した現状をことさら強調しているようで、たぶん中居正広には気に入ってはもらえないであろう。けれども、SMAPの輝きを守ったのはこの4人なのである。SMAP4、永遠に「Stay gold」。※映画『The Outsiders』(1983)より、ジョニー(ラルフ・マッチオ)の最期の台詞。not 松潤。

※追記
それでは、SMAP4の命名を記念して、BABYMETALの「4の歌」の歌詞をご紹介しておこう。できればYouTubeででも実際の歌をお聞きいただきたい。元気になる。



******** 4の歌 ********


作詞:BLACK BABYMETAL
作曲:BLACK BABYMETAL


4! 4! 444! 4444!

1の次は2  2の次は3
3の次は ウーッ4!!

4! 4! 444! 4444!

7の前は6  6の前は5
5の前は ウーッ4!!

4! 4! 444! 4444!

幸せの4 死ぬじゃない4
失敗の4 よろしくの4

幸せの4 死ぬじゃない4
ビタミンの4 喜びの4!
4! 4! 4! 4!

4! 4! 444! 4444!

1の次は2 2の次は3
3の次は ウーッ4!!

7の前は6  6の前は5
5の前は ウーッ4!!

4! 4! 444! 4444!
4! 4! 444! 4444!

幸せの4 死ぬじゃない4
失敗の4 世直しの4

幸せの4 死ぬじゃない4
おいCの4 喜びの4!
4! 4! 4! 4!

4! 4! 444! 4444!

(了)




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2016年8月18日木曜日

カリスマを失ったメリー喜多川。いまや、ただの短気なお婆さん



衝撃のSMAP解散正式発表から5日、そのいきさつのだいたいのところは見当がついた。あ、“だいたいのところ”については、もしお時間が許すのであれば、8月14日から昨日、17日までの当ブログをお読みいただければ、と思うのである。もちろん、マスコミもネットもこの話題で持ち切りであるから、すでにみなさんそれぞれの解釈、ご感想をお持ちでもあろう。



で、私が見るところネット上ではジャニーズ事務所、メリー喜多川、そして木村拓哉を非難する見方が圧倒的に多く、マスコミ、とくにテレビとスポーツ紙については、中居正広以下4人がいい出した“ワガママ解散”という見方が大勢を占めているようだ。このあたりの事情は『サイゾーウーマン』(2016年4月18日配信)がいち早く伝えている。少し抜粋してご紹介しよう。



《14日の午前0時50分、ジャニーズ事務所はSMAPの解散を報告するFAXを、一部マスコミに送付した。これが“情報解禁”の合図となり、NHKをはじめ各メディアは一斉に解散を報道。そのFAX内容をめぐっては「芸能史上まれに見る、最低の内容」と業界内で大ブーイングが巻き起こっているという。

SMAP解散報道は、ジャニーズ事務所が懇意のスポーツ6紙に先行して情報を明かし、メンバーのコメントを仕込ませた。

「それ以外のマスコミ各社に対しては、このFAX1枚での発表となりました。今年1月の分裂・独立騒動の際、ジャニーズサイドは、スポーツ各紙に『独立を企てたのは飯島三智氏と中居正広』と、騒動の“戦犯”を批判する情報を率先して流していましたが、今回も同様に 〜略〜 一部メンバーを解散の“戦犯”のように書き立てています。一方、事務所は“苦渋の選択をした”と読める文面です」(芸能ライター)》



“業界内での大ブーイング”として指摘されているのは以下の通り。

《しかしこうしたジャニーズの言動に対し、ファンはもちろんのこと、マスコミや芸能関係者からさえ「タレントに解散の責任をなすりつけている」と批判が巻き起こっている。

「結局、残留をいち早く表明した木村拓哉をはじめとして、ジャニーズ側はグループの存続を願っていたが、『一部メンバーのわがままによって破綻した』と印象操作をしていることにほかなりません。現在の芸能界では、こうした責任逃れ的な言い分がことごとく暴かれ、逆に世間の反感を買っていることを理解していないのでしょうか。ジャニーズは、1月の騒動の教訓をまったく生かせていませんよ」(某大手芸能プロダクション幹部)

ファンのために解散を決断したと報じられているが、ジャニーズ事務所は果たしてこの内容が「正しかった」と胸を張って言えるのだろうか?》



最後は『サイゾーウーマン』自身も疑問を呈しているのである。反語的表現「〜だろうか? (いや、ない)」なのである。



私はとうぜん「タレントに解散の責任をなすりつけている」と批判する側に立っている。というか肩入れをしているのである。ネット上では圧倒的な多数派である。で、いまの私のいちばんの関心事は、こうしたいわゆるネット世論が、実際にどの程度の影響力を発揮できるものであろうか? ということである。



たとえば木村拓哉である。今年はこれまでSMAP1番ヒマ〜な男であった。来年には主演ドラマと新しいトーク番組も企画されている。しかしネット上であまりにも嫌われているからとして見送りになるなどすれば、ネットも捨てたものではない、となるのである。



そういう状況が生まれると、ネットはスポンサーや広告代理店からもより重視されるようになり、金回りがよくなり、ようやくテレビ独壇場の時代は終わりを告げる、ということになるのである。実際のところはとりあえずオンエアしてその数字を見てから、ということだろう。まだ実績を積み上げている段階というわけだけれども、それがどのあたりまできているのか知りたいのである。



テレビの側からいえば、いいかたは悪いが、たかだか芸能事務所であるジャニーズ事務所のいいなりになって「印象操作」のお先棒を担ぎ続けることは、自分の首を絞めているようなものである。それはネット世論に恰好のネタを提供し、自分の存在価値を落とすことだ。敵に塩を、そして燃料までも送りつける愚行なのである。



もちろんそんなことは以前から重々承知していたのである。しかしテレビのチカラがあまりにも強大であったから、そんなことはこれまで無視してやりたい放題ができたのである。しかし、ネットがそろそろライバルになりうるチカラをつけてきたと認めざるをえなくなれば、マジメに考えたほうがいい、となる。そこのところがどの程度変化しているのかも知りたい。



さて、ついでにSMAP、ああ、元SMAPであった。悲しいのう。元SMAPのメンバー、それからジャニーズ事務所のこれからも少し考えてみたい。スマップのいないいま現在のジャニーズ事務所は、“夏草や兵どもが夢の跡”、荒涼とした草原みたいなものである。



まず、とくにネットの世界では悪者、イヤなヤツのイメージが色濃く染み付いてしまった木村拓哉(43)である。たぶん、これからの芸能生活では苦労を強いられることになる。それが番組視聴率の不振というあたりでとりあえずはおさまるのか、あるいはCMスポンサーが登用を躊躇するほどまでになるのかは、まだわからない。しかしまあ、いずれにしろご本人は経営幹部をめざしているらしいので、当座、痛くも痒くもないのであろうけれども。



対して中居正広(43)、草彅剛(42)、稲垣吾郎(42)、香取慎吾(39)の4人の元メンバーは、ネットではすこぶるイメージがいい。実際、不必要にジタバタして問題をこじらせなかったことは、もっと高く評価されていいと思う。であるから今後も人気は維持できるだろう。ジャニーズ事務所がイケズにも仕事を抑えたりするかもしれないけれども、それも一時のことである。まだまだ現役での活躍が期待される。と、私は思う。



さて、SMAPが消滅し、木村拓哉が稼げなくなったジャニーズ事務所である。ここからはネット世論とは関係の薄い話になっていく。次の世代を担うのは誰か? 「嵐」はもういっぱいいっぱいだからムリ!! というようなお話もあちこちで目にする。『デイリーニュースオンライン』(2016年8月17日配信)は次のような“芸能記者”の話を紹介している。



「番組製作に携わるプロデューサーたちから名前が挙がるのは、Hey! Say! JUMPやSexyZoneといった、嵐よりも一世代若い面々が揃うグループです。嵐や関ジャニ∞などのメンバーも、音楽、バラエティー、キャスターと多彩な現場で活躍しています。しかし、固定ポジションに収まりつつもあり、今後を担うという点では、現時点で既に伸びしろが見えてきています。その点、Hey! Say! JUMPやSexyZoneはまだ可能性が未知数なところもあり、今後の活動で期待できる部分が大きい。なかでも、Hey! Say! JUMPでは伊野尾慧(26)、SexyZoneでは菊池風磨(21)に大きな注目が集まっているようです」



うむ。Hey! Say! JUMPやSexyZoneの名前が挙げられたのは、なんだかまだ伸びしろがあるみたいだ、というだけの理由のようである。なんとも心もとない。しかしそれ以上に問題なのは、今回の一件でジャニーズ事務所、そしてメリー喜多川(89)の印象が大きく変わってしまったことだと私は思う。



ジャニーズ事務所はなにより腹黒さ、狡猾さが全面に出てしまったし、さらに以前よりもパワーダウンしている感じもある。中居正広以下4人のために、なにかアタフタと会社を挙げて大騒ぎをしてしまった印象があるのだ。以前のジャニーズであれば、郷ひろみのときも田原俊彦のときも、こんなに浮き足立ってはいなかったように思う。



さらにメリー喜多川についても、8月13日からのハワイ逃亡という大失態を演じ、はじめて気弱なところを覗かせてしまったのである。“ハワイ逃亡”に到る経緯については、昨日8月17日の当ブログに詳しく書いてある。タグとかなんとか使い方がよくわからないので申しわけないのである。



いずれも印象だけの話だけれども、ジャニーズ事務所のパワーダウンとメリー喜多川も人の子、リトルガールという認識は、微妙に、しかし大きな変化を周囲にもたらすだろうと思う。すまぬ、リトルガールはいい過ぎであった。たとえばいまのテレビ局のジャニーズネタへのバカバカしいくらいの自粛姿勢は、これから少しづつ解かれていくであろう。事務所とメリーのカリスマが失われるまで、あともう一歩、の感じである。



で、そうこうしているうちにどうなるかというと、メリー喜多川とジャニー喜多川(84)が相次いで死んでしまうのである。人は必ず死ぬ。とくにメリーはカリスマを失ってからは早いだろう。滅相もない話だけれども、私もあなたもいつか死ぬのだからしかたがない。



すると、待ってました木村拓哉の出番である。藤島ジュリー景子(50)を支えて、いまやジャニーズ事務所の大幹部である。しかし残念なことに人望がない。裏切り者のレッテルはそう簡単には剥がせない。



人望がないとどうなるかというと、強権的な組織運営をせざるを得なくなる。いうことを聞かないヤツはとっとと出ていけ!! である。そう、かつてのメリー喜多川と同じである。そもそもメリー喜多川もそういう経営のしかたしか知らないし教えられないのである。であるから自然といえば自然ななりゆきである。



しかーし、そんなやり方は戦後のどさくさに日本とアメリカで鍛え上げたメリーだからこそできたことで、木村拓哉にも、いま現在の日本にもそぐわない。で、対外トラブル続発!! 内輪もめ頻発!! Kis-My-Ft2の7人をはじめ元SMAPのメンバーを慕う若手も多く、ついにはタレント、スタッフの大量離脱に到る!! と私は読んでいるのである。



いかがであろうか? ここ数日、陰々滅々とお過ごしになっていたであろうSMAPファンのあなた、少しは気晴らしのお役に立ったであろうか? そうであれば幸いである。ああ、8月14日はSMAP忌。8月10日は焼き鳥の日。(了)



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2016年8月17日水曜日

SMAP解散が決まった8月10日の「謎」とその「解」



腑に落ちない。SMAP解散が決定した8月10日の成り行きが、である。もちろんいまさらどうのこうのといってもそれでSMAPが復活するわけでもなし、まさに死んだ子どもの齢を数えるようなものである。だがあの8月10日にこそ、ジャニーズ事務所=メリー喜多川(89)のSMAP解散へのかかわり方がよくあらわれている気がするのである。8月10日、焼き鳥の日、ほんとうはいったいなにがあったのだろう?



腑に落ちないというのは、〈↓〉これである。

《この事態を受け、事務所は当面の間、活動を再開するのは難しいと判断。今月に入って、前向きな状況が整うまでグループ活動を休止することが一度決まった。しかし10日になって、木村を除く4人のメンバーがジャニー社長に会いに行き、香取、草なぎ剛(42)、稲垣吾郎(42)の3人が「休むより解散したい」と申し入れた。中居については「できれば(解散せず)このままやっていきたいという考え方」(事務所関係者)だったという》(「スポニチアネックス」2016年8月14日 5時30分配信)



社員が社長に申し入れをしにいくとして、その社員全員の意見がまとまっていないということがありえるのであろうか? ノコノコ出かけていって、なにを申し入れようというのであろうか? “ボクたち3人は解散すべきだと思っていて、中居クンは解散したくないと思っています……”。社長は忙しいのである。ふつうならこんなワケのわからない話は門前払いがあたりまえである。



しかも今回、4人のうち1人だけ意見が異なっていた中居正広(43)はSMAPのリーダーなのである。「できれば(解散せず)このままやっていきたいという考え方」なのに、話し合いの席上、解散決定についてなんの抵抗もしなかったのであろうか?



前掲の報道から約2時間後には、さらに細かなニュアンスが加えられる。

《一度は無期限の活動休止に決定。一連のSMAPを巡る騒動はこれで決着したかに見えた。ところが事態は10日に急転する。木村を除く4人が突然、ジャニー社長の元を訪れた》
(「スポニチアネックス」8月14日7時41分配信)



中居正広以下の4人は、なんの前ぶれもなく、突然ジャニー喜多川(84)を訪れたことになっている。



もうひとつの疑問は、その理由から先に述べると、ジャニー喜多川が今年5月、舞台『ジャニーズ・フューチャー・ワールド』制作発表の席上で、SMAPの解散は絶対にないと断言していることである。



《SMAPは1月の騒動後、グループでの活動が減り、契約更新のタイミングと重なる「9月解散説」が取り沙汰されている。これについて、ジャニー社長は「僕の命に懸けて、SMAPは我が子と同じ。彼らが僕に相談なしに解散するはずがない」と明言。さらに「そんな心配全然ない。解散とか冗談じゃない」と続けた》(「スポニチアネックス」5月5日7時41分配信)



ジャニー喜多川はSMAPを存続させたいと考えていたのである。疑問は、そんなジャニー喜多川がすんなりと解散を認めるだろうか、ということである。仮に、現実にはありえないけれども、仮にジャニー喜多川と解散か存続かで意見が分かれている4人が会って話し合ったとして、その場で「解散」という結論が出るわけがないのである。



そこで匂ってくるのが先に挙げた追加情報である。「4人は、なんの前ぶれもなく、突然ジャニー喜多川を訪れた」。これだと4人を迎えたのはジャニー喜多川ただ1人という印象になる。ほかには誰もいなかった。しかし繰り返すが、ジャニー喜多川と4人とではSMAP「解散」に到るわけがない。4人を迎えたのはジャニー喜多川ただ1人だった、ということにしておきたい思惑が、どこかで働いたのである。



考えてもみてほしいのである。ことは非常に重大なSMAPの解散についての最終決定なのである。ボーッとしているとまではいわないけれども、いってみればエンタテインメント・バカで世間の常識に疎いジャニー喜多川が、事務所側の人間としてたった1人で対応して、ただちに「解散」に向けて走り出すなどということはありえないのである。



《そして翌11日、事務所の役員協議を経て解散が正式決定した
》(「スポニチアネックス」2016年8月14日 5時30分配信)



つまり8月10日のメンバー4人の行動について、今日までの報道ではふれられていないなにかがあるのである。ここから先は私の憶測である。しかしいまのところこの憶測以外、つじつまの合う解釈はない。



その前に、まず、これまでの私の考えを再録しておこう。8月15日の当ブログの記事の一部である。背景となった事務所の目論見については80点、具体的な成り行きの推察については5点である。いくら慌てていたからといっても情けなす。申しわけなす。5点というのがまたいじましいのである。なのでお忙しい方は飛ばしていただきたい。

《まず、8月に入っての活動休止の決定は、メンバーの同意を得たうえでのものではなく、ジャニーズ事務所の専断で行われたものである。これを受けてメンバーは全員で話し合いをもとうとするが、木村拓哉はのらりくらりと理由を付けてこれを拒否。結局、中居正広は1人で解散阻止の説得に回ったものの、ほかの3人に押されて解散が決まる。

これにはジャニーズ事務所の思惑が働いている。ジャニーズ事務所としてはSMAPは解散し、こちらからみれば裏切り者の4人を追放、木村拓哉1人だけを残したいのである。で、ジャニー喜多川による夏の歌特番出演への再三の説得にもかかわらずメンバー(木村拓哉以外の4人)が固辞したことに乗じて、しばらくの活動休止を持ちだす。再開することなどは考えていない。メンバーのほうから解散をいいださせるための呼び水である。そして4人はこのままフェードアウトさせれられるのもイヤだと考え、はじめて解散を協議し、結果、事務所の思惑通りに動いてしまった。というわけである。》



さて、6月に入ってからの4人と事務所側との話し合いの経緯は、説得の内容が夏の音楽特番への出演についてもであることを付け加えさせてもらえれば、『サンケイスポーツ』(2016年8月14日 5時9分)が詳しい。



《関係者によると、1月の騒動を受けて、事務所は2月から、ファンへの感謝を込めたコンサートや、デビュー25周年イベントの開催をメンバーに提案してきた。5月には「解散はありえない。(デビュー25周年を)盛大にやるべき」と発言したジャニー氏が音頭を取り、メンバーと話し合いを重ねてきた。

また、ジャニー氏の姉であるメリー喜多川副社長(89)の長女、藤島ジュリー景子副社長(50)も、ジャニー氏とは別に各メンバーと個別に面談を重ねてきた。ただ、メリー氏は面談に参加することはなかったという。

5月からこれまでに、ジャニー氏とメンバー5人一緒の面談が2度、ジャニー氏とメンバーそれぞれによる面談も2度実施された。木村は25周年の活動に積極的だったが、メンバー数人が「今の5人の状況ではグループ活動を継続することは難しい」と主張。出演依頼があった7月の音楽特番も辞退していた》



これら一連の話し合いのなかで、解散についての話もとうぜん出ただろうと思うのである。



《この時点で活動再開の目は消えた。残った選択肢は活動休止と解散。希望を聞かれた草彅剛(42)と香取慎吾(39)は「どっちでもいい」と答えるほどグループの将来に無関心になっていた》(「スポニチアネックス」8月14日7時41分配信)



ここでジャニーズ事務所側はすでに4人それぞれのSMAPの今後への考え方を把握していたのである。中居正広(43)は解散反対、草彅剛(42)と香取慎吾(39)は「どっちでもいい」、稲垣吾郎(42)は不明。で、もうひと揺さぶりかけるのである。そのために事務所の専断で活動休止が決められる。しかし活動休止にも4人は決して合意していたわけではない。



《この事態を受け、事務所は当面の間、活動を再開するのは難しいと判断。今月に入って、前向きな状況が整うまでグループ活動を休止することが一度決まった》(「スポニチアネックス」 2016年8月14日)



《3週間前から、事務所はメンバーに海外での語学留学や芝居の勉強などを含め、グループ活動の休止を提案した》( 「サンケイスポーツ」2016年8月14日 5時9分)



グループの行く末がはっきり定まらないまま、さらにはそれを棚上げにしての芸能活動休止まで視野に入れていたニュアンスである。4人が、それはできない、ファンを裏切ることになるかもしれない、ならばここで解散するしかない、というふうに考えるだろうと見込んでのことである。で、稲垣吾郎も含めた3人は、事務所の思惑通り、はっきりと解散の意向を固めてしまったのである。



再掲:《中居については「できれば(解散せず)このままやっていきたいという考え方」(事務所関係者)だったという》(「スポニチアネックス」2016年8月14日 5時30分配信)



これで1対3である。で、いよいよ作戦の仕上げである。4人のスケジュールを確認して日どりは10日に決まる。



《一部スポーツ紙によると、キムタクは9日までに妻で歌手の工藤静香、2人の娘と共に毎年恒例の家族水入らずのリフレッシュ休暇を過ごすためハワイに到着》(「リアルライブ」2016年8月15日配信)



なぜ10日のその日に木村拓哉(43)だけが同席していなかったのだ、とあとから非難されないように、前日に海外に出ていたのである。用意周到である。木村拓哉はすでにジャニーズ事務所側の人間であるし、むかしからSMAPからの独立を考えていたという話もある。つまり解散派である。しかしご承知の通りオモテ向きは存続派であるから、同席してしまってはまことに都合が悪いのである。



で、8月10日。焼き鳥の日、事務所に呼び出しをかけられていた4人を迎えた事務所側の中心人物は、メリー喜多川(89)であった。SMAP解散・分裂騒動のさなか、週刊誌インタビューに答えて「中居たち4人は絶対に許さない!!」と吠えたジャニーズ事務所のコワモテ女帝である。



今年の1月以来、いっさい登場を控えていた大物が、すべての段取りを整えたうえで最後の引導を渡すために、ついに姿を現したのである。「じゃ、(5人のうち)3人が解散したいといっているから解散で決定!! 」てなものである。中居正広に口を挟む余地などない。



こうして1から10まで事務所側の作戦に乗せられたカタチでSMAPの解散は決定したのである。



《解散発表直前の13日にはジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長と、その娘で藤島ジュリー景子副社長もハワイに旅立ったという情報もあるそうで、木村はもちろん、工藤とメリー氏も親交があるだけに現地で合流する可能性もありそうだというのだ》(「リアルライブ」2016年8月15日配信)



ああ、なんという絵に描いたような悪党たち。ここまで周到に企んでいたのであるから解散の正式発表当日、日本にいたくないのもよくわかる。いつどこから批判、非難の火の手が燃え上がるかわからない。



これは以前にも書いたけれども、事務所がSMAPを解散させたとなれば広告代理店やテレビ局などから厳しく責任を問われるのは必至なのである。であるからこれは、なんとかメンバー側から解散をいいだしたことにしなければならなかったための悪だくみである。SMAPは、実態としては事務所側によって解散させられたのである。メリー&ジュリー、危ない橋を渡るのう。それにしても、ジャニーズらしく手口は子どもっぽい。



とはいえ、もうなにをいおうと、いまとなってはメンバーの木村拓哉に対する信頼は2度と蘇らないし、木村拓哉にしてもそれはもう捨てた過去なのである。そして私は、ああ、そういえばSMAPのあのなんともいえない緊張感、不思議な魅力は、きっとこのメンバー同士の仲の悪さからきていたのだろうなあ、などとボーッと思うのである。



ああ、なんという絵に描いたような青春の蹉跌なのであろう。中居正広、草彅剛、稲垣吾郎、香取慎吾はなんと無垢であったのだろう。それから、姉のメリーにはいつも適当にあしらわれ、今回はうまく利用までされてしまったジャニー喜多川も、無垢なエンジェルであった。(了)



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2016年8月16日火曜日

SMAP解散騒動に見る中居正広以下4人の純真。それに比べて……



SMAP解散というとても重大な節目に家族でハワイ旅行を楽しんでいたと報じられた木村拓哉(43)が、なんとそのまま現地でメリー喜多川(89)、藤島ジュリー景子(50)と合流したのではないか、というニュースがある。ニュースサイト『リアルライブ』(2016年8月15日配信)からご紹介しよう。



《一部スポーツ紙によると、キムタクは9日までに妻で歌手の工藤静香、2人の娘と共に毎年恒例の家族水入らずのリフレッシュ休暇を過ごすためハワイに到着。解散発表直前の13日にはジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長と、その娘で藤島ジュリー景子副社長もハワイに旅立ったという情報もあるそうで、木村はもちろん、工藤とメリー氏も親交があるだけに現地で合流する可能性もありそうだというのだ。

「事務所はなんとかイメージアップさせようとしているキムタクだが、ファンの中では解散の引き金となった“戦犯”扱い。今後、SMAPのファンクラブが解散し、メンバー個々のファンクラブを募集するというが、キムタクはそれほど集まらないのでは」(芸能記者)》



ご承知のこととは思うけれども、SMAP解散の正式発表は8月14日未明であった。あ、それからついでにいうと、メリー喜多川はジャニーズ事務所の副社長であり、ジャニーズ事務所の実質上の経営トップである。藤島ジュリー景子はその娘で同じく副社長。社長はよく名前が出てくるジャニー喜多川(84)で、メリーの弟である。こちらは経営にはほとんどタッチせず、タレントの発掘、育成、プロデュースなど、もっぱら現場を担当している。



たぶん木村拓哉とメリー喜多川、藤島ジュリー景子はハワイで合流したのであろう。同時期にハワイにいて会わないというほうが不自然である。しかしそれにしても、「ファンの中では解散の引き金となった“戦犯”扱い」の木村拓哉が、さらにファンの神経をゴーリゴリ、ズーリズリと逆なでしているのである。なぜだろう?



理由を書くのはほんの少しだけ先延ばしになる。まずは、実際問題としてここまでくると、いまの木村拓哉にとっては、ファンの気持ちや人気はもうほとんどどうでもいいことになっていると考えざるを得ない、ということである。ではいまの木村拓哉の狙いはなにか? それは芸能人としての充実ではなく、ジャニーズ事務所の経営陣に加わることなのであろうと思う。ま、芸能活動はほどほどにして、藤島ジュリー景子が社長になったときには副社長くらいになれるように、というわけである。あわよくばいつか社長にも。



これは憶測だけれども、去年の暮れ、SMAPの独立問題が持ち上がったときに「なにいってんのよ!! メリーやジャニーなんてもうすぐおっ死んじゃうんだし、ジャニーズに残って少し我慢すれば上に立てるかもわかんないじゃない。あとはジュリーしかいないんだからさあ。残ったほうが絶対リスク少ないしトクだって……。だいたい、ここで飛び出したってどうなるかわかんないでしょ?」と、いうような声が木村拓哉の耳にどこからか聞こえてきたのである。おっと、誰の口ぶりを真似しているのだろう?



で、「やっべえ!! それやっべえ!! それしかねーわ!! オレやるわ。もう43だし、いつまでもアイドルなんつって歌って踊ってチャラケてらんねーし。ここらでデッケーことやんねーと!!」となってしまったのではないかと想像するのである。あ、木村拓哉が。そしてその瞬間、ファンや長年一緒にやってきた仲間のはずのメンバーたちのことは、すっかりアタマから飛んでしまったのである。



それにしても木村拓哉、もうすっかりメリー&ジュリーのファミリー風情である。早くも今年5月の蜷川幸雄(享年80)の通夜にはジュリーをエスコートしていたのである。ああ、そういえばテレビ朝日で来年スタート予定だという木村拓哉と政財界人による1対1のトーク番組というのも、メリー人脈との顔つなぎのためだと考えれば納得できる。逆にそういう思惑でもなければ木村拓哉と政財界人のトークなど、たぶんほとんど意味をなさないシロモノであろう。



ジャニーズ事務所の所属タレントのトップといえば近藤マッチ彦(52)であった。しかしマッチ彦、カーレースだなんだで遊んでばかりで、事務所の将来を考えた行動はまったくしてこなかったのである。というか、メリー&ジュリーをサポートしようというアタマがまったくないのである。経営に向いていないことも、遥か遠くから眺めただけでよくわかる。



ただ、近藤マッチ彦には、人気絶頂の郷ひろみ(60)が抜けたりしてピンチに陥ったジャニーズ事務所を一時期ひとりで支えたという功績があるのである。これをメリー喜多川はたいへんに高く買っていて、「一生面倒を見る」と語っているほどなのである。



しかしやっぱり、マッチはマッチ。SMAPの独立・解散騒動のときにもまったくなんの発言もなく、1月18日の5人揃っての公開生謝罪のあと、21日になってノコノコ出てきて食事会を開き、これ見よがしにボスヅラを晒しただけであったのである。メリー亡きあとジュリーを支えていく器ではないことは明白である。メリー&ジュリーもそう判断しているはずである。



話は前後するけれども、デビュー35周年だからといって2015年末の『NHK紅白歌合戦』のトリに「ギンキギラギンにさりげなく」近藤マッチ彦を押し込んだのも、タレントとしてはそれでひと区切りにしようという意図がメリー&ジュリーにはあったのではないかと思えるのである。あとはカーレースでもやってろ、と。



序列を考えれば、木村拓哉の先輩格にはあと少年隊の東山紀之(49)がいる。しかしこちらは森光子(享年92)の遺産を受け取ってしまったことで、メリーの不興をかってしまっている。実は森光子の死後は遺産をメリーに預けるので、それもプラスして子どものための施設、保育園だかなんだかをやる、という話がふたりのあいだではできていたようなのである。しかしフタを開けてみれば、遺言で遺産は東山紀之へ、だったのである。メリー、おもしろくなかったのである。



とはいえ現実の問題としてメリー以降を考えると、ジャニーズ事務所には経営スタッフが絶対的に不足しているのである。いまの幹部たちはすべからく外部から来たメリーのイエスマンばかりで、組織を引っ張っていくチカラはない。しかもメリーがいなくなれば、年間1000億円といわれる売上を狙うさまざまな圧力が一斉に殺到してくるだろうことも想像に難くない。それを撥ね除けるにも、頼りになる男手が欲しい。



そうした事情が、メリー&ジュリーに、一気に木村拓哉を引き寄せさせているように思うのである。木村拓哉のほうがジュリーよりも7歳年下というのも使い勝手がいい。それに嫁の工藤静香ともお互い気心が知れているし……。まあ、事務所の全株式の60%を保有するといわれている社長、ジャニー喜多川が造反でもしないかぎり、これは動かないシナリオであろう。社長が造反というのもこれまたおかしな話だけれども。



もう少し先を見ると、SMAPの解散によってジャニーズ事務所も強力な切り札を1枚失ったのである。無傷で済んでいるわけではない。しかし「嵐」はSMAPの替わりにはなれないし、ほかの若手も人気、スケールの点でまだまだ比べものにもならない。これをきっかけにしてジャニーズ事務所そのものが失速してしまう可能性もある。これまでチカラづくでいいなりにさせられていたメディア側からの反発もあって、いったんマイナスの方向に転じれば、ジャニーズ事務所の社勢は恐ろしいほど早く傾く。



で、今回ほんとうに書きたかったことは、こんなオトナたちの下心いっぱいのうごめきの話ではない。それに較べて、中居以下4人はなんと爽やかであろうか、ということである。各自がそれぞれ真剣に自分とSMAPとジャニーズ事務所について考え、行動しているように見える。とくに中居正広(43)の苦悩ぶりと香取慎吾(39)の憔悴はそうとうのものであるらしい。えっと、草彅剛(42)と稲垣吾郎(42)についての報道はいまのところない。



第三者が顔を出してこないのもイヤラシくなくていい。SMAPやSMAPのメンバーであればまだまだ大金を生む。そこに目を付けて有象無象が群がりそうなものだけれども、本人たちが寄せ付けないからか、まったくそういう気配がない。であるから、わけのわからない問題のコジらせ方にはなっていない。ここに生ゴミ先生みたいな輩がいたらたいへんなことになっていただろうけれども。



もし、SMAP解散の責任を中居正広以下の4人に押し付けようとする事務所に対抗しようとするなら、たとえばメディアをつかっての反撃などわけもないはずである。オマケに、たとえば事務所の内幕、とくにジャニー絡みのスキャンダルなど暴露ネタは山ほどあってこと欠かない。ことはこれほど穏やかにはすんでいないのである。



しかしご承知の通り、そんな話はまったく出てきていない。キレイなものである。そこにこのSMAP解散という残念な結末の救いがあるのである。みんなよく我慢をして偉いと思う。しかし青年の純情はいつも薄汚れたオトナの事情に呑み込まれてしまうのである。そう、これは青春の蹉跌の物語である。ああ無情、なのである。(了)






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2016年8月15日月曜日

最後の真実。やっぱりSMAPは解散させられたのだっ!!



SMAP解散正式発表の衝撃から丸1日、というわけで、やはりいろいろ気になることは出てくる。主には解散決定→発表にいたる経過が明らかにされるにつれて浮かび上がってきたことである。『スポニチAnnex』(2016年8月14日 05:30配信)の記事を抜粋しつつ、流れを整理してみる。



◆6月〜:「音楽特番への出演をめぐって、6月以降に行われたジャニー喜多川社長(84)とメンバー5人の直接面談」
 「メンバー全員を集めての面談を2度、個別面談を2度行ったほか、電話でも話し合いを持った。メンバーにとってジャニー社長は自分たちの才能を見いだし、グループ名を付けてくれた恩人。その再三にわたる説得にも、木村拓哉(43)以外のメンバーは最後まで首を縦に振らなかった」
 


◆8月〜:「この事態を受け、事務所は当面の間、活動を再開するのは難しいと判断。今月に入って、前向きな状況が整うまでグループ活動を休止することが一度決まった」

◆8月10日:「木村を除く4人のメンバーがジャニー社長に会いに行き、香取、草なぎ剛(42)、稲垣吾郎(42)の3人が「休むより解散したい」と申し入れた。中居については「できれば(解散せず)このままやっていきたいという考え方」(事務所関係者)だったという。

◆8月11日:「事務所の役員協議を経て解散が正式決定した」

※8月14日未明、ファックスにてマスコミ各社に通達を送付



あらら、整理してみるというほどのものでもなかったのである。失礼してしまったのである。ともかく、この情報を得て感じた疑問は以下の3点である。



(1)
8月に入って「前向きな状況が整うまでグループ活動を休止することが一度決まった」にもかかわらず、10日には木村拓哉を除く4人がジャニー喜多川に会って「休むより解散したい」と申し入れている。4人とももうオトナなのである。いったん決めた活動休止の方針をあっけなく覆すにはそれなりの理由があるはずである。それはいったいなんなのか?

(2)
記事を読むかぎり6月以降、数度にわたって行われたジャニー喜多川と「メンバー5人の直接面談」は、夏の音楽特番への出演をめぐってのものである。SMAPの解散についてではない。したがって8月に入ってからの活動休止の決定も、いまは5人でやりづらいで少し冷却期間を置こう、という意味のものだったはずである。ひとりひとりがじっくり解散問題について考えよう、というようなことではない。それがいきなり4人の「休むより解散したい」にまで飛躍してしまったのはなぜなのか?

(3)解散したいという4人からの申し入れがあったのが10日。で、11日の役員協議を経て正式決定、って素早すぎやしないか?



で、(3)についてはなんとなくわかるのである。ジャニーズ事務所、とくにメリー喜多川にとっては“待ってました!!” だったんだろうなあ、と思うのである。SMAPの解散を事務所側から持ちだしたとなれば、それこそ大騒ぎである。ファンばかりでなく、広告代理店、メディアなどから厳しく責任を問われるのは必至である。ジャニーズ事務所はメンバーのほうから解散話が出てくるのを待っていたのである。



それだけでも十分な根拠だと思うけれども、それ以上に確かな根拠は、メリー喜多川が去年から今年にかけてのあの分裂・解散騒動のさなか、“中居以下4人は絶対に許さない!!”と語っていたことである。ヤクザという意味ではないが、メリー喜多川、侠気に生きる女なのである。二言はないのである。であるから中居正広以下の4人をバッサリいくチャンスを待っていたのである。



で、発表が14日未明になったのは、いろいろな調整があったからだろう。仕事関係の調整とか、5人のコメント集めとか、解散発表にいたるストーリーの確認とか。もう、ここのところ、善かれ悪しかれジャニーズ事務所からの発信情報で鵜呑みにできるのはメリー喜多川の言葉だけ!! なのだけれども。



そんなこんなで、いったん活動休止を決めてから4人揃ってジャニー喜多川に会いにいく10日までのあいだになにがあったのだろう? と考えているうちに、おそらくそれに関連すると思われるニュースが入ってきていたのである。『デイリーニュースオンライン』(2016年8月14日 7時5分配信)の《SMAP解散の決定打?信頼失ったキムタクのハワイ家族旅行》という記事である。以下抜粋してご紹介しよう。



《SMAPの分裂騒動以降、グループ内では孤立状態にあるとされる木村拓哉(43)。香取慎吾(39)との対立が決定的となり、ついに崩壊は免れなかった。そんな木村拓哉にとっても、解散への流れは寝耳に水の大騒動だったようだ。8月9日頃から、ハワイで家族旅行する姿が目撃されており、つかの間の“バカンス”を楽しんでいたのだ》



決定的な対立の一方の当事者が“解散への流れは寝耳に水の大騒動”というのもよくわからない話である。しかしともかく、8月9日ごろには木村拓哉は日本にいなかったのである。で、同記事によると“8月13日時点でまだ帰国は確認できていない”らしいのである。



このハワイ家族旅行がSMAP解散の決定打になったというのは、現段階ではあまりにもうがち過ぎた見方だろう。背後になにかもっと重大な事情が隠されているような気もする。憶測は止めて、目の前の事実に集中しよう。自分でいっておいて気恥ずかしいけれども。



まずはこのハワイ家族旅行という木村拓哉の行動と、解散について寄せられたコメントには、明らかに大きな印象のズレがある。コメントをご紹介しよう。『デイリースポーツ』(2016年8月14日 0時55分配信)分からである。



「この度の『グループ解散』に関して、正直なところ本当に無念です。でも、25周年のライブもグループ活動も5人揃わなければ何も出来ないので、呑み込むしかないのが現状です。沢山の気持ちで支えて下さったファンの方々、スタッフの皆さんを無視して『解散』と言う本当に情けない結果になってしまいました。今は言葉が上手く見つかりません」



「無念」、「呑み込むしかない結果」、「本当に情けない結果」と聞けば解散回避に向けてギリギリまで努力していたというニュアンスに感じられるけれども、実際は9日ごろからは常夏の国ハワイだったのである。さらに「無念」、「呑み込むしかない結果」、「本当に情けない結果」、と語っている人間が、28年間所属したグループの解散をメンバーが直接申し出るという、大切な締めくくりのその場にいないというのも不自然である。どういうことなのであろう?



ほんとうにこのコメント、木村拓哉が書いたものであろうか? 解散が正式決定した11日を過ぎ、少なくとも13日までは常夏ハワイなのだから疑いたくもなる。



『スポニチAnnex』情報によれば、稲垣吾郎は木村拓哉と唯一連絡が可能なメンバーなのだそうである。仮に4人だけで解散を話し合ったとしても、その経緯が木村拓哉に伝えられないわけがないのである。それでも伝えられていなかったというのなら、その理由として考えられるのは唯一、木村拓哉自身が解散を決定づけた原因である場合だけである。



8月に入って活動休止を決め、それからおそらく数日後の10日には解散の申し出をする。中居正広は最後までグループ存続の気持ちをもっていたとされるから、少なくとも残りの3人は、この8月の数日間のあいだにSMAPの将来に絶望的な気持ちを抱いたのである。いつまでも活動休止を続けてももう絶対に元には戻れない気分になってしまったのである。



思い返せば去年から今年にかけてのSMAP解散・分裂騒動のときに、実は木村拓哉は前々からグループからの独立を考えていたという情報が流れたこともあった。真偽のほどはわからない。この8月の数日間に、具体的にいったいなにがあったのかもわからない。しかしいまはあまりそれを詮索すべきでもないような気がする。シリアスすぎるし、憶測が多くなりすぎる。



たとえばこれまでの情報からこういうシナリオも書けるのである。まず、8月に入っての活動休止の決定は、メンバーの同意を得たうえでのものではなく、ジャニーズ事務所の専断で行われたものである。これを受けてメンバーは全員で話し合いをもとうとするが、木村拓哉はのらりくらりと理由を付けてこれを拒否。結局、中居正広は1人で解散阻止の説得に回ったものの、ほかの3人に押されて解散が決まる。



これにはジャニーズ事務所の思惑が働いている。ジャニーズ事務所としてはSMAPは解散し、こちらからみれば裏切り者の4人を追放、木村拓哉1人だけを残したいのである。で、ジャニー喜多川による夏の歌特番出演への再三の説得にもかかわらずメンバー(木村拓哉以外の4人)が固辞したことに乗じて、しばらくの活動休止を持ちだす。再開することなどは考えていない。メンバーのほうから解散をいいださせるための布石である。そして4人はこのままフェードアウトされられるのもイヤだと考え、はじめて解散を協議し、結果、事務所の思惑通りに動いてしまった。というわけである。



あれ? こちらのほうがしっくりきてしまう。まあ、いずれにしてもSMAPの解散はジャニーズ事務所の希望でもあったのである。これ以上の推測は、やはり止めておいたほうがいいだろう。と、ここまで書いておいてなにをいっておるのか、という気がしないでもないけれども。(了)





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