2016年8月8日月曜日

朝からエレベータで「親父の小言」を読まされる苦痛



「親父の小言」というものをご存じであろうか? 居酒屋のトイレに貼ってあったり温泉地の土産物の手拭にプリントされていたりする、通俗的な処世訓である。うっかりしていると箸袋からも目に入ってくることがあるので油断がならない。人の指図や忠告、それにわかりきったことをさも偉そうに語るやり方もイヤなので、これまでまともに目を通したことは一度もない。そもそも誰彼かまわず小言を投げつけてくるとはいったいどういう了簡なのであろうか? ともあれご存じない方のために、どんなものかいちおう掲載しておく。しかしご機嫌を損ねても責任はとれないので悪しからず、である。



朝きげんよくしろ


恩は遠くからかえせ


人には馬鹿にされていろ


年忌法事をしろ


家業には精を出せ


働いて儲けて使え


ばくちは決して打つな


おおめしは食らうな


亭主はたてろ


初心は忘れるな


後始末はきちんとしろ


神仏はよく拝ませ


何事も身分相応にしろ


水は絶やさぬようにしろ


戸締りに気をつけろ


自らに過信するな


怪我と災いは恥と思え


袖の下はやるな貰うな


書物を多く読め
火は粗末にするな


難儀な人にはほどこせ


風吹きに遠出するな


人には貸してやれ


貧乏は苦にするな


借りては使うな


義理は欠かすな


大酒は飲むな


人の苦労は助けてやれ


年寄りはいたわれ


家内は笑って暮らせ


出掛けに文句を言うな


万事に気を配れ


泣きごとは言うな


女房は早く持て


人には腹を立てるな


産前産後は大切にしろ


不吉は言うべからず


病気はよくよく気をつけろ



で、あろうことか、ある日私の住むマンションのエレベータ内にこれのコピーが掲げられていたのである。「朝きげんよくしろ」だと? バカをいうな。おかげでそれからこっち、私は毎日不機嫌そのものなのである。誰のしわざかははっきりしている。最近交代したばかりの管理人である。最近交代。貼り紙が好きで、文章でだけおしゃべりで、落とし物に“くん”とか“さん”をつけたり、最後に“モラルハザード? まさかそんなことはないですよね”と、いわずもがなの一文を付け加えたりする、お調子者の困ったオヤジである。おせっかいであるうえに自分の立場がわかっていない。ちなみにこの管理人、こちらから挨拶をしても、いつも視線をそらせたままボソボソと返すのみである。



でもって思い出したのが、今年、2016年1月7日から3月31日まで、テレビ東京の深夜枠で放送されていた5分間アニメ『SUSHI POLICE』である。開局20周年記念作品である。頼もしいことである。主題歌があの「OK GO」と「Perfume」の共作というところが一張羅な晴れ着の感じで、なんとなく田舎のお祭りを連想してしまうのである。



『SUSHI POLICE』には元ネタになった実際の出来事があって、それはちょうど10年前、2006年の農林水産省による海外レストランへの「正しい日本食」認証制度導入の目論見である。あろうことか審査のうえ推奨マークを配ろうとしたのである。これには海外メディアが「おーい、日本からスシポリスってのが来るんだってよー」と反発とさえもいえぬ嘲笑を浴びせたのである。結局、目論見は実現せず、2007年に農林水産省の外郭組織であるNPO「日本食レストラン海外普及推進機構」を設立してとりあえずのお茶を濁したのである。



あたりまえである。正しい〇〇料理の認証制度などということを国がはじめたとして、逆にアメリカ人がやってきて“これはアメリカンコーヒーではない!!”、“アメリカンパイではない!!”、“アメリカンドッグではない!!”といい募ったらどうする? 街の中華料理店に中国人の一団がやってきて“これは中華料理ではない!!”と決めつけたらどうする? 「ハウス印度カレー」はどうなる? あまたある日本の“創作フレンチのお店”や“創作イタリアンのお店”から“フレンチ”や“イタリアン”を外したら、ただの“創作のお店”になってしまうではないか。



あ、そうか。思い出す順番が逆か。最初にこっちでそれからテレビ東京開局20周年記念作品『SUSHI POLICE』か。失礼をしてしまったのである。ともかく、自分の優位を過大評価して調子にのってしまうとロクなことにはならないのである。そして立場というか立ち位置を勘違いしている点では、ウチのマンションの管理人オヤジと、この2006年の日本はよく似ていたのである。たぶんオヤジ、直前に定年満了した会社での仕事は総務畑だったのに違いないのである。マンション雇われポリス。



いまの日本にも同じようなところはある、というかむかしから一貫してある。それはどういうわけだか日本だけは特別な国、と見なしてしまうクセである。もちろん自分の生まれ育った国であり愛してもいるからその意味では特別なのだけれども、それは世界各国各地でみなが同じように思っていることである。なにがどうあれ、なにがなんでも我が国、我が地域だけは別、というようなクセはない。たとえばテロである。なんの根拠もないのに、日本では起こりえないとうっかり思い込んでいるフシがある。クセがキツい。



で、これに経済、産業の相対的な地盤沈下という事情が加わるのである。落ち目なのに、いまだにそれがどういうことなのかを理解し切れていない。いまだにどこかジャパン・アズ・ナンバーワンの気分に目くらましをされている。一流だと錯覚している。売れなくなった作家がいつまでも大物ぶって失笑をかっているようなものである。いわゆる英国病にも似ている。



さらにおもしろいことに、日本を特別な国と思い、世界での立ち位置がよくわかっていないのにも似合わず、他人の目、海外や外国人からの評価をひどく気にするのである。さらにさらーに、それらにかてて加えて、いつまでも戦争に負け続けているのである。敗戦国のまま、というより敗戦国的発想のまま71年目を迎えたのである。



自分の優位を過大評価する、自分を理由なく特別視する、落ち目がわかっていない、海外での評判に一喜一憂する、負け犬根性が染み付いている。このカオスともいうべき支離滅裂さ加減、もしかして日本はやはり特別な国なのであろうか? そして私はあんなに忌み嫌っていた小言オヤジに成り果ててしまったのであろうか? くわばらくわばら。もうすぐ終戦記念日である。それは敗戦記念日でもあり、また世界のどこかでは戦勝記念日でもある。(了)











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