思い起こせば今年の1月1日、『スポーツニッポン』が神田正輝(65)と三船美佳(33)との不倫密会をスッパ抜いたのであった。そう、当時、三船美佳は高橋ジョージとの離婚訴訟の最中であったので、れっきとした人妻であった。それで記事には、舞台となった大阪のホテルにタクシーで現れた神田正輝はさらに付近を1周してからホテルに入り、上階に消えていった、とたいへん具体的かつ詳しく記されていたのである。
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しかし!! その記事の最後は、天国にいる三船敏郎と石原裕次郎も二人を応援しているに違いない、みたいな、ワケのわからない締めくくりになっていたのである。なんだそれ? 応援するのであればまずはお前が書くな、である。
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ほんとうに今年はいろいろあったのである。ベッキーとゲス川谷の不倫騒動では、『週刊新潮』(2016年2月25日発売号)が、ベッキーが日本ユニセフに多額の寄付をしていてそれで学校が5つも建った、と報道したのである。
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しかし!! その直後、日本ユニセフ側から個人の寄付履歴を明らかにすることは絶対にない、という異例の発表がなされたのである。つまり『週刊新潮』にも知れるはずはないということである。なのに記事が出たのはどうしてなのであろう?
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ああ、そういえばその『週刊新潮』(2016年3月24日発売号)にゲス不倫をバラされた乙武洋匡(39)んちでは、夫婦揃って謝罪文を発表したのである。洋匡が「失った信頼を回復するのは決してたやすいことではありませんが、いま一度、自分を見つめ直し、家族と向き合っていく所存です」と書き、妻は「3人の子どもたちのためにも、あらためて夫婦ともに歩んでいくことを強く決心致しました」と記したのである。
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しかし!! にもかかわらず、それからわずか3ヵ月も経たないうちに乙武んちの夫婦は別居してしまっていたのである。いろいろな報道を総合すると、不倫疑惑報道→謝罪文発表から、たぶんわずか1ヵ月後くらいである。なぜだろう?
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おかげさまでこちらのあまりよくないアタマは、あちこちで難問に行き当たりはね返されてコブだらけなのである。そういえば、センテンススプリング(2016年8月17日発売号)がジャニーズ事務所の顧問、小杉理宇造(69)に取材をして、 香取慎吾(39)と草彅剛(42)は「昨日今日に始まったことではないんです。僕たちは15年前にもう壊れていたんです。でも、そこから10年やり続けた。それを理解してください」と語ったという記事を書いているのである。
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しかし!! 小杉理宇造、ジャニーズ事務所の顧問なのである。バリバリのメリー喜多川(89)派である。あの、あまりにも無惨な中森明菜(51)金屏風謝罪会見を仕掛けたといわれている人物なのである。今回に限ってセンテンススプリングが真に受けているのはなぜなのであろう? そして15年前−やり続けた10年=あまりの5年、はSMAP、どうしていたのであろう? センテンススプリングにはちゃんと書いてあるのか?
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そんなこんなを考えていると、まことに芸能マスコミとは頼りにならないものだ、という感慨に行き着く。あまりにもカンタンに外部のチカラに取り込まれてしまう。ウソも承知で書く。テレビにいたっては独自の取材さえ放棄している。スポーツ新聞の場合はガセが多いし、ガセではなくても、なにか意図するところがあっての紙面化が目につく。こちらには、とりあえずは疑ってかかる習性が身に付く。
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それはそれで芸能界全体がリアリティショーみたいでおもしろい。おもしろいのだけれども、そのいっぽうで大衆操作らしきことが軽々と、いともやすやすと行われていることに寒気を感じたりもする。これからの一例を予告しておくと、もうすぐHey! Say! JUMPとSexyZoneの露出が急激に増え、グループメンバーのエピソードなどもどんどん流布されるようになるであろう。ジャニーズ事務所は次のスターを早急に育てなければならない。
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で、イヤーな気分になる。どんどん情報を与え、マスコミにフィーチャーされれば人気は出るものだ、という定石ができあがっているようであるからだ。ライフスペースの高橋弘二(78)ふうにいえば“定説”である。なめとる。しかしアイドル商売半世紀以上の老舗、ジャニーズ事務所がそう信じているのであるから、実際にもそうなのであろう。
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そして新しいスターの登場によって上書きをされてしまったかつてのスターたちは、これまたあっけなく忘れ去られていくのである。マスコミを使えばスターをつくるのも消すのも自由自在。少なくともメリー喜多川のアタマのなかはそうなっているようなのである。
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しかしこれではあまりにつまらない。芸能批評が成立する余地もない。まともに書こうとすれば、芸能マスコミと芸能プロダクション、放送局、広告代理店のあいだのパイの奪い合いみたいな記事にしかならないであろう。まあ、その前にメジャーには批評に値する個々の作品がない!! という戦慄すべき事実があるのだけれども。
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ああそうか。マスコミを使えばスターをつくるのも消すのも自由自在、になってしまうのは、心に深く突き刺さってくる作品や飛び抜けてすぐれた芸能者がいないことにも理由があるのである。困ったことである。
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で、絶望的な気分に襲われてやけっぱちの、極端な話になる。最近ときどき思うのだけれども、日本人というのはあまり芸能を必要としていない民族、まあ民族であるとして、ではないのだろうか? たとえば、私たちの先祖がつくり出してきた楽器の種類や数は、西欧やアフリカの人々などと比べてずいぶん少なく、かつ日常的ではなかったような気がするのである。1日の終りにみんなで軒下や庭に集まって歌い、踊るなどという習慣もなかった。
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休息のひととき、なにをしていたのかといえば、たぶんじっと座って鳥の声や虫の鳴き声、風の音などに聞き耳を立てていたような気がする。それらを楽しんでいたと思うのである。
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であるからして、私たちはいわゆる芸能の楽しみというものがほんとうにはわかっていないのではないかと疑うのである。うーんと、ほとんど色恋沙汰ばかりをテーマにする流行歌に人生の喪失感までも重ね合わせてしまう聴き方は、鳥の声や虫の鳴き声に気持ちや心情を託す聴き方とそう違わないのではないか? と思ったりもするのである。
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というわけで、芸能への関心はもっぱらゴシップに向かい、芸能は大人の金儲けの道具に成り果てるのである。若者の音楽が若者の金儲けのためにあるのなら、もう少しは応援したくなるかもしれないけれども。ああ、また頭が痛くなってきた。今日も眠る前に少し、隣の部屋から妖しげな気配が漏れていないか、静かに聞き耳を立てる日本の私である。(了)
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