2016年8月26日金曜日

高畑裕太を野放しにし、持ち上げた石井光三オフィスの「罪」



今日の記事は手短にします。昨日の当ブログの冒頭で以下のように書いた事件について、やはり少しだけいっておきたいと思ったからです。



《高畑裕太(22)の事件のことは考えたくもない。強姦致傷というのは、ほんとうに人として最低の行為である。暴行致傷あるいは暴行傷害、というのならまだ想像できる。喧嘩になり、つい殴ってケガをさせてしまったら暴行致傷である。しかし強姦致傷というのは、暴力で相手の抵抗を奪っておいて犯すのである。弁明の余地がない。これ以上この事件を、芸能マスコミがとりあげるのもいかがなものかと思う》



で、本日(2016年8月26日)正午から高畑裕太の母親である高畑淳子(61)の謝罪記者会見が開かれる予定になっています。各局の昼のワイドショーのはじまりの時間帯にもってきたのは、中継を通して全国の視聴者に謝罪の思いを伝えたいということなのでしょう。その点では十分に誠意が感じられます。



しかし残酷なようですが、世の中にはまったく取り返しのつかないことがあります。あとでいくら泣いて謝っても時計の針は逆戻りしません。泣いて謝る身内に同情することはできても、事件そのもの、その被害がなかったことにはならないのです。



犯罪加害者に対して甘い、ということをいいたいのではありません。そうではなくて、加害者の立場でも考えてみよう、加害者の家族の立場でも考えてみようという、一見、理知的で思慮深い態度の危うさをいいたいのです。もちろん事件をあらゆる角度から検討し、その全体像や問題のありかを突き止めようとする努力が大切なことは大前提です。



2015年2月20日未明に多摩川の河川敷で、少年3人が仲間の少年の首や顔をカッターで何度も切るなどして殺害するという事件が起きました。いわゆる川崎中1殺害事件です。思い出すのも辛い凄惨な事件です。しかしこの8月23日、埼玉県東松山市の都幾川河川敷で、また再び同じような事件が起きてしまいました。26日現在、犯行に加わったとして5人の少年が逮捕されています。



少年たちの救いようのない蛮行はなぜ繰り返されたのでしょうか? それは彼らのなかで現実が軽いものになってしまっているからだと思います。取り返しがつかない、泣いても喚いても自分が死んでも親が死んでも取り返しのつかないことが世の中にはあるのだということが、ほんとうにはわかっていないのです。



そしてそうなってしまった原因の一部は、モノゴトを相対化して考えるという、最近とくに顕著な傾向にあります。みんな評論家みたいなことをいいたがる、といえばおわかりいただけるでしょうか。さらにその誰かの評論家みたいな言葉をサンプリングして自分の考えだと思い込むのです。



そのようにして相対化していった結果、当事者たちの生身の姿は消え、現実の重みが失われていきます。先ほど「加害者の立場でも考えてみよう、加害者の家族の立場でも考えてみようという、一見、理知的で思慮深い態度の危うさ」と書いたのはこのことです。もちろん、もちろん、もちろん、モノゴトを相対化して考えるのは、いうまでもなく、自分の意見をもつためにたいへん大切なことです。



現実の重さがわかっていないからといってもっと厳罰主義でいけ、といっているわけではありません。また、高畑淳子に同情はいらない、といっているわけでもありません。このままでは事件の重大さや意味がほんとうにはわからない社会になってしまうのではないか、と不安なのです。



ですから、たとえば高畑淳子の謝罪会見を1時間見たとするなら、それの何倍かのパワーをかけて被害者に心を寄せ、その痛みや苦しみ、悲しみや怒りを感じとらなければならないのだと思います。「加害者の立場でも考えてみよう、加害者の家族の立場でも考えてみよう」ということの前にそれが必要なのに、忘れられがちになっています。



もうひとつ。これも昨日のブログに書きましたけれども、今日の高畑淳子の記者会見では、高畑裕太について、おそらく境界性パーソナリティ障害だとか発達障害だとかという告白がされるのだろうと思います。付け加えますと、そのことと刑事責任能力の有無はまた別の問題です。



テレビのバラエティ番組の出演者には、そうしたタイプ、あるいはそうしたタイプを装っていると思われるタレントが何人もいます。“キワモノタレント”とかいわれる人たちです。注釈が多くなりますけれども、そういう人たちをテレビに出すな、というのではありません。本人の意思があり、仕事としてやり通せる見込みがあればどんどん活躍してもらいたいと思います。



しかし、おもしろい、おもしろい、と囃し立てていても、そこにはやはりリスクがある場合があります。いやなたとえですけれども、そうしたタレントがある日突然、精神のバランスを激しく崩して自殺してしまったら、と考えてみてください。いったい私たちはなにを笑っていたのでしょう、ということになります。高畑裕太の起こした今回の事件は、社会的に見れば一種の自殺行為です。私たちは高畑裕太のなにを支持していたのでしょう? これはもう、岡村隆史(46)が長期療養したときから何回か指摘してきたことですけれども。



またまたいやなたとえで申しわけありません。犬をからかって遊んでいるつもりで突然ガブリと噛まれ「コイツ本気で噛んだんだよー」と叫んでいる意地悪な子どもの連想がアタマから離れません。



これについては、タレントの所属するプロダクションに責任があります。Wikipediaで高畑裕太の所属する「石井光三オフィス」のページを開くと、「所属タレント」のなかの〈俳優・女優〉リストのトップに高畑裕太の名前があります。売り出し中かつ稼ぎ頭、ということなのでしょう。いくら需要がある、キャラクターが立っている、とはいえ安易なタレント管理をした責任は重いと思います。今後、こうしたタレントの扱いにはテレビ局も慎重になることでしょう。



えっ? ああ。ただいま通りすがりの知り合いから指摘がありました。高畑淳子の謝罪会見は、正午からではなく、このあと午前9時からだそうです。どちらにしても、全国の視聴者に謝罪の気持ちを伝えたいという気持ちが伝わる時間帯です。「コーヒーはおかわりできるが、人生はおかわりできないんだぞ!!」by清水大敬。(了)



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