2016年8月12日金曜日

小言オヤジかタダのバカ。お笑い芸人はどこへ行く?



『週刊プレイボーイ』(集英社)に、ロンドンブーツ1号2号の淳(42)が連載をもっていたのである。タイトルは「天空のブランコ 田村淳の脳内両極論」という。“時事問題について、あえて「アリ」「ナシ」の両極端な立場で思考実験をする「脳内議論」をテーマにした内容”(「週プレNEWS」2016年8月11日配信)なのだそうだ。



「天空のブランコ」は脳内で両極に揺れるということで、それから「思考実験」、「脳内議論」とくれば埴谷雄高の『死霊』が思い出される。観念小説の大作である。であるから田村淳の連載についても、なにかケタはずれの観念操作で笑わせてやろうという企みなのだろうと期待したのである。しかし実際はただの社会時評であった。つまらん、つまらん、まーったくつまらん!!(by大滝秀治)



そんな田村淳の発言を、「週プレNEWS」が紹介している。ナイーヴなくらいの正論である。“ブ”ではなくて“ヴ”というくらいの正論。抜粋して紹介しよう。



「〜(略)〜あのさ、石田さんってバカじゃないと思うんだわ。自分が出馬の意向を示したら、非難の対象になるのはわかっていただろうし、厄介なCMなどの違約金の問題も出てくる。ましてや家族の反対もある。プラスになることは何ひとつない。それなのに、出馬の可能性を口にしたのは、それだけ都政に対する危機感があったからだろう。その、いてもたってもいられない姿勢は尊重されるべきだ。

東京都をよりよくしたい――その一念で手を挙げた人間を安直に批判する。それがまかり通ってしまっているこの国は、ちょっとおかしいよ」

一気に国レベルの話にもっていくのはともかく、途中から耳を塞ぎたくなるくらいの正論である。わかり切っていることを、さももっともらしく語る輩が大嫌いなのである。でもって、田村淳の正論はさらに続くのである。

「特にイヤだな、と感じたのは7月11日に出馬を断念した石田さんの事務所を通してのコメント。

『今後一切、政治に関する発言はできなくなりました』

なんなの、これ? “政治に関する発言はしません”ではなく“できなくなりました”って、どういうこと? 誰かが、どこかの勢力が、石田さんの政治に関する言論を封じ込めたってこと? これが本当なら、ひどい世の中になってしまったものだ。これじゃまるで戦前の言論統制じゃないか。

それでも、この国にはまだ、微風かもしれないけど、自由な風が吹いていると信じたい。石田さんは政治に関する発言ができなくなったらしいけど、僕はしていくから!」



タブーだらけのテレビ界で働いている人間がシレッとこういう発言をすることに、私も“特にイヤだな”と感じてしまうのである。やれるものならやってみてちょ、である。そういうことはジャニーズ事務所の所属タレント、たとえばHey! Say! JUMPの中島裕翔(23)あたりをイジリ倒してからいってちょ、である。



しかしここでいいたいのはそういうことではなくて、どうしてお笑い界までみんな“正論語り”のほうに走ってしまうのだろう、ということである。とくにベテラン、中堅といわれる方々。ビートたけし(69)しかり、『ワイドナショー』(フジテレビ)の松本人志(52)しかり、『白熱ライブ ビビット』(TBS)の中田敦彦(33)しかり。



だれか1人くらい、あらゆることがらを笑い飛ばし、はぐらかし、痛烈に皮肉ってやろうと考える芸人はいないのであろうか。それはお笑いの大切な役割のひとつだし、ストレートなモノいいがなかなか難しくなってきたこんなときだからこそ、天空のブランコ並みに価値感を揺らすお笑いのチカラが必要なのだと思うのだけれども。



それができないのはおそらく、いまのお笑いが、はじめからテレビありきではじまってしまっているからだろう。とりあえずはみなテレビに出て顔を売ることを目標にしている。だから、テレビの中でやっているのだから、などという本末転倒したいいわけが大手をふる。



東国原英夫(58)が宮崎県知事選挙に立候補するとき、ビートたけし(69)は「お笑いは、それがどんなものであれときどきの権力に従って生きていくものだから」という理由で弟子と師匠の縁を切っている。ビートたけしならとうぜん「お笑いはときどき権力と対立するから」くらいのことはいいそうな気がしていたので、ずいぶん含みのある言葉だなあ、と受け取っていたのである。しかしどうやら含みもなにも、字ヅラ通りの意味しかなかったらしい。



単純に個人の資質にもよるのだろうけれども、年齢的な問題もあるのかもしれない。いい年こいていつまでもバカはやっていられない、というヤツである。ご本人たちは仕事を追いかけていったら自然にこうなった、とおっしゃるかもしれないけれども、それは言葉を替えれば流されていることである。お笑いを裏切ったとまではいわないにしても、もう少し執着があってもいいのではないか、と思うのである。



たとえば松本人志や田村淳は、結婚してから明らかに芸風、発言のニュアンスが変わってきている。いまや正論好きな御託オヤジの風情である。つまらん、つまらん、まーったくつまらん!! そんなものなのであろうか? 子どもにバカな姿を見せたくない、とか、一家の長として、とか、そういうこじんまりした理由なのであろうか? 坂田利夫大先生、アホの坂田(74)をよーくご覧いただきたいものである。いまだ結婚すらできないではないか。ご立派である。



なにもレニー・ブルース(享年41)になれ、といっているわけではない。英雄でなくていいのである。ただ、テレビそのものと大手プロダクションが牛耳るいまの芸能界を捨てる勇気をもてばいいのである。寄席、ホール、ライブハウスに戻ればいい。そこから発信するツールもいくつもある。



これから先はテレビにとっても芸能界にとってもジリ貧の辛い時代が続くだろう。表現にはさらに“自粛”圧力が高まる。そしてお笑い界は、御託を垂れ流す正論派と、永野(41)みたいなまったくのナンセンス派が2極で主流をなし、それにプラスしてバラエティ班のMC&ガヤという構造に、すでになってしまっている。お笑いそのものは消え、その場限りの条件反射的言説があふれ「天空のブランコ」はピクリとも動かない。



まあ、そんなこんなで「天空のブランコ 田村淳の脳内両極論」は、8月8日発売号をもって終了したのである。「石田さんは政治に関する発言ができなくなったらしいけど、僕はしていくから!」と熱く語った田村淳はいったいどこへいくのであろう? (了)








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