「ARASHI LIVE TOUR 2016-2017『Are You Happy?』」が、11月11・12・13日の札幌ドーム3日間からスタートした。観客動員数は例によってなんと約16万人であったという。いつものことながら畏れ入る。ちなみに10月に同じ札幌ドームで開催されたプロ野球日本シリーズの第3・4・5戦の総動員数は12万1735人であった。「嵐」の3日間のほうがずいぶん多いのである。
*
日本の総人口1億2693万人(2016年10月1日現在・推計)を16万人で割ると、793.3人である。日本人全員の約800人に1人がこの3日間で札幌ドームに集ったことになる。驚いてはいけない。前回の5大ドームツアーの総観客動員数84万5000人で総人口を割ると、全国民の約150人に1人が「嵐」のドームツアーに参加したことになるのである。貧乏人は割り算が好きなのである。メリー喜多川ウッハウハである。もちろんこれほどのスケールの動員は日本の芸能史上はじめてのことである。
*
で、疑問である。なぜ「嵐」はそれほど人気があるのであろうか? そこのところを、そろそろ少ししっかり考えておかなければならないのではないか、と思ったのである。“そろそろ少ししっかり”といういいかたに、すでにいい加減なニオイがプンプンしているけれども。
*
ボーッと考えて浮かんでくるのは、とうぜんファン層が広いんだろうなあ、ということである。学生からOL、教師、販売員、看護師、エンジニア、それからいろいろな“嬢”だとか主婦だとか。「嵐」のファンはおそらく日本中にあまねく存在しているのである。いつでも、どこでも、なんでも、誰でも、のユビキタス「嵐」。
*
で、こうなるとファンの特性みたいなことを考えてもしかたがないのである。たとえば経済状況、学歴、家族構成、思想傾向etc.。そんな集団の特性を測るさまざまなハカリの針は、たぶんどれもごく平均的なあたりを示してピクリともしないのである。分母がとてつもなく大きいのであったり前田のクラッカーである。
*
しかし、これとは逆に集団の特性らしきものをすべて取り去ってしまったものが「嵐」ファンの特性、という感じはするのである。傍目から群衆、大衆と括られるだけではなくて、自分のほうから積極的に群衆、大衆であろうとする人たち。根拠? みんなが好きなものを好きになるというのは、そういうことではないのであろうか?
*
しかも対象は夢だとか憧れだとかのマト、アイドルスターである。ここで自分を投影する、いいかたを変えれば自分を発揮しなければいつ発揮するの? という感じがする。うむ。生まれてこのかた気付けば偏った趣味趣向を求め続けてきた私にはそう見えるのである。少なくとも平均的であることに抵抗がないようにお見受けする。私は平均以下。
*
2016年11月14日配信の『オリコンスタイル』に、《2万人が選ぶ好きなアーティスト、「嵐」が前人未到の7連覇》という記事が載っている。“2万人”というのは「オリコン・モニターリサーチ」の会員という、さまざまなアンケート調査に協力している人たちのことらしい。しかし詳しいプロフィールはわからない。
*
とにかく7年連続総合トップということは、「嵐」のドームツアーが開催されている時期とほぼ重なっているわけである。つまり『オリコン』のデータをそのまま額面通りに受け取れば、「嵐」は2009年ごろから、それは結成10年目くらいから、名実ともに日本のトップグループの地位に君臨したと確認できるのである。
*
正式名『音楽ファン2万人が選ぶ“好きなアーティストランキング”2016』での総合トップ。この“総合”というのは年代別ランキングの“総合”である。「嵐」は10代と20代のランキングで1位を獲得し、30代で7位に後退し、40代でトップ10圏外に去っている。
*
うむ。「嵐」の人気を中心的に支えているのは、やはり10代と20代なのである。でもっていまの10代、20代が音楽を聴くようになったときには、すでに「嵐」はビッグネームであったのである。
*
この年代はJ-POPと呼ばれる音楽の主な支持層、中心マーケットであって、それだけに競合が激しいのである。選択肢は多いはずなのである。そのなかで先ほども書いたように、みんなが好きなものを好きになる、ということはどういうことなのであろう? 「嵐」を選ぶということはどういうことなのであろう?
*
「嵐」のファンであることは、たぶん“安全”なのではないのか、と私は疑うのである。エラそうに。たとえば「嵐」のファンであるということは、クラスメイトからは少し面白味の足りないヤツだと思われるかもしれないけれども、それだけでそれ以上は気にされることもないヤツではないかと思うのである。変わったところ、目立ったところのない、いいヤツ。「嵐」のファンであることで攻撃の対象になることはたぶんない。「嵐」は安心や安定やを望む気持にフィットする。
*
まあ、そういうことはテレビ画面上のメンバーの姿からも伝わってくるのである。若いグループとしては穏やかであり、尖ったところがない。人を選ばない感じがする。しばしば“優等生的”と評されるのもそういうところであろう。で、その『オリコンスタイル』の記事に10代、20代のファンの声が紹介されているので抜粋してみよう。パフォーマンスのスキルについてとキャラクターについてとが3本づつセレクトされている。
*
◆「ライブは最高の演出で感動するし、飽きない」(神奈川/10代・女性)
◆「5人のパフォーマンスにまとまりがある」(東京/20代男性)
◆「歌、ダンス、パフォーマンスが素晴らしい。様々なジャンルを歌いこなせる」(埼玉/30代女性)
◆「仲が良いし メンバー全員が輝いている」(千葉/10代女性)
◆「雰囲気、考え方や姿勢、見ているだけで笑顔にさせてくれる存在」(愛知/10代女性)
◆「仕事に対する姿勢も尊敬できる」(千葉/20代女性)
*
札幌ドームでのコンサートを報じた『北海道新聞』(2016年11月13日配信)には、なぜだかより年配のファンの声が紹介されていた。
*
◆「コンサートを楽しみに1年間頑張ってきた。とても幸せな気分」(会社を休んで来た大阪の女性・37)
◆「嵐は私の生きがい。このためにお金をためました」(友人の分も含め5万円分のグッズを購入した小樽市の女性看護師・40)
*
『オリコン』や『北海道新聞』がどのように「嵐」をイメージしているかがよくわかる。『オリコン』はやはり穏やかですこぶる健全な若者のイメージであり、『北海道新聞』は幅広い層に支持されている「嵐」である。
*
「嵐」には親子2代のファンも多い。親が好きなグループのファンになるのはどんな気持ちなのであろう? 中学・高校とIGGY POPやALICE COOPERを聴いて育ってきた私には想像がつかないのである。みんなの青春の衝動は、いったいどこへ行くのであろう?
*
いやいや、申しわけないけれどもトシを重ねた私は最近ようやくわかってきたのである。衝動? そんなこと考えたこともないしぃ、という若者がきっと大多数なのである。で、IGGY POP? ああ、あのうるさいヤツでしょ、なのである。
*
そしてそういう若者たちのほうが、やっぱりといおうか結局といおうか、穏やかで落ち着いた人生を送っているわけである。そういう方々が日々の営みを通して日本を支えているのである。「嵐」は現代日本のシアワセである。「嵐」のファンであることは、そういう現代日本のシアワセに潜り込むことなのである。
*
たとえばそれを保守化傾向の表れとか、グレート・サイレント・マジョリティだとか、ファンのなかに存在する階層性に目を付けてパラレルワールドへの逃避だとか、『千と千尋の神隠し』に出てくるカオナシに似ているだとかいうことはきっといえると思うのである。
*
でもだからといって片付かないのである。そう考えて一件落着だとするのは傲慢というものである。それに、それではそもそもここまで書いてきた意味がないではないか。ねえ。
*
この日本はほぼほぼ「嵐」なのである。「嵐」の国なのである。そこで生かされているのであるから、そのことはしっかりわきまえなければならないのである。
*
「嵐」は現代日本のシアワセであり、私のように、たぶん「嵐」ファンのみなさま方からご覧になればフシアワせなプア・サイレント・マイノリティにとってはいささか恐怖でもある。個性ってなに? 多様性ってなに? 私の場合はもっと切羽詰まって食の安全・安心ってなに? であるけれども。
*
であるから私は、ああ、ダメだ。更生できない。いまさっくりYouTubeの最近試聴したリストを確認したところ、「anal cunt」、「ANALKHOLIC」、「ENEMA SHOWER」、「SPASM」などというロクでもない名前のバンドがゾロゾロなのであった。
*
このバンドたち、みんなズズンダズズンダいうばかりでほぼ音楽ではない。ボーカルはもちろん十年一日のごとくのデスボイス。このうえなくアタマが悪い。あちらとこちらのこの十年の違い!! 「嵐」が眩しい、眩し過ぎる。人並みのシアワセは遠い。寝る。(了)
OCN モバイル ONE データ通信専用SIM 500kbpsコース
CMで話題のコスメやサプリがSALE中☆
【DHC】最大70%OFFのSALE開催中!
0 件のコメント:
コメントを投稿