『週間文春』(2016年11月3日号)が発表した恒例「女が嫌いな女」ワースト50において、ベッキー(32)は堂々の第2位であった。1位和田アキ子(66)、3位蓮舫(48)のあいだに割って入っての2位である。なんという景色!! ほぼホラー。人外魔境(by小栗虫太郎)のおぞましさである。ちなみに4位は藤原紀香(45)、5位は工藤静香(46)であった。
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こんな猛烈な嫌われ方でも人柄や性格のせいにしてしまうのはたぶん簡単である。還元的に考えていけば結局はそういうことなのであろう。けれども、なぜこうも自分から嫌われる方向に動いていくのだろう? と不思議な気持ちにもなるのである。本気で復帰するつもりがあるのか? と疑いたくなる。
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不思議なあまりなんとなく考えていると、2つの手がかりが浮かんだ。ひとつはベッキーの個人的な資質、心の問題。もうひとつはイメージ回復をめざすやり方、戦略の間違いである。
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まずはイメージの回復戦略である。ベッキーの場合、ここの「イメージ」から2つに分裂してしまっている。今日は2股に分かれる話が多いのう。ひとつは明朗快活、あえて書くけれども清純なイメージ(A)である。これが、川谷絵音との不倫疑惑を伝える『週刊文春』の発売前日、2016年1月6日の緊急釈明会見直前までのパブリックイメージであった。
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もうひとつは不倫に走り、ウソやごまかしを繰り返して世間を偽ろうとした自分勝手で狡猾なイメージ(B)である。(A)と(B)はどういう関係にあるかというと
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(A)[明朗快活、清純]:ベッキーが自分自身に抱いている内的なステレオタイプのイメージ
(B)[自分勝手、狡猾]:世間が抱いている、世間から押し付けられている負のイメージ(=スティグマ stigma)
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ということになる。そうするとイメージ回復のためには(B)をどうするかだけを考えればよいのだと思える。(B)は仕事のためのイメージであり、(A)はほんとうの自分として心のなかにしまっておけばよいのである。そもそも相反する2つのイメージを同時に取扱うことなどできそうにもないし。
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しかしこれまでの行動を見ているかぎり、ベッキーは(B)を完全に駆逐してしまって、すべてを(A)で塗りつぶしてしまいたい、統一してしまいたいと考えているようなのである。これが先に述べた「ベッキーの個人的な資質、心の問題」である。あらあら、ついでみたいに片付けられてよかったのである。
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自分は誰からも[明朗快活、清純]に思われていたいという気持は、すでにそう思われていなければならないとするオブセッション(脅迫観念)に亢進してしまっている。そしてそのためにウソやごまかしを繰り返すという自家撞着に陥っている。
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自分はとことん(A)でいなければならないのに、そのために努力すればするほど(B)になっていくのである。逆の方向から辿ると、ウソやごまかしをなくすためにはどうしても一端、自分の過ちや腹黒い企みがあったことを認めなければならないのだけれども、(A)でいなければならないというオブセッションのためにそれができないのである。一線をどうしても踏み越えられない。後にご紹介するベッキーのNG項目をご覧いただければよく理解されると思う。
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一方、(B)の[自分勝手、狡猾]なイメージを改善していくのも、これはベッキーが考えているほど簡単なことではない。ベッキーにはウソつき、ごまかしという後光が射している。ベッキーの名前を聞いたりその姿を見たりすると、人はその後光の印象に支配されて、関連するすべてを[自分勝手、狡猾]だと判断してしまうのである。たとえばベッキーの妹もきっとイヤなヤツに違いない、と思ってしまうことなどである。これをハロー効果(halo effect)という。ベッキーはそうした捉えられ方の中にいる。
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しかしながらこの点についてどうもベッキーは、人の噂も七十五日、そのうち忘れてくれるはずだと軽く考えているフシがある。[明朗快活、清純]に思われていなければならないという脅迫観念に囚われ、そしてそれを実現させようとすれば[自分勝手、狡猾]になってしまうという自家撞着に陥っているのであるから、そう思い込むしかない。
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さて、世間はそう簡単に忘れてくれるであろうか? 答えはおそらくNOである。メディアが発達した現代では大量の情報によって過去の記憶が押し流されているようにも思えるけれども、その情報によって更新し続けられる記憶というものもあるのである。とくにインターネットに刻み込まれたスティグマは拡大再生産さえされる。
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考えてみれば「人の噂も七十五日」とは、たしか江戸時代後期にいわれはじめた諺である。「ベッキー」と検索すればたちどころに川谷絵音との過去のニュースがズラズラ出てくる怖さなどまったくない時代の言葉である。忘れてくれないのであれば、繰り返しになるけれどもまず事実関係に正対してそこから立ち上がる姿勢を見せなければ前に進めない。
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そういうことで、ベッキー個人のチカラでイメージ回復に適切に取り組むことは原理的にも実際的にも不可能なのである。であるから周囲、とくに所属プロダクションであるサンミュージックがしっかりしてチカラを貸してやらなければならないのである。ところが当ブログでも何度も書いているとおり、これがまた散々なのである。
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その戦略の間違いの根本原因がはっきりとわかったのでご紹介しておこう。サンミュージック関係者の方々にはきっと参考になると思う。まずは昨日、2016年11月5日付の『デイリーニュースオンライン』の記事《ヨゴレキャラはNG?ベッキーの”高飛車要望”で年末復帰が遠のく》を見てみよう。ベッキーはテレビなどに出演させるにあたっての制約が多いのだそうである。
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《ベッキーは、10月9日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)にゲスト出演し、とうとうあの不倫騒動に言及した。奇しくも、かつての不倫相手である川谷絵音(27)と、当時未成年だった新恋人のほのかりん(20)の飲酒問題の報道があり、川谷が活動自粛を発表したタイミングだった。
その件について、MCのダウンタウン・松本人志(53)からコメントを求められたベッキーは、「未然に防げたのではないか」と冷静に切り返し、遂に川谷ネタを“解禁”。これでベッキーに対する業界の評価も再度高まることとなり、年末には各局からバラエティの出演オファーが多数来るのではとも噂された。しかし、いまだベッキーには制約が多く、全てが解禁とはいかないようで、各局は敬遠しているのが現状なのだという》
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復活のチャンスを掴みかけたのにそれを逃しているというのである。続けてこうも書いている。
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《「実はベッキーに対して、『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)が出演オファーを出したらしいんですが、ベッキー側が拒否したようです。一説にはベッキーのプライドが許さなかったと言われていますが、結局はこれまでのイメージをまだ保ちたいと考えている所属事務所が拒否したようです。仕事を選んでいる場合ではないと思うのですが……」(テレビ局関係者)
局サイドとしても、その川谷ネタ解禁を待ってのオファーを望む声が多かった。その期待に応えられなければ、せっかく出てきた完全復帰の芽は、またすぐにしぼんでしまうことになるだろう》
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ここまで読み進めていただいた皆さんはもうご承知だと思う。誰からも(A)[明朗快活、清純]だと思われなければならないというオブセッション(脅迫観念)にとらわれているベッキーは、(B)[自分勝手、狡猾]を完全に駆逐し、すべてを(A)で塗りつぶしてしまいたい、統一してしまいたいと願っているのである。“しくじり”を堂々とあからさまに人前で話すのは心理的に非常な困難なのである。
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また、記事中にあるけれども、所属事務所としてはもう「これまでのイメージをまだ保ちたいと考えている」のではないと思う。事務所の経営はほんとうに危機的な状況にあって「仕事を選んでいる場合ではない」のであるから。たとえばこんな話まである。
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《一部のテレビマンから嘲笑の的となっているのが、ベッキー(32)のなりふり構わぬ売り込み作戦だ。
「タレントの生命線でありプライドともいわれる出演料を、期間限定で半額でもいいと言ってきたんです。この話を聞き、ベッキーは完全に終わったと思いましたね…」(制作会社幹部)
その理由を民放キー局プロデューサーが解説する。
「基本、タレントがギャラを下げるということはありえないこと。でも、ベッキーは不倫騒動で迷惑をかけたのだから仕方がないというジャッジになるのでしょう。だから期間限定という条件を付けてきた。これは明らかな勘違い。期間を区切るのは局であってベッキーサイドではない。何か勘違いしているとしか思えない」》(「週刊実話」2016年8月4日配信)
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そしてそうこうしながらベッキーとサンミュージックが足踏みを続ければ、話の流れはもう定番となったあの人物を呼び寄せる。矢口真里(33)である。ベッキーにとっては不本意かもしれないけれども、いまの芸能人としてのベッキーのポジションは矢口真里のあたりなのである。『デイリーニュースオンライン』の記事の締めくくりはこうである。
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《過去には元・モーニング娘。の矢口真里(33)が、不倫騒動後に芸能活動を休止したが、何でもぶっちゃける体当たりキャラに変貌を遂げ、なんとか芸能界で活動を続けている。矢口と同じキャラを演じるのはさすがのベッキーにも無理があるだろうが、ある程度キャラの幅を広げ、NGの制約を解いていかなければ、今後も芸能界で生き残っていくのは難しい》
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では具体的にベッキーとサンミュージックはメディア側にどのような働きかけをしているのであろう。先ほども出てきた『週刊実話』(2016年8月4日配信)がこんな話を載せている。
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《さらに、ここにきてベッキーの評判を落としているのが、強気の姿勢だという。最盛期の彼女ならいざ知らず、売り込みにきておきながら、様々な条件が付いてくるというのだ。
「一つ目が不倫話はNG。続いて恋話に関しても基本ダメ。加えて、これまでベッキーがテレビで演じてきた優等生キャラを全面に出してほしいというんです。これならギャラは半額でいいという。正直、何様という感じですよ」(芸能関係者)》
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また『週刊新潮』(2016年11月3日号)にはこういう記述もあった。
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《折しも10月1日には、自身初めてとなる生放送のラジオ番組(『ミッドナイト・ダイバーシティー~正気のSaturday Night』)のレギュラーが、JFN系列FMラジオでスタートした。東京・半蔵門のTOKYO FMに姿を見せたベッキーは「新番組を頑張ります」と笑顔を見せたのだが、先の記者いわく、
「出演が発表されたのは9月21日。その前日、サンミュージックの社員がわざわざ各スポーツ紙の編集部を訪ね、『今後は地方の番組とか、どんな仕事が決まっても“都落ち”とは書かないでくださいね』と、懇願して回っていたのです。一体何のことかな、と思いましたが、地方でなくラジオなんだなと納得しました」》
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これ以前にもベッキーとサンミュージックはBSスカパー! の音楽番組『FULL CHORUS~音楽は、フルコーラス~』へのレギュラー出演開始に際した会見で顰蹙を買っている。活動再開にあたってのこの会見(6月10日)は1月6日以来約半年ぶりのものである。メディア側の受け取り方としては釈明、謝罪のニュアンスの強いものであった。以下は『ビジネスジャーナル』(2016年6月11日配信)からの抜粋。
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《「案内状はサンミュージックから送られてきましたが、集合の時間と場所のほかに、長々と注意書きが記されていました。生中継の禁止や駐車場の使用NGなどは理解できるものの、各テレビ局は系列社ごとにレポーター1名、カメラマン1名、新聞や雑誌は2名まで、ウェブ媒体は1名のみと、人数制限まで指示されていたのです。また、前回の会見とは違い、案内状が送られてこなかった媒体はすべて取材NGとされていました。
PRのために行う会見であればまだしも、謝罪や釈明のために行う場に『出入り禁止』をもうけてしまうのは問題です。案内状にはスカパー!側の配慮で時間や場所を提供してもらったために制限せざるを得ない旨が記されていたが、それならばサンミュージック内で会見を行えば済む話です」(テレビ局関係者)
同関係者によれば、これ以外にも「制限」がもうけられていたという。
「事前に詳細を問い合わせたところ、会話形式となる囲み取材もNGで、基本的に1社につき質問は1回だけという質疑応答形式、さらに時間は10分前後だと通達されたのです。これでは『金スマ』での発言以上の内容は期待できないと、ベテランレポーターの稼働を見合わせた局もあったようです。現場でも『もう一度サンミュージック内で正々堂々と会見すべき』という声が聞かれました」(同)》
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不倫話はNG、恋バナも基本NG、優等生キャラを前面に押し出せというのも、また会見におけるさまざまな制約も、ベッキーのなかの(A)[明朗快活、清純]イメージを傷つけないようにという配慮から出ているものであることは想像がつくのである。私はやさしい人間なのである。
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しかしそれが「正直、何様」という反応をひき起しているのであるから、そこに大きな間違いがあるのである。簡単な話、ものはいいようなのである。単純。アレはダメ、これはヤメて、ここは前面に、と注文ばかり投げつけられていれば誰でもイヤになる。こっちは使ってやる立場なのだ、と改めて元も子もないセリフをいいたくもなる。
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ムシの居所が悪ければ、新婚オトコと不倫をして奥様を泣かせ、世間にはただのお友達とウソをついて切り抜けようとし、日本ユニセフに多額の寄付をしていたという美談まで盛ったおまえが優等生? 厚かましいにもほどがあるずら!! と、ついでに平手打ちを食らわせられても文句はいえないのである。
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ではどうすればいいのであろうか? ダメダメいっていないで、ではこうしたらどうでしょう、ああしたらどうでしょう、という提案、企画を持ち込むのである。これも当たり前の話である。単純。えっ? 企画が思いつけるくらいならとっくにやってる? もし案があるというのならどんな案なのかいってみろ? うむ。
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お答えしようではないか。1度、たった1度でいいからNGなしでバラエティ番組に出演することである。そこで泣き出すか嘔吐するか卒倒するかまで自分自身を追いつめてみせることである。そうすれば、どうしても(A)[明朗快活、清純]だと思われなければならないオブセッション(脅迫観念)を抱えていることに気付いてもらえるであろう。ベッキーは矢口真里とは違うのだ、とわかってもらえるであろう。そのためには『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日)は格好の番組であったと思うのだけれども。
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おお、それではあまりに厳しい、やさしくないとおっしゃられるのであれば、もうひとつ「黒い優等生」になるという手もご紹介しておこう。本人が耐えられればではあるけれども、ある日突然「黒い優等生」にキャラクター変更するのである。やっていることは品行方正であっても動機は黒い、というような。それで笑ってもらえれば大成功である。未来は黒明るくなるであろう。
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ともかく、このくらいのインパクトがなければベッキーは復活できないと私は思う。いまのままでは、いつまできれいごとで済ませようと思っているのだ? 何様のつもりだ? という批判からどうしても自由になれない。負のハロー効果を強烈なインパクトで消し去ってしまうのである。
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最後にもうひとつたいへん重要なことを指摘しておきたい。それはここまで見てきたように、ベッキーの完全復帰への働きかけ、イメージ回復の戦略が、もっぱらメディア向けに行われていることである。視聴者、ファンはほとんど無視されている。これの印象はたいへんに悪い。さんざんウソをついたりごまかしたりしてきたのであるし、世間に見えないところでまたコソコソなにかやろうとしている、と見られてもしかたがない。
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これもたいへん単純な話で、かつて誇ったあの“好感度”の高さはいったい誰のものだったのかといえば、視聴者の一人ひとり、ファンの一人ひとりである。その1人ひとりにアプローチしようという姿勢がまったく見られないので、不満を通り越して憤りに近いものまで感じてしまうのである。テレビ局や代理店、スポンサーの顔色を窺う前に、まずは客、エンドユーザーである。
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「そんなことをいってもメディアを通さなければ伝わっていかないじゃないですか」などといってはいけない。最初にメディアを通して語りかける姿勢がなければ、ただテレビ画面に顔を出していても人気は戻ってこない。なんのためにメディアに乗るのか、と考えてみたらいい。それにいまはSNSなどダイレクトに語りかけられるツールがちゃんとあるではないか。ところがそれを利用しようという努力もない。ほんとうに復帰したいのか? である。
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ああ、そうそう、活動休止中、芸能界、スポンサー、代理店、メディアなどのキーパーソンには直筆の手紙を送っていたらしいではないか。それで視聴者やファンは放ったらかしなのであるから、あざとくしか感じられないのである。おお、書いていてまたなんだかゲンナリしてきたのである。
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いかがであろう? タレント・ベッキーを守っているつもりの方々、実際はその気持とは裏腹にダメにしてしまっているということがおわかりいただけたであろうか? この記事はきっと役に立つはずである。とりあえず私はこのように考えて嫌いな人物を1人、克服できたのである、といいたいところだったのであるけれども、また嫌いになってきた。困った。(了)
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