2016年11月17日木曜日

ネット上での発言に妙に“魂”が乗っている人、迷惑なんだよねえ



《sherbetが「武道館ライブ」発表!「ネットの反応が怖い」》というタイトルの記事が『東スポWeb』(2016年11月16日配信)に載っていた。sherbetは「Gカップのツートップ犬童、橋本」らを中心に活動する“夏”をイメージしたグループで「 セクシーな衣装でのパフォーマンスはド迫力」なのだそうである。GはHの手前、明石家さんま(61)以前は“ヘンタイ”の手前であった。だからどうということではないけれども。



で、このたびsherbetは「セカンドシングル『ハレルヤ!!!!!!!!』発売記念会見&ライブを行い、そこで『武道館』でコンサートをすることをサプライズ発表した」のである。紹介記事は以下の通り。



《時期について犬童美乃梨(22)が「いつかの夏です」と笑うと、橋本は「大赤字になる前に売れることですね。冗談ではなく、それに向かって頑張りたいな」と力を込める。ただ「このニュースがネットに上がったとき『ハッ、なめてんのか?』となるのが怖い」と世間の反応も気になる様子。Xデーは来年の夏ということではなさそうだ》

んー、と、ようやく2枚目のシングルを発表した時点で早くも武道館ライブを発表したというのである。しかもそんなことであるからそれは2017年の内にはムリそうだというお話なのである。まだ先行きどうなるかもわからないのに、話題づくりとしてもバカなのか? 日本武道館、そんなにお安くない。1日500万円くらいはする。

だがしかしここで反応すると思うツボなのである。「このニュースがネットに上がったとき『ハッ、なめてんのか?』となるのが怖い」というセリフは、ダチョウ倶楽部・上島竜平(55)の「押すなよ!! ゼッタイ押すなよ!!」に等しいのである。いわゆる“炎上”を目論んで焚き付けているのである。

ちなみにこのsherbet、去年夏にはプロデューサーのセクハラでメンバー8人のうち3人が脱退したらしいのである。デビュー直後。のはず。え? もともとは9人組? え? 10人組? わかった。わかりました。とりあえずただいま現在は5人組らしいのである。所属のエーディープロモーションで検索をかけるとキナ臭い噂が山ほど出てくる。なーんだかなの感じではある。



おお、今回のテーマはsherbetの怪しさを追究することではなくて「ネットの反応が怖い」についてである。別にsherbetでなくてもよかったのである。うっかりまた泥濘に足を取られそうになってしまった。



まずは「ネットの反応」ってなに? である。具体的にいえば巨大掲示板「2ちゃんねる」や各種ニュースサイトのコメント欄への書き込み、あとはTwitter投稿くらいのものであろう。しかし考えてみれば、今日び一般からの“反応”といえば、ふつうはこんなものしかない。反応といえばネットである。それがなぜ「ネットの反応」と、わざわざ強調されるのであろう?



「ネットの反応」という言葉には、“炎上”だとか“晒し”だとかいう言葉に象徴される“怖さ”、それに対する“恐れ”のニュアンスがある。なぜ“恐れ”が生まれるかといえば、たぶんそれはインタラクティブ(双方向)コミュニケーションだからである。これにはまたふたつの理由がある。



ひとつは単純で、反論できる、反論される、ということである。それがわりあい簡単にいい争い、罵り合いに発展していく。そんなつもりでいったのではないのに、ということも頻繁に起きる。



もうひとつは、これに加えてネット上の自分の発言をアタマから信じ込んでしまっているらしい人が多い、ということである。あたりまえではないか、といわれるかもしれないけれども、もしかしたら自分は間違っているのかもしれない、この文章では考えをきちんとは伝えられていないのかもしれない、と疑うことがなさすぎるような気がする。



まあ、見ず知らずの他人にいきなり間違いを指摘されたりすると腹が立つというのはわかる。それでもなにごとかテンパった調子でさらに返されると驚く。こういうところに相手への思いやりや謙遜の気持ちはなかなか生まれてこない。そうこうするうち、予め棘のある言葉が飛び交うことを想定しての激しい話し方が支配的になったりする。



文章は道具なのでその道具を扱うスキルがなければダメなのである。用字用句はもちろんとして、説明の順番はこれでいいのか、循環論理に陥っていないかなどを自分できちんとチェックできるようになれば、自ずと間違った内容にはならない。



そして文章は道具であると同時に、行間にその人のものの考え方や個性が現れる鏡のようなものでもある。鏡も道具か。むかしむかしベテランの文芸誌編集者に文章を見てもらう機会があったけれども、あのときは大げさではなく死にそうになった。自分の文章の1行1行、1句1句を一緒に追っていくうち、自分の浅薄さが次々に露になって、バカ、マヌケといわれ続けている気分になった。その欠点だらけの文章がすなわち私自身であるのだから始末に悪いのである。



であるからまったく当たり前のことで恐縮であるけれども、国語のお勉強、作文のお勉強をもっとしないとね、である。



それにしてもネット上でやりとりされる文章、言葉には魂が乗っちゃっているのである。それは大それた手のこんだ表現とかではなくて、「やっぱ私がバカだからかなー」というような文章に魂が乗っっちゃっていることがあるのである。ふつうは謙遜のついでに冗談をいったものだと思う。で、つい「もしかしたらそうかもすれますまい」と返したとする。で「バカはどっちだ!! “そうかもすれますまい”? フザけるなよ!!」みたいな折り返しがきたりするのである。



こういう“魂が乗った言葉”は、またまたベタでたいへん恐縮であるけれども、ふだんあまり人と接していない人から発せられることが多いように思う。現代はひとことふたこと発せばその日いち日が過ごせてしまうのである。とはいえ、コミュニケーションというのは食べる、性交すると同じくらい基本的な欲求なので、どこかでそれに応える必要がある。



それを引き受けているのがネットなのだろうと思うのである。で、魂が乗ってしまうのである。知らず知らず存在をかけてしまう。あとはネットでエロ動画を見ながらオナニーをし、デリバリーで腹を満たせば、何年でも何十年でも引きこもり可能である。そうして現実世界で飛び交う言葉はますます少なくなる。



うむ。こういう「魂の乗ったネットの反応」は確かに怖い、というか、気持ちのいいものではない。だけれどもネットはネットであって現実ではない。韓国でネットやSNS上でのイジメにあって自殺したという事件があったし、日本でもそうしたイジメはあるらしい。しかしこの場合も、SNS上のイジメを醸成し成立させてしまう現実のほう、その人物のあまりに狭い世間のほう、そうさせてしまう社会のほうに問題があるのだと私は思う。



ネット上でいくら誹謗中傷されてもその人物が生きている世間が広くて風通しがよければ、そんなものはなんでもないことのはずである。電話でグチグチ悪口をいいふらしているヤツがいるなら直接会ってどやしつけてやればいい、という感覚は、電話がネットに変わってもまだ十分通用するものだと私は思う。



「ネットの反応が怖い」という言葉は、おそらくアイドルファンという比較的小さなサークルだけを対象に考えているから発せられるのであろうと思う。そしてそんなことばかりをもし本気で気にしていたら、どんどん全体を見失って自分の首を絞めることになるだろう、と続けて私は思う。なにもかもがどんどん近視眼的になっていく。ちなみに近視は老眼になっても中和されない。年をとってもおさまらないんだよー。(了)





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